「で、次の課題のヒントがこれか」
第一の課題があった週の終わりに、ライジェルは温室でセドリックがとってきた金の卵を手にとってしげしげと見りながら、ライジェルは口を開いた。
「うん、ヒントはこれだけって言われたよ。まあ、この前のはヒントも何もなかったから、ましと言えばましかな」
第二の課題のヒントとなっているらしい金の卵はずっしりと重く、セドリックならできるだろうがライジェルの片手では持てないくらいだ。
「これ、開けられないのか?」
外見には特に何のヒントも見当たらないと判断したライジェルは、中身を知りたいと思って開けるための仕掛けを探し始めた。
「ひ、開くことは開くんだけど……」
何故か歯切れの悪いセドリックの言葉は、ひどく頼りなさげだ。そんなセドリックに構わずにライジェルは卵を触っていた指につまみが引っかかったのに気づく。
「ここか。開けるぞ」
「あっ、ちょっと、待っ──」
卵を開けるライジェルをセドリックが制止しようとしたのだが、少し遅かった。ぱっかりと開いた金の卵の中は空洞で、何一つ存在しなかった。だが、それは視覚的なものだけだ。この前のセドリックが戦ったドラゴンがあげた鳴き声に似た、甲高い音が温室に響いた。耳をつんざくほどの音量は温室のビニールをぶるぶると震わせ、反射的にライジェルは卵を放り出して耳を押さえた。セドリックは既に卵を開けたことがあったのか、ライジェルよりも早いうちから耳を塞いでいる。
「早く閉めて!」
セドリックの渾身の叫びに頷いて、ライジェルはすぐに卵を閉じた。温室内に静寂が戻って、ライジェルとセドリックは安堵する。
「ふう、さっきもこれを聞いたから開けたくなかったんだ。こんなのじゃ、ヒントも何もわからないよね」
「ああ、見当も何も全くだな」
耳の痛くなる騒音だけがヒントだなんて、ひどいものだ。金の卵に隠されたヒントを見つけようとすることに取り組み始めたばかりのライジェルとセドリックだが、もう投げ出してしまいそうだ。如何せんヒントの材料が少なすぎる。
「まあ、あと三ヶ月あるんだ。気長に行こうよ」
「……そうだな」
前回はぴりぴりしすぎた。もうあんな雰囲気は味わいたくない。それはセドリックも、ライジェルも全くの同意見だった。
早々に第二の課題について放り出したライジェルとセドリックは、地べたに座り込んだ。温室に床はなく、地面がそのまま剥き出しになっていて当然土もついてしまうのだが、今の二人は私服だ。そんなに気にすることもない。だが、ライジェルが地べたに足を投げ出して座っていると知れればレギュラスはどう思うだろうか。それを考えたライジェルは、ほんの少しだけ投げ出した足と足の隙間を閉じた。
「……ねえ、そういえばライジェルは今年のクリスマスはホグワーツに残るんだよね?」
「は?」
しばらくお互いに無言でぼうっとしていた二人だったが、突然何を思いついたのか、セドリックはライジェルの方に顔を向けて問い掛けた。
「クリスマス? 休暇のことか?」
ライジェルが逆に聞くと、セドリックは首を縦に振る。クリスマス休暇にホグワーツに残るかどうかということか。ライジェルは頭の中に、夏期休暇中にレギュラスが言っていたことを思い出す。 「去年も一昨年も、クリスマスに構ってやれずにすまなかった。今年は何か緊急の仕事が入らない限りは有給休暇になるはずだ」 そう話したレギュラスにライジェルが喜んだのはもう三ヶ月も前の話だが、ライジェルはその記憶を薄れさせることはなかった。
「いや、今年は帰省するつもりだ。…………久々に、父様とゆっくり過ごせるから」
いつも忙しくしているレギュラス。男手一つでライジェルを育ててくれたレギュラスが、彼自身のため、ブラック家のため、そしてライジェルのためにろくに休暇もとらずに頑張っていることもライジェルはちゃんと知っている。魔法省の魔法法執行部という魔法省の中でもより重要な部に所属し、キャリア組として出世したレギュラスを他の誰よりもライジェルは誇りに思っている。だが、そのせいでライジェルが寂しい思いをしてきたこともまた事実だ。入学する前も、ライジェルはレギュラスと過ごした期間よりも、一人でいた、もしくはクリーチャーと過ごした期間の方が明らかに長いのだから。だからこそ、ライジェルはできるだけレギュラスと一緒にいれる時間を何よりも大切にしているのだ。
「…………ライジェルは、本当にレギュラスさんを大事に思ってるんだね」
「ああ。大事な父親、だからな」
ライジェルの本物の父親がシリウスで、世間的にはライジェルの唯一の親とされているレギュラスはライジェルの育ての親だということを知っているセドリックは、ライジェルを優しげな目で覗き込んだ。
「魔法法執行部はただでさえ忙しいらしいからね。ゆっくりしてきたらいいよ」
にこりと微笑んだセドリックは、ライジェルから目を逸らして上を見上げながら、そっか、と漏らした。
「なんだ、残念だな」
全く残念そうに聞こえないその言葉に、ライジェルは首を傾げる。
「残念? 何がだ?」
「あれ、君はまだ聞いてないのかな」
意外そうに眉を上げたセドリックは、寮によって話すタイミングが違うのかな、と一人で納得しつつあったが、ライジェルの視線に口を再度開いた。
「今年のクリスマス、大掛かりなダンスパーティーがあるんだよ。今年は異国からの客人がいるからね。四年生以上から参加できるんだ。もちろん帰省してもいいし、学校に残ってダンスパーティーに出ないっていうのもありなんだけどさ。それで、一緒に行かないかって君を誘おうと思ったんだ」
「悪趣味な奴だな。私なんかよりも他の女を誘えばいいものを。どうせお前、女には苦労しないんだろう」
ライジェル自身、自分が成長していくにつれて女らしさが薄れていっていることをわかっていた。夏期休暇中ナルシッサにため息をつかれ、この前もパンジーにそう言われたばかりというのもある。
「女に苦労しないって、その言い方、僕が女たらしみたいなんだけど」
「何を言うか、出歩く度に女に囲まれる癖に」
お前の周りにも可愛い子ならたくさんいるだろう、とライジェルが聞くが、セドリックはそれには答えずに肩を竦めるばかりだった。
「そもそも、そのクリスマスダンスパーティーには出なくてもいいんだろう?」
「対抗試合の代表選手は強制参加なんだよ。で、最初に代表選手だけでフロアの真ん中で踊るんだってさ」
うわあ、とセドリックから聞いたライジェルは若干顔を歪めた。数百人に及ぶ生徒に見られる中で踊るなんて絶対に嫌だ。
「まあ、頑張れ。自宅から応援している」
「何とも無責任な言葉だね」
「私は出ないんだから当然だ」
ダンスの相手の選別も助力してやろうか、と含み笑いをしたライジェルに、セドリックは苦笑をこぼした。
「まあ、ある意味これも代表選手への課題だよね。手伝ってくれるはずだったんだけどなあ」
わざとらしく大きなため息をついたセドリックと、自分は何一つ関与しないからとにやりと笑うライジェルは目が合うと、同時にくすくす笑い出した。最近は、何だかセドリック相手に笑ってばかりだ。今まではこれほどまでにライジェルが子供らしく笑うことなど、レギュラスと一緒にいる時でさえそうそうなかったのに。
確実にライジェルがセドリックのことを、ただの知り合いの先輩だとか借りを返すだけの存在だとは思ってなどいなくて、むしろ普通のライジェルの友人のスリザリン生ら以上の存在になっているのだが、ライジェルは未だそれを自覚していない。彼女がこれを自覚するのは、もう少し先の話。
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