ダンスが壊滅的にできなかったライジェルも、数日も練習すれば何となくではあるが、だいたいのコツは掴めてきた。少なくとも、今のライジェルは練習を始めた一週間前よりも格段に上手くなっている。未だにステップはぎこちないままだが、セドリックの足を踏むことはもはやなくなった。ライジェル自身も、踊っている姿も結構様になってきていると感じている。そしてサーシャ指揮での製作のドレスの方も、クリスマス休暇が始まった頃には最後の仕上げにかかっていた。

「だいたいはできあがったよ。あとは飾りをつけるだけ。まあ飾りも、小さいのをたくさんつけるよりは大きいのを一つにした方が見栄えがいいから、すぐに終わるよ」

 ほら、と見せられたドレスはやはりまだ飾りはついていないということでかなりシンプルなものではあったが、それでも一人の生徒と屋敷しもべ妖精が製作したと言うには素晴らしい出来栄えのものだ。プロの仕立て屋で販売していてもおかしくない、と言うのは些か誇張しすぎだが、しかし一夜限りのダンスパーティーで着るだけにしてはもったいないと思わせるほどの仕上がりだ。

「かなり早かったな。ちゃんと睡眠は摂ってたのか?」
「大丈夫だって。じゃ、多分大丈夫だとは思うけど試着しようか。今からなら多少サイズ直しもできるしね」

 そう言うなりライジェルの服に手をかけたサーシャに、ライジェルは慌ててその手を止めた。

「ちょっ、わかった、自分でできるから!」

 上着のボタンが一つ外されて一層ライジェルの中に焦りが生まれるが、サーシャはそんなことお構いなしだ。

「いいじゃん、女同士なんだからさ」
「だから着替えなんて一人でできると言ってるだろうが!」
「私は服を着せるのも脱がせるのも好きなんだよ。いいからやらせてって」

 完全にライジェルを着せ替え人形扱いしているサーシャを何とか振り切ったライジェルは、ドレスを左腕に抱え、右手で杖を振ってライジェルとサーシャとの間に盾の呪文で結界を張った。

「終わったら出る!」
「ちぇっ、残念」

 都合のいい着せ替え人形を取り上げられたサーシャは、さほど残念そうな様子は見せないまま小さな小物の製作に取り掛かる。結界を不透明にしたライジェルは服を脱ぎ、今まで服で隠されていた腹を見遣りそこに指を滑らせた。

「…………」

 そこには、未だに消えない烙印が存在している。そう、十年前にベラトリックスにつけられたものだ。幾ら冷やし、どんな治療魔法を施そうともその烙印は薄くなるどころかその存在をはっきりと主張している。大方、烙印には元々呪いがかけてあったのだろう。このようなことをするのはベラトリックスに限らず、過激派の純血主義者ならばよくあることらしい。これは、これだけは誰にも見られてはいけない。純血主義者や反純血主義者、噂話好きや特別リータ・スキーターのような他人の弱みを握りたがるような者には特に。サーシャはどうなのかよくわからないが、それでも知られるわけにはいかないのだ。だから、着替えを手伝うという心遣いは迷惑というわけではないのだが、どうしてもそれを許してはいけないという理由がある。

「ブラック、どうかした?」

 十数秒間眉を寄せて烙印の跡を見ていたライジェルは、結界の向こう側からのサーシャの声にはっとした。そうだ、今はサーシャを待たせている。こんなところで時間を無駄にしてはいけない。すぐにドレスに身体を通し、結界を解除した。

「うん、やっぱりいい感じだね。きつくない?」
「ああ。どちらかというと背中のところがゆったりしすぎているくらいだ」

 ドレスを着たライジェルに、サーシャは満足げにうんうんと頷く。サーシャとしても気に召したものが作れたらしい。

「じゃあそこを少しつめるくらいでいいか。他には何か違和感とかないよね?」
「ああ」
「了解。じゃ、さっさと着替えて。じゃないと私が手伝っちゃうよ」

 くすくす笑ったサーシャは、そうされたくないなら早くしなよ、とライジェルを急かした。すぐに着替え終えたライジェルはそのドレスを彼女に返す。

「よろしく頼む」
「任せて。私の本気を見せてやるから」

 最初の頃はサーシャのセンスを頼っていいものかどうか疑ってはいたが、今となっては安心して任せられる。なんでも、サーシャは自分の服と他人への服を作るのでは気合いの入れようが違うのだとか。これなら安心するどころかお願いしますと逆に頼みたくなってくるほどだ。サーシャと別れたライジェルは、そのままスリザリンの寮へと戻った。先ほどはサーシャに呼ばれていたのだが、ライジェルはパンジーにも呼び出しを喰らっていたのだ。

「あっ、ライジェル! やっと来たわね!」
「遅いよ、ライジェル」

 スリザリン寮のライジェルの部屋に入った途端、待ち構えていたかのようにパンジーとグレイシー、それにエレーナ──ライジェルの同室者の女子生徒二人がライジェルを見て声をあげた。

「なっ、」
「早くこっちきて此処に座って! 今から私達がライジェルを変えてあげるから!」

 何を変えるつもりなんだ、と尋ねようとしたライジェルは何も言えないまま、パンジー達に引っ張られて椅子に座らせられる。

「ライジェル、今までメイクしたことないってほんとなの?」
「嘘だよね? 今までに何回かくらいはしたことあるでしょ?」

 今まで化粧など興味を抱いたことがなく、その上早いうちから化粧をしていると肌が荒れるからとナルシッサに言われていたライジェルは、ふるふると首を振る。

「嘘、ありえない……」
「でもライジェルってそういうのしてるの見たことないし、考えられないよね……」

 だからこそやり甲斐があるってものだけど、と呟くパンジー達の目は爛々と輝いていて、それにライジェルは圧倒される。

「とりあえず、ライジェルに一番似合うメイクを見つけてあげるから!」
「お、お手柔らかに頼む……」

 ナルシッサといいサーシャといい今のパンジー達といい、どうしてこうもライジェルをままごとの人形のように扱うのだろうか。お手柔らかにと頼んだライジェルだが、嬉々として化粧道具を確認するパンジー達を見て、きっと手柔らかに扱われるなんて無理なんだろうな、と諦めの境地に達したライジェルは小さくため息を吐き出したのだった。

prevnovel topnext

- ナノ -