「ライジェル! やっと、見つけた……!」

 ふくろう小屋への階段を歩いていたライジェルが不意に呼び止められたのは、クリスマスダンスパーティーが三日後に迫ったある日の昼頃のことだった。とりあえずダンスパーティーの下準備は終わり、ライジェルも再びクリスマス休暇中の宿題や第二の課題について取り組もうとしていた。レギュラスへの手紙に近況をしたため、手紙を運ばせるための学校のふくろうを送り出した後に金の卵の謎を解こうと本や金の卵を抱えて来ていたのだが、温室へと向かう途中でそれは阻まれた。

「セドリック? どうした?」

 そこにいたのは、息を切らした様子のセドリック。やっと見つけた、という呟きから、どうやらライジェルを見つけ出すためにホグワーツ中を駆けずり回っていたらしい。

「その卵、貸して。もしかしたら、卵の謎がわかるかもしれない」
「はあ?」

 卵の謎がわかるかもしれない、その言葉にライジェルは呆れた声をあげることしかできなかった。このダンスパーティーのために双方準備している期間、二人とも一旦卵については暗黙のうちにではあるが保留ということにしていたのだ。その間金の卵はライジェルが預かっていて、セドリックの手元にはなかった。その中で一体何がわかると言うのだ。

「いいから貸して!」
「あ、ああ。でも、何を……」

 呆気にとられるライジェルを残して、卵を受け取ったセドリックは、何かわかったらすぐに伝えるから、と駆けていってしまった。残されたのは、事情が理解できていないままのライジェル。

「…………何なんだ、一体……」

 ライジェルの問いに答えを返す者は誰もいなかった。

 その答えがわかったのは同じ日の夜、同じホグワーツの城の中にいるにも関わらずにふくろう便をよこしてきたセドリックからの手紙によってだった。今すぐ濡れてもいい恰好で六階の戸惑うボリス像の前に来て、との走り書きに、ライジェルは苦笑いした。仮にも監督生のセドリックが生徒の出歩きの禁止されている消灯直前に外に来るように呼び出すなんて、もしも教師に見つかりなどしたらライジェルだけでなくセドリックまで大目玉をくらうことは必至だろうに。まあそれはいいが何故濡れてもいい恰好でなんだ、と首を捻りながらもそれなりに急いで上着を羽織ってその場に向かうと、戸惑うボリス像の前には誰もいない。呼び出しておいてその本人がいないなんて、と首を捻った瞬間、がしりとライジェルの左腕を何者かに掴まれた。

「っ……なんだ、お前か」
「ごめんね、驚かすつもりはなかったんだけど。とにかくこっちに来て」

 そこにいたのはセドリックで、先生達に見つかったらいけないから、とこそこそと廊下を先立って歩きだし、ライジェルもそれに続いた。セドリックが立ち止まったのはライジェルとセドリックが会った像からそれほど離れていない、その像の左側の四番目のドアの前。

「パイン・フレッシュ」

 扉を開く合言葉なのだろうか、セドリックがその言葉を唱えると扉が開き、開いた扉の向こう側に素早く移動する。幸い今までに教師や他の監督生らに見つかってはいないようだ。

「此処は……」
「知らないだろうね。此処は監督生専用の浴場だよ」

 そこは、ライジェルが日々使っている浴場よりも広さは無いものの、綺麗で使い心地の良さそうな浴場だった。豪勢なシャンデリアや宝石の散りばめられた蛇口など、これほどまでに素晴らしい浴場は、マルフォイ家の屋敷にすら無いだろう。ライジェルが見渡す限り、汚れの一つも見当たらない。

「それで、何の用で呼び出したんだ?」
「これだよ」

 ライジェルの問い掛けに答えるためにセドリックが取り出したのは、日中に彼がライジェルから借りた金の卵。

「とりあえず、そのままでいいから湯舟に浸かって、お湯の中でこの卵を開けてみて」

 そう言ってライジェルに卵を渡したセドリックはどことなく興奮しているように見えて、ライジェルは頷いた。この態度からして、本当に何かヒントが見つかったのだろう。そもそもセドリックが大した意味もなく教師達に見つかる危険を冒させてライジェルを呼び出すような真似をするはずがない。湯舟に潜る時に邪魔になるであろう髪の毛をゴムでまとめ、息を吸って一気に卵と一緒に湯舟の中に浸かった。

「……!」

 聞こえてきたのは前に聞いたあの金切り声ではなく、今までにライジェルが聞いたこともないような美しい合唱だった。“探す時間は一時間、そして捕らえたものを取り戻せ”────旋律に乗せて聞こえてきた言葉に驚いたライジェルは一度、湯舟から頭を上げた。

「まさか、これが……?」
「うん、これが第二の課題についてだ。僕もちょっといろいろあって、このことを知ったんだけど、まあそのことは置いといて」

 一度湯舟から上がったライジェルに、セドリックが彼が持ってきたのであろうメモ帳をライジェルに渡そうとしたが、全身ずぶ濡れのライジェルに眉を下げて笑った。

「このままじゃあ濡れちゃうから渡せないね」

 確かに、今ライジェルがメモ帳を受け取れば濡れた手に加えて髪から垂れた水滴でメモはひどい惨事になってしまうだろう。一度バスタオルで手だけでも拭こうとしたライジェルを止めたのはセドリック。

「そんなことしなくても大丈夫」
「は……」
「ライジェルも、覚えるのにいい機会だから教えるよ」

 杖を取り出して振るのと同時にセドリックの口が動いた。

「ウェドゥライト」

 と、ライジェルの全身から水気が瞬く間に飛んでいく。

「水気を飛ばす呪文だよ。ほら、新学期に使ってみせた魔法さ。これがなかなか使えるんだ。まあ今は濡れたら困る時だったから使ったけど、これ全身に使うと髪の毛とかほんのちょっとだけ傷むんだよね。風呂上がりとか、毎回は使わない方がいいよ」
「あ、ああ。ありがとう」
「これにその卵の歌を書き出したんだ。これが何を指すのか僕も考えてたんだよ」

 授業外で新しく魔法を覚えたライジェルに今度こそセドリックはメモ帳を渡す。ライジェルはそれを受け取り、書いてある内容をそのまま口に出した。

「“声が聞こえるところまで私達を探しに来い。私達は地上では歌えない。そして探す一方で私達が捕らえたお前の失ったもののことを考えろ。探す時間は一時間、そして捕らえたものを取り戻せ。しかし一時間を過ぎれば可能性は真っ暗だ。探し遅れればそれは無くなり、もう戻らないだろう”……」

 どういうことだろう、ライジェルは頭をフル回転させる。地上で歌えない、となると舞台は地上でない場所となる。空中だろうか、いやそんなのは無理だ。地中も有り得ない。となると、水中が一番有力だろう。だとすれば、いや、そもそもこの歌の“私達”とは何なのだ。

「……考えてくれているところ悪いんだけど、僕の仮説を聞いてくれる?」
「あっ、わ、悪い。つい……」

 メモ帳の字のみを見つめ、意識をそれのみに集めていたライジェルは、セドリックの呆れの交ざったような、笑い声を含んだ声にはっと我に返った。すぐに何かに没頭してしまうのはライジェルの悪い癖である。

「“声が聞こえるところまで私達を探しに来い”、これは多分一番端的に第二の課題の内容を言っているんだと思う。次に“私達は地上では歌えない”、ということは地上では歌えない生き物、水の中にいる生き物だ。ホグワーツの近くにあって競技場になり得る場所と言えば、そう、湖しかない。湖に住んでいて水の中で歌を歌える水中生物はマーピープルだけだ。この歌の“私達”というのはマーピープルのことだと思う」

 セドリックのこの歌の解釈を、ライジェルは相槌すら打たずにじっと聞いている。

「“そして探す一方で私達が捕らえたお前の失ったもののことを考えろ。探す時間は一時間、そして捕らえたものを取り戻せ”この文章から、今回の課題には時間の制限があってそれは一時間。つまり、僕達代表選手は大切なものをマーピープルに奪われ、一時間以内にそれを探すんだと思う。“しかし一時間を過ぎれば可能性は真っ暗だ。探し遅れればそれは無くなり、もう戻らないだろう”…………これは、そのまま、だろうね」

 これが、今日の半日で僕が得られた第二の課題についてだよ。そのセドリックの言葉にライジェルは張り詰めさせていた緊張の糸を緩め、思わずため息をついた。

「そうか……いや、とても大きな前進だ。第二の課題の全貌が見えたな」
「うん。まあ、どうやって一時間も水の中で息をするのかとかいろいろ問題は残ったままだけどね」
「あと二ヶ月もあるんだ。そんなの楽勝だろう」

 それよりも明々後日のクリスマスダンスパーティーのダンスを練習しなきゃな、とライジェルは笑う。最初は壊滅的だったライジェルのダンスも、今ではそれなりの出来になってきている。これで本番にへまをしでかさなければいいのだが、このままいけば大丈夫だろう。とりあえず、今は目の前の予期せぬ課題に取り組むのみだ。

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