「──だから、基本はシンプルなデザインにして、ワンポイント刺繍したりするのがいいと思うんだけど」
「ですが、こことこの部分にアクセントとしてレースをつけるというのも──」

 スペリエから紹介された屋敷しもべ妖精裁縫班とサーシャはこの短期間で仲良くなったようだ。ライジェルが暇な時に屋敷しもべ妖精達を覗きに行くと、そこには常にサーシャがいる。まさか授業に出ていないわけではあるまいな、とは思ったものの、さすがにそれはないらしい。というか、そこに居座ろうとするサーシャを、自分達のせいで生徒をサボタージュさせるわけにはいかない、と屋敷しもべ妖精達が追い出しているらしい。いいことだ。なかなかドレスのデザインについて白熱した話し合いをしているようで、サーシャも屋敷しもべ妖精達もなかなか譲ろうとはしない。どうして第三者の自分のために本気になれるのだろうと首を傾げたライジェルだったが、サーシャ曰く、自分の好きな服作りに手を抜きたくないらしく、屋敷しもべ妖精の言い分としては、仰せつかった仕事を疎かにはできない、とのことだ。サーシャ達がこんなに魂を燃やす勢いで頑張っているというのに自分は何もできないな、と考えているライジェルに、サーシャは答えた。

「ブラック、何もすることないんなら、ダンスの練習でもしてれば?」

 サーシャにとっては、ただ自分達を見ながらぼうっとしているライジェルが時間を無駄にしているように見えたのだろう。それもそうだ、とライジェルは頷いた。だが、スリザリンの寮に向かって廊下を歩いていたライジェルはふと重大なことに気づいた。

「…………ダンスの練習って、何すればいいんだ……?」

 ホグワーツに入学するまでレギュラスの屋敷から外に出たことがないどころか、ろくに大勢の人間の前に出たことがないライジェル。そんなライジェルがダンスパーティーなんてものは話に聞いたことがあるだけで、実際に出たことがないのは当然だ。もちろんそんなものやってみた試しはなく、実際のダンスというものも数日前に相手の決まった上級生が練習していたのをちらりと見たくらいだ。経験もなければ、練習方法もわからない。






「──で、僕を頼ってきたと」
「頼む、教えてくれ……」

 頼ってくれるのは嬉しいんだけどね、とセドリックは苦笑した。放課後にライジェルと出会ったセドリックは今から用事があるかと尋ねられ、頭を横に振った瞬間にライジェルにいつもの温室に引っ張られて連行されたのだ。

「悪いけど、ダンスは僕もさっぱりなんだ。ここ何日かでほんの少し練習したくらいさ。それでもいいなら、力になれるように頑張るよ」

 にこりと笑ったセドリックの言葉にライジェルはむくむくとやる気が沸き起こってくるのを感じた。本番の相手が教えてくれる当人のセドリックだったならまだしも、あのジークなのだ。絶対に彼は踊り慣れているはずだし、ダンスがぐだぐだなままライジェルが失敗して、ブラック家の息女はダンス一つままならない、などとジークに思われてはいけない。言い触らされるかもわからない上、ライジェルだけでなくブラック家の質までもがあまりよくないと思われてしまうなんてことはあってはならないのだ。

「って言っても、あんまり女側は固くならなくていいみたいだよ。むしろちゃんとやらなきゃいけないのは男の方で、男女が踊るっていうよりは男が女をリードするって感じかな」

 だからそんなに肩の力をいれなくても大丈夫だから、と苦笑したセドリックにライジェルは拍子抜けする。もっと堅苦しいというかきっちりとしているというか、決まったステップやターンの順番とかがあるかと思っていた。

「まあワルツのリズムくらいならやってみようか。僕がリードするから、君はそれに合わせてればいいから」

 お互いの肩と腰に手をあてて、いち、に、さん、とリズムをとろうとしたセドリックだったが、それは適わなかった。

「いっ!」

 ライジェルとセドリックがお互いに一歩足を踏み出した途端、セドリックが急に大声を出し、ライジェルは足に違和感を感じる。二人同時に下を見るとそこには、むぎゅとセドリックの左足を踏み付けているライジェルの右足が。

「……すまない」
「だ、大丈夫だから。僕も集中してなかったし」

 すぐに足を退けたライジェルの背に冷たいものが伝う。これはまずいぞ、こんな感じではダンスパーティーを楽しむどころか平静を保っていることすらままならない。

「もう一回、やってみようか。やっぱり最初はなれないからね」

 セドリックが苦笑しながらライジェルの手を取るが、その優しさがライジェルを逆に虚しくさせる。だが、悲観的になっているばかりではダンスは上達しないのだ。ダンスも勉強もスポーツも、練習や経験を積むのみだから。
 それから数時間、ライジェルとセドリックは何度も失敗しても根気よく練習を続けていたのだが、やはり上達には程遠い。それどころか、集中力が切れてきたライジェルは躓くことが多くなっていた。それを見兼ねたセドリックが、休憩しようと言ったのだ。何度も躓いたりセドリックの足を踏みつけたり蹴ったりしたライジェルは、自分にはダンスの才能がないのではないかと思い始めていた。

「げ、元気出して、ライジェル。まだまだ練習始めたばかりなんだから……」

 地べたに座り込むライジェルにフォローの言葉をかけるセドリックもさすがに苦笑い気味だ。それがますますライジェルの傷口に塩を塗り込んでいるようだった。

「ほら、うじうじしたりいらいらしたら上手くなるどころか悪くなっていっちゃうからさ」
「わかってる……」

 もちろん、第一の課題の当日のことはライジェルも充分覚えている。あの時は本当に自分を自分を追い詰めていて辛かったし、セドリックに八つ当たりもしてしまった。あんな風には二度となってしまってはいけない、とライジェルも念頭に置いている。

「……そろそろ、夕食の時間か」

 ライジェルがシリウスからもらった懐中時計をポケットから取り出して見ると、もうすぐ十九時になるというくらいの時間だった。日もかなり前にくれていて、今はカンテラの明かりだけが温室全体を照らしている。

「それ、綺麗な時計だね」

 ライジェルの手の中の懐中時計を覗き込んだセドリックは、それが示している時間よりも懐中時計そのものに興味を示したらしかった。

「すごく高そうだ。いくらしたの?」
「わからない。代々我が家の者に受け継がれている代物だ。まあ、純銀製だから結構な値段になるだろうな」

 ライジェルはセドリックが懐中時計を手に取りたがるのを案じていた。セドリックは純血ではないから、懐中時計に触って無傷でいられるとは思えないから。だがそれは杞憂に終わった。セドリックも、ブラック家の家宝たる品を易々と受け取ろうとするような馬鹿な真似はしないらしい。

「そっか。…………わかった」

 セドリックに何がわかったのかライジェルにはわからなかったが、ライジェルがそれをわざわざ問いただして聞こうとはしなかった。

「じゃ、夕食行こうか。また明日も練習しよう」
「ああ、そうだな」

 懐中時計をローブの内ポケットにしっかりとしまい、ライジェルとセドリックはダンスの練習の約束をして夕食のある大広間へと向かっていった。


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