「レイブンクロー六年のサーシャ・ゴールド。よろしく」
「……ライジェル、ブラックだ」
「うん、知ってる」

 昼休みに人気のない空室にいるライジェルの元にパンジーが連れてきたのは、一風変わったというか、はっきりと言ってライジェルには理解に苦労するセンスを持ったレイブンクロー生だった。奇抜なショッキングピンクに一房だけ染められた茶髪、何処の民族かと問いたくなるような柄のマフラーのようなもの──だがマフラーにしては生地が薄すぎる──を首に巻き、履いているのは靴下ではなく右足部分と左足部分で色の違うタイツで、かけている眼鏡はサングラスもどき。もちろん制服にも手は加えてあり、スカートはライジェルの半分ほども短く、ローブにはバッチがついていて、首にはチョーカー。これは校則としてアウトなのではないだろうか。

「ライジェル、ゴールドが色々と引き受けてくれたの。まあ……こんなんだけど、洋服のデザインには一番秀でてると思うわ」

そう考えていたライジェルを知ってか知らずか、パンジーは口を開いた。

「で、クリスマスダンスパーティーのドレスを何とかしてほしいんだっけ? とりあえず、持ってきたっていうドレス見せてよ。何か改造できればそれが早いからさ」

 サーシャに言われた通りにライジェルは寮から例のドレスをとってきた。もちろん丸出しであんなドレスを持って行くのは恥ずかしいどころか消し去りたい思い出となるはずなので、透けない袋に入れてある。ライジェルが持ってきたドレスを一目見たサーシャは、ぱあっと明るい笑顔を浮かべた。

「うん、これは私でも無理だね。一から作るか」

 やっぱりか、とライジェルとパンジーはサーシャの言葉に逆に安堵する。これを改造したところでどうにか人前に出れる物にするのは不可能だ。時代遅れのひらひらがなくなったところでどうにかなるわけではない。それほどこのドレスはひどかったのだ。

「じゃあ、まずパーキンソン、ブラックの採寸してよ。スリーサイズプラス肩幅、肩から肘までと肘から手首まで脚の付け根から膝までと膝から足首までの長さよろしく」

 パンジーにメジャーを放ったサーシャは、何やら持ってきたバッグの中から小さめのスケッチブックと鉛筆を取り出す。そのままサーシャはその場に胡座をかき、持参した昼食を片手にスケッチブックに何かを描き始めた。それは先ほどまでの飄々とした雰囲気のサーシャのものとは思えない慣れた手つきで、眼光も鋭くなっている。邪魔してはいけないと悟ったライジェルとパンジーは、そろそろと静かに採寸を始めた。

「ちょっとライジェル、もっと背筋を伸ばして」
「十分伸ばしてる」
「伸ばしてるつもりでも実際そんなに伸びてないのよ」

 もっと胸を張った方が立ち姿がすっとしてるように見えるのに、と眉を寄せるパンジーに、仕方なくライジェルが少し胸を張ると、そのままで止まって、と言ってパンジーが採寸をしだす。少しでも緩めても、すぐにパンジーに叱咤される。いつになく厳しい口調のパンジーに、ライジェルはたじたじだ。

「ゴールド、言われたものは全部測ったわよ。もうじき昼休みも終わるし、戻っていいかしら」

 採寸したスリーサイズやら肩幅やらを小さめの羊皮紙にメモしてサーシャのそばに置いたパンジーに、サーシャはスケッチブックに描く手を止めてライジェルとパンジーを見上げた。

「うん、いいよ。じゃあ放課後になったらまた此処にきてよ。それまでに候補を十個くらいあげておくから」
「そんなに描けるのか?」
「次の授業は魔法史だからね。睡眠学習するよりはこうしてる方が時間を有効活用できるってものさ」

 それは胸を張るところではないのではないだろうか、とライジェルとパンジーは呆れながら少し得意げなサーシャを見て、そこを後にした。
 そして放課後、サーシャに見せられたドレスのデザインの候補を見て頭を抱えたくなった。

「なんでどれもこれも露出があるんだ!」
「こんなの普通だよ。むしろこんな程度じゃ露出なんて言えないレベルだから」

 サーシャが描いたドレスのデザイン案は、鎖骨や肩甲骨が見えているノースリーブだったり、肩から先が丸出しになっているようなものばかりだ。ライジェルはわなわなとデザイン候補の紙を持つ手を震わせる。

「そんなでもないじゃない。私のドレスだってこんなものよ」

 別に背中ががっつり空いているわけでもないんだから、と今回ばかりはパンジーもサーシャ側で擁護している。だがライジェルは今までレギュラスやナルシッサの意向で首周りすら露出のある私服を着せられることがなく、制服もシャツは第一ボタンまでとめたりスカートは膝丈だったりと、素肌を晒すことになれていないのだ。こんなの有り得ない、と普通のデザインのドレスすら、ライジェルには規格外、否、むしろ論外らしい。

「ええ、露出無し? 今時それはないよ。無理無理」
「こっちの方が無理だ」

 ライジェルもサーシャも断固として譲ろうとしない。先に強行手段に出たのはサーシャだ。

「じゃあ鎖骨、背中、肩のどれか露出するって決めてよ。そうじゃなきゃデザインなんてしてやらないよ」

 至極尤もなサーシャの言い分に、ライジェルはぐっと詰まった。確かに、サーシャにはライジェルの頼みを断るという選択肢もある。そうなれば、困るのはライジェルだけだ。少しの間視線を空に彷徨わせた挙げ句、ライジェルは観念して口を開いた。

「かっ、肩……」
「よしきた! デザインはこれに決定!」

 変なところがむき出しになるよりはましか、と妥協したライジェルが選んだのは、ハイネックで鎖骨も背中も覆われている代わりに肩がほぼ全て出ているタイプのものだ。他のものよりまし、他のものよりまし、とライジェルには自己暗示をかけるしかできない。

「大丈夫よ、ライジェル。肘から先はロンググローブでも何でもすればいいし、それでも駄目ならショールでも肩に巻いておけばいいじゃない。ショールくらいなら貸すから」

 そうフォローするパンジーも、さすがにライジェルのこれは過剰に反応しすぎている、と感じている。そんなに気にしなくてもいいのに、と思ったパンジーだが、気にしなさすぎるライジェルもそれはそれで残念だ。ほんの少し、こういうところでも女らしければまだいいか、とパンジーはパンジーで妥協していた。

「じゃ、夕飯までに型紙の形くらいなら考えておくから、夕飯の後にそしたら型紙作るから、例の屋敷しもべ妖精のところに言って頼めばいいよ」
「型紙って、そんな簡単に作れるものなのか?」

 そんなはずはないだろう、と尋ねたライジェルに、サーシャはくすくす笑った。

「私の趣味は、服を自分で一から作ることだよ。休暇は課題以外ほぼこれに費やしてるし。これくらい難しいことじゃないよ」

 じゃあ後でね、と笑うサーシャが、少し前のパンジーのように頼もしく見える。

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