「散、歩?」

 セドリックの唐突な提案にようやく彼の目を見たライジェルに、セドリックは一つ頷いた。

「うん。……でもその赤い目じゃ、ちょっと無理かもね」

 目、少し充血してるよ、と笑いながらライジェルの頬から目にかけて濡れている箇所を自身の指で拭うセドリックの手つきは、女の涙を拭くものにしては些か力の強いものだった。いつも女子生徒に囲まれている割りには、こういうことはあまり経験がないのだろうか。ライジェルにはセドリックの人付き合いに関しては何一つ知らないが、そういうことに不器用そうな彼がこの場合の扱いに慣れていなくても不思議ではない。

「まあ早朝だし、人もいないと思うから大丈夫かな。どう? 行かない?」
「…………行く」

 久しぶりに感情を発散して泣いたせいであまり頭も回らないからか、いつも以上に素直になったライジェルはセドリックの提案にこくりと頭を縦に振った。昨晩もセドリックが言ったように気分を転換するのは悪くないと思ったし、少し風に当たりたかった。
 まだ薄暗い外は、十一月下旬ということもあって風が冷たい。まだ吐いた息が白くなったりはしていないが、制服のブラウスとセーター、それにローブだけでは物足りない。

「外、寒いね」
「どうせあと六時間もすれば寒くなくなるどころか熱くなるがな。ドラゴンはほとんどの種類が火を吹くだろう」

 服が燃えたらどうしよう、と笑ったセドリックにライジェルも笑い声をこぼす。今は二人とも、課題にぴりぴりせずに無責任に笑っていたかった。

「課題、どうしようか」
「このままだと、どうしようもないな」

 口ではそう会話しつつも頭の中では何も考えていないライジェルとセドリックは、昨日よりも今の方が随分と楽だと感じていた。昨日は主に課題にとり憑かれていたライジェルのせいで、精神的に追い詰められていたから。

「おんやあ? そこにいらっしゃるのはもしかして、」
「我らがグリフィンドールのハリー様と同じ、ホグワーツの代表選手のセドリック様であらせられるとみた!」

 クィディッチ競技場の入口近くを歩いていたライジェルとセドリックは、後ろから聞こえてきた静かな学校に不釣り合いな明るい声に振り返った。

「ウィーズリーの双子じゃないか」

 目を丸くしたセドリックに、声の主であるフレッドとジョージはにっと同じ表情を浮かべて同じ顔を並べた。

「何だよ、モッテモテのセドリック様は、こんな朝早くから女の子をデートに連れて回しているのか?」
「それも相手はライジェル・ブラックかよ! お前、純血の名門ブラック家のお嬢様なんて理想が高すぎだろ!」

 朝からテンションの高いフレッドとジョージは、セドリックの横にいるライジェルを目ざとく見つけ、にやにやと意味ありげにセドリックを笑う。

「彼女には課題の手助けをしてもらっているだけだ。君達グリフィンドール生も知ってるんだろう?」
「まあな。でもそれがブラックを校内デートに連れ回してる理由にはならないだろ?」

 どうやらフレッドとジョージは、セドリックがライジェルに気があるとでも勘違いしているらしい。いや、勘違いはしていなくとも、面白いことが大好きな二人はライジェルとセドリックの二人にその気がなくても茶化して盛り上げたいのだろう。

「私が? こいつと? 有り得んな」
「おおう、さすがブラック様は言うことが違うぜ! ハッフルパフの王子様のセドリック・ディゴリーをそんな風に言えるのはお前くらいのもんだな」

 ライジェルの返答が面白かったのか腹を抱えている双子とは裏腹に、ライジェルのばっさりと切るかのような反応に地味にショックを受けているらしいセドリックの表情が妙につぼを突いてくる。フレッドとジョージほどとはいかないが、ライジェルもくすくすと笑い声をあげた。

「……! へえ、あんたもちゃんと笑えるんじゃねえか」

 ライジェルの笑っている姿に目を丸くした双子は、急に笑うのをやめてぽつりと呟く。

「あれ、君達はライジェルが笑うの見たことなかったの?」
「ああ。いっつも仏頂面してるから、割りと本気で表情がないのかと思ってたぜ」

 この二人は私を何だと思っていたんだ、とライジェルは呆れからまた笑いをこぼす。確かにフレッドとジョージはグリフィンドール生でライジェルはスリザリン生、ウィーズリー家はマグルに寛容だがブラック家は純血主義の中心的存在だ。だが、同じ人間だろうに。人としての感情くらい持ち合わせている。

「ああ、そうだ。これから俺達、ハグリッドの尻尾爆発スクリュートに悪戯しに行くところだったんだけど、見ていくだろ?」
「はあ?」

 突然のフレッドの言葉に、ライジェルとセドリックはぽかんとした。よく見ると、フレッドとジョージの手には何やら花火のようなものが握られている。

「いや、別に僕達は──」
「金はとらないから遠慮せずに見てけって。今さっきはブラックの笑い顔なんて貴重なもん見せてもらっちゃったからな」
「俺達は何も、あんたら二人のデートの邪魔をする気はねえよ。でもデートには余興があっても悪くないだろ?」

 いいからいいから、とライジェルとセドリックの返事も聞かずに二人の背を押してハグリッドの小屋の近くまで来たフレッドとジョージは、うぞうぞとうごめいている尻尾爆発スクリュートを見て、顔を合わせてにやりと笑う。

「ジョージ、用意はいいな?」
「おうよ。じゃ、行くぜ」

 一卵性双生児の二人に合図は不要なのか、掛け声も何もなしにフレッドとジョージは同時に動き出した。ジョージが手に持っていた花火に着火して尻尾爆発スクリュートの近くにそれを投げ、フレッドはライジェル達から見て尻尾爆発スクリュートの背後に回り込む。

「アグアメンティ!」

 ジョージの持っていた花火はどうやら鼠花火のようなものらしく、地面の上を動きながらばちばちと火花をあげる。それに興味を持ったのか、花火の方に近づいていく尻尾爆発スクリュートの一匹にフレッドが水をかけた。他の尻尾爆発スクリュートは驚いて火花を出すが、水をかけられた一匹は水のせいか火花を出さない。

「昨日こいつらには俺の大事なローブを燃やされそうになったからな。それのお返しさ」

 フレッドがちょいと持ち上げて見せたローブの端は、確かにほんの少しだけ焦げ付いているように見える。

「ああ、それはご愁傷様。燃やされたら新しくローブを買わなきゃいけないもんね」
「ああ、うちには制服を新調する金もないのさ」

 本心から同情するようなセドリックの声を聞きながら、ライジェルはため息をついた。こんな子供騙しのお遊びに時間を使ってしまった。本当はこんなことをしている時間なんてないはずなんだがな。

「簡単な陽動作戦さ。こいつらにはあんまり脳がないらしいな」
「目先のものばかりに捕われる単純な生き物さ」

 腕を組んでぼうっとフレッドとジョージの悪戯を傍観していたライジェルだったが、ジョージの言葉──簡単な陽動作戦さ──に目を見開いた。ライジェルの目は尻尾爆発スクリュートに水をかけまくるフレッドではなく、鼠花火に着火するジョージでもなく、地面を駆け巡る鼠花火に釘付けだ。陽動、即ち別の行動を起こして敵の注意を引き付けてその間に真の目的を果たす。もしもこれが、フレッドではなく対抗試合に臨んでいるセドリックだったなら。もしもこれが、尻尾爆発スクリュートでなくてドラゴンだったなら。ドラゴンの興味を何かしら別のものに引き付けておいて、その間にセドリックが課題を成功させるための行動をとれば、全てが上手くいくのではないか。

「そうか!」
「それだ!」

 フレッドとジョージの行動からの思いつきに声をあげたのはライジェルだけではなかった。隣にいるセドリックを見れば、彼も何かを得たように顔を明るくさせてライジェルを見ていた。きっと、否絶対に、考えたことは同じ。

「ライジェル、もしかして、」
「ああ。今から試合の時間まで特訓すれば、間に合うかもしれない」

 セドリックと同時に頷いたライジェルは、未だに尻尾爆発スクリュートをいじめているフレッドとジョージに声をかけた。

「ウィーズリー! 朝のうちにフリットウィック教授に、ライジェル・ブラックは体調不良で授業を休むと伝えてくれ!」
「マクゴナガル教授にも、セドリック・ディゴリーは第一の課題に緊張して吐き気を催したから授業に出れないと言っておいて! じゃあよろしく!」

 素晴らしいヒントを得た。やはり気分転換はするものだな、と思いながら、ライジェルとセドリックは温室へと走って戻っていった。授業をさぼってしまうことになるが、今はそれよりもようやく掴んだドラゴンの攻略への糸口の方が優先だ。

「…………あいつら、どうしたんだ?」
「…………さあ?」

 ぽかんとした表情のフレッドとジョージは、尻尾爆発スクリュートのことも忘れて何故か走っていったライジェルとセドリックに首を傾げていた。

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