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 酔った勢いで、初恋の人と寝た。

(それってつまり、どういう状況?)
 端的に言えば、朝目が覚めたら、目の前に好きな人の顔がある状況。
 少し高めの枕に頭を預けて熟睡する彼の顔を見て、嫌な汗が噴き出す。
 だって、裸だった。
 私も彼も、そろって生まれた時の姿でベッドの中に転がっていたのだ。
 怖い。怖すぎて、顔から血の気が引く。
(なんで、こんなことに……)
 幸か不幸か、酔って記憶を失くすタイプでもない。その疑問の答えを私は覚えていた。
 流れ落ちてきた汗の感触も、身体を拓いていく指の熱も。
 いっそ忘れていたほうがマシだった痴態まで、全て覚えている。
 ゆうべ、私はたしかにこの人と過ちを犯してしまったのだ。
 そう気づいてから、次の行動の判断を下すのに、五秒も必要なかった。
(逃げよう。それで、なかったことにしよう。お互いのために)
 こそこそと気づかれないようにベッドを抜け出そうと試みる。
 だけど、私がもぞもぞ動いたせいでかえって彼の意識を覚醒させてしまったらしい。
 とろりとまだ眠たげにまぶたを開けた彼が、その瞳に絶望した私を映しだす。
「……おはよう」
 少し掠れた、温かみのある声。
 私が動揺したのは、淡い笑みとともに和やかな朝の挨拶を与えられたからだ。
 全裸じゃなかったら、昨日の出来事はすべて夢だったかもと思えたかもしれない。それくらい、彼はいつもどおりだった。
 とはいえ当然、全部が全部いつもどおりというわけでもない。
 乱れた前髪が額にかかっている、少し無精ひげの生えた顎。  
 朝日に照らされて眩しそうに目を細める、ゆうべの色香を残した表情。
 それは初めて見るもので、うかつにもドキドキしてしまう。
 固まっているうちに、腕を引っ張られて、近づいた唇が額に触れた。
 そのまま力強い腕に抱き留められ、たくましい胸板で視界が埋め尽くされる。
「夢みたいだ。君が俺の腕の中にいる」
「あ、はい。……はい?」
 なんて?
「なんだ君、まだ寝惚けているのか」
 寝惚けているのはあなたでは?
 だって、そうじゃなかったらどうして、大切な人に触れるみたいに私に触れるの。愛しそうに額にキスするの。幸せそうに、私を見るの?
(あなたが好きなのは私じゃないのに)
 なにもかも理解が追いつかなくて、目が回りそうだった。
「あ、あの、私もう帰らないと」
 まだ肌に残るゆうべの熱の記憶。思い出を上書きするように、今も私に触れる肌の温もりから一刻も早く逃げたかった。
 そうしてそそくさとベッドを離れて、脱ぎ散らかした服を回収する。
 背中に、視線をずっと感じながら。
 どうかこのまま何も言わないでと願いながら、シャツのボタンを閉じて慌ただしく荷物をまとめる。
「それじゃあっ、失礼しました! さようなら!」
 こうしてログアウトした私だけど、彼はそう簡単に逃がしてはくれなかった。
 マンションを出たところで、スマホがけたたましく通知を告げる。
 カバンからスマホを引っ張り出して、画面を確認すれば表示されているのは彼の名前。
 そうだった、酔った勢いで連絡先まで交換したのだった。挙句の果てには、男一人暮らしの家に上がり込んで、やることやって、みじめったらしく逃げ出している。
 こんな私を彼はどう思っただろう。
 真面目な人だから、呆れたか、困惑したか、……古風なところのある人だから、そのうち過ちの責任を取るとか言い出すかもしれない。
(無理無理、困る。本当に無理。それなら夢だったことにされたほうがマシだし)
 義務感で繋がる関係なんて、いらない。
 だから、さよなら、私の初恋。
 私は覚悟を決めた。そうして恐る恐る、スマホをできるだけ遠ざけて薄目でメッセージに目を通す。
 その結果、今度こそ、私の心臓はとどめを刺されたのだった。

 画面に踊る文字はたったの八文字。
 ――『次はいつ会える?』
 ああこれは、想定外。


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