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短文集です。一つ一つの話は独立しています。ジャンル、カップリング共に統一性はありません。

鳩原と麟児

 遠慮なく隙もなく、物事は予定通りに遂行された。ぐわりぐわりと耳鳴りが響いている。ガタンゴトンと揺れる船は今までに乗ったどんな乗り物よりも乗り心地が悪くって、宇宙飛行訓練でもしておけば良かったのかな、なんてなんの意味もない仮想を吐き気と一緒に飲み下した。
 果たしてここは宇宙と呼んでいいのだろうか。あたしはこのままどうなってしまうのだろう。置いていった人はあたしを恨んでいるのだろうか。探している人はあたしを待ってくれているのだろうか。そうやって思考と胃液をぐるぐる回していると、目の前に見慣れた細長い透明の筒が現れた。天然水のペットボトル、宇宙にもあるんだなぁ。
「飲みな。少し楽になる」
「…………ありがとうございます」
 枯れ枯れの声で、感謝の言葉を捻り出した。既に蓋が開けられていたそれに口を付けるとふらついていた視界が少し安定する。椅子に座るあたしは宙に浮いていないし、酸素マスクがなくたって呼吸が出来る。ここは宇宙ではない。けれど地球でもない。必要なのは宇宙飛行訓練じゃなくて酔い止めだったとようやくまともな思考が帰ってきた。
「三半規管の強弱は盲点だったな。次は気を付けないと」
 喋らなくていいよ。いつもと同じ優しい笑みのまま、あたしに変わってペットボトルの蓋を閉めてくれた彼はまたすぐにどこかへ行ってしまった。狭い船内だ。探そうと思えばすぐに見つけられるけれど、礼を言うのがやっとのあたしはただこの船が目的地に着くのをじっと待つことしか出来ない。この狭い空間すら満足に探し回れないクセしてあたしは何を成そうとしているのだろう。まるで慣れているみたいな素振りの彼はこの先で何をしようとしているのだろう。再度思考が渦巻き始める。ぐるぐるグルグル。観念して目を閉じた。
 上下左右に揺さぶられながらあたしは運ばれる。見知らぬ土地、見知らぬ動物、見知らぬ食べ物。見知らぬありとあらゆる全ての中から、よく知るただ一人を見つけるために。
2022/05/30

犬飼と影浦

 すっかり役に立たなくなってしまった隊長を尻目に、厳つい書類のもと説明を受ける。事実を隠蔽するためのカバーストーリーはとても優秀で、まるで本当にあったことのように聞こえた。嘘をつくのには慣れている。それは上層部にもばれているから、この会議での隊代表は隊長である二宮さんではなくおれだった。青ざめたままの後輩たちの分も話を聞いて、提案して、実行の準備をする。淡々と進められるそれに私情を挟む余地はない。
「何か質問はあるかね」
「いえ、大丈夫です」
 辻ちゃんもひゃみちゃんも、そして二宮さんさえ追い出された後の最終確認を終えて重苦しい部屋を出た。そして真っ先にパタパタと走っていく音を聞く。この部屋は防音だ。聞き耳を立てたって何にも聞こえやしないのに、それをわかってて尚縋らざるを得ないかわいそうな子を生み出した女への殴りたくなるような感情を抑える。そして感情の矛先を変えるために、そこにいるはずのもう一人を心の中で呼び出した。
「やっほーカゲ。聞き耳とは趣味が悪いねぇ」
 ゆらりとおれの前に現れた顔は不機嫌をちっとも隠そうとしない。おれはほとんど無意味なことを知りながらいつものようにニコニコと笑顔を取り繕う。舌打ちが聞こえた。
「聞きたくて聞いてるんじゃねぇ」
「知ってるよ。でも、もしおれたちが何かを漏らしていたとしても他言無用でお願いね」
 にっこりと釘を刺す。どうせ不審がバレるのであれば何もかもぶちまけてしまいたいという衝動はあったけれど、おれはとある組織に属する一個人でしかない。個人のわがままより優先すべきことなんて山ほどある。それくらいの分別は持っているよね、なんてことを言外に込めながらカゲに手を振ってその場を離れた。
 程なくして影浦隊の降格の知らせとそれに伴う噂を聞いたときは驚きよりも羨ましさが勝ったものだ。だっておれには絶対できないことだから。
「またランク戦一緒だねぇ。……わぁ、すがすがしい程の無視」
 彼の拳におれの意思なんでちっとも乗っていないことはわかりきっていたけれど、心の中で小さく感謝をする。遠くから舌打ちの音が聞こえた。
2021/12/10

ユズルと二宮

 作戦室に響く律儀な三回のノック音。いつも通りの合図に、オレは安心しきって作戦室のドアを開けた。……開けてしまった。
「鳩原先ぱ……」
「鳩原は来ない。急な用事が出来たそうだ」
 頭の上から見下されてるような視線に、起伏のない低い声。影浦隊作戦室前に、なぜか二宮隊の隊長が仁王立ちしていた。
「……何しにきたわけ」
「鳩原と訓練の約束をしていたと聞いていたが」
「そうじゃなくて、なんであんたが」
「隊員間の連絡は必須だろう」
 オレが言いたいのはそういうことじゃない!という言葉を飲み込む。コイツのことは苦手だ。横柄な態度とか、口数が少なくて何考えてるかわからないとか、そのくせ、鳩原先輩に慕われているところだとか。
 最近、鳩原先輩はうわのそらになることがある。きっと遠征試験が控えてるせいだ。『試験頑張って』そう告げたときに自信無さげに笑った顔が、喉に刺さった小骨のように突っ掛かっていた。
 用は終わったとばかりにさっさと立ち去る後ろ姿に、オレは堪らず投げつける。
「遠征試験、ちゃんと受かれよ。先輩を遠征に連れていけるのはあんたたちだけなんだ」
 意外にも、二宮さんはオレの投げ掛けに足を止めた。わざわざ隊室まで知らせに来たことといい、普段血も涙もない戦い方をしているくせに律儀なところがあるのかも知れない。……知らないけど。
「当然だ。誰に向かって物を言っている」
 いや、やっぱムカつく。
2021/11/24

犬飼と二宮

 ザーザーと水が地面に叩きつけられる音ばかりが響いていた。空から降り注ぐ雨はただ地面を叩くだけで抉りはしない。シールドなんかよりよっぽど脆い傘の布地を貫通することもない。だけど、どうやらこの人にとっては弾丸の雨あられより堪えるらしい。
『へぇ、なんだか雨みたいですね』
 これはもうずっと昔の話。辻ちゃんはひゃみちゃん相手にオドオドして、ひゃみちゃんはおれ相手にもあわあわして、部隊の人数も今雨に打たれてる人数より一人多かった時の話。暴力的に降り注ぐ光の弾を目の前にして、何をすればいいかもわからなくて、戦場に相応しくない感想がふと漏れた。
『慣れろ』
 たった一言、それだけを告げて貴方はおれ達を置き去りにする。シールドで防ぎきれなかった弾丸が誰かの足を貫いたのと同時に聞こえた『痛そう』という呟きなんて、どうせ届いちゃいなかったんだろう。だから、ほら、こうして雨の中で置き去りにされてしまった。
「雨、止まないですね」
 ただの世間話にも相槌は返ってこない。止まない雨はない、なんて都合良く言うけれど、止んだところで削れた足はトリオンを吹き出し続けるし、どさくさに紛れて消えたどこぞの鳩が戻ってくることも、結局はないのだった。
2020/12/30

紫柊に巻き込まれた佐海

 めっきり日が沈むのが早くなった晩秋のことである。季節の変わり目にふさわしく昨日よりもぐっと冷えた空気に鼻をかじかませながら佐海は訓練施設に向かっていた。今日は迅式の合同訓練がある。北村や透野が変なことを起こしやしないかと同い年の問題児と天然犬のことを考えていると、不意に後ろから声が掛かる。明朗快活、気持ちいいほどに良く通る声に佐海は安心して振り向いた。
「お疲れ様です、頼城……さん?」
「やあ佐海少年!今日も頑張ろう!」
「え、あ、ハイ……」
 数秒前の安心はどこへやら、佐海は露骨な困惑を隠せずにいた。それはそうだろう。何しろ目の前の頼城は半袖である。限りなく冬に近い秋の暮れに、何故か鳥肌を浮かばせるのも厭わず夏服を着ている上級生を呆然と眺める。
「フッ……、やはり気になるか?」
 とんちきな年上の格好に呆れていると頼城はこれ見よがしにキメ顔を放つ。そして勢い良くむき出しの右腕を佐海の前に突き出した。気にならないと言えば嘘になる。が、何か余計なことに巻き込まれる予感がすると己の悪運が囁いている。しかし当の佐海に頼城を押し退ける胆力、もとい失礼さは備わっておらず、視線誘導されるがままに突き出された腕を見下ろした。
「これをどう思う!?」
「へ?……えーっと、キズ、ですね?」
 正確に言うと引っ掻き傷。細く伸びた幾本のスジは確かに痛そうだが、取るに足らないありふれたもののように思えた。
「頼城さん、猫飼ってましたっけ?」
 言ってから、しまったと思った。頼城が猫を飼っているという話は聞いたことがないし、そもそもペットに引っ掻かれただけの傷を大仰に自慢する訳がない。
「猫、猫か……。そうだな!猫だ!これが大変美しく愛らしい猫でな!」
 幾ばくかの逡巡の後、何かに納得したらしい頼城はそのまま『猫』について早口に語り出す。頼城の口から語られる、当然のように二足歩行を行い人語を操る猫、もとい幼馴染に、佐海は最大級の同情を捧げた。
2020/12/30
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