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▼ 希望

 仕事へは相変わらず誰も来ない。今日も弥生だけが一人で生徒会室にいる。
 副会長はモジャモジャだった編入生と毎日ベタベタしているらしい。実際に弥生がその現場を見たのは一度だけだったのだが、胸は痛くなるわ視界は霞むわで、もうあいつらには会いたくないと回れ右をした。
 副会長には会いたい。本当にもう関係は終わったのか直接会ってもう一度確かめたいのだが、必ず傍には編入生も生徒会役員もいる。全く隙がないのだ。
 しかし、拒絶されることが明確な今は、ひたすら生徒会室に籠もって書類と一緒に居る方がずっと楽に思えた。副会長に確認をしたところで傷を抉られるに決まっている。
 もう諦めるべきだ、そう結論を出してからの弥生の行動は早かった。我慢に我慢を重ねて、それが爆発したのだ。何でもテキパキとこなす弥生が本気で動けば、考えを実行に移すまで、そう時間はかからない。
 まずは、生徒会の仕事をこれっぽっちもしていない役員達をリコールしてやろうと準備を進めた。必要な書類を作成し、風紀室へ足を運ぶ。風紀委員長の承諾がなければ、どれだけ賛同を得ようともリコールなんて話にならないのだ。

「おい、話がある」
「ちょうどよかった五十嵐、俺もお前に話がある」

 そこで風紀委員長が弥生に見せたのは、『五十嵐会長のリコール処分について』と書かれた書類の束だった。必死に生徒会を最低限機能させていた弥生が、編入生達によってリコールされそうになっていることを委員長に聞かされたのだ。
 新しい会長にあの編入生を据え置いて、お前はクラス落ちの処分と、仕事をしない能なしの遊び人だったという濡れ衣を着せられるのだ、と。

「もちろん、会議に来ている各委員長は五十嵐だけが仕事をしていると知っているからリコールには承諾していないが、一般の生徒はあいつらの嘘を鵜呑みにしてやがる」
「は……、なんだよそれ……」
「もうあいつらを待ってやる必要はねぇってことだ」

 生徒会という繋がりだけで別にそれ以外では親しくもなかったとはいえ、一月に前生徒会から引き継いで今まで一緒に仕事をしてきた彼らを、弥生は仲間として信頼していた。
まさか散々遊びまくった挙句、会長職をリコールする気でいるなんて。冷水を浴びせられたような衝撃に、彼らをリコールする気力も失せてしまった。

「そうか、無駄だったんだな」
「まぁ、そう落胆することもないとは思うぜ。あいつらに愛想尽かしたんなら、お前には頼るべき相手がいるだろ?」
「ハァ?」

 頼るべき相手と言われて、思い当たる節がない弥生は盛大に顔を顰めた。この学園の特性上、友人と呼べる人間は目の前にいる風紀委員長ぐらいで、弥生は怪訝そうに風紀委員長を見た。
 その視線に気付いた風紀委員長が、慌てて訂正を入れた。

「俺には頼んなよ、面倒くせぇから」
「はっきり言いやがってこの野郎」

 それなら誰に頼れと言うのか。他に目ぼしい人物は頭に浮かばず、弥生は風紀委員長に再び視線を向けた。

「……お前、あいつから何も言われてねぇの?」
「あいつ?」
「まだ告ってなかったのかよ……」
「おい、話が見えない」

 困惑している弥生をよそに、風紀委員長は苛立った様子で誰かへ電話をかけ始めた。

「三枝! てめぇまだ見守ってるつもりか?今すぐ来い!」

 それだけを言い切って風紀委員長は通話を切った。恐らく、相手が電話に出た途端に一方的に話をぶん投げたに違いない。
 理不尽すぎやしないかと弥生は思ったが、それよりも気になるのは『三枝』という人物についてだ。

「三枝って誰だ」
「一回会ったことあるはずだぜ」

 その口ぶりからして、ただ会ったことがあるだけではないような雰囲気である。仕事詰めで書類の内容ばかりインプットされている記憶からそれらしい人物を捜す。あ、と弥生が思い出したと同時に風紀室の扉が開いた。

「急に電話で怒鳴るのやめてくれよ……って会長がなんでここに……」
「五十嵐、見覚えあるだろこいつのこと。三枝卯月つって、俺のいとこなんだけどよ、お前にベタ惚れなんだとさ」
「余計なこと言うなバカ!」
「はいはい、あとはどうぞ二人きりでごゆっくり」

 とんでもない爆弾を落として、悪びれた様子もなくひらひらと手を振って風紀室を出て行った風紀委員長に、弥生はとりあえず後でぶん殴ると心の中で決めた。
 まったくどうしてくれるんだ、きまずいことこの上ない。ここは一旦、生徒会室に戻って態勢を整えるべきか。そう戦略的撤退を考えていた弥生の目元を卯月はそっと撫でた。

「え……何してんだ」
「寝てないんでしょう」
「そりゃ、仕事終わらねぇし……」
「まだ、俺を頼ってはくれないんですか?」

 卯月という男は、意外と背が高いことやスタイルは抜群にいいことに気がついた。
 ぎゅっと抱きしめられ、背中をぽんぽんと小さい子どもをあやすように撫でられているからだ。

「離せ」
「嫌です、離れたら困るの会長でしょう?」
「困ることは何もないから離せ」
「泣きたい時は泣いていいんですよ、甘えたい時は甘えていいんですよ」

 言い聞かせるようにゆっくりと、卯月は弥生に言葉を投げかける。優しく、耳障りの良い声が、徐々に弥生を落ち着かせていく。
 生徒会長としてしっかりしなければならないと、本来のプライドの高さも相まって、素直に感情を表にすることが出来なくなっていた。
 それなのに、今は次々と溢れ出てくる感情を止めることが出来ないまま、せめて顔を見られないようにしようと弥生は卯月の肩に顔を埋めた。



 何分、何十分経ったのか分からない。が、ずっと弥生は卯月に抱きしめられたままでいた。
 大分落ち着きを取り戻し冷静になってみれば、この状態が非常に恥ずかしくなってきて、もぞもぞと居心地悪そうに身じろいだ。それに気付いた卯月が弥生の様子を窺う。

「すっきりしました?」
「まぁ、それなりに」

 卯月に話しかけられてびくりと肩を跳ねさせた弥生を見て、卯月は目を数回瞬かせた後、くすりと笑みを溢した。

「何笑ってんだよ」
「会長が可愛くて、つい」

 心底引いた目で卯月を見るが、当の本人は可愛い可愛いと騒いでいて全く効果がない。何を言おうとも卯月には通用せず、むしろ弥生がカウンターを食らって羞恥に耐える始末だ。
 居た堪れなくなって顔を背ければ、再び抱きしめられて逃げ場がない。何か意識を逸らせるようなことがないか、必死に話題を探す。どうも卯月相手だとペースを崩されて、心臓がうるさいくらいにバクバクと脈打っている。

「なぁ、何度も頼れって言ってたが、お前に何が出来んだよ」

 ぐるぐると思考を巡らせて、弥生は頻りに卯月が言っていた言葉を思い出した。見た感じでは別に強そうにも見えない。風紀委員長でさえ、嘘を信じきっている学園中の生徒をどうにかすることは手におえない様子であった。
 あの風紀委員長が手を焼く案件を、卯月が解決出来るとは思えなかった。しかし卯月はその問いに対してはっきりと答えた。

「そうですね、学園中の生徒の目を醒まさせることは出来ますよ。放送部部長の名にかけて」

 放送部、その名前を聞いて弥生は目を見開いた。いつか会計が噂していた『幻の放送部』は、ちゃんと実在していたのか。放送室がこの学園のどこにあるのか、またその部屋の鍵を所持しているのは放送部だけだと言われている。
 何故そこまで謎に包まれているのかと言えば、代々この学園の放送部は真実しか伝えないことで有名なのだ。放送部がここ数年まったく放送をしなくなったので、もう放送部はないのではないか、そう言われていた。

「会長が望むなら、俺は会長を助けます」

 卯月は一呼吸置いて、さらに言葉を続けた。

「好きな人を放っておける訳がないです。会長はこんなに可愛いんですから笑っていてください」
「眼科行け、今すぐに」

 ぶわっと真っ赤になった顔を見られないように腕でガードする。が、ばっちり卯月に見られていたので何も効果はない。

「素直になれないとことか、今の会長涙目になってて正直……やばいです」

――あぁ、これには気づきたくなかった。
 下半身に当たる硬い感触、気まずいことこの上ない。

「と、とりあえず! 会長を助けさせてください」

 ビシッと決まらない卯月に自然と気が抜けて、弥生の口からは笑い声が溢れ出していた。笑ったのはいつ以来だろうか。
 たまには助けられてもいいかもしれない。そう思って弥生は卯月へ返事をした。

「勝手にしろ、バカ」

 その答えに卯月は嬉しそうに、しっかりと頷いてみせた。

「はい、分かりました」




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