ディミ←レト
2020/03/14
 多分、小説で言えば一行分の空白程度のものだったのだと思う。空白があって、行間に思いを馳せてもらって、読者の想像力に委ねるような。多分、俺たちの関係なんてそんなもの。五年前の一年間、五年後の半年間。俺たちの関係なんて、せいぜいその程度なのだ。だから、この結末もしょうがない。一人で女神の塔でぼんやりと月を眺めながらそんなことを思った。しょうがない。仕方ない。だから痛くない。指輪を弄びながら、先刻のディミトリのことを思った。ディミトリは嬉しそうに、それでも少し恥ずかしそうに、緊張したような顔をして、いよいよ明日だなと言った。俺はそうだなと言って、手の中にある指輪を音もなく握った。渡せるわけがなかった。ジェラルトは大切な人ができたら送ってやれと言っていた。大切な人はたくさんいたけれど指輪を渡したいと思った人はただ一人だった。でも渡せない。渡せるわけがない。分かってる、分かってる。ディミトリの前でちゃんとポーカーフェイスを気取れているか分からなかった。だから、明日は早いんだから寝ないとと背を押して別れた。先生、明日はよろしくな。そう言ってディミトリは笑った。俺の胸中なんて全く知らない顔で、ディミトリは笑った。その笑顔を壊せるわけがなかった。指輪を転がしながら、ディミトリの奥さんはどんな人なんだろうと思った。きっと政略結婚になるのだろうけれど、きっとディミトリは相手を大切に幸せにするのだろうな。いいなあ、と漠然と思う。その隣になんの隔たりもなくいられるのはいいなあ。指輪を月にかざすと銀色にきらめいて、きらきらと涙みたいに見えた。しばらくそれを眺めて、ひょいと口の中に放り込んで飲み込む。腹に滑り落ちる冷たい感触に目を閉じる。さよなら、さよなら、さよなら、もう二度とお会いになることはないでしょう。テラスの塀に足をかけ、俺はそのまま空に飛んだ。


レトディミ♀前提モブレト
2020/03/13
※先生がふたなり

 先生が普通の人とは違う身体だと教えられたのは、初めて閨をともにする時のことだった。そういう教育は一通り受けていたとはいえ、ばくばくと心臓が煩く鳴り響く俺は、そわそわと先生を待っていた。だって、考えてもみて欲しい。きっと初めての相手なんて好きでも何でもない、政治的な意味合いしか持たないであろう男になるだろうと思っていたのに、こうして好いた相手と閨をともにできることになった俺は、もう恥ずかしいくらいに緊張して、それと同じくらい嬉しかった。男女ともに人気である先生が俺を選んでくれたことも嬉しかったし、何より、そんな相手に大切な初めてをもらってもらえることが何よりも嬉しかった。部屋にやってきた先生は湯浴みをしてきたばかりで石鹸の匂いがした。ベッドに押し倒されて、本当にいいのか、と先生は俺の髪を梳いた。大丈夫だ、と言うと、緊張しているな、と先生は俺の頬を撫でた。初めてだから、と言うと、先生はその相手が俺なんかでいいのかと眉を下げた。首をぶんぶんと横に振る。違う、先生が、いいのだ、先生じゃ泣きゃ、嫌だ。先生は初めてじゃないのか。そう言うと、何回か、と先生は言った。仲間に連れられて、娼館に行ったことがある。その言葉を聞いて、胸がずきずきと痛んだ。そうか、そうだよな、先生は俺よりも大人だものな。そう言うと、でも、ここは誰にも触れさせたことがないよ、と先生はそこで初めて、自分の秘密を見せてくれた。俺は驚いたけれど、どこか納得もしていた。先生はやっぱり、女神様に愛された人なのだ。炎の紋章を宿して、誰よりも強くて優しくて。触ってもいいか、と聞くと、先生は頷いた。だから先生のその部分に触れると、俺と同じように少しだけ濡れていた。ここに触れたのが俺が初めてだと思うと脳みそが茹だるほど興奮した。先生は俺をいっぱい気持ちよくしてくれた。初めてだからと花弁を一枚一枚優しく崩すように俺の身体をぐずぐずにした。いっそのこと乱暴にしてくれと言うと優しくしたいのだと頬を撫でられた。先生はそういうふうに俺を抱いてくれた。先生のその部分に触れることは何度かあったが、指をいれたり舐めたりすることしかできなかった。俺は女だから。いっそのこと男だったらよかったのにと心底思った。そうしたら、俺はこの人の初めてをもらえたのに。そう唇を尖らせると、お前が男だったら俺はきっと抱き潰されていたのだろうなあと先生は笑った。幸せだった。誰がなんと言おうと構わない、先生を俺の伴侶にしようと思っていた。先生は紋章も持っているし、何よりも女神のようなお方だから、きっと皆最初は戸惑っても俺の決断を受け入れてくれるはずだろうと。そんな夢想をしてくふくふと笑う俺を、先生は不思議そうに見詰めながらも、優しく撫でてくれた。ようやっと、俺は欲しいものを手に入れられるのだと思っていた。あの日ぽっかりと空いてしまった穴を、塞ぐ人を手に入れられたのだと。
 先生が誘拐されたのは、嫌みなくらい天気のいい日だった。おびただしい血と、天帝の剣だけ残して、先生は消えてしまった。俺たちは必死に先生を探した。何度も何度もぐちゃぐちゃになった先生の夢を見て悲鳴を上げて跳ね起きた。先生。先生。先生。俺を愛してくれた人。俺が愛した人。俺がずっと欲しかった人。
 先生が見つかったのは、先生がいなくなってから半年後のことだった。牢に繋がれた先生はどこもかしこも傷だらけで、俺が抱き上げてもずっとぼんやりしたままだった。薬物を投与されていたのでしょう、と医者は言った。先生はそれから一節、何も話さず、ただぼんやりと自分の腹をさすっていた。俺がその意味を知るのはそれからまた一節後のことだった。
「早くお前との子が見たいな」
 先生はそう言って微笑む。俺はそうだな、と言って、先生の腹を見る。先生の腹は誰が見ても分かる程度に膨らんでおり、先生はそれを愛おしそうに撫でている。お前に似るかな、俺に似るかな、男の子かな、女の子かな。そう言って先生は嬉しそうに俺に笑う。俺もそれに笑う。もう現実を見なくなってしまった先生に微笑む。
 なあ先生。なあ先生。貴方は確かに女神に愛されて、女の部分も持っていて孕める身体だけれど、俺は女神に愛されたことなど一度もないんだ。俺は女神に愛されなかった人間だった。俺は女神に選ばれなかった人間だった。だから、俺は貴方を孕ませることなんてできないんだよ。俺は女だから。俺は貴方を孕ませることのできない女だから。
「ああ、幸せだな。お前との子供を授かれて、幸せだな」
 そう言って先生は微笑む。牢で強姦されて孕まされた子供を俺との子供だと信じて微笑む。ああどうして。ああどうして俺は女なのだろう。どうして女神に愛されなかったのだろう。そうしたら誰かに奪われる前に、先生の初めてをもらったのに。ぎり、と血が滲むほど拳を握る。先生は腹を撫でている。誰が父親とも知れない子供がいる腹を撫でる。その顔は、まるで女神様みたいに慈悲深くて、まるで死人のように色がなかった。


こぽん(ディミレト前提モブレト)
2020/03/13
 ゆさゆさと揺さぶられる。目が気持ち悪いと目を潰された。声が煩いと首を絞められた。逃げ出すなと手足を切り落とされた。でもこの身体は大層不思議なたちなので一晩眠れば瞬く間にその傷は治って俺はまた目を潰され喉を潰された。何かを口に含んだのがいつだったのかもう思い出せない。なんだか何十年も日の光を見ていない気がするし何百年も誰とも喋っていない気がする。性器を後孔に突き立てられながら、俺はいろんなことを考えた。時間だけはたくさんあったから。なんでこんなことになったんだっけ。どうして俺は見たこともない男に犯されているんだっけ。大司教を降りてから、俺は静かに森で暮らしていた。釣りをして、狩りをして、森の恵みを分けてもらって過ごしていた。ある日森が燃えた。驚いて駆けつけた時にはもう何もかもが灰になっていた。呆然とする俺の身体を切り刻んで、こいつらは俺をここに幽閉した。ここはどこだろう。こいつらは誰だろう。時々おしゃべりな男が来るけれど、その男も容量を得ないことしか話さないからよく分からない。炎の紋章がどうとか、眷属がどうとか。よく分からない。ただ男たちから香る匂いが戦場のものだったから、ああまた戦争が始まったのだなと思った。今度は何が原因なのだろう。何が悪かったのだろう。もうほとほと、人間には嫌気が差していた。人間というのはいつだって争いばかりして、都合のいい時にしか女神に縋らない。だから大司教を降りたのだ。降りて、もう静かに暮らそうと。ああ、でも、どうしてその場で死ななかったんだっけ。別に、死にたいと思ったことは一度もない。生きるも死ぬも一緒で、いつ死んだっていいと思っていたはずなのに。どうしてだっけ。なんでだっけ。がくん、と身体が痙攣して、遅まきながら自分が気絶していたことを察する。短時間とはいえ眠ったからか、左目が再生していた。それに気づいた男が俺に手を伸ばす。男の目は空と同じ透けるような青だった。その青を見て、ばちんと頭の中で何かが弾けた。ああそうだ、ああそうだ、あの子に言われたのだ、生きろと言われたのだ、大丈夫、すぐ会いに行くよと言われたから、俺はずっと待っていたのだ。ずっと、ずっと、ずっと。めき、という音とともにすさまじい速度で手が再生する。目を見開く男の首をへし折って、俺は身体を起こした。段々と再生する足を待ちながら、俺はぼんやりと腹を撫でた。こぽんこぽんと音がする。再生した足を床に下ろして、俺は男が着ていた服を剥ぎ取った。ばさり、と服に腕を通し、何かが蠢く腹にそっと耳を傾ける。今度はもっと深い森に身を隠そう。いっそのこと、このフォドラを出てしまってもいいかもしれない。どこであろうが構わない。人間にもう二度と見つからなければ、どこだって。
 腹を撫で、俺は牢を出る。ああ早く、お前とふたりきりになりたいな、ディミトリ。こぽん、答えるように俺の子供が腹を蹴った。


ディミレト
2020/03/10
 正直、お前が好きかどうかは分からないんだ。だってお前はよく分からないことをずっと言うだろう。前はどうとか、俺が青獅子の学級の担任だったとか。俺は確かに黒鷲の学級の担任だというのに、お前はそれを頑なに認めない。そうして俺を捕らえて、あとは皆殺してしまった。俺の生徒は皆死んでしまった。お前を責める気は、毛頭ない。戦争とは、そういうものだ。勝った方が正義で、負けた方が悪だ。だから、それに関しては、責める気はない。だから、俺が責めているのは、俺を生かしていることだ。俺だって、あそこで死ぬはずだったんだ。皆と一緒に死ぬはずだったんだ。なのにお前は俺を生かした。こんな有様じゃ、自殺だってできない。俺はおかしな身体だから、手足を切ったところで一晩眠ればまた生えてくる。そのたびに、お前は俺の手足を切った。いいんだ、手足を切ることは。好きに痛めつければいい。好きに嬲ればいい。俺が、分からないのは、どうしてこうも長い時を、生かしているかということだ。それに、お前は手足を切り落とすばっかりで、他のことはなんにもしないじゃないか。俺に愛を囁いて、まるで恋人のように優しく抱いて、俺はもう、お前という人間がとんと分からない。殺すなら、早く殺して欲しい。あの子たちのもとへいかせてほしい。生かすというのならば、もっと痛めつけて欲しい。毎日、毎日、お前に愛を囁かれて、優しく抱かれて、俺はもう狂ってしまいそうだ。いいやもう狂ってしまっているのかもしれない。お前に対する感情が揺れ動いている時点で、俺はきっともう、狂ってしまっているのだ。お前に愛を囁かれるたびに、あの子たちの声が、顔が、一つずつ消えていく。怖いんだ。あの子たちのことを全て忘れてしまう前に、殺して欲しい。殺して、殺して、殺して。
「そんなこと、するはずがないだろう」
 凄惨に笑って、ディミトリは俺にのし掛る。手足がないんじゃ抵抗だってできやしない。身体を丸めて咽び泣く俺の頭を、ディミトリはそっと撫でた。
「お前は青獅子の学級の、俺の先生なのだから」
 ぽろり。涙が零れる。ああ早く殺して。早く殺して。でないと俺は、お前を愛してしまいそうで怖いんだ、ディミトリ。


ディミレト←フレ
2020/03/10
 わたくし貴方が好きでしたの、知ってまして? ああ知っていたさ。お前は、わかりやすかったから。でもね、わたくし、貴方が誰を愛しているか知っていたから、身を引きましたの、きっと貴方は、あの方と幸せになるだろうと信じて、なのに、ああ、なのに、どうしてですの、貴方は、貴方の幸せを掴んでよかったのに、望んでよかったのに、ああでも、貴方をそうしたのはわたくしたちなのですわ、自由な貴方の羽根をもぎ取り、足に杭を打ち、この地に縫い付けましたの、お兄様は、毎日、悔いていますわ、貴方を女神に祭り上げたことに、貴方自身を殺したことに、ねえ、笑って、笑って下さいな、わたくし、貴方の笑顔を、もう百年ほど見ていませんわ。何を言っている、俺は笑っているだろう、俺の顔には、いつだって笑みがたたえてあるだろう。違います、違います、違います、わたくしは、貴方の笑顔が見たいの、女神の笑顔なんて、見たくはありません、ああ、でも、そう、そうなのですね、わたくしたちが、貴方を殺した、自由な貴方を殺した、許してくれなんて、言いませんわ、貴方はずっと、自由でしたのに、自由であるべきでしたのに、ああ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、貴方はずっと、死にたかったのでしょう、あの方の元へ、行きたかったのでしょう。何を言っているんだ、お前が言う、あの方とは誰だ、俺は皆を平等に愛している、だからお前が言う、俺が愛した人というのがちっともぴんと来ないんだ。ああ、ああ、貴方は、あの方のことも忘れてしまったのですね、あの方への、燃えるような恋も忘れてしまったのですね、ああ、許して、いいえ、許さなくって構いません、これは、わたくしたちの罪です、わたくしたちが、抱えていかねばいけない罪です、ああ、ああ、でも、せめて、あの方のことだけは思い出してあげて下さって、あの方は、最後まで貴方のことを気にかけていたではありませんか、あの方は、最後まで、謝っていましたわ、貴方を一人残していくことを、悔いていましたわ。ああ、何を言っている、何を言っているんだ、あの方とは誰だ、悔いるとはなんだ、分からない、分からないよ、もう、頭が、働かない、眠くて、仕方がないんだ、俺はまだ、皆を導かねばならないのに。いいえ、いいえ、もういいの、いいんですの、もう貴方は、しっかり勤めを果たしましたわ、今まで縛り付けてごめんなさい、羽根を切ってごめんなさい、さあ、目を閉じて、息を吸って、きっと、もうあの方は、お迎えに上がっているはずですわ。顔も覚えていないのに、あの方、とやらは、俺を迎えに来てくれるのか。ええ、絶対に、迎えに来てくれているはずですわ、忘れてしまったことに関しては、もしかしたら怒るかもしれないですけれど、きっと、笑って許してくれるはずですわ、だから、何も怖いことなんてありませんの、だから、眠って、眠って、つらいこと、苦しいこと、悲しいこと、全て忘れてしまっていいんです、今までありがとうございました、わたくし、貴方を好きだったこと、誇りに思いますわ、先生、どうか、ディミトリさんと、お幸せになって。

  

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