やさしいおわり
2020/02/28
 本当にいってしまわれますの。悲しそうに言うフレンにそっと微笑む。もう何本目とも分からない注射針を腕に突き刺しながら、俺はああいくよと言った。ますますフレンの眉が下がる。もう俺がすることはないだろうと返すと私が寂しいですわと彼女は言う。ぽきり、と中途半端に針が俺は注射を放ると床に散らばっている空っぽの注射にぶつかった。乾いた音を立てるそれをぼんやり見詰めながら、でももう決めたことだからと眉を下げる。今まで世話になったね。そうフレンの頭を撫でる。彼女は目に涙をいっぱいに溜めて、でも精一杯笑って、ディミトリさんによろしくと伝えてくださいなと言った。頷くと、ぐらりと頭が揺れた。ああ、ようやく薬が効いてきたらしい。床に寝転がると、温室に咲き誇る花の香りが鼻孔を突いた。あああの花はドゥドゥーに育て方を教えてもらったものだ、あの花はフェリクスとシルヴァンが好きだった、あの花はアッシュと一緒に育てた、アネットと一緒に歌いながら温室で踊った、イングリットがこの花は食べられるのですと俺に教えてくれた、メルセデスがこの花は薬草になるのよと教えてくれた。この温室には皆の思い出が詰まっている。だからここで終わろうと思った。穴だらけの腕を投げ出すとそこにそっとフレンが白魔法をかけてくれた。もう終わるのだからいいのにと言うとそんな格好でディミトリさんに逢いに行くつもりですのと彼女は笑った。確かにそうだ。ディミトリは怒るだろうか。悲しむだろうか。でももう、俺も疲れたのだよ。お前に会いたくて会いたくて、でもお前が守った国を導きたくて、今まで頑張ってきた。でももうその役目も終わりだ。女神の役目は終わりだ。俺はようやっと、ただのベレト=アイスナーに戻れるんだよ。
 今までありがとう、とフレンに言うと、私の方こそありがとうございましたと彼女は笑った。
 ディミトリさんとお幸せにね、先生。その言葉に微笑みながら、俺はそっと目を閉じた。ああ、終焉がやってくる。


嘘吐きどの子
2020/02/28
※ディミのそっくりさんと先生の話

 嘘吐きどの子? そう言って彼は辺りを見渡した。周囲は水を打ったように静かで、誰一人彼の問いに答える者はなかった。皆が皆、女神の怒りに触れぬよう息を押し殺していた。けれど、それにいったい何の意味があるのだろう。彼は別に怒っていない。ただ単純に不思議がっているだけだ。純粋無垢な橄欖石色の眸を瞬かせて、彼は自分の眠りを妨げ戦場へと踊り出させた人間を見渡している。俺はただ冷や汗を掻いて彼を見詰めていることしかできなかった。彼は本当のことを知ったら憤るだろうか。彼の静かな眠りを覚まし、人間の身勝手な戦争への戦力とするために虚言を放った俺たちを、彼は殺すのだろうか。女神は、気まぐれだ。神はいつだってそうだ。救いの手なんて差し伸べてはくれない。だから俺たちは、必死にその手に縋るしかないのだ。彼がもう一度、誰が嘘を吐いたの、と呟いた。震える手で、誰かが俺を指さす。その一人を皮切りに、誰もが俺に振り返った。この子供が、という声に、そうだそうだと誰かが嘯く。俺は拳を握って、ただ俯いた。確かに、この戦いで女神の力を乞おうと言ったのは俺だった。女神はディミトリ王といたく親密な仲だったと聞く。彼の亡骸が荒らされそうになっていると囁けば、きっと女神は俺たちの力になってくれるだろうと。そう先導したのは確かに俺だった。しかし、だからと言って。こつり、こつりと女神が俺に近づく。俺は顔を上げられなかった。女神は怒っているだろうか。その美しい顔を憤怒に染め上げているのだろうか。そう思うと背を向けて逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。こつり。彼の足音が俺の目の前でやんだ。彼の手がそっと俺の頭を撫でる。ああ、俺は殺されるのだろうか。この麗らかな手で頭蓋骨を潰され、脳漿をぶちまけるのだろうか。震えが止まらない俺を、女神はそっと撫でた。慈しむような手に、思わず顔を上げる。開けた視界の先で、女神は微笑んでいた。彼は微笑んでいた。
「ディミトリが、俺に嘘を吐くはずがないだろう」
 ぐしゃり、と、一番最初に俺を指さした人間の頭が弾け飛ぶ。一瞬、何が起こったか分からなかった。その人間の血を被った女が悲鳴を上げる。それをきっかけに、誰も彼もが悲鳴を上げて逃げ惑おうとする。それを許さなかったのは彼だった。俺たちを導いた、俺たちが騙した女神だった。次々に弾け飛んでいく人間の頭に喉が引きつる。女神は優しく俺を撫でながら、ディミトリが嘘を吐くはずがないだろう、ともう一度呟いた。
「なあ、そうだろう、ディミトリ」
 そう言って女神は俺の青い目を覗き込んだ。金糸に指を絡ませ、そっと彼が俺を抱きすくめる。
「だって、約束したものな」
 俺に嘘は吐かないって。
 そううっとりと呟く彼の目に狂気が宿っているのを見て、俺はとうの昔にこの女神の怒りに触れていたことに気がついた。


でも、明日怒られそう。(ディミレト)
2020/02/28
※転生現パロ
※先生が売春してる
※モブレト

 でも、明日怒られそう。そう言って彼は首を傾げた。年齢の割に幼い所作なのに、それがやけに板についている。まあ、こういうことをしているから、自分がいかによく見えるかの角度については十分に理解しているのだろう。それにほだされて、私は彼に首筋に噛みつこうとしていた歯をそっとしまった。どうしてなんだい、付き合ってる人がいるわけじゃないんだろう。むき出しの太ももに指を這わせながらそう問いかける。彼は私の指にくすぐったそうに身をよじって、付き合ってないけど、ディミトリが怒る、と眉を下げた。ディミトリ。初めて聞く名だ。私と彼がこういう関係になってしばらく経つけれど、私は彼のことを全く何も知らなかった。知っているのは性器よりなかをいじられるほうが好きなことくらい。それと同じように、彼は私の名だって知らないだろう。それでいい。だって私たちは恋人なわけでも友人なわけでもない。ただの行きずりの男ふたりだ。床に転がる使用済みのコンドームを一瞥してから、ディミトリくんは誰だいと問うとよく分からないと返された。よく分からない。どういうことだろう。不思議に思って彼を見詰めると、彼は少し考えた後、突然俺の前に現れて俺を先生と呼ぶんだと言った。先生。彼は今高校生で、先生と呼ばれるような年齢じゃないはずなのに。私も同じように首を傾げると、彼は困ったようにあの子のことはよく分からないと言った。あの子っていうことは年下なのかいと尋ねると年上だと返された。ますます意味が分からない。前に相手をしたんじゃないかいと言うとあんな顔と寝たら一生忘れないと彼は言った。相当な美形らしい。彼は私の指を受け入れながら、そのディミトリくんについて訥々と語った。
 ディミトリは、少し変なんだ。俺を先生と言って、俺をしきりに気にかける。俺たち、会ったこともないはずなのに、俺はお前に幸せになって欲しいんだって言って、金に困ってるなら工面するからこんなことはやめてくれって言うんだ。俺は別に、金に困ってこういうことをしているわけじゃないのに。
 じゃあ何故こんなことをしているの。名前も知らない相手に足を開いて淫靡に誘うの。そう尋ねると、彼は困った風に首を傾げて分からないと言った。だろうなと思った。彼はきっと、自分のことをよく分かっていない。それがまた、彼の魅力であるのだけれど。
 だから噛み痕をつけたら、ディミトリに怒られる。
 そう言って彼は眉を下げた。表情があまり動かない彼を困らせるとは、ディミトリくんは天才だなと思った。しわの寄った眉間にキスをし、ずるりと彼のなかに這入る。感じ入ったように彼が息を吐く。腰を揺らしながら、私はなんとなく、もう彼とセックスすることはないのだろうなと静かに理解した。


愛していたよ、愛しい子(ディミレト)
2020/02/28
※帝国ルート先生

 過去とは永遠に決別したと思っていた。あの子の手を取らずにエーデルガルトの手を取ったことを後悔したことは一度もない。あの子だって、俺に特別な感情を抱いていたことは万が一にもないだろう。俺はあの子にとって敵。あの子の全てを奪った相手の仲間。だから剣を交える時に躊躇いはなかった。きっとエーデルガルトの方が複雑な感情を抱いているという風な感じで、俺はあの子と戦った。でも、あの子の首が落とされる時、ぱっと眼前に、学生の頃のあの子が弾けた。いつだったかともにしたお茶会はどうして執り行われたのだろう。俺たちは他学級で、特に接点もなかったはずなのに、何故かその日、俺はあの子とお茶会をしていた。とりとめのない話をして、会話と会話の隙間に滑り込んできたかのような沈黙が流れたとき、不意にあの子が言った。
「先生は、不思議な人だな」
 なんだか、先生と話していると、悩んでいたことや苦しいことを全部忘れられる気がするんだ。
 そう言って笑ったあの子。可愛らしくていじらしくて、でもどこか陰のある笑い方。あそこで、お前に手を差し伸べていたら、また別の終わりがあったのだろうか。分からない。だってお前はもう死んでしまった。あの日、あのとき、お前の首は地に落ちてしまった。
 あの子の手を取らなかったことは後悔していない。エーデルガルトの手を取ったことは後悔していない。でも、最後に思い出すのはお前のことばかりで。ぼたぼたと腹から流れる血に掌を当てるとあっという間に真っ赤に染まった。ごぷり、と口から血を吐きながら、ぼんやりと目の前の少年に目をやった。少年は青い目に怨嗟の炎を燃やしながら、ぎらぎらと俺を睨み付けていた。
「父の仇だ、この灰色の悪魔め」
 あの子の子供であるこの子を殺さなかったのは俺の判断だった。周りは殺せ殺せと必死に俺に言い聞かせたけれど、子供に罪はないと言って無理矢理引き取って俺が育てていた。あの子の生き写しである子供はすくすくと育ち、初めて俺と出会ったあの子の年にまで成長していた。よく笑う子だった。よく勉強する子だった。ああ、でも、この日のためだったのだな。命の水が零れる腹部から手を離し、短剣を握るこの子を抱き締める。ぴくりと、その身体がわなないたのが分かった。
 俺はその子の頭を撫で、抱き締め、そっとその耳元に囁いた。
「強くお生き、嵐の王の子よ」
 愛していたよ。それから、俺を殺してくれてありがとう。
 愛しいその子の名前を呼んだ瞬間、がくりと身体から力が抜ける。頽れる俺を呆然と見詰めるあの子に微笑み、俺は目を閉じた。
 ああ、自分はディミトリに殺してもらいたかったのだな。
 そのときになってようやく、俺はディミトリに恋をしていたことに気がついた。


空(ディミレト)
2020/02/28
 目覚めて一番最初に飛び込んできたのは空だった。あまりのまぶしさに一瞬目を細め、ちかちかと点滅する視界に目眩を起こす。目を掌で覆おうとして腕を持ち上げると、ぱらぱらと点滅する世界で何かが散った。視線をそちらに向けると色とりどりの花が俺の周りに敷き詰められていた。掌を這わせるとその花々は呆気なくぺしゃんこになっていく。ひどく不思議に思った。俺は確か、修道院で眠りについたはずだ。恐怖はなかった。ただ胸を占めていたのは、あの子のことだけで。あの子は怒るだろうなとか。悲しむだろうなとか。寂しがるだろうなとか。そんなことを思いながら眠りについた。ならば事前にちゃんと伝えておけばよかったのだろうけれど、あの子の怒る顔を、悲しむ顔を、寂しがる顔を見たくなくて。俺は逃げたんだ。最後に会ったのは麗らかな昼下がりの修道院でのことだった。中庭で茶会をして、とりとめのないことを話した。ああこれで最後なのだと思うと寂しかった。俺が次目覚めたとき、この子はきっとこの世にはいないだろう。だから俺は指輪を渡した。目を見開くあの子に、ちょっと預かっていて欲しいんだと告げて。そうして一方的に指輪を押しつけた。その後すぐ俺は眠ってしまったから、もしかしたらあの子は怒り狂って指輪なんて粉々にしてしまったかもしれない。それは少し、寂しいな。そう思いながら身体を持ち上げた。どうやら花が敷き詰められた棺の中にいたらしい。修道院で眠らされていると思っていたけれど、違ったのだろうか。頭上に広がる空に目を細める。ここはどこだろう。辺りを見渡しても広い花畑の中にいることしか分からない。棺から這い出て、そこでようやく、俺は棺に寄り添うように眠っている人物に気がついた。目を見開く。その人物には肌がなかった。目がなかった。内臓がなかった。全て朽ちて、骨になったその人物を誰かを判別させるのは、頭蓋骨に引っかかった黒い眼帯だけだった。呆然と、その眼帯を手に取る。ディミトリ、とこの子を呼ぶ。返事はない。どうして俺をここに連れてきたの。ほかの皆はどうなったの。国はどうなったの。そう問いたいのに、喉が震えるだけで声が全く出てこない。辺りを見渡してもやっぱり花畑が広がるだけで、修道院も城も何も見えない。そ、とディミトリの骨を抱き上げる。ずいぶん軽くなってしまった。小さくなってしまった。呆然とする俺の視界の端で何かがきらりときらめく。不思議に思ってそれを拾い上げて、俺は目を見開いた。
 ああ、ああ、ああ、ディミトリ、ディミトリ、ディミトリ。
 お前は俺のことを忘れてしまったよかったんだよ。自分の人生を生き、俺のことなんて忘却の彼方においてきてしまってよかったのに。
 だくだくと流れる涙をそのままに、俺は声を押し殺して泣きながらディミトリの骨を抱き締めた。
 眠るときは、綺麗な花畑で眠りたいな。
 そう口にしたあの日のお茶会の光景がぱっと眼前に弾けて消える。亡骸を抱いて咽び泣く俺を、銀色の指輪だけが澄んだ光で見詰めていた。

  

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