殺戮にいたる技術

校舎、屋上。

琥珀で出来たバターナイフを片手に、私は目の形をしたシンボルの前に立っていた。
ふむ、やはりここにも変な液体が使われていたらしい。少しだが、呪いの拠り所になっている。

塵も積もれば山となる。
あまり意味の無いシンボルも、気味が悪い液体も、数が募ればそれなりな価値を発揮してしまう。例えそれが素人技術だとしても。

「さて、では今回の事件を解決しようか。準備は出来てるかい?七海くん」
「はい。いつでも問題ありません」

鞄から取り出した鉈を構えた七海くんは準備万端だ。
私は彼の姿を確認してから、シンボルを切りつける。

ザクッ

「さて、これで予定通り…」
「現れましたね、本命が」

呪力を感知する。
振り向けばそこには、未確認の準一級呪霊が一体。
やはり居たか。シンボルで不可視となっていた存在が。

高位の呪霊、狡猾で残忍な呪い。
赤い皮膚にギョロリとした真っ黒い瞳、長い鉤爪とヤギのような蹄のある足。悪魔とも取れるべき容姿をしたその呪霊は、夏油ですら見落としていた不可視の呪霊であった。

「土岐先生は危ないので下がっていてください」

呪霊との戦闘が幕を開ける。
戦闘嫌いな私も、流石に弟子を置いて逃げることはしなかった。



………



トリックはシンプルだ。
魔女とは、悪魔と魂を呼応、もしくは共有させる者であると定義付けられている。
ならば早い話、魔女である被害者は呪霊と共に在るわけだ。

じゃあ何処に?という話だが、これも単純。
被害者が魔女であるのはこの小さな学生社会…即ち校内だけの話。
彼女は学校内で迫害され、魔女として仕立て上げられた。ならば魔女と結び付く呪霊はここから出たら魔女との結び付きが弱まり弱体化してしまう。
だから校内にいる所までは簡単に分かった。

問題は何故呪霊が見つからないかだ。
それもまあ、考えて探せば分かること。
何の効果も持たなかったはずのシンボルに呪霊が呪力を流し、効果を成立させたのだ。
補助監督や夏油くんがシンボルを見逃してしまったのにも理由がる。
『目』のシンボルは『バスカニア(邪視)』を意味する。邪視とは、外界からの敵対者を欺くための力だ。
呪霊や被害者からすれば我々は敵、そのためシンボルの力によって我々から呪霊やシンボルが見えなくなってしまっていた。
私がシンボルを見つけられたのは、その存在が在ると信じて探していたからだ。視界には入らずとも指先で凹凸を感じることは出来る。だから、片っ端から在りそうな場所に手を這わせていった。潰して数を減らしていけば効果は弱まる。効果が弱まれば探しやすくなる。
そして、こうしてシンボルを無効化してしまえば邪視の効果は完全に無くなる。ちなみに、琥珀には呪いを吸い取る力がある。だから私は琥珀のバターナイフでサクサクシンボルを潰していたわけでなのだ。

シンボルを潰し終えればあとはもう、呪霊を無力化すれば事件は終わり。
被害者は呪霊と呼応しているのだから、呪霊が倒せれば彼女は解放されるはずなのだが…。


「クソッ…!!」

ガンッ!ガンッ!キンッ!!
鋭い爪と鉈が何度も打ち合い、その度に力負けした七海くんが屋上の鉄柵側へと押されていく。
術式で七対三の急所を作り出そうと、攻撃が届く前に呪霊は回避行動へと移る。
残忍な呪霊は容赦などせず、醜く歪んだ笑みを浮かべて彼を甚振った。

それでも負けじと、呪霊の死角へと素早く回った七海くんが脳天を狙いに行く。
赤き巨体の背を駆け、後少しで攻撃が届くと思った瞬間、呪霊は彼の振るった鉈を片手で握り締めた。そして歪な笑みを浮かべ、鉈ごと七海くんを空へと勢い良く放おり捨ててしまう。

屋上から落下していく彼と目が合う。
焦りと心配、己が無力を嘆く瞳が私を射抜く。


「せんせい!!逃げて!!!!」


頭上から落ちてきた影を仰ぎ見れば、爛々とした瞳でこちらを見下ろす呪霊と目が合った。

「逃げろっつったって、ねえ」

呪霊が振り上げた鉤爪が真っ直ぐこちらへ向けて振り下ろされる。
私はそれを眺めながら、小さく溜め息を吐き出した。


………



前にも語った通り、私は戦いが苦手だ。
シンプルにセンスが無い。例え術式を極めようと、だ。

ただ、イコール出来ないというわけではない。
対処法は編み出しているし、受け身だって取れる。伊達に長生きしていない。
ただ、本当に出来ればあまりしたくないのだ。
それが何故かと言えば、ご覧の通り。

第一保管コード、通常解放(ノーマル・オープン)


「解放(レット・ゴー)」


指の一つも動かず、私は術式を使って解放の意を唱えた。
瞬間、爆発的に跳ね上がった呪力を感知して攻撃を振るっていたはずの呪霊が大きく飛び退いていく。

私の術式は本当に簡単で単純な物だ。
難しいことは何も無い。ただ「保存」「管理」「解放」この三択しか選べない。

「私は常日頃から呪力を保存していてね。自分のだけじゃなくて周囲から得た物まで、全て」

保存していた呪力の解放。
それによる、単純な攻撃。

即ち、完結的一撃。


「解放(ディスチャージ)」

呪力解放、これなるは魂に刻まれし、無垢なる魔女の呪いなり。


パチンッ
差し出した指を一度、鳴らす。
瞬間、瞬きの間すら無く、呪霊に向けて放たれた強力で圧倒的かつ暴力的な凶器的呪力の渦は、赤い身を残酷なまでに黒く粉々に焼き切り一瞬の内に"悪魔"の命を絶命へと追い遣った。

シュゥーー………
焼け焦げた屋根、一部が融解した鉄柵。その向こうには、呪力砲によって雲が散って晴れ渡る空と、高質量のエネルギーによって歪んだ空間。
…ああ、また失敗した。どうにも解放の方は力の調節が上手くいかないせいで、毎回器物を破損させるし身体は疲れるしで困ったもんだ。
だから嫌なんだ戦闘は。全く、これっぽっちも面白くないし、後から「物を壊すな」「もっと力を調節しろ」「教師の癖に下手過ぎる」とかって叱られるから。


呪霊が最後にいた位置に、一人の少女が現れる。
私はそれを受け止め、涙を流しながら瞑った瞼を一度だけ撫でてやった。

「本物の魔女にとってはね、死を招くなんてのは恋を成熟させるより容易いことなのさ」



暫くした後、屋上へと戻ってきた七海くんは私に怪我が無いかどうか確認した後、彼は何故かめちゃくちゃ悔しがりだした。

「何故拗ねているんだ、君は」
「先生が戦う所を見れなかった、クソッ」
「いや、あんなものは戦いの内に入らないだろう。ただの破壊活動だよ」
「それでも見たかったんです、はぁ…」

見るからに残念そうな彼には悪いが、あんな場面私としては見られたくない。
だって私の仕事は教師で探偵、どちらも言葉と知識を使って人を導く職業だ。対話を諦め呪いに頼るなんて、職業上あまりにもナンセンス。尊敬される師として、そんな格好悪い場面は見せられない。
と、説明したのだが…

「いえ、普段私や灰原に任せ切りで、後方で逃げに徹している姿の方が余程格好悪いですが」
「えっ……」

どうやら私の弟子は、疲れた師にも容赦が無いらしい。

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