馬鹿と煙は決裂がお好き


以前時雨さんから聞いた業者に連絡を入れておいたおかげだろう、帰宅した頃にはドアと窓やらは綺麗さっぱり元通りになっており、死体も消えていた。
業者、というのは所謂クリーン業者である。アングラ御用達の。値段は張るが仕事は速く、正確だ。そのため、部屋の中では何の問題も無く過ごせる…はずだった。

「なあ、風呂沸かすのどれだ」
「そこのパネルですけど…あの、なんで付いて来たんですか?」
「まだ襲撃あるかもしれねぇからな」
「だったら張り込みしてれば良いじゃないですか、家中に色々ストーカーグッズ仕込んでるんでしょ?」
「何言ってんだ、家の中の方が快適だからに決まってんだろ」
「貴方の方こそ何言ってんだですよ!」

中華料理屋で別れたはずの甚爾さんは見事に後を着けて来ていたらしく、マンションに入るタイミングで現れて部屋の中まで押し入って来た。
それについては依頼がある手前諦めたが、勝手に冷蔵庫を開けて食べ物を漁り、ソファにドカッと座ってテレビを見始めた態度は気に入らなかった。
邪魔だ。果てしなく邪魔だ。デカいし、態度悪いし、何なんだコイツ。

だが、私も疲れているのだろう。溜息を吐き出すばかりで文句はあまり出てこなかった。
色々ありすぎた一日だった。金になりそうな情報は幾つか見つけたが、割りに合うかと言われれば微妙である。

一先ずパソコンを開き、収集出来た情報を纏めていく。
闘技場にて接触出来た新しい顧客情報、売れそうな情報、ビジネスの匂いがする情報。
それを終えれば、日課の裏情報サイト回り。
あのシマで何が起きた、誰が殺された、どいつが東京に出入りしている。そういった情報の中の最新部分。見知った…というか、私の名前が書かれているのを発見した。

クリック。
内容を読み込む。
どうやら、最悪なことは続くらしい。

「甚爾さん、面倒になった。そっちの部屋から武器調達したら、すぐにここを出る」
「あ?どうしたよ、真面目な顔して」
「私に懸賞金が掛けられた」

言うが早いか、甚爾さんはすぐさま立ち上がりこちらへ向かってくる。
ノートパソコンを持ったまま部屋を移動し、武器が隠されている部屋へと行って鍵付きのクローゼットを開いた。
ガチャガチャと拳銃やナイフを私と自分用に持ち出した甚爾さんの隣、緊急時のための道具一式が入ったリュックを担いで手早く準備を終わらす。

「釣られて動いてる奴」
「いる。というか、国内連中は向かって来てる。多分、高専も動いてくる」
「何処のどいつが掛けやがった?」
「恐らくは私とビジネスのやり方の合わない同業者のどれかだろうけど……ああ、あの時蹴った南米系の田舎者か、どうりで…」

一緒に部屋を出ようとしたが、甚爾さんに「一瞬待ってろ」と言われて足を止めた。
一人だけ部屋の外へと出た甚爾さんは本当に一瞬で戻って来る。どうやら、家の中の明かりを消してきたのと、靴を持って来たらしい。
そのまま「風呂場から出るぞ」という声に従い、私は彼の後ろを付いて浴室へと向かう。中途半端にお湯の張られたバスタブから立つ湯気が濡らす窓を開き、そこから地上を目指して脱出した。

落ちる、落ちる、落ちる。
耳元でビュウビュウと吹きすさぶ風の音を聞きながら、私は甚爾さんに続いて地上へ向けて落下の一途を辿った。体感にして三秒程度の落下は、先に着地をしていた甚爾さんにキャッチされて無事クリア。
一応弁明しておくと、私とて術師の端くれだった者。これくらいの落下、自分一人でどうとでもなる。だけど、着地を手伝ってくれるというのならばそれに甘んじてしまう程度には、私も流石に疲れていた。

「とりあえず片っ端から殺ればいいな」
「非効率的過ぎる…懸賞金掛けて来た大元と向かってくる奴等をピックアップするので、その人達だけで良いです」
「高専はどうすんだ、お前のこと拉致りに来るだろ」
「え〜〜…あ、でも、後輩の問題児二人が来たら一発くらいは殴って貰っても良いかも…アイツらムカつくから…」
「おい、俺以外にムカつくなよ、妬けるだろ」

キショ…何なんだコイツ。
思いっきり口をへの字にして嫌そうな顔を向けてやれば、甚爾さんは嬉しそうにドヤァ…っとした顔をしてきた。マジで何なんだコイツ。

一先ず、場所を変えるべく我々は行動を開始した。
甚爾さんに担がれた私は、またしても流れる景色を見るハメになる。

甚爾さんに向かうよう指定した先は、郊外にある広い土地の家だ。
今は誰も住んでいないその家は、元はヤクザだか何だかの息が掛かった著名人が住んでいたらしい。交渉の末に手に入れたそこに私が居る…という偽の情報を、裏の情報サイトに『高いけれど買えない値段ではない』値段で売ってやった。金が掛かると信憑性が増すのは、騙しの手口である。

「甚爾さん、途中このパーキングに寄って下さい。防弾車あるんで、それで家まで行きましょう」
「用意が良いな、他に幾つ持ち家があるんだ?」
「都内のセーフティーハウスは三つ、あとは郊外にも三つ」
「なあ、お前が煩わしく思ってるもん全部蹴散らしてやるから、俺に一部屋寄越せよ」

そもそも貴方が私で金を作ろうとしたのが始まりじゃないか…と、文句を込めて頭を一回叩いておいてやった。
だがまあ、想像以上に色々と厄介だった連中が釣れているのも事実。半分でも減らせれるな、ちゃんとした報酬を考えてやらんでもない。

「まあ考えてあげなくも…いや、でも甚爾さんって一人で生活とか出来るんですか?家事とかは?」
「は?そんなんお前がやればいいだろ」
「は?いやいやいや、なんで私と同じとこ住む前提で喋ってるんですか、嫌ですよ」

そう言うが否か、甚爾さんは走るのをやめて立ち止まった。
辺りは何処かの住宅街で、現在時刻は午後十一時。出歩いている人間はおらず、道には我々だけであった。
彼は不服そうな顔でこちらを見下ろしてきたと思ったら、次の瞬間には「やめた」と言い出す。

「つまんねぇ、俺はもう帰る」
「は?え、え?」
「あとは自分一人で何とかしろ」
「いや、え?貴方それでもプロですか?」

私の言葉に目を反らした彼は、人のいない道の先を見つめながら冷めた瞳をしていた。
どうやら、本当に飽きてしまったらしい。この、自分でやり始めたドタバタ劇に。

流石に腹が立ちそうになったが、よくよく考えれば高専を出てから今までピンチは多々あり、その度に一人で何とかしてきたのだという事実を思い出す。
そうだ、私は一人でもわりとどうにか出来てしまう人間だった。別に、現状まだこの人を頼らなきゃ不可能な状況ではない。ただ便利だから頼んでいただけで、方法も手段も他に幾らでもある。

そう、別に…この人じゃないと駄目な理由なんて、どこにも無かったのだ。

「……はあ、まあ別に良いですけど。そのために手回しは色々と日々しているわけですし」
「……強がんなよ、弱っちい癖に」
「私は貴方が思うほど弱くはないし、弱いなりに色々考えて生きているんです」
「そうかよ、可愛くねぇ奴」

捨て台詞を吐き捨てて、甚爾さんは音も無く一瞬にして私の前から消えてしまった。
住宅街に一人取り残された私はすぐさま携帯を取り出しカチカチと弄りだす。

マーキング、マッピング。
情報の浸透率、今後予想される状況、諸々の掛かる金額。
車はあの駐車場に停めてあるベンツを使って、あの業者を使って術師以外は足止めと処理を可能な限りして貰い、死体回収はこっちに依頼して、この企業とこの財団、こっちにも恩を売っておこう。
逃走経路はこれで、非常線は必ず確保して…。


「………虚しい」


唐突にそう思った。

高専での日々を思い出す。
可愛くない後輩と優しい先輩。優しくない世界と私には難しい人間関係。
積み重なるストレス、終わらない任務、死んでいく隣人。
やっと見つけた居場所だと思った場所にすら居場所はなくて、離れればどうにかなるかと思って離れてみたら、本当に一人きりになってしまった。

普通の一般人としても生きていけない。
術師としての正義も全う出来ない。
そして今度は、ただ一人私を見てくれた人すら満足させられず、去って行かせてしまう。

私の人生とはいったい何だろう。
私は何処へ行けば満足だったんだろう。

生きていても殺していても楽しくない日々に、終わりはあるのだろうか。


「先生…私を見て……」


誰か。
誰か、私を見て。
そう叫び出してしまいそうな衝動を飲み込み、唇を噛んで歩き出した。

どう足掻いたって人間は過去には戻れない。ご都合主義な展開なんて私には降って来ないし、私だけの味方なんて現れるはずもない。
ならば自分でどうにかしていく他あるまい。

リュックを背負い直し、一度呼吸を整えてから前を向く。
一人でとことん、やってやろう。全部終わった後は寿司とケーキと唐揚げとあとなんか…とにかく美味しい物をいっぱい食べてやる。
あんなプロ意識が欠如したクズなどもう知らん、好きに生きて勝手に死んどけ。
でも武器は返せ武器は。
私のライフル返せ馬鹿。

というか……

「一緒に暮らせなくて拗ねるとか、おつむ足らない彼女かよ!」

あ、やば。また腹立ってきた、本当にムカつくな…あのオッサン…。

次会ったら絶対蹴ってやろうと心に決める。
こうして、私の長い夜が始まった。


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