1-7




灰原くんの話に私は目を見開き固まった。

そんな、まさか……まさか、そんなことって……。
認められない現実に、私はなるだけ感情を仕舞い込んで灰原くんへ「それは本当…なんだね?」と尋ねた。
そうすれば彼は真剣な顔で「本当です」と言いきった。

私はそれを聞いた瞬間天を仰ぎ言葉を失った。
そんな…こんなことがあるなんて…こんな……吉野順平の魂が実験成功確率80%を上回る数値を叩き出すなんて…!

「めちゃめちゃラッキーじゃん……私、運良すぎでは…」
「駄目ですよ先輩!相手は一般人なんですから、手を出したら絶対駄目ですよ!」
「あの魂はもう私の物だ………」
「駄目だ…先輩が死神みたいなこと言い始めちゃった!」

目を覚まして下さい!!先輩には僕が居るでしょ!?
そんなことを言いながら私の肩を掴みユサユサと揺らしてくる灰原くんの肩を逆に掴み返し、とうとう我慢しきれなくなった笑い声を喉奥からクツクツと溢して笑みを浮かべる。今の私、多分めちゃめちゃ死神面してる。

「灰原くん、吉野順平を確保しよう!保護という名目で確保しよう!!」
「先輩、駄目です。彼はそもそも一般人だし、まだ真っ当に生きてるんです」
「だから…生きてる内に契約しちゃえばいいでしょ、きみの時みたいにさ!」
「つまり一夫多妻制!?嫌です絶対!!先輩の妻は後にも先にも僕だけがいい!!」

嫌がる灰原くんにまあまあ落ち着きたまえと肩を叩く。
そして私は良い笑顔でサムズアップをしながら言ってみせた。

「妻と愛人は別物…ってね!」
「…………冗談だよね?そうじゃなかったら流石に怒りますよ、あと七海にも相談しますし、子供達の教育にも悪いので子供達のことは今後僕が面倒見ますがそれでも良いですか?」
「や、やだな…流石に冗談だよ……」

いや本当冗談だから、ごめんねなんか…ちょっとテンション上がり過ぎちゃってたみたいだね私。ホへヘ…サーセン…。

冷たい眼差しを私に向ける灰原くんに早々に耐えられなくなった私は、無理矢理話題を変えることにした。

「で?夏油くんはなんか言ってた?」
「夏油さんは…吉野くんが非術師だから判断を所長に任せる、と…」
「その様子だと、彼はもう既に実験を視野に入れた段取りを組み始めているみたいだね」
「うーん、多分…」

まあそうだろうな、とは話を聞いた瞬間に予想していた。
夏油傑は非術師に優しくない。だからきっと実験には肯定的だろう。
だが五条くんは違う、彼は罪無き一般人を誰かの未来のために消費する実験など良しとはしないに決まっている。
そして私は五条くんの友達だ、友達が嫌がる実験なんてしたくない。

今回は適合する魂が存在している…という事実が分かっただけ良しとしよう。
流石に私も吉野順平を使うのは惜しい、彼には呪いなんかと関わらずに生きて貰いたい。そう思えるくらいには気に入っているのだ、あの生意気な子供のことを。

そうなりゃさっさと研究所に戻って今後の方針を発表しなければ!と意気込んだその時だった、突然prrr…と着信コールが鳴り響いた。
互いにスマホを取り出し画面を見れば、どうやら灰原くんへの着信だったらしく彼はスマホを耳に当て電話に出た。

「もしもし、灰原です。あ、五条さんお疲れ様です。え?先輩なら今隣に……」

電話は五条くんかららしく、そして何やら私に関係があるみたいだった。
私は灰原くんから差し出されたスマホを耳に当て、「五条くん、どしたの?」と尋ねた。すると、彼は一言目から大分失礼なことを言いやがった。

「あ、その感じだとお前がストレスでトチ狂って一般人バケモンにしたわけじゃないのね、なら良いや灰原に変わって」
「いや、何の話?てか私のこと何だと思ってるの!?」
「はいはい僕とお喋りしたいのは分かりまちたから、灰原とかわってくだちゃいね〜」

なんだコイツ!!!いきなり電話して来たと思ったら意味分からないことペラペラ喋りやがって!!
ムカついた私は「五条くんのばか!」と吐き捨てるように言ってスマホを灰原くんに押し付けた。
フンッ!あんなクソガキ坊っちゃんのことなんて知らない知らない知らないもん!!

しかし、そんな私とは裏腹に電話を続ける灰原くんの表情は厳しくなっていく。
真面目な声で「はい、はい…」「分かりました、こちらで…」と、何やら秘密のやり取りをしていた。
仲間外れにしやがって!とは流石に思うまい、灰原くんのただならぬ様子に私は黙って頭を働かせた。

嫌な予感がする。
というか、先程から私の今手元に無い作品のどれかが反応している気がする。
産出した鉱物から作られた作品たちは、皆私の呪力が惜しみなく注がれている。それらは時として勝手に動くように命令式を組み込んでいる。

このタイミングでこの動き、そして急に掛かってきた電話。
兄絡みか、研究が暴発でもしたか、はたまた…。

「先輩」

ふと、深く考え込んでいた意識が灰原くんの声で浮上する。
私は彼の方を見、何かあったのかと言葉を待った。

「先輩、非常事態につき、東京に到着したら高専から動かないで下さい…と、お達しが出ました」
「上から?それとも高専から?」
「両方からです」

灰原くんはやや間を開け、「僕は先輩を疑ってなんていませんが」と前置きをしてから話出す。

「神奈川県川崎市で事件が起きたらしいです。関係者に吉野順平の名前が挙がっています」

緊張感を伴ったその言葉に、私は何でもない声で「なるほどね」と返して窓の外に視線をやった。
悪い予感は当たるものだ。思い返せば数ヶ月前に吉野宅に鉱物を幾つか置いたままにしていた、恐らくはそれが何かを切っ掛けに反応を示しているのだろう。

「先輩、駄目ですからね」
「分かってるよ、吉野順平の元へは行ったりしない」
「………良かった」
「流石に今行ったら容疑者候補になっちゃうもん」

そんな馬鹿で命知らずな真似するものか、と鼻で笑って言ってやれば灰原くんは私の片手をギュッと握ってきた。
それを同じ力で握り返し、何でも無い顔をしながら必死にこれでもかと頭を働かす。

馬鹿も命知らずも過去のもの。
今の私は研究所と仲間達、そして子供達の未来を背負っている身だ。
流石にたかだか一人の一般人のために無茶など出来るはずもない。

そう、大人になってしまったのだ、私達は。




………





とかなんとかアンニュイに格好付けてみましたが、ここで私という存在について振り返ってみて貰いたい。

私といえば何だろうか……そう、天才である。
紛うことなき天才、比類無き鬼才、天上の異才。
それこそが私、禪院甚輝。そして天才とは茨の道を進み、自ら孤立を選び、「誰も成し遂げない」ことを成し得るからこそ唯一無二となるのだ。
つまりそう………大人になったから無茶など出来るはずもない、とかそんな世間一般論など知らないのだ!!!

そもそも大人とか知らないし、永遠の美少女だし!そもそも人じゃないし!!
上とか高専とか知ったこっちゃないし、そんなん勝手に言ってろって感じだ。

無理?駄目?馬鹿?命知らず?
うるせーーー!!!私は天才なんだ!!不可能も可能に変えるし、死人も蘇らすし、実験も成功させる!!
その実験に必要な人間が今、この瞬間、誰とも知らない泥棒猫に横取りされそうになってるってのに、黙って座ってられるわけがなかろうて!!

ということで協力者として呼び出した甚爾お兄ちゃんにより、華麗に研究所からエスケープした私は吉野順平の後を追った。

「何処の馬の骨とも分からん奴に、私の可愛い助手はやらんぞ!!」
「で、何処行きゃいいんだよ」
「あっち!!!」
「だからどっちだよ、せめて方角で言え」

早朝五時半。高専を脱出し、ジャバウォックの背に跨がって空を駆け抜ける。
目指すは吉野家、そこから発信され続けている私の作品による救難信号をまずは確認する。
ずっと昨日の夜から助けを求めて信号発し続けられている子は大丈夫だろうか、吉野順平は無事だろうか。

逸る気持ちを抑えるように、ブラウスの上から心臓を握った。
そんな私を背中から支えているお兄ちゃんが、少しだけお腹に回した腕に力を込めてくれる。

「心配するより先に、アイツらへの言い訳でも考えとけ。どうすんだ本当、俺は知らねぇぞ」
「それはもう、土下座しかないよ!ジャパニーズ土下座をお見舞いするしかないよ!!」
「おい、天才のプライド」

なんなら土下寝まであるよ!!
土下座一つで大切な人の命が救えるなら安いものでしょう。
あと多分五条くんは許してくれると思うので、彼が許してくれるならば私の地位は何とかなるはずだ。昨日はばかとか言ってごめんね、愛してるよマイフレンド。

朝の明るさが加速度を増して広がっていく。
乳白色の夜明けが私達を照らし出す。

どうか、どうか。間に合ってくれ。
祈るように願うように心臓が早鐘を打つ。
けれど頭の片隅では、冷静に「もしも」の時に備えたことを考えていた。


prev top next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -