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人間関係は広く浅く、学問も広く学べ。
他人とは常に一定の距離を保ち、様々な知識を持って、多角的観点から物事を自分の目で見て判断しろ。


それが私の祖父の教えであった。

祖父は民俗学の研究者で、海外の様々な土地に赴き民族と社会について学び、考えることが仕事の人である。
民俗学は考察が主だ、この土地の人々は何処から来て、何故この地に根付いたのか。文化発展の理由と滅びの理由、今の社会への影響……それらを様々な観点から考察する人であった祖父らしい教えだと思う。

祖父の教えは今の私の在り方に強く根付いている。
どちらか片方に片寄るのでは無く、平衡感覚を見失わずに物事を見るようにするため、誰かの味方をしたりはしたくない。

だから そう、私は呪術師であることに誇りや居場所を感じたりしないし、呪詛師へ対して嫌悪や敵意を向けることはない。

私が呪術師をしているのは単純な理由だ、カッコいい武器が扱えるから。
武器を振るうのは楽しいし、思いっきり身体を使うのも楽しい。呪霊に何をしたって罪は無く、祓除すれば褒められてお金が貰える。
深く考えてなんていない、私はいつだって浅い所で海藻のようにプカプカ漂っている人間だ。


なので、私はとてもじゃないが、正しい人間になんてなれやしないのだ。



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正しいか正しくないかはさておき、改めて交際をスタートさせた我々はとくに何をするでも無く、時間が合えばゲームをしたりスタンプの押し合いをしたり、ご飯を一緒に食べたりなどしている。

いやこれ、友達の時と変わらないのでは?とは毎回思うが、狗巻くん……いや、棘くんがやたらニコニコしていたりするので、まあ深く考えなくていいか…と思考は投げた。

最近の棘くんは私の髪をいじるのがブームらしい、動画サイトで見つけて来た可愛らしい髪型を、おめめをキラキラさせながら指差して「これをやりたい!」と訴えてくる。
動画を一緒に見るも、私には途中から何が起きてるか大体よく分からなくなるが、彼には分かるらしく、座る私の後ろにまわってブラシやヘアアイロンなどを手に頑張ってくれるのだ。

ということで、ここ最近の私は毎日可愛い髪型をしている。
今日も今日とて休み時間を利用して行われたヘアアレンジ大会では、棘くんがチマチマと編み込みをして、最後に黒いリボンも着けて、複雑怪奇でドレッシーな髪型の出来上がり。
どうなってるんだこれ、あとこのリボンは一体どこから……。

「こんぶ〜」
「ありがとう、棘くんどんどん上手くなるね…」
「ツナ♡」

………媚びられとる。

鏡を持った私の隣にススス……と移動した棘くんは、ぴとっとくっついてスマホのカメラを起動させた。
インカメだ、これは絶対自撮りだ。
私と二人で写り込むようにと身を寄せ、指先をクロスしてハートを作る棘くんは実に楽しそうである。しかし私は微妙な気持ちだ、だって………だって……

棘くん毎回バカップルみたいなタグしか付けないんだよ……。


#今日も可愛い彼女に感謝 #だいすき #カップルフォト #ヘアアレンジ完璧 #彼女にも好評 #今日も宇宙一仲良し♡


気分によってはここに謎のポエムも挟まる。
悪いことだとは言わないよ、自分で管理している物は自分の好きに使えば良い。でもそれはそれとして恥ずかしいのだ。
だけど、SNSを覗けばわりとこんな感じの投稿は沢山あって、何ならもっと痛々しい物だって山のようにある。マジで本当なんなんだ、この世。理解し難い。文化の発展って時に予想しない方向へと進むよね。

あと私達より仲が良いカップルは沢山いるよ、四六時中イチャイチャしてるカップルには負けるよ、私は四六時中イチャイチャしたくないもん。素直に疲れる、精神的に。

それでもやはり、髪型を可愛くしてくれたのは嬉しいので、嬉しさを込めてお礼のハグをすれば「たらこ〜!」と抱き締め返してくれた。
………棘くんの言う「たらこ」は世界一だ、この世で最も「たらこ」を可愛く言えるのはこの男だ、異論はみとめな……やべ、私までバカップルみたいなこと考えちゃった。何だかんだ影響されているのかもしれない、これは良くない。


平衡感覚を失ってはいけない、どんな時も平等な目線で、依存も執着もしては駄目。
祖父の教えを思い出して………うん、よし、よし……OK、落ち着いた。


さっきのは脳が一瞬バグっただけ、私は今日もフラットでニュートラルで敷居の低い人間だ。

なんだか、私って本当につまらない人間だな、こんなんで棘くんは本当に良いのだろうか。不安にはならないが申し訳無い気持ちにはなる、若いんだからもっとスリルのある恋愛の方が良いのでは……スリル…スリルかぁ………。
スリルという言葉に私の脳内には一人の人物の顔が過った………乙骨くん…。

「乙骨くんと付き合うのはスリルがありそうだなぁ………」
「る、!?。!?い、くら!?!??」
「あっ、や…今のはなんでも……」
「おかかかぁ!!!」
「"か"一個多いよ」

ごめんて、つい考えてたことが口に出てしまっただけなんだ。

「ほら、私は刺激的な人間じゃないから付き合ってたらそのうち退屈になるんじゃないかと…」
「おかか」
「それで、乙骨くんを見習ってみるかと思ってだね…」
「おかか!」

これはどうやら見習わなくて良いらしい。
そりゃそうか、いきなり彼女が呪力ヌル……っと系になったら怖いよね、私もあのクマなのか、アイラインに失敗し過ぎたのか、地雷メイクなのか分からない目にはなりたくないかな。
あとあの男、愛が重くて苦そうなのでやはり見習うべきポイントは無いな…強いて言えば姿勢の低さとか?いやでも乙骨くんはもっと図々しくなっていい、やはり私が彼から見習うべきポイントは皆無だ。

まあでも、人生にはやはり多少はスリルがあった方が良いかもしれない。

「スリル…ジェットコースターとか?」
「……しゃけ!」
「私、富士山が見えるジェットコースター乗りたい」
「しゃけ!」

両手でまる!とジェスチャーする棘くんに合わせて、私もまる!と同じポーズを取ってみせた。

つい、真似をしてしまった………気を付けようと思ったのにまた影響されてる。
浅い人間なことは自負してるけど、浅はかな人間にはなりたくないのになあ。


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