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信者が勧誘して来て、暇潰しに講習会に来てくれていた彼女が高専生だと知っていて声を掛けたのには理由があった。
一つは術式を目的としたもの、二つ目は彼女の視点で見た私と世界について知りたかったからだ。

まるで一人だけ観客席に座って劇でも見ているように物事に関わる、彼女は今日も、隣に居るのに隣に居ない。

「だから君は面白い」
「夏油さん……」

そんな経緯があって、普段スパイの真似事をさせている彼女を休日だと言うので呼びつけ、戯れに会話をしていれば「自分はつまらない人間だ」と話始めるものだから、私は思わず君ほど面白い人間も早々居ないだろうと説明してやった。
話を黙って聞いていた彼女が私の名前を呼んだ、それに対して甘く微笑めば、彼女は感情を削ぎ落とした表情で言った。

「女子高生に媚びるのサムいですよ」
「物凄く失礼だな」
「ダサいしクセェ」
「こら、口が悪いよ」

クセェってなんだクセェって、台詞がってことだろうか、そんなまさか………人生26年、この口調と言い回しで数多の人間を落として来たというのに。
今時の若い子はこういう言葉にはときめかないのか?いやでも、娘達は私からの褒め言葉にならいくらだってハシャいで喜んでくれるし………。

「あと前髪も変だし」
「それはいいだろう別に」
「差別主義だし」
「猿を猿と言って何が可笑しい」

口の端を吊り上げてそう言えば、彼女は白けた瞳をしながら「貴方だって、私の見てる世界が見えない癖に」と皮肉を口にした。
……これは手厳しい、だが呪いが見えないことと、君の見ている世界が見えないことを同列に扱われるのは気に入らない。そもそも、この世界に君と同じ物が見えている人間がはたして居るのだろうか。
クツクツと喉奥で笑いながら、私との会話を楽しんでくれない少女の綺麗に編み込まれた髪を撫でた。

「私だって見えるものなら見てみたいさ」
「見なくていいです、夏油さんが見たら絶対録なことにならない」
「何か一つくらい君と共感したいんだ」

段々になった編み込みを指の腹で撫でていき、徐々にその手を下へとやって耳の輪郭をなぞるように触れる。
色を灯した指の動きに対して、彼女は何一つ反応を見せずに、冷徹な眼差しで"何処か"を見つめるだけだった。

彼女が見ている景色は誰にも見えない、理解し得ない。かの呪術界最強と謳われる五条悟にすら全容を把握仕切れない特級品の瞳。

『流転眼』

片眼だけでも売り捌けば5億はくだらないだろうその瞳は、文字通り六道四生、即ち輪廻に関連する物だ。
輪廻転生、生まれかわり死にかわることを意味する言葉と同じ意味合いを持つ瞳は、万物の「前」と「後」を見通すと言われている。
勿論それが本当かなんて分からない、何せこの眼についての情報が載っている書物はとてつもなく古い物だ、平安時代中期に書かれたであろう書物は形は残っていても、信憑性は薄い内容であった。

だが、彼女を見ていると本当に我々には見えない物が見えていることは確かなのだろうと思わされる。
もしも、万物の「後」が見えているのならば………私の計画は、どう見えるのか。
その先には何があるのか。
聞いてはみたいが、聞いた所で彼女は答えてくれないだろう、私には分からない次元で漠然と何かを悩んでいる姿を側で見守る以外に出来ることは無い。

「じゃあ一つ、共感して欲しいことがあります」
「なんだい?言ってごらん」
「これ…どう思います?」

"何処か"へ向けていた視線を"こちら"へ戻し、一度頭を振った後にスマホを取り出し何かを画面に表示させた状態で私に見せてくる。
見せられた画面を覗き込むようにやや身を屈めて見れば、そこには知能の低そうなカップルの姿と、それに添えられた幾つかのメッセージが見て取れた。

これは私も知ってる、バカップルの日常を綴ったSNSだ。ハッシュタグに色々とあれこれ付けて投稿するやつだろう、娘達が見ているから知っている。

「この文化マジで理解出来ないんですよ」
「楽しそうで良いじゃないか」
「何のためにやるんだろ本当…」
「君には無い欲を満たすためじゃないかい?」

ほら、承認欲求とかのさ……と言えば、彼女は分かってるんだか分かっていないんだか、はたまた分かろうとしなかったのか、「ほーん」となんとも気の抜けた相槌をした。

「私の所にも来るよ、そういう相談」
「SNSの相談をされる教祖か…」
「現代的だろう?」
「そんなんで現代を感じたくないな…」

それはごもっとも。
でも彼等は彼等で大変らしいよ?今やネット上の反応も馬鹿に出来ない時代だ、その反応数の上下によって金が発生したりしなかったりするのだから、凄い時代になったものだ。

ちなみにこんなことを言っているが彼女もSNSをやっていることはリサーチ済みだ、でも全然更新しないし、更新しても『今日のネチコ』とだけ文章が添えられた拘りの見られない猫の写真が投稿されたりするばかりだ。一応バリエーション的には『今日のネチコ』の他には『あ!ネチコ!』『ネチコポイント』がある。最近ではそれすら面倒になったのか、『あ!』だけで終わっている時もある。
おそらく、彼女はSNSに向いていない。そしてSNSを楽しむ若者とも分かり会えない。

だがしかし、彼女の恋人はよくSNSを更新している。
しかも、先ほど彼女が見せてくれたような類いの投稿が最近は多い。
つまりは、彼女は自分が理解に苦しむタイプの人間と交際していて、そのことについて共感を求めているのだろう。

私の前では澄ました顔してドライな立ち振舞いをしている癖に、随分と若者らしい悩みを抱えているじゃないか。
うんうん、良いことだ、沢山悩むといい。君はもう少し、あるがまま、求められるがままに振る舞った方が良いだろう。
何せ君はまだまだ若いのだからね。

「君も もっとSNSを楽しんでみたらどうかな?そしたら何か見方が変わるかもよ」
「………」
「こら、めんどくさいって顔しないの」

苦いような渋いような顔をして言葉を詰まらせた少女は、私の言葉に「だ、だって」とモゴモゴ口を動かす。

「直接言うより、恥ずかしいんだもん……」
「おや」

これはこれは…おやおやおやおや……。

「あと写真上手く撮れないし…」
「私の娘達から教わるといい」

何だか一気に雰囲気がふわふわしてしまった。
先ほどまで指先が触れるか触れないかの距離で、わざとらしく耳の縁や首筋などを撫でていた手を止め、手のひらをぽんっと頭に乗せてよしよしと撫でた。

むくれっ面で大人しく撫でられる彼女を見つめながら考える。

計画が上手くいったら、是非この子には私の片腕として働いて貰いたい。
強く聡く、物事を広く見て判断するその思考が私には必要だ。


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