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『話したいことあるので、帰ってきたら部屋来て〜!』

その文面の後に付け足された、猫が『まってる!』と妙なポーズをしているスタンプに、狗巻は同じく『まる!』と猫が丸マークを両手を使って作っているスタンプを押して返した。

彼女が好きだと言ったから彼女とのトークでは猫のスタンプを多用するし、なんなら彼女が好きだと言ったから買ったスタンプだ。
このスタンプを押す度に少し幸せな気持ちになる狗巻は、任務帰りの車内で揺られながら口元を小さく綻ばせた。


おにぎりの具材しか語彙の無い狗巻であったが、彼は数週間前にその語彙をあらん限り使って意中の女子に告白をした。
告白の言葉は「すじこ…いくら…!」 届け、この思い…!と、両手を握り締めて顔を赤くしながら言った言葉に対して、その言葉を受け取った相手は「うんうん、分かったよ」「ありがと」と返したのだった。
こうして晴れて、二人はピカピカ新米カップルとなったわけである。狗巻の中では。

なんとも悲しい現実だが、この事実は狗巻の中だけのものであった。
少女の方は狗巻の告白を「よくわからんけど、まあ適当に返しとこ」くらいのノリで返したし、付き合っている等とは先程真希に言われるまで知らなかった。

季節は秋に近づく頃であったが、狗巻の中では春真っ盛りであったし、愛しの彼女からのメッセージに「お部屋に招かれちゃった!」と浮かれた心地であった。


だからウキウキで部屋の扉をノックしたし、「開いてるよ〜」と言われて扉を開くとき、わざと甘ったるい声で「ツ〜ナッ♡」と"きちゃった♡"感を出して入室した。

しかし扉の先に居た彼女からのハグは無く、やたらと難しい顔をしてウンウン唸りながら悩んでおり、狗巻渾身の彼女面へのツッコミも無かった。

「たらこ…?」
「狗巻くんお疲れ様、あのさ……話したいことがあるんだけど、いいかな?」
「しゃけ」
「とりあえず座って座って」

いつも通りにベッドに寄りかかりながら隣り合って座れば、彼女はやはり悩んでいた。
どうしたの?という気持ちを込めて首を傾げれば、「いや、あの…」と、なんとも歯切れの悪い言葉を出しながら言い淀む。

「……い、狗巻くんってさ、私のこと…す、す、」
「明太子?」
「すき……?」
「ツ………」

こ、これは……!!
愛の確認をされている!?
自分の愛が足りなかったのか!?

狗巻は固まった。
だがしかし、持ち前の反射神経を生かして一拍の間を置いた後、彼女の手を取って「しゃけ!!!!」と至近距離で叫ぶように言った。

もしかして、自分の語彙が原因で付き合ったばかりなのに不安にさせてしまったのではないか…と、心配と焦りを滲ませながら、「しゃけ、高菜……いくら!」とおにぎりの具材を並べていく。

一方少女の方は、狗巻の勢いに「わ、分かった、分かった」と口では言うものの、相変わらず言葉の意味を理解していなかった。
だがしかし、なんとなく、自分のことを好いてくれているのだろうとは感じ取り、気分を下げながら言葉を選び本題に踏み込んだ。

「あのさ、私……」
「ツナマヨ」
「うん、あの……実は、狗巻くんと付き合ってると思ってなかったというか」
「……???」
「真希ちゃんに言われて知ったんだよね、狗巻くんが告白してくれたこと」
「………?????」

スペース狗巻。

少女の言っていることが理解出来ず、背景に大宇宙を背負って明後日の方へと視線をやった狗巻の脳内は荒れに荒れていた。

どゆこと???

彼は思う、自分達めちゃめちゃ恋人らしいことしてたよね、と。

県外まで彼女が見たいと言ったオペラを見るデートにも行ったし、毎日他愛ないメッセージのやり取りをし、腕も組むしハグもする。
食事の時は一口ちょうだい、とジェスチャーすれば「あーん」をしてくれるし、ワックスを変えた時は一番最初に気付いてくれた。

思い返せば思い返す程、自分達は若者らしい可愛くて瑞々しい恋愛をしているはずだと感じてしまう。
なのに、彼女は追い討ちをかけるように「私達って本当に付き合ってたの?」と首を傾げている。

狗巻は心臓が痛くなった。
言葉が通じないことなんてよくあることで、慣れきっていたが、こんなに惨めで悲しい気分は初めてだった。

何かを言わなければいけないのに、何も言えなかった。
言った所で相手に自分の気持ちは伝わらないのだと知ってしまえば、肯定の言葉も否定の言葉も恐ろしくなって出せなかった。

項垂れるように首を下げれば、握った彼女の手が見える。
前に、ピアノを引くために爪を伸ばしたくないから切っていると聞いた丸っこい爪が可愛くて、愛しくて、大切にしたいと改めて思うものの、動くことも喋ることも怖くなってしまった。


チクタク、チクタク……


時計の秒針が静寂の中に響く。
静まり返った部屋の中心で、少女は動かなくなった相手をじっ…と見つめながら、繋がれた指先に少し力を込めた。

質問には何も返って来ない、仕方無い、私が聞いたのはそういう…どうしようもなく失礼なことだ。

そのようなことを考えながら、ややあった後に「狗巻くん」と小さな声で呟くように呼んだ。
ゆるゆると顔を上げ、眉をへたらせた表情で力の無い視線をそれでも向けてくれた狗巻に答えるように、少女は見つめ返すと、「好きだって言ってくれるのは嬉しいけど」と喋り始めた。

「私、君が思うよりもずっと淡白でつまらない、平坦な人間だよ」
「…おかか」
「本当だよ、人間関係は広く浅くがモットーだし、他人と感情を共有するの下手くそだし、呪術師になったのだって大した理由無いもん」
「…おかか、おかか」

否定ばかりを繰り返す狗巻の頭を、繋がれていない方の手を使って撫でる。

「狗巻くん女の趣味悪いね」
「おかか」
「私も狗巻くんが好きだよ」
「おか……………………………ツナ?」

咄嗟に出そうとした否定を何とか留め、疑問を含めた二文字を紡ぐ。
瞳をシパシパとさせて、言われた言葉を飲み込み切れずにいれば、また「狗巻くんのことが好きだよ」と言われた。

「だから、今日からちゃんとカップルね」
「………ツナマヨォ…」
「名前で呼んでもいい?」
「……しゃけぇ………」

好きな相手からの改めての告白に、狗巻はすぐにいっぱいいっぱいになった。

好きだと二回も言われ、そのあとも「棘くん」「可愛いね」「好きだよ」「可愛い」などと、頭を撫でられ親指の腹で手を擦られながら言われ続ければ溶ける他なかった。

言葉には現せないが、途中で思わず零れ出た「ねぎトロぉ」は「もう好きにして、めちゃくちゃにして〜〜!!」とほぼ同義であった。

トロットロにされて陥落した狗巻は、この瞬間を持ってして恋する乙女にジョブチェンジした。


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