5-7

時は2018年、場所は東京都立呪術高専。

快晴のお散歩日和なこの日…いや、その数日前から甚爾は色々と忙しない日々を送っていた。
昨年起こした数々のやらかしを理由に次々と押し付けられる雑用や任務から逃げに逃げ続け、最終的にブチギレて厄介我儘ボーイと化した五条悟(二十八歳)にとうとう捕まり、一戦を交えた後に人質を取られたため任務を渋々行い、その後競馬に行き、競艇に行き、パチスロに行き…女児向けの衣服の買い物をしてから、前々から予定していた用事を思い出して高専へとやって来たのだった。

晴れ渡る空の下、甚爾を待っていた五条は「いくら何でも遅すぎでしょ、何?殺されたいわけ?僕今めっちゃムカついてるから全然殺すけど」と苛立ちを顕にしていた。

「んな怒んなよ、こっちだって色々あんだ」
「働きもせずプラプラしてる癖に良く言うよ、本当あの子はこんなのの何処が良いんだか…」
「それは俺も知りてぇな」

雑談というにはピリついた空気を醸し出しながら二人が行き着いた先は、高専に新設された施設、その名も「胎海奥殿」。
ここではとある一つの命が形創られている最中であり、今日はその命の完成日でもあった。

「もう仕上がってんのか?」
「そりゃあバッチリもバッチリよ、何ならスーパーキュートにリニューアルして帰って来ちゃったからね」
「何だよリニューアルって、パチ屋かよ」
「パチンコ店のリニューアルオープンとあの子を一緒にすんのやめてくれる?マジキレそうだからさ」

奥殿の押戸を開き、二人は中へと入る。
ひんやりとした澄んだ空気に満たされた長く続く廊下の先は黒く染まりきっており、その先がある種の"結界"になっていることを知らせてくる。
光の無い廊下はまるで深海のようで、しかし躊躇うことなく甚爾は足を前に前にと踏み出していった。

歩けば歩くほど、光は遠ざかり闇が濃くなる。
いっそ息苦しい程の静寂の中を、会話もせずに二人は歩く。

やがて黒い膜の縁へと辿り着いた時、五条は口を開いた。

「じゃ、僕は外で待ってるから」
「行かなくていいのか」
「流石にそこまで野暮じゃないって」
「そりゃご苦労さん」

軽口を叩き、迷い無く甚爾は眼前に現れた黒い膜を抜けて、中へ中へと招かれていく。
その背を見送りながら、五条はフッと小さく笑い声を漏らした。

中の光景を既に知っていた五条は一人思う。
甚爾はきっと、またあの子に同じことを繰り返すであろうと。



………




揺れる小さな海の中で、祝福の音が響く。
命の波から一人、私は逆らって泳ぎ始めた。

泳いで、泳いで、泳いで。
暗い海を、荒い波間を、星の静寂を、悪夢の淵を。
泳いで、渡って、辿り着く。

用意されていたのは小さなバスタブで、そこは私の"素"となる液体で満たされていた。
私はバスタブという名の胎の中で、依代を縁に魂を孵らせようとした。

三ヶ月、己を再構築し続ける。

まず始めに、自分の魂がもうここ以外へ還ることが無いことを知った。
それは役目を捨てた魂を、大いなる意志が切り捨てた証であり、私がただの何の変哲もない命となった証拠でもあった。

次に、混じる血の種類が前と違うことに驚いた。
それは私が執着を繰り返していた父の血でも、固執していた群れに流れる血でもなく、真の私の歴史を知る男のものであった。

そして、何日も何日も、私は夢を見た。
それは私がホヤとなって水槽で飼われる夢であった。
ふやふやとした出来立ての意識で、優しく語り掛けて世話を焼いてくれる人に声にならない礼を言い続ける。そんな夢を繰り返し見ていた。

最後に、私は願ってから肺で呼吸を始めた。
どうか、誰かを愛する心をもう一度下さいと。


そうして瞳を開き、己の全てを知り、受け入れ、彼に出会ったのだった。




………




晴れ間の下から光が差し行く中を、私は男の腕に抱かれながら…いや、正確に描写するならば、小脇に抱えられながら移動していた。

まるで出会った時を思い出すかのようなぞんざいな扱いに、溜息を押し殺して悟くんの正論をただただ口を挟まず聞く。

「だからさぁ!!なんでお前はそうやって可愛い可愛い僕の真知ちゃんをすぐ囲って独り占めしようとするのかなぁ!?あ、もしかして喧嘩売られてる?良い値で買ってやるから、とりあえず真知ちゃんを僕に渡して準備運動でも始めてな、話はそれからだ」
「いや、コイツはお前のじゃねぇだろ。だってコイツ俺のこと好きだし」
「どこをどう見たって今の真知ちゃんは僕の物でしかないでしょ!!目見開いて良く見てみろよ!」

捲し立てる悟くんの言葉に従ってこちらを見下ろしてきた甚爾さんと目が合った。
何と反応すべきか分からなくて、一先ず曖昧に微笑んでみる。ニコッ。

「………………」
「………………」
「………………」
「やっぱその服可愛いな、良く似合ってる、選んで正解だった」
「はい見つめ合わないで〜〜ラブを醸し出さないで〜〜真知ちゃんのことを素早く離して僕に渡してくれるかなロリコン無職のギャンカスおじさん〜〜」

ああ…どうしよう…ロリコンも無職もギャンカスもおじさん(今の私から見れば)も本当の事だから否定してあげられない…。

だが、大して悟くんの言葉…いや、悟くん自体を気にしていないらしい甚爾さんは、私を両手で抱え直すと悟くんに見せ付けるように、至近距離でこちらを見つめて来た。


ここで改めてご説明をば。

私、元・禪院真知。
現在は高専管理の受肉体、管理名を「讃扇天魔魂(さんせんてんまこん)」という大層な名にされている、前世や今世でまま色々あった生命体である。

というか地球人類たる皆さん…この星の知性体の皆さん!!見て下さい管理名の二文字目を!!もうお分かりですね?そう、私の管理名になんと…父である"扇"の字が使われちゃってるんですね〜〜!!
いやぁ、素晴らしい、素晴らしいことですよこれは。
私という歴史的物体となった憎き娘の真名に自分の名前が使われているお父さん…今、どんな気持ちですか?ねえ、今どんな気持ちですか??
私はねぇ…最高に愛と縁、感じちゃってます♡(京都へ向けて指ハート)

そういうわけで、可愛くなって再登場…皆様お馴染み"全方位神対応系少女"真知ちゃんは、なんかめっちゃ凄くてやばい感じの生命体となってしまったのだった。

いや、端折過ぎました。すみません、もっとちゃんとします。はい、受肉体の先輩達に恥じない末っ子としてやっていきます。


もう知ってのことだが、改めて言い直そう。
私は肉体に拘らず、魂のみで世界すら飛び越えてしまえるエネルギー体である。これは呪いではなく、現代の呪術では説明不可能な分野の存在であり、悟くん曰く「異物質体」とのことである。

そんな異物質体である私は、あの日肉体が崩壊し、自身の在り方の根源的部分を捨て去ってしまったため、在り方が変質してしまった。
具体的にどうとは説明し難いが、要するにより呪いに近付いたというわけだ。

それが功を奏したのか、はたまた他に要因があったかは不明だが、私は最後の戦いに赴く前に残しておいた悟くんの血に自分の骨と血を混ぜた物を依代に、こうして魂を新たな器に定着させて現代に舞い戻って来たわけである。
もう無茶苦茶だよって感じである。何でもありにも程があるだろ、異世界転生。

で、先程の悟くんの発言に戻るのだが、今の私は悟くんの血を依代の一部に使っちゃったので悟くんみたいな色の幼女になってしまっていたのだった。
なので悟くんが所有権を誰彼構わず主張しているのだった。
でも何故かお世話をずっとしていてくれたのは夏油さんなのであった。
う〜ん…カオス。そろそろ面倒なので直哉くんのお世話になりたい、彼はあれで結構、お気に入りのことはそこそこマシに扱ってくれるので。

閑話休題。


見つめてくる甚爾さんからそろりと視線を逸らそうとして、オデコをくっつけられて無理矢理に視線を閉じ込められる。

うわ、どうしよう……何か、何か強烈な重ための感情を向けられているのだが、正直な話、肉体崩壊直前の記憶はあやふやなので何故こんな目をされているのか分からない…!
ごめん甚爾さん、めっちゃごめん…!告白とかしてたらマジでごめん…!それ多分その場のノリだから無かったことにしてくれたせんかね!?
ほら、男女の関係ではよくあるらしいじゃん、一夜の過ち的なやつ…それと類似した何かだから、気にしない方向でやっていってくれないかな?
だってさ、第三者目線で今の絵面見てごらん?大分ヤベェって。マジで言い逃れ出来なくなるよ、そろそろ。背負っちゃうよ?ロリコンの四文字を…。

「お前は俺のもんだよな、真知」
「や〜〜…ちょっと、きおくにございませんねぇ…」
「俺があの時待ってるっつったから帰って来たんだろ?知ってんだよ、お前が俺を一番愛してることくらい」
「ねぇ…やっぱ、えづらもふくめて、はんざいじゃない?これ」

実際悟くん的にはアウトだったらしく、彼は「はいアウトー!傑、傑ーーー!!お前が罰として無賃で飼育をまかされてる子が、悪い男にお持ち帰りされようとしてるよ!!早く、早く来てーーー!!!一緒に殴るよーー!!!」と、何処かに向かって叫んでいた。

その間も甚爾さんは私を見つめてニヤニヤしながら「何だっけ、あー…あなたが好き…だっけか?賢さ売りにしてるわりには随分ストレートな告白だったな」なんて、過去の私のやらかしを茶化して来たりなどしていた。

「だから、きおくになくてぇ…」
「でも魂は変わらないんだろ?だったら本心も変わらねぇはずだろ」
「いや、もう…はい、それでいいです…」
「じゃあ、この誘拐も合意だな」

あー、これやっぱり誘拐なんですね〜…。
そうじゃないかと思ってたんですよ、だって今日の予定「面会」だけだったから。

まあ、でもいいですよ。
だって貴方に攫われるのは楽しくて幸せな日々の始まりだって、私は既に知っているのだから。


壮観にして神秘的、エレガントにしてグロテスク。
脊椎動物の中で、神の姿に似せて創られたとされる人類の一人である私の運命は、より数奇なものとなっていく。

神の姿によく似た形をした人類でありながら、神の摂理による法則から産まれながらに脱却していた私は、自分自身を特別な地位から引きずり降ろすことで唯一の感情に巡り合った。

そしてここから、私はさらなる進化の発展を望む。

定められていた使命の重圧から解放され、宗教の救いがあろうとなかろうと、より自由に、自分自身の手で、自分の未来に意味を与えていこうと思う。

そんな私の進化の軌跡を、思い出という名の石を一つ一つ積み上げ、小さな物語としてここに記しておこう。

これはそう、私という生命体の、進化の物語の序章であった。


骨と陽だまり 終

mae ato
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