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蓋のされた試験管の中で揺れる赤い液体を見てその味を思い出し、口の中がいや〜〜な感じになるなどした。

「僕の血ね。もしも、万が一ヤバくなったら使って良いから。そうじゃなかったら使わないように、分かった?」
「変な味しそう…」
「何言ってんの!僕の血なんだから最高の味わいに決まってるでしょ!!」

んなわけ無いだろう、何なら糖が混ざっているかもしれない。最悪だ。

そう思いながらも有り難く受け取った私は現在、足首手首から管を垂らした状態になっていた。
理由は簡単、決戦のための下準備というやつである。

今回の戦いで私は重要な役目を自ら志願した。
それは、対伏黒甚爾戦である。

無けなしの呪力を使って探索用の骨格標本を百数匹用意した私は、それによる味方側の戦闘参加者全員に戦場での最新の情報が行き渡るように手配した。

情報は戦闘の要だ。
これで、敵の位置から戦力、行動やら何やらがすぐに共有出来るようになったわけだ。

そして数羽ほど索敵に出していた雀の骨格標本から得た情報により、さらに我々は有利になっていく。
敵の大体の戦力、当日予定される行動、あと甚爾さんが傑さんに我儘をぶっこきまくり迷惑を掛け続けていることなど…。

そんなわけで、得られた情報から我々は作戦を練り直し、悟くんは初っ端から傑さんを捕獲するために動いて貰うこととなり、私が甚爾さんを"わからせ"るために討って出ることとなった。

もうね、私は呆れておりますよ。
何をしているんですかあの人達は、と。
野望とか理想とか、そういうのを持つのは良いですよ?夢は幾つになっても追うべきです。
でもねぇ、人様に迷惑を掛けるのは駄目でしょ、違うでしょ。
悟くん一人に頑張らせる状態を作り出して…全く、許せませんよ。一発叩いてやらなきゃ気が済みません。

「悟くんが優しいからってあの人たち…」
「そう言ってくれるのは真知ちゃんだけだよ。はあ…やっぱり僕、真知ちゃん好きだなぁ…」

ベッドの上で特殊な液体による呪力供給を受けている私の腹に頭を乗せて、こちらを見ながら嬉しそうに口元をゆるゆると緩めている悟くんの頭を撫でておく。
ふわふわで気持ち良い、超かわいい。恵くんの玉犬達もふわふわふかふかで可愛いけれど、似たような可愛さを悟くんにも感じる。悟くん、お利口な時はとても可愛いもんね。

「あ〜〜ん!真知ちゃんもっと撫でて、僕を癒やして甘やかして〜〜!あわよくば僕の物になって〜〜!!」
「おぉ〜よしよし」

甘えた声を出してスリスリと手の平に擦り寄ってくる頭を撫でていれば、そんな我々の風景を嫌そうに眺めていた人物がとうとう声を出した。

「五条さん、そろそろ本気で気持ちが悪いので、やめることをおすすめします」
「あ、なに?まだ居たの七海」
「貴方が呼んだのでしょう」

眉間にこれでもかとシワを寄せながら言った七海さんは、私が悟くんに頼んでいた品(骨格標本作りに使う道具など)を持って来るために手伝ってくれたようであった。
ちょっと色々頼んだので、悟くん一人だと面倒だったのだろう。

ベッドの側に置かれた品を見て、私は満足な表情を浮かべる。

「ありがとう、七海さん」
「いえ、大したことでは無いので」
「あ、灰原さんは元気?」
「……灰原は」

ふと、復活してから会っていない人物の名を問い掛ければ、七海さんは何か躊躇うように言葉を止めてしまった。

その感じに悪い予感が過りハッとしたのも束の間、未だ私の腹の上でダラダラしていた悟くんが「灰原はね」と語り出す。

「大食いチャレンジの店で頑張り過ぎて腹壊して、七海に叱られて落ち込んでるんだよね」
「何してるの?馬鹿なの?」
「そうです。彼は馬鹿なんです」

そっか…うん、沢山食べれて偉いね、私は一応褒めておくよ。
傑さんとは別ベクトルで親友に迷惑を掛ける灰原さんがとりあえず元気そうで良かった。


決戦の日まで残り五日。
その日が来るまで私はここでギリギリまで呪力を補充し続ける。

現在の肉体レベルは概ね十三歳頃の状態だ。
あと二日もあれば、死んだ時の肉体年齢の状態までは戻るだろう。

そしたら、その後は…。

「真知さん」
「あ、はい」

考えを頭の中で纏めていれば、七海さんに呼び掛けられた。
すぐに顔を上げて返事をする。そうすれば、彼は真面目な顔をして「くれぐれも無茶はしないように」と言ってくれた。

「私達も居ますから、一人で頑張り過ぎないで下さい」
「ありがとう、七海さん。灰原さんにもよろしく伝えて」

悟くんも忙しいとのことで、二人は私を心配しながらも去って行った。
二人が部屋を出て行くのを見届け、私は考えに耽る。

あと数日で会える、あの人に。
謝りたい、伝えたい、もう一度触れたい。
例え二度と穏やかな陽だまりの中で二人仲良く微睡む日々には辿り着かなくても、最後の最後まで向き合いたい。

それさえ出来れば、もう未練などないから。



____




その知らせが来た時、自分は意外と落ち着いていた。

出会った頃からコイツはいつか簡単に死ぬんだろうな、という至極失礼なことを勝手ながら思っていたからだ。

このガキはいつか簡単に死ぬ。
俺を置いて、俺の知らない所で死ぬ。

だから、大事にするつもりがあるならば目を離すなと自分に言い聞かせ、本人に鬱陶しがられるくらいには片時も離れまいと側に居た。

それは少しの油断だったのだろう。
アイツも大分成長し、周りに人も集まるようになった。
俺が四六時中側に居なくとも大丈夫だろう、息子も五条の坊も目を光らせているのだし、きっと大丈夫なはずだと。そう、油断したから悪運が隙間を縫って舞い込んできてしまった。

冷静に、淡々と。
アイツが死んだ事実を聞き終えた俺は、気付けば流されるがままに五条の坊の親友と共に高専を後にしていた。
アイツがいないならば高専になどもう用は無いのだし、人生の全てが急速にどうでもよく思えたのも事実であった。

しっかり生きろと背中を叩く小さな手は無く、行き先を示す指先も潰れて消えた。
俺はきっとアイツにとって"他の全て"と同じような存在だっただろうが、俺から見た禪院真知という存在は、俺の世界を回してくれる唯一の存在であった。

世の中には色々な世界で生きてる奴がいて、俺の世界は回らなくなって止まっていた。
五条の坊は己で世界を回し、五条の坊の周りに居る奴は回る世界で居場所を確保して生きている。
だが、俺の世界は回っておらず、居場所もなく、光も無い。
そんな世界を回していたのは他でもない真知で、陰鬱とした、目を背けることの出来ない日陰はあれど、陽だまりを作り出してくれたのもアイツだった。

また、時が止まり、全ての音と光が遠ざかった。
世界には俺だけとなり、求めるものも無いままに、息があるから仕方無く生きている。


「ちょっと、マジ辛気臭いんだけど、勘弁してくんない?」

アイツのことを思い出して気落ちし、自分で自分に諦めろと囁き続けていれば、真知と同じ年頃の、彼女よりもずっと現代文化に染まった術師のガキ…白黒双子の片割れ、菜々子とやらが話し掛けてきた。

「別に良いだろ、迷惑掛けてるワケでも無ぇんだから」
「居るだけで萎えるっつってんの、いつまでも落ち込んで鬱陶しい」
「なら、慰めろよ」
「絶対イヤなんですけど」

俺と共に高専を見限った男…夏油傑を追っ掛けて付いて来ちまったガキ二人は、以前真知と夏油傑が救った奴等だという。
と言っても、真知はその任務以来ガキ二人には会った試しがなく、もっぱらコイツらが感謝の気持ちを向けているのは夏油の方だった。

あの時の任務を思い出す。
確か、アイツはコイツらを救うために非術師を村単位で傷付け、幾日か拘束されたっけか。
あの時も散々馬鹿だなとは思ったが、救った相手を見てさらにその気持ちは強まった。

救った相手には感謝もされず、善意を持ってしたことは咎められて、何の旨味も無いだろうに、それでもアイツは目の前に居る全てを当たり前に愛して生きていた。
きっと、もし今このガキにアイツが会ったとして、感謝や尊敬をされなくとも、アイツはいつも通りの顔で笑うのだろう。
棘も無く、闇も無い笑顔で。

「夏油様もずっと傷付いたままだし…そんなに真知って子は良い子だったの?」
「そりゃお前…最高の女の一人だったぞ、アイツは」

失った笑顔を思い出しては胸をツキリと痛め、しかしその姿がまだ褪せないことに安堵を感じる。

「なら、天国行けたんじゃね?夏油様も毎日お線香焚いてるし、行けたでしょ」
「…ああ、」

そうか。

逝ったのか、アイツは。
行けたのだろう、アイツなら。

ずっと何処かへ行きたがっていたのを知っていた。
俺の側ではなく、自分が定めた帰る場所がある目をしていた。

そこへ還ったのだろう。
俺を置いて、きっと。

「いや、だから落ち込むなし」
「煩ぇ、あっち行ってろ」

シッシッと片手を振って追い遣れば、ガキは嫌そうな顔をしてから去って行った。


もうすぐ、俺は破滅するだろう。
あと数日で来たるその日か、はたまた少し先の未来でか。
どちらにせよ、もうこれ以上はいいという気持ちしかなかった。

同じ場所には行けなくとも、思い出が色褪せる前に散々だったこの生が終わればと願う。

真知は陽だまりだった。
今は、骨しか残っていない。

mae ato
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