4-8


あの後、どうやって帰って来たのかは記憶に無いが、目覚めると何故か私は偽傑さんの腕の中だった。

「おや、お目覚めかな?」
「ちょっとまだ、ねぼけて、ます…」
「真知は元々良く寝る子だからね」
「ふあ……」

二人仲良くお布団の中。
私はポカポカぬくぬくの布団にもぞもぞと潜り込み、もう一度寝ようとして……何故偽傑さんが隣で寝ているのか意味が分からないことに気付き、再度目を開いた。

は、え?いや…え?
なんで一緒に寝てるんですか、この人?
ていうかこの人って寝るの?睡眠必要なの?
良くして貰っている身とはいえ、得体の知れない奴と同じ布団で眠る状況下に私は不安と焦りを覚えた。

布団の中からそろりと彼の方を伺うと、彼はバッチリしっかり私の方を見ていた。
目線が合い、ニッコリと微笑まれる。うう……なんか…怒っている感じがする…。

「あの、お…怒ってますか…?」
「ん?いや、怒ってなんていないさ。ただ…心配はしたかな、凄くね」
「すみません…ところで、なんで一緒に寝て…」
「真知、君…幾つだっけ?」

あ、あ〜〜〜!危険、危険を感じますねこれは〜!!

真知ちゃんのアウトロリコンセンサーに引っ掛かる絡み方をされ、咄嗟に布団から出ようと身を捻った。
だが、私から布団から脱出する前に偽傑さんは私を両腕で囲い、閉じ込めてしまう。

現在の体制、上に偽傑さん、下に私。
押し倒されている。もう、この世に逃げ場など何処にも無かった。

彼は再び丁寧な形だけの笑みを浮かべると私に、「こら、駄目じゃないか」と叱り出す。

「勝手に居なくなったりしたら。それとも、私を心配させるのがそんなに好きなのかい?」
「ご、ごめんなさ…なんか、闇堕ちモード突入してたら感情任せに……」
「本当なら身体に躾けても良かったんだけど、君はまだ中学生の年齢だからね、今回だけは見逃してあげるよ」

とんでもないド直球なセクハラ発言してきたなコイツ…。
私は思わず口元が引き攣ってしまった。

前々からそこはかとなく気持ちの悪い生き物だとは感じていたが、やはり気持ちの悪い生き物であっている様子である。
偽傑さんは私の身体を面白可笑しく実験に使っているが、ここ最近はラットとドクターの関係だけでは語り切れない感情が見え隠れしてきた気がする。

多分、気に入られてはいる。何かしらの意味で。
それは多分この人にとっては珍しいことで、愉しいことなのだろう。何となく伝わってくる所があるような、無いような。

一先ず私はもう一度謝り、反省の意志を伝えた。

「心配させてごめんなさい…それから、ありがとう…」
「うん?何に対してのお礼かな?」
「えっと…心配してくれたことと、寝かしておいてくれたこと…」
「なるほど。うん、お礼を言えて偉いね」

よちよちよちよち。なでくりなでくり。

偽傑さんはぼすっと私の横に再び横になると、私の頭を沢山ワシャワシャしてきた。
どうやらご機嫌らしい。もう怒ってはいない様子だ。

「あぁ…全く、やはり首輪でも付けるべきかな、鈴の付いたやつ」
「中学生なんで分からないんですが、もしかして怖いこと言ってます?」
「ちゃんと躾けて飼い慣らすべきかなって話さ」
「全力で怖い話だった」

やめよう、この話はもうやめよう。
寝てしまえ、起きたらきっとどっか行ってるだろう。

「そうだ、起きたら脹相に会ってくれるかい?」
「脹相…さん?」

眠い目をしばたかせ、私は名前の上がった人物の顔を思い出す。
脹相さんとは、呪胎九相図の長男の方のお名前である。彼は兄弟の中で一番人の姿に近く、術師としても強い。

用事とは…壊相さんと血塗さんについてだろうか。
ああ、きっとそうに違い無い。私は無茶苦茶な理由で彼らを助けに行ったけれど助けられず、尚且つ糧にしてしまったから。だから、きっと怒られたりするのだろう。

不安な気持ちが顔に出ていたのだろう。私の髪をゆっくりと撫でながら薄い笑みを浮かべていた偽傑さんが、そっと私のオデコに唇を寄せながら小声で落ち着くようにと促す。

「心配ないさ、彼は君を邪険に扱ったりしない」
「うん……」
「それより今は良く休みなさい。今夜は眠るまで側に居てあげるから」
「う、うん……」

別に側には居て貰わなくても構わないのだが、それを言うとまた怖いことを言われそうなので黙っておこう。

目を閉じれば、「おやすみ、真知」と柔らかな声がした。
声色だけは優しくて柔らかい。けれど、信用しきれない。

でも、懐かしい匂いに縋りたくなる。
私には今、この人しか居ないのだから。



………




翌朝、脹相さんに会いに行くと、彼はじっと私を見たあとに何故か鼻を近付けて私の身体の匂いを嗅いで来た。

クンクン、スンスン。
鼻を鳴らして様々な場所を嗅ぎ回る。
何だか変な気持ちがして、妙に恥ずかしくなった。
何で匂いを嗅ぐのか。もしかして、偽傑さんの匂いが付いてるとか?それとも私が臭い…?何にせよ、あまり気持ちの良い気分はしない。速やかに辞めて貰いたい。

「あ、あのぉ…えっと、」
「お前から、弟の匂いがする」
「あ、え…」
「そうか……ああ、分かった、二人とも…」

脹相さんは勝手に何かに一人で納得すると、匂いを嗅ぐのをやめて背筋を伸ばした。
遥か上にある光の無い二つの瞳にジットリと見下され、喉の奥がキュッとなる。
嫌に重苦しい緊張感に包まれながら、私は彼の言葉を待った。

暫く沈黙が続く。
首が辛い、何故か喉が渇いてきた、あと…なんか背中が痒い。

「弟のことを看取ったそうだな」
「…はい」
「何か言っていたか」
「…おやすみなさい、と」

彼の瞳が揺れ動くことは、無かった。
ただ静かにこちらの様子を…いや、私を通して何かを感じ取っているようで、私はその邪魔をしないようにと最低限の言葉を返す。

脹相さんは長男だ。
彼には弟がいて、彼は兄として家族を愛していた。
愛情深い人なのだろう。慈しむ心を持つ人なのだろう。彼と面と向かって話すのはこれが初めてだったが、彼がどれほど良い兄かは壊相さんから聞いていた。

私と脹相さんは全然違う人間だけれど、家族がいない部分は今一緒だった。

「壊相はお前を気に入っていた」

脹相さんが静かに話し出す。

「お前の中の弟の残滓が俺に言っている」
「…何を?」
「俺も…お前に血を捧げる」

そう言って、脹相さんは筋張った男らしい手のひらをこちらへ見せてきた。

ピッ。
彼は躊躇いなく自分の手のひらを切る。そこからは毒を含んだ血がタラリと流れ出す。
赤い血の流れ出した手のひらを私に向け、彼は「これが、弟の願いだ」と短く呟いた。

自然と、生唾を飲み込む。
分かる。私の中に二人の血を取り込んだから分かる。
この血は毒だ、今まで食してきたどの呪いよりも強烈な。
飲めばただでは済まない。飲まない方が良いに決まっている。

けれど、飲まなければ私は完成しない。

完成したい。
完全になりたい。
重くて弱い身体を捨てて、私は他の何も必要としない完全な一になりたい。
だってそうじゃないと…この埋まらない孤独からは一生解放されないから。

壊相さんを食し感じたことは、辛い、苦しい、寂しい、切ない。そういった情け無い気持ち。
これら全ては、まだ私が一人じゃ生きていけない弱い存在だからだろう。
本当の意味で他人を必要としないくらい強くならなければ、ここから先は生き残れない。
利用され、遊ばれ、貪られて捨てられる。
そんなのは嫌だ。帰ることが敵わないならばせめて、一人で生き残る覚悟を決めなければ。


「大丈夫だ、壊相を信じろ」


己の両手をキツく握り締めて躊躇う私に、脹相さんが言う。

私は引き結んでいた唇を解き、彼の手をそっと掴んでその手のひらに唇を寄せた。
濃くて甘い、毒の香りがする。
あの二人と同じ、呪われた血の匂いがする。

神様のことは誰も救わない。
なぜならば、神は救われなければならないような欠点を持っていないから。

ならば私はこの毒を飲み、あらゆる困難を超越することにする。
でなければ、私は一生弱い存在から脱却出来ない。
強さを手に入れられる希望に小さく笑いなら、とうとうその毒を飲み干した。

コクリ、コクリ。

二口飲めば、手足の感覚、視界の情報、息の仕方。それら全てが儚く消えていくような気がした。
けれど不思議と不安はなく、招いた呪いは先に私の中に馴染んだ二つの呪いと交わり、溶けて、解けて、雪解けのように一つになっていく。


「大丈夫か」
「……脹相さんの弟達は優秀だ、血と血が…喧嘩しないようにしてくれてるみたい」
「ああ、知っている。二人は確かに強かった」

しかし流石に立っていられなくて、その場にしゃがみ込む。
脹相さんの手と私の手が離れて、血が一滴床に滴った。

「強くなるって、結構虚しかったんだね」
「それはお前が一人を選んだからだろう。俺は寂しくはない、お兄ちゃんだからな」
「…あのね、こんなとこに来る前は、私にだって家族が居たんだよ。大事な大事な…なによりも愛した、大事な家族が」
「そうか」

毒が身体の中を焼いて痛め付ける。
臓器を捻り、血を炙り、神経を麻痺させ骨を叩く。
流れたのは涙か汗か、歯を食い縛って試練に耐える。これを乗り越えた先にきっと完璧な自分があると信じたから。

でも、それは間違っていた。
脹相さんの言葉で、私の呪いに染まった可哀想で哀れな思考は簡単に消えてなくなってしまったからだ。

しゃがみ込み、私の肩にグッと手を添えた脹相さんが言う。
その目は先程よりも穏やかで、まるで普通の人間のお兄さんのようだった。


「なら、早く家族の元に帰らないといけないな」
「………ぁ、」

当たり前の、しかし一番大切で忘れてはならなかったことを思い出し、取り戻す。

「こんな所に居るな、お前を心配して待つ家族の元に早く帰れ」
「…あ、あぁ!」

堪え続けた涙が、今度こそ溢れて零れた。


なんで私、諦めようとしていたんだろう。
ここには私の幸せはない。ここでは幸せになんかなれない。そう分かっていたはずなのに。
強くなっても虚しいだけ、幸せにしたい人を幸せにしていないから。愛すべき人を愛せていないから。

大事な大事な、誰かのための自分の在り方を忘れて捨てようとしていたことに、血を持ってして気付かされる。

毒を飲んだって呪霊を食べたって、呪いに心を預けたって、私が私であることからは逃れられない。
私はなに?お姫様?神様?救世主?
違う、違うよ。私は禪院真知、ハミダシ者の小さな人間。
私を嫌うお父さんが好きな私、血の通った姉が恋しい私、私を好きな人が心配で仕方無い私、甚爾さんが大切で大好きな私。
忘れちゃいけない、何処に居ても。何があっても。あの日々と想いを捨てて、こちらを選んじゃいけない。

まだ諦めちゃだめ、私を選んで私と生きてくれると言ったあの人を捨てちゃだめ。

全部、全部使って、何もかも使って、自分を助けてあげなければ。
自分を救えるのは自分だけだ。何よりも自分を信じてあげなきゃだめなのに。

私は…私は賢いんだ。それが私の売りなんだから、流されてはいけない、取り戻せ、自分の生き方を。

『姫、どうか良い旅路を』
壊相さんの言葉を思い出す。
瞬間、思考をずっと淀んだ方へと引っ張っていた糸のようなものがプツリと切れる感覚がして、私の視界は一気に開けてクリアになった。

身体は気怠く、何なら熱を持っていたが、しかし思考は良く回り、今までの浅はかで稚拙な自分の行動を振り返れる状態まで一気に回復していく。

「な、にこれ…頭、めっちゃまわる…でもつらくない…ちゃんと、してる」
「大方、あの男がお前に呪いでも掛けていたのだろう。じゃなければ、まともな奴が言いなりになって呪霊を食うなんてことしないはずだ…どうだ、頭の中はマシになったか?」
「もしかして、私の中の壊相さんが言ってたのって…」

顔を上げ、脹相さんを見上げる。
彼は私の様子を見るためか、顔を近付けてくると目の中を覗き込み「もう、大丈夫そうだな」と言った。
何が大丈夫そうなのか全く分からないが、でも不思議と自分でも大丈夫だとは感じる。
うん、なんか…頭が軽くなった気がする、良い意味で。

「お前の呪いを祓って欲しいと、そう伝わってきた。だが、俺達に出来るのはここまでだ。ここからは自分でどうにかしろ、壊相の願いを無駄にするなよ」
「ありがとう、大丈夫…もう大丈夫だよ」

膝に力を入れて立ち上がる。
まだ少しクラクラしたが、それでも不思議と今の状態が正しいのだと受け入れられた。

自分の体調を確認するために手を握ったり開いたりしていれば、脹相さんが「一つ、良いか」と尋ねてきた。
私はそれに頷き、次の言葉を待つ。
視線を僅かに彷徨わせた彼は、少し迷う素振りを見せた末にこう言った。

「もし、お前が元の世界に帰れたのなら…その時は、弟のことを助けてやってくれ」
「…うん、恩は仇で返さない。私の世界の貴方達は、私が何とかしてみせる」
「ああ、頼んだ」

帰らなければならない理由が増える。
それは何よりも私のやる気に繋がり、己を取り戻す一手になった。

こんな場所、さっさと出てってやる。
言いなりのお人形さんはもうやめだ、私は私の好きに生きる。
邪魔をするなら神も悪魔も真っ二つだ。

一説によると…人間は、恋と革命のために生まれてきたのだという。
私も私に革命を起こす時が来たに違い無い。そして、愛とか恋とかのために頑張るしかない。

愛を取り戻した真知ちゃんは強いのだ。
洗脳偽物知人おじさんなんかにゃ負けないぞ、だって今の私は…賢くてパーフェクトな状態なのだから。

勝負はここから。頑張ります!

mae ato
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