4-7


絶対絶命の状況下、もしくは…絶対的勝ち筋の見えた一番勝負。

その瞬間、新たな呪いが勝ち星を食い破り呪いを飲み込む。

釘崎が共鳴りを発動させるための隙を付いての奇襲。
彼女の釘が穿ったのは呪いの腕ではなく、ただの白い枯れ木のような骨だった。

「もーらいっ」

小さなネズミの骸が壊相の腕を盗み取り、それをすかさず鳥の骸が咥えて創造主へと運び終える。
血の滴る片腕を手に取った少女は、ゆるりと微笑み壊相の千切れた片腕の手のひらにピトリと頬を寄せた。

千切れた腕に甘えるように擦り寄る少女は、自身を振り返った釘崎に感情の読めない微笑みを向ける。
場違いな淡い色のワンピースを着た少女は、背後に座していた巨大な蛇の骸に向かって壊相の片腕を放り投げた。蛇は口を開き片腕を口内へと招き入れると、その腹の中へと落として何処ぞへと腕を消し去ってしまう。

死を連想させる骨と、異常な雰囲気の少女はその場の空気を飲み込んでいく。
釘崎は蛇の鼻先を撫でながら微笑む少女に声を投げた。

「あんた…誰よ、ナメてんのかその格好」
「いいえ、私は他人のことを気にしていないだけ」

笑みを一つ送られた釘崎は、舌打ちを一つ打つと再度鉄槌を振り被った。

「だから何なんだよ、お前はよぉッ!!」
「ブルスネーク、私を守りなさい」

だが、同じタイミングで真知は血塗の方を優先する。

真知のガラ空きの背中に向かって釘崎は呪いを放った。
迸る呪力が少女の背を守らんとする蛇の躯の間を縫って、少女の心臓を捉えようとした。
しかし、その技は届かない。何故ならば、壊相の血が彼女の身を守ったからだ。

「姫!!!!」

瀕死の壊相は虎杖が自身に追い付くことよりも真知を優先した。
自信の失った片腕の代わりに纏わせていた血の全てで真知の身を守った壊相は、虎杖がその身体に拳を振り抜いたと同時に力無くその場に倒れ伏す。

振るった拳が獲物を仕留めることなく終わった虎杖は、己の前で倒れた壊相より先に、血で守られる何者かを次なる標的として定め、走り出す。
それは釘崎も同じであり、彼女もまた血の向こうにある少女を捉えるべく回り込むため駆け出した。

血溜まりの中で白い骨を纏わせる少女がゆるりと笑う。
まるで、人の痛みを笑う呪いのように。

少女までの距離残り数メートル、その時であった。
虎杖と釘崎、二人の行く手を阻む…白き獣がゆらりと生まれ出る。


「イスルス・オクシリンクス、モノドン・モノケロス」


ブワリと膨らんだ呪力が形を成して骨となり、獣の身体を形創る。

空を舞う体長役四メートルの鋭い歯を無数に持った魚…アオザメの骨格標本と、長く大きな一角を携えた全長六.三十メートルのイッカクの骨格標本が、虎杖と釘崎を迎え討つべく真知の背後からユラリと現れた。

人を丸呑みにし、その顎と牙で簡単に身を食いちぎることの出来るアオザメは宙を素早く泳いで虎杖へと向かっていく。
縦横無尽に空を泳ぎ踊るその姿は、神秘的で雄大な海の中で王者として生きるに相応しい強さを誇っていた。

イッカクもまた、螺旋状の牙を持って凄まじいスピードで釘崎へと突っ込んでいく。
槍のようにその牙を振るうイッカクは、恐ろしい強度を持っており、生半可な攻撃ではびくともしない。

だが、彼等は共に恐ろしいスピードで成長を遂げつつある術師であった。
お互いに呼吸を合わせ新たな敵に挑み、戦いを繰り広げ、戦況を我が物としていく。

呪力と呪力のぶつかりあい。
互いの骨を軋ませ、命を晒して勝機を求め合う。

しかし、戦いを繰り広げる彼等を放って真知は一人別の動きをし始めた。
何故なら真知にとってここで大切なのは勝つことではなく、壊相と血塗の回収であったからだ。
血塗を回収し、蛇の腹へと押し込んだ真知は戦う二人の間を縫って何とか壊相の元へと辿り着く。

「壊相、壊相、しっかりして…まだ死んではダメ…」
「、姫………なぜ、ここへ……」
「話はあと、今は撤退しよう、私に任せて」

動けない壊相を無理くり抱え、馬の骸の背に飛び乗った真知はその場を後にすべく駆け出した。
後ろからは未だ戦闘音が響いており、真知の指示で戦い続ける骨達の音が聞こえてきていた。

戦場を離れれば離れる程に、真知の息が切れる。
彼女の術式は、片手に収まる程度の小動物であれば彼女から離れて動いても何ら支障は無い。
だが、大型であればあるほど真知の呪力は削れ、距離が離れれば離れる程にさらに呪力は失われ、式神の出力も下がる。

式神の出力を下げない方法はただ一つ。死ぬ気で呪力を回し続けること。

視界が霞み息が途切れ出す中、真知は抱えた壊相を片腕で抱き締め「ハッ」と鼻で小さく笑った。

「姫…どうか、私のことなど捨て置いて、」
「やだよ。自分勝手にやり遂げるって、さっき決めたばかりなんだから」
「ですが、もう私も血塗も」
「それでもだよ。それでも、捨てたりしない。私は私のやりたいようにやる」

遠くで自分の生み出した作品にヒビが入るのが分かった。
そして、己の限界も。

真知は呪力の痕跡を残さぬために骨の骸から降りると、壊相を抱えて自分の足で山の中へと歩き出す。
淡い青のワンピースは今や壊相の血を吸って赤黒く湿り、真知の皮膚をジュウジュウと焼き付けていた。

なるだけ遠くへ、遠くへと歩みを進める。
例え助からないと分かっていても、真知は一歩でも己の目的のために足を踏み出し続けた。



___



「死ぬのなら、穏やかな方が良いでしょう」

そう言った少女は先程の余裕と期待で満ち表情とは違い、まるで泣いているようにも見えた。

自分がもう助からないこと、弟もまたそうであることを悟った私は、姫が渡してくれた弟の身を抱き締めて最後に涙を流した。

悲しいけれど、同時に嬉しくもある。
血塗れの少女が私の細やかな願いを叶えてくれるらしいから、心配や切なさは最低限で済んだ。

我々とよく似た、しかしずっと魂が崇高である少女に私は願いを託す。
彼女は現在己を"完成"へと近付けるため、様々な呪いを身に取り込み、自身の糧としていた。
だから、私のことも糧にしてくれと願ったのだ。その願いは、彼女の小さな肯定によって約束された。

私は密かに彼女を可哀想だと思う。
きっと今のままの方が楽で、このまま突き進んだ方が幸せでいられるだろうに、私は自分勝手にもそうはあって欲しく無いと思ってしまったからだ。

彼女は、善人の魂を持っている。
人の痛みを理解し、寄り添える優しさを持っている。
そんな貴女だから私は願いを託すのだ。

そう、私の願いは彼女に託される。
血として彼女の中に残され、消えずに届くべき場所へと届くことだろう。


「……姫、どうかお達者で」


最期の挨拶を伝える。
彼女は私の指先をギュッと握りながら、一度唇を噛み締めて口を開いた。

「おやすみ、壊相。そして…いただきます」
「ええ、おやすみなさい…どうか、良い、旅路…を……」

意識は途切れ、身が地面へと横たわる。
曖昧になった感覚の中、頭を撫でる小さな手の存在を最後に感じ取って私は自然と笑みを漏らした。

母や姉が居たならば、こんな感じだったのかもしれないと思う。

どうか、この少女にだけは幸せになって欲しい。
生まれ変わったのならば、次は家族として過ごしたい。

皆で、一緒に。
もう、血なんて流さずに。

願いは全て、彼女の中に血として託す。



___



全ては食べられない、だから少女は少しずつ二人を食べた。

今までは与えられるものを与えられただけ食べてきた。そんな少女が初めて自らの意志で食べた二人。


同族喰らいの、異端な化け物。


飲み干した血肉は心臓が痺れて痛みだし、呼吸がままならなく成る程に苦しみを与えてくる味をしていた。
毒を含む血を拒絶したがる身体はゴポリと血を吐き出し、目や鼻からも血がダクダクと流れ滴り落ちる。

呻き、噎せ、嗚咽を出しながらそれでも少女は暫し死肉を喰らい続けた。

「………あー…なんでだろ。やっぱ帰りたい、なぁ…」

喰らい続けていれば、いつしか流れ出ていた血は止まり、身体から拒絶反応も消えていった。
その代わりに、瞳からはポロポロと温かな雫が溢れ落ちていく。

血塗れの身体で項垂れ、真知はそっと囁いた。

「なんでこんなに、こんなに寂しいんだ…さっきまで平気だったのに、どうして……ねぇ、なんで私のこと置いていったの。どうしてこんなに、悲しくさせるの…」


遠い世界の残酷な食事の果て、一人になってようやく彼女は自分が何者であるかを悟り、抗えない孤独を理解する。
寄り添う者は何処にも無く、この世界に彼女を支える腕は無い。

いつか自分が救済者に成る時が来るとして、その時自分を救う者はあるのだろうか。

そんなことを考えながら、真知は食事を終わらせ眠りについた。

叶わない夢を見る。
今しがた食べた彼等と家族として食事を囲み、隣には愛する人が居る、そんな夢を。

mae ato
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