4-6


「へえ、じゃあ貴方達には他にも兄弟が居たんだ」
「ええ、ですが残念なことに現存するのは我々だけなんです」
「寂しい?」
「さあ…どうだと思います?」

白目も真っ黒な目がスゥ…と細められるのを見て、私は素直に「美しいな」と感じた。
呪胎九相図三兄弟の真ん中、壊相という青年…と言って良いのか分からないが、青年らしい青年は、見掛けによらず丁寧で紳士的で接しやすい人物だった。

現在彼は忙しい偽傑さんに変わり、私の今日の服装を選んでくれている。
クローゼットの前で私の衣服を物色中の彼からは、くれぐれも背中は見るなと言われているため、私は反対方向を向いて優雅に足を組みながら椅子に座っている。

「姫、今日のご気分は?もしくは好きな色などでも」
「私が選ぶと黒一択になっちゃうよ」
「姫は黒がお好きなんですか?」
「いや、汚れが目立たなくて楽だからさ…」

全くもって可愛くない理由なのだが、私が黒ばかり着るのはそれが理由である。

背中越しに壊相さんが静かに笑ったのが伝わって来て、ちょっとだけ反省した。
今のは姫っぽくなかったな…姫っぽくしろって偽傑さんから言われたのを忘れていた。いや、姫っぽくってなんだよ、意味わからん。

「では、私が選んでしまっても?」
「あ、うん。好きにしていいよ」
「おや…随分と大胆なことを言いますね」
「えっ、なにが…?」

壊相さんがクローゼットから服を取り出す音が聞こえる。
こうして顔を見ずに話していると、壊相さんは普通の紳士的なお兄さんにしか思えなかった。
少なくとも…その血が毒で、背中に見られたくない秘密を抱えているようには思えない。ただの、兄弟思いな次男にしか聞こえない。

「姫、どうぞこちらへ」

側へと来た彼に片手を差し出され、私はその手を取り立ち上がる。
大きな手だな、人間と何も違わない手だ。それは、私も同じだけれど。

彼が用意した服を見る。
白襟が特徴の淡い青色をした膝下丈のワンピースと、レースがあしらわれた靴下。
これは…確か、私がここへ来てすぐに偽傑さんが買って来てくれたやつだっけか。なるほど、壊相さんはこういう女の子らしい落ち着いた感じのやつが好きですか、そうですか。

壊相さんにあっちを向いていて貰い、私はさっさと着替える。
ワンピースは好き。着替えが楽ちんだから。
もしも、いつか術師として復帰することがあるのならば、仕事着は絶対にワンピースが良い。
その時はきっと黒一択なのだろうけれど…誰かに選んで貰うのも良いかもしれないな。

「あ、」
「姫?どうかされましたか?」
「背中のリボンが…」

着てから気付く。
そういえばこの服、背中でリボンを縛るタイプだったと。
私はワタワタしながら背中に手を回して自分で結ぼうと頑張った。しかし、その手を遮り壊相さんの手がリボンごと私の手に触れる。

ちょっとだけビックリして、肩が揺れる。
だって人に触るタイプだと思わなかったから。いや…まあ、厳密に言うと私は人では無いが。
壊相さんは「失礼」と一言断りを入れ、私が適当に結んだリボンをシュルリと解いてから結び直す。
見なくても分かる丁寧な手付きは、一体何処で覚えてきたのだろうか…。彼らには謎が多い。

「結べましたよ」
「ありがとうございます。あ、どうですか?似合います?」
「ええ、とても」

彼の前で優雅にターンを決めて、私はちょっとだけはにかんだ。
前世での性別など忘れたが、女の子として生きてきた今、こうして容姿を褒められるのは素直に嬉しい。

壊相さんは良い奴だ。
いや、壊相さんの兄弟達全て。
彼らは私を異端者扱いしない。同族として扱い、側に居ることを許してくれる。
今、私は新しい群れの中に居るのだろう。
もしかしたら、孤独な旅はここで終わりなのかもしれない。
ここで、この群れで生きるのは存外悪くないかもしれない。一人じゃないという安心感は、案外私の気持ちを豊かにしてくれる。

……でも、本当は。
本当は、あの黒い猫のような人となら二人ぼっちだって全然構わなかったのだけれど。
いやむしろ、あの人が居てくれるならば、私は他の場所なんていらなかったのに。

運命は気色が悪いほどに悪戯好きだ。
私に優しくない世界で、私は今も愛情を持て余して生きている。



………




着替えから数時間後。

ちょっと昼寝をして起きると、部屋には寝る前に居た壊相さんの姿が無かった。
確か寝る前に彼は私にブランケットを掛けてくれて、私が読み飽きた本を片手に側に居てくれたはずなのだが…。

キョロキョロと周りを見渡せば、壊相さんの代わりに真人さんが本を読んでいた。
私は読書中の彼に「あの…」と控えめに声を掛ける。
そうすれば、彼は本を閉じて「おはよ、寝れた?」と首を傾げて聞いてきた。

「寝れ、ました…」
「そっか、良かった。今のお前はまだ未完成状態だから、寝るのも仕事のうちだよ、沢山寝なね」
「でも私…ここ最近一日の半分以上寝ている気が…」
「仕方無いよ、夏油からゲテモノ食わされてんだもん」

確かに、変なもの食べるとすぐ身体が疲れて眠くなる。
これはきっと、身体にゲテモノを適応させるために必要な睡眠なのだろう。
ゲテモノ吸収は体力が居る。だから、起きている時より寝ている時に吸収した方が効率が良い。そのためゲテモノを食べた後は休眠状態へ肉体が以降するのだ。

まあ、それは良いとして…それより、壊相さんは何処へ。

「真人さん、壊相さんは…?」
「ああ、アイツらならお遣いに行ったよ。指の回収にね」
「……アイツらって、壊相さんの他にも?」
「うん、血塗も一緒に」

ひやり。
突然首筋が嫌な寒さを感じ取る。

なんだろう、ゾワゾワする。
気持ちが悪い。自分の心と身体が一致しないかのような気持ち悪さと、嫌な予感が同時に思考に満ちていく。これは、なんだ。

「真知、どうかした?顔色が良くないけど」
「彼等は…彼等は、まだ受肉したばかりですよね?そんな人達に仕事なんてさせて大丈夫なんですか?」
「ああ、なに?心配してるの?優しいね、ほんと」


気色悪いくらい。


真人さんの笑みがグニャリと歪む。

瞬間、私は床を蹴り距離を取った。
しかし、彼の左手は自由自在に曲がりくねり私の身体を簡単にグッと捕らえる。
巨大な手のひらに掴まれた私は身動きが取れなくなり、骨が折れそうな程の強い力で締め付けられた。

ギチギチと鳴り響くかのような締め付けを私に与えながら、真人さんは私を馬鹿にした笑みを浮かべて近寄ってくる。
その顔は実に呪いらしく、本来ならば恐怖すべきなのに、何故か私は恐怖を感じ取れなかった。

少しずつ、自分の心が…思考が、在るべき方へと捻じ曲がっていく。

それを察した真人さんが、笑いながら言う。

「真知、俺は夏油より優しいから教えてあげるよ。アイツらは呪いで、お前の仲間でも家族でもない。そして、お前もアイツらも…夏油からしたらただの駒に過ぎないんだよ」

私は咄嗟に吠える。

「ッその事実に、興味は無い!!」
「ああ、確かに。だってお前は他人からどう思われていようが興味無い冷たい人間だもんね、自分の気持ちしか優先出来ない…エゴの塊だもんね!」
「だから、どうでも良いってば…!!」

巨大な蛇の骨格標本型の式神を召喚し、真人さんの腕を飲み込むように食い千切る。
さらに追撃として咄嗟に生み出した馬の肋骨で、私を掴む手のひらを力強く刺せば、彼は声を出して笑いながら「あー!おもしろっ!」と満足そうな声を挙げた。

複雑な苛立ちを覚えながらも呼吸を整え、式神を自分の側まで戻す。

「ハァ、ハァ……」
「どう?まだ気分悪い?だよね、だってお前は、」
「喰い殺されたくないなら、黙って」
「良いよ、でも十秒だけね」

苛立ちや焦りを飲み込み、私は頭を回す。
回答を間違えたら死ぬ。この呪霊は、私を孤独と向き合わせようとしている。考えろ、自分を。

上を向き、大きく息を何度も吸っては吐き出す。

整理しよう。
真人さんの言う言葉は事実で、私は他人から向けられる感情に然程興味は無い。
けれどしかし、それは好意や興味を蔑ろにしているのと同義ではないはずなのだ。
私は私に向けられた好意を理解しているし、受け止める努力もしている。だから、壊相さんの…受胎九相図として産まれた彼等が私に向ける感情を捨て置いたわけではない。

さらに整理しよう。
私は彼等にまだそこまでの感情は無い。けれど、彼等は私に様々な思いや価値を見出している。
…ならば、その気持ちを無碍には出来ない。だって彼等は私を仲間だと思い、慕ってくれているのだから。
そうだ、こんなことをしている場合ではない。助けに行かなくては、私のことを大切にしてくれている人のことを。
それはきっと正しくて、今までしてきた私の生き方そのものなのだから。



………いや、違う。
いいや、違う。

違う、今は…違う。
なんで……どうして私、縛られているんだ、生き方を。在り方を。

そんな必要、もうここでは必要無いというのに。



ふと、突然私の中にずっとあった、けれど無視し続けてきた意思が表面上に浮かび上がった。

その気付きは唐突で、頭の中が一気に冷えて、理想や信念、夢や希望が砕けていくのを感じ取る。
己の指先を見る。その手は、父に見放された異端なる者の手でも、愛されるお姫様の手でもなくなっていた。

私は、ここでは自由であれる。

今まで押し殺していた悪意や悲しみを隠さずにいても許されるのに、何故生き辛く感じる原因の善意を振りかざして生きようとしているのか。
もうその必要はないのに。優しくしなきゃならない理由も人も居ないのに。

大切な人も場所も無いのに、良い人で居る必要なんて…無いというのに。
愛さなきゃならないものなど、この世には無いのに。


ガラガラと、音を立てて「自分らしさ」が壊れていく。
呪いに笑われながら、私は善意を振り翳していた自分を否定してしまう。


私は、全てに愛想を振りまくお姫様じゃない。
私は、元々大切なもの以外大切じゃない、自分勝手な人間だった。
だから、私を同族視する彼等のことなど……実は、心からどうでも良かった。
けれど、でも…そんな私が彼等のために今も動こうとしている理由は何故だろう。

いや、理由とか…別にどうでも良いのか。
私がそうしたいからそうする、それの何が悪いというのだろう。


「だって、私の世界(術式)では、私が神様なのだもの」

「私が何をしようと、私の勝手でしょう」


インテリジェント・デザイン。
神の計画。即ち、私の計策。

私の世界では、私が生み出し私が捨てる。
立案も構想も設計も、策すことも考えることも施すことも、全て私が成し遂げ終わらせる。

他人の意見など、もういらないと思った。
何故なら私が、私だけが、自分の計画を進行する権利を持つのだから。


他人なんていらない、もうそんなものいらない。
糧以外いらない。愛も故郷も、手に入らないのならいらない。
もういらない。全部いらない。
いらない。

何も無い方が、身軽で良い。


結論に辿り着いてしまえば、頭の中が一気にスッキリしていく。
この世界に来てから…いや、ずっと前からあった疑問や疑念が一気に解消されていく。


「傲慢で、エゴイストで何が悪いの?」


感情の一切を手放した空虚な瞳で、私は眼の前の呪霊に問いかける。


「私の在り方に、何か文句があるというの?」
「いいや、俺は無いかな」


人間としての私は思う。
こういう所を父は危険視していたのだろうなと。
あの家では人は個性を消して、群の中の一として扱われる。群れの中では同じ動きをしなくてはならない。なるだけ平らに均されて、同じ方を向いて生きていく。

私にはそれが出来なかった。
生まれ持った性質が、命を設計するという術式が、私の在り方を縛り付ける。
支配する側の一であったのだ、最初から。
だから父は私を危険視していた。そして、伏黒甚爾を手元に置いた私をとうとう追い出した。

でも今の私は、理解した自分の在り方を心地良く思っている。
馴れ合う必要も一律になる必要も、はじめから何処にも無かった。
私の居場所は海にも陸にも無い。自分が選んだ場所にしか無い。
そしてそんなものは、今は無くても良い。

日だまりも愛も、ここでは意味が無い。
無いものに縛られるより、自由に生きた方が何だか楽そうだ。


「ありがとう真人、頭がスッキリした。自分の在り方に忠実で居るのは…気が楽で、良いね」
「ハハッ、呪いらしくなってきたじゃん。そうだよ、真知は真知の心の赴くままにあれば良い、群れとか家族とか…そんなしがらみは捨てた方が楽になれる」
「そうだろうね。うん、知ってたよ…私は、他人を必要としないタイプの人間だ」


式神を下がらせ、生み出した骨を消し去る。
笑みを浮かべる真人の横を通り過ぎ、玄関へと向かって歩く。

「でも助けには行くんだ?」
「もう、他人とかそんなのどうでも良いんだけど…」

一度立ち止まり、握り拳を作ってそれをゆっくりと開く。
身体の動作を確認し、随分と調子が良いことを確認してから歩き出した。

「ここで見捨てるのは、寝覚めが悪くなるかもなって」
「わー…すっごい闇堕ち、今までだったら絶対言わない台詞。でも俺は好きだな」
「ありがとう、どうでも良いけど」

振り返ってニッコリ笑う。
そうすれば、真人も意地悪じゃない笑みを浮かべてくれた。

不思議だな。
今までずっと体調が悪かったのに、それが当たり前だったのに…今は凄く身体が軽くて動きやすい。

やっぱり、身体に良いものって大抵不味いんだな。
健康になるってたーいへん。

これからは、身体に良いことをして生きようかな。
もう、無駄に愛とか考えない方が良いかもしれない。

愛は私の心を病ませて、生きづらくさせる毒だ。

mae ato
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