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人生山あり谷あり。生きていれば、それなりに色々なことがある。

友達の一人も禄に出来ないまま歳を重ねることもあれば、仕事仲間に豆腐を投げ付けられて殺され異世界転生することもある。
そんで異世界でロリコンを量産する罪深き人間になったりもすれば、トラックに轢かれてまた生まれ変わったりもする。

さらには、元の世界に戻ったら世界が水没し、そんな世界で細々と生きていたと思えば巨大な津波に襲われることだってある。
そして…知り合いの顔をした、どう考えても中身が知り合いではないヤバげな人が主催のサークルに加入させられたりすることなども…ある。
いや、出来れば無かったことにしたい事実なのだが、あっちゃったものは仕方無いので…柔軟に受け入れて対処していきたいと思います。


海面の上昇により発生した大津波により無事に大海原へと攫われた私は、海の中で藻掻きに藻掻いてみたものの、どうにもならずアッサリと意識を手放した。

そして、気付けば謎の生き物の頭の上にへばり付きながら海の上を移動していた。
人生山あり谷あり、謎の生き物あり。

「ぶ、ぶぶぅ」
「え……今、ブスって言いました?確かに人間の寝起きの顔なんて、皆大抵可愛くは無いですけど…でも初対面の相手にいくらなんでも…」
「ぶぶぅ!?」
「あ、これは違うっぽいな」

意識が回復して聞いた第一声目が「ぶ、ブス……」に聞こえ、あまりの衝撃に目を覚ましたが勘違いだったと認識を改める。
まん丸とした赤い何かの上に乗っていた体勢をどうにか変えて辺りを見渡せば、そこは南国のような海だった。
潮の香りと優しい風。燦々と照らす太陽の光は本物で、さらには白い砂浜まで遠くに見えるではないか。

「陸地だ…」
「ぶぅー」
「そしてセレブの如き野郎が数人居る…」
「ぶぶぅー」

ここからでも分かる。
陸地には何やら動く人影が数人見えた。
そのうちの一人はこちらを指差し、もう一人もこっちを見ているようである。
もしかしなくても、私…注目されてます?いやぁ、参ったねこりゃ。今の私は一般人から見たら水面を滑るように移動しているわけですから、そりゃまあ注目くらいされますよね。

ところで…この下のやつ、呪霊だよね?

私は砂浜から視線を戻し、己の下に存在する呪霊…らしき物を見た。
手のひらで触れれば、キュッキュッと弾力と張りのある水生動物みたいな触り心地がする。
身体を前のめりにし、彼の顔らしき物を見ようとする。そうすれば、まん丸の可愛らしいお目々とバッチリ目が合った。
あら可愛い。私、こういうの好きなんだよね。ゆるきも可愛い、ご当地に愛される系キャラ。

「こんにちは、可愛いね」
「ぶぶぅー!」
「助けてくれたのかな?ありがとう」
「ぶぅ」

あら〜〜〜可愛らしいですね〜〜。
この、全く感情が伝わってこないけれど、でも不思議と愛らしく思える鳴き声と表情がとっても良いですね。すてきないきもの。
孤独と衰退した文明によって荒れ果てた心が癒やされる。やはり知的生命体には適度なコミュニケーションが必要なんだね。

そうして暫く海の上でプカプカとしながら、一方通行なお喋りを楽しんだ私は無事に陸地へと運ばれ、知人の顔をした初対面のアロハ野郎と対峙することとなった。

砂浜に到着後、早々に近付いて来たアロハ姿の知人ではない何かに「初めまして、私は夏油傑と言う者だよ」と自己紹介をされたが、あまりにもあんまりで口角が引き攣ってしまった。
や、夏油傑は私にそんなこと言わないですけど。

「え……っと、傑さん…じゃないですよね」
「……おや、私のことを知っていたか。でも可笑しいな…肉体の記憶に君のことは記されていない。どういうことだろうね?」

あ、やべ。
これ、この人思ったよりヤバそうだぞ。生物的感覚がそう訴えている。生存本能、防衛本能、自己保存本能が警戒を示し始めた。
咄嗟に周りの状況を確認しようとするも、そうはさせないとばかりに目の前の男はアロハシャツの裾を揺らして私にさらに近寄り笑みを深める。

「陀艮の領域から突然現れた人間…君は一体何者かな?」
「ぜ、禪院…真知…です」
「真知…知らない名だけれど、禪院と言うからにはあの家の呪術師なのかな?それとも、高専所属の者かい?」
「ど、どっちでもないです…」

いけない。これ以上は良くない。
けれど謎の圧力と他方から感じる明確な殺意に、私の心は平静さを見失っていく。

真実を話す?
何処から、何処までを?
信じて貰える?というか、信じて大丈夫?絶対駄目なタイプの団体さんでは?

そもそもなんで傑さんの顔してるの?どうして強い呪霊と一緒に居るの?
というか今って西暦何年の何月何日?私ってどういう扱いになってるんです?もしかして死人ですか?戸籍無い感じですか?
えっ…ってことは、もしかして……


パパの重荷、減っちゃいましたか!!?


瞬間、パニック状態だった私の脳内に謎の思考が走り出した。

え、まさか…私という名の"精神的不快さを遠距離から与えてくる娘"の存在が無かったことにされてたりするんですか!?
生きてるだけで重荷になって、存在を認識すると居心地の悪さを感じてしまう娘のこと…死んだからどうでも良いやってなってたりする!?
う、嘘だ!!嫌だそんなの!!!他の誰に忘れ去られるよりも嫌だ!!!あの人だけには私を永遠に忘れず、異物・異端として迫害した罪を、私から送られ続ける途切れることのない愛で意識し続けて欲しいのに…!そしていつか、後悔と限界を迎えて欲しいのに…!!

「君のこと…私に教えてくれるかい?大丈夫、突然殺したりなんて私はしないか、」
「駄目だ!!今すぐお父さんの心にナイフを突き立てにいかないと…!!!」
「特殊なファザコンである事実は別に教えてくれなくても良いよ」
「違うんです誤解なんです、私はファザコンなわけじゃなくてお父さんの心に煩わしい爪痕を残し続けたいだけで…!」

慌てて言い訳してみたが、それこそ厄介な闇深ファザコンの言い訳にしかならなかった。
アカン、このままでは初対面と思わしき傑さんの面をした別人に「特殊なファザコン」という至極いらない事実だけが伝わってしまう…!
な、なにか…何かそう、他に好きな物とか人とか言わなきゃ…!

「あ、姉に恋してます!!お喋りすると、脳が痺れて手足がふわふわするくらい好きです!!」
「シスコンでもあるのか、難儀だね」
「ああぁ…あと、あと!歳の離れた従兄と相思相愛です!!本当もう、毎日一緒に寝たりくっついたりしてます!!時には一緒にお風呂に入ったり着替えを手伝って貰ったりもします!!」
「禪院家は随分と爛れているな」

ああぁ…違う、違うでしょもっと他に何かあったでしょ、余裕を取り戻すんだ禪院真知…!このままでは禪院家に変な誤解が生まれてしまう…!

深呼吸をしようにも息を正しく吸って吐くことすらままならず、私はやや涙を目尻に浮かべながらいらない事実を暴露し続けた。

「あの、えっと骨!骨が好きです!好きなタイプは骨格の綺麗な人間です!!人格面は持ち前の寛容さで気にしません!!」
「なるほど。じゃあ、私とかどう?」
「あ、え、す…好きです!!」
「なら良かった、君とは仲良くなれそうだ」

と言った偽傑さんは、私の頭をぽんぽんと撫でてから私の手をそっと取った。
そのままエスコートするかのように優しく手を引き、もう片手を私の腰に添えて歩くように促す。

頭の中はハテナでいっぱいだった。
なに?どの要素で仲良くなれそうだと判断したんです???
自分で言うのもなんですが、私…相当頭の可笑しい子な発言を連発してましたよ?
あ、もしかしてそういうのが趣味とか?それはそれでちょっとやり辛い気がするのだが…。

私は彼の方を見ながら控えめに「あの…」と、声を掛ける。
すると彼はニコリと笑って「心配する必要は無いよ」と言った。

「着替えを用意するから、それからゆっくり話し合おうか」
「あの、私…どうなるんですか…?」
「うん、そうだね…」

砂浜をサクサクと音を立てて、ゆっくりと歩む。
ビチョビチョに濡れて身体に張り付く手術衣が鬱陶しい。半乾きの猫毛の髪が優しい風に揺れ、視界の隅でふわりと浮いた。
広い空、果ての見えない青。それから、握られたであろう命。
閉じられた世界に作られた楽園の如き海で、私は何故か…ヒロインになってしまった。
 

「とりあえず、私達のお姫様になって貰おうか」


禪院真知、十四歳(精神年齢は中年だった記憶がややある)。
イカれたメンバーしかいないサークルで姫をやることになるの巻。

人生って、複雑〜〜〜〜!!!

mae ato
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