3-7

怒涛の夏が終わり、秋が過ぎて、冬。

山奥の高専では今年も厳しい寒さが押し寄せていたが、学生の皆は寒さに関係無く頑張って日々を過ごしていた。
そんな寒さに負けない元気な学生に混じり、私…禪院真知も健気に頑張ってお仕事を熟していたのであった。

自分で言うのも何だが、私の術式は便利である。
一度呪力を規定量込めれば私が術を解くか、無理矢理破壊されるまで動き続ける。尚且つ、小型式神の行動範囲はとてつもなく広い。
潜伏捜査、戦闘行動、移動手段…なんでも御手の物。
そんなわけで、私の便利で賢い式神達はこの度、来年の春に高専にて情報収集要員として正式採用される運びとなったのであった。

「めでたい!」
「そうだね、でも真知ちゃんの負担にならないか私は心配だな…ただでさえ君は無茶をする癖があるのに」
「やること、なにもかわらないけどね」
「つまり真知ちゃんは既に搾取されていた…?やはり君を救うには新しい国を作るしか…」

危険思想感知、真知は逃げます。

現在私は高専の三年生が集う教室にて傑さんと一緒に居た。
他の二人は不在、なので一対一のタイマンなのである。

危機を察し小さな足をセカセカと動かしその場から逃走を図ろうとするものの、すぐに追い付かれ両脇に手を入れられ、ひょいっと簡単に持ち上げられてしまった。
クソ!脚のリーチが違い過ぎた…!ズルくないですか、そのなっがいおみ脚。

「こら、あの虫が来るまで私と留守番する約束だろう?」
「とうじさんのことひどくいうひと、きらい」
「……伏黒さんが来るまで良い子で私と待っていようね、真知ちゃん」

とか言ってるうちに、用事が終わったらしい甚爾さんが扉をガラリと開けて入ってきた。
彼はこちらの状況を見ると、一度鼻で笑って私へ手を伸ばす。

だが、渡すまいとキッチリ抱き込んだ傑さんが手を叩き落とした。
彼は冷たい口調で、「触るな、ロリコン」と甚爾さんに向かって言ったが、私は心の中で「貴方も大概だぞ」とツッコミを入れてしまった。
ここに安住の地など無い、悲しいことに…。

真面目な顔付きで「この子は私が育てる」と言い始めた傑さんに、甚爾さんは白けた目を向けていた。

「ガキがガキ育てられるわけねぇだろ、貸せ」
「自分の息子一人満足に育てられない癖に、良く言う」

それはそう。
マジでそう。

可愛い恵くんは今日もすくすくと育っているが、それは津美紀ちゃんや悟くんあってのことである。
この人は育てる方面については全然駄目なため、頼りにはならない。
私と上手くやれているのは、単純に私の中身が人生敗北中年研究員だった前世を持つ人間だからだろう。つまり、仲間。イエーイ、我ら人生敗北ヒューマンズだぜ。
………言ってて悲しくなってきた。こういうことは、事実でも思わないようにしよう。


しかし、だからと言ってだ、傑さんに育てて貰おうとは全く思っていないので、私は足と手を突っぱねて拒否の姿勢を示した。

「かえる、ねむい」
「おや、じゃあ私の腕の中で寝て良いよ。よしよし、良い子良い子」
「あ、これはアカンやつ」
「ねーんねん、ころーりよ…」

ゆらゆら、ゆらゆら。
一定のリズムで揺られながら、程よい力加減で背中をポンポンと叩かれる。
とんでもないあやしスキルにより、私は秒で身体から力が抜けて睡魔に襲われた。完敗である。仕方ないね、幼女だから。

「おい、寝かせんな」
「スピョ…スピョ……むにゃ…」

甚爾さんが何か言っていた気がしたが、私は構わず心地の良い声の子守唄に意識を委ねながら、睡魔の波に溺れて意識を手放した。

すぐ側から柔らかな笑い声が聞こえる。

「私が守るから、安心しておやすみ」




___




浅い、夢を見た。

私はヨレヨレの白衣を着ていて、小綺麗なデスクの上にある書類と向き合っていた。

『20××年 ×月×日 研究チーム解体のお知らせ』

どうやら私の所属する研究チームが解体されるらしい。
所定の期日までに引継書の作成と、研究室からの撤退準備を済ませるようにと記されていた。

ふいに、すぐ側から音がする。
ちゃぷり、ちゃぷりと…水が波立つその音は、私が研究している生命体そのものであった。

「……おはよう、私の可愛い生命」

私は長方形の水槽の側へ寄ると、上から見下ろしソレの様子を観察した。
半透明のぷよぷよとした身体からは、凡そ知性の欠片も感じられない。しかし、この子は実に優秀で、とても可愛い愛されるべき命なのだ。

ホヤとは、私たちヒトが属する脊椎動物に最も近い無脊椎動物だ。
一見すると植物のようにも見れるが、脳神経、心臓、消化器官を持つ立派な動物だ。しかも、貝やイカなどの軟体動物よりも人間に近く、脊椎動物の原点となる「原索動物」とも呼ばれる生命体である。

ホヤが人間と似ている点は、その幼生体の見た目だ。
彼等は幼生時にオタマジャクシのような見た目をしており、ヒトの祖先もそうであったのではないかと現代の学術的には考えられている。

私が育てているこのホヤは新種の子で、私の元で様々な実験に付き合わされていた。

「君がヒトへと進化するその日を、見たかったのにな」

つるりとした冷たい水槽の表面を撫でる。
賢いこの子は私が指先を動かすと、そちらへ向かって揺れてくれた。

研究チームが解散となるならば、この子はどうしたら良いのだろう。
普通に考えれば、自然にも返せないこの子は破棄しなければならないのだろうが、沢山お世話になった可愛い命をそう安々と諦められるわけがない。

きっとそれはチームのメンバー皆が同じ思いなはずだ。
私は彼等と親しくしていたわけでは無いが、しかし心は同じはず。


これは夢で、これと良く似た現実に私はもういない。
だから、私はこの子を救えないけれど…いつかきっと、何処かの未来でこの子の進化を目にしたいと願った。

「私の子、可愛い子……」

オデコを水槽へとくっつけ、目を閉じる。

神様はね、悲しいことを見なくて良いように瞼を作ったんだって。
君にも瞼が出来るといい。
だってこの現実は、あまりにも君にとって理不尽だろうから。

mae ato
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