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「おはよう、私の可愛い生命たち」


私はしがない生物進化学研究所の研究員。
勤め先の研究所は大分古く、所属するチームはこの夏解体予定となっている。

私の人生にとって、研究は全てだった。
人間の、動物の、地球の…進化を解き明かし、この星のさらなる発展に貢献すべく、私は様々な研究を行っていた。
渡り鳥が何故毎年正しい時期に正しい場所へと渡れるのか、南米に生息する特定の花の花粉を食事とする虫の可能性、ヤポネシア…日本人の起源について。
脳とは何か、命とは何か、死とは何か、愛とは何か。

この星は可能性と不思議に満ちていた。
その中で私が最も愛したものは、骨だった。

壮観にして神秘的、エレガントにしてグロテスク。
こんにち地球上に生きている脊椎動物の骨格は、数十億年にわたる進化の跡を留めている。
つまりは、骨をより知ることで地球の長い歴史を解き明かし、発展へのヒントを探り当てられるということ。

私はこの研究に喜びを感じている。
だが、研究は失敗続きで……統計以外の大した成果も出せないこの研究所は、この夏で幕を下ろすこととなった。


「また失敗作が増えたな」


同僚の男が言う。私はそれに死んだ魚のような目をして曖昧に笑って返す。

人付き合いは苦手だった。
人間は研究対象としては面白いが、友人には向かなかった。
彼等は皆賢く、残酷だ。私はいつも人間の言葉や行動に苦しめられ、傷付いてきた。

今もそうだ。
私にとってはまだ可能性を捨てられない段階の実験用のホヤを失敗作と罵られた。
このホヤにも命があり、確かな役目があるのにだ。
なんとも腹立たしく、同時に悲しい気持ちになる。

何せ、私も言わばこのホヤと同類なのだから。
いや、この研究所そのものが…失敗作なのだ。悲しいことに。
正しい解を導き出せなかった我々に意味など無い、培った経験とデータだって別に必要無かったかもしれない。
私はこの事実に気付いた時、深い絶望で目の前が暗闇でいっぱいになった。

自分に意味を感じられなくなった。
人生にも、経験にも。何もかもに。

私はただ、悪戯に好奇心を満たすために動物の命を搾取しただけの存在になってしまったのだから。


さて、一旦この嘆かわしい話は後回しにして、私の研究についてご覧頂きたい。

進化論に反対の意を唱える者達の中には、人間の脳の大きさが六百万年で五倍になることなどありえないと主張する者達も居る。
しかし事実として、人間は扱わなければならない情報が増えていくに従い、進化の過程で頭蓋骨を大きくさせ、そこに入る脳も大きくさせていったのだから進化を認めるべきだろう。

このように、種が変化するという考えを受け入れるには、地球の古さを再認識せねばならない。
そう、千年ちょっとじゃ人間は身体的に飛躍的進化などしないのだ。本来は。
だが、何事にも例外はある。

『突然変異』

バクテリアやショウジョウバエなどは数週間で突然変異が生まれることがある。
東アフリカのマラウィ湖などは五百種類の魚が実はすべて、ただ一つの種からの変異による派生だったという結果がある。

動物は時々、群れの中で突然に変異する個体が現れる。
それが先祖返りによるものか、進化の可能性なのか。はたまた意味も価値もない変異なのか。
私はそれを見極め、進化の可能性を探る研究をしている。

いや、正しくはしていた…なのだが。


私は……この研究室が畳まれたら、何処か遠くへ行きたいと思っている。
自分のことなど誰も知らない場所で、ただ世界を見つめていたいと思う。

群れに加わるのは怖い。私は争い事が苦手で、出世にも興味の無い人間だから。
一人は寂しいが、その分気楽だ。
寂しさを埋める何かがあれば、きっと耐えられるだろう。
だから、私は何処か遠い所で世界を見つめることだけをしていたい。
まだ、人間を嫌いになりたくないから。


インテリジェント・デザイン。
和訳すると、神の計画。
そう…人類とは本来であれば、大いなる知性に基づき作られた美しい生命のはずなのだ。

神々の時代から脱却した我々は、こんにちにおいて支配する側となった。
しかし、人間よりも強く逞しい生命体などこの地球上には沢山存在する。
いずれ、もしかしたら我々よりも賢く残酷な存在が現れ、我々を支配する日が来るかもしれない。

立場が覆った瞬間、我々は一体どうなるのだろうか。
その時、私は何の味方をするのだろうか。

きっと、物語の主役でないことは…確かだろうが。


(とある研究員の独白)




___




というようなことを思い出してしまった真知は、暫く呆然とその場に立ち尽くしていたかと思うと、いきなり術式を発動させて骨バットを右手に握り締め出した。
ちなみにこの骨バットは牛の前腕骨から出来ている。制作期間は三日、真知の主武器だ。

そんなわけで、黙っていたかと思えばいきなり武器を持ち出した真知を前に、夏油はハッとした表情で「真知ちゃん、気持ちは分かるが落ち着くんだ…!」と、未だ真顔で黙ったままな幼女を宥めようとした。

「やるならせめて、非術師からにしよう。復讐はそれからでも遅くはないはずだ、何事にも順序は大切で…」
「これで、はんごろしにします」
「真知ちゃん、いけない…!」

バットを振りかぶった真知を前に、夏油は咄嗟に真知の母を庇うよう前に出た。
しかし、真知が攻撃した先は…自分自身だった。

▼真知のバットで殴る!
▼ヒット!
▼ヒット!ヒット!
▼自分にヤバめのダメージ!
▼真知は混乱している!

自分の頭をバットで三度叩き、「きえろ!!ボッチやくたたず、ちゅうねんけんきゅういんの…きおく!!!」と、謎の呪文を唱えた真知は、夏油に止められる前にバットを持ったまま廊下を走り去ろうとした。

しかし、叫び声を出しながら駆け出した廊下の曲がり角にて真知は人とぶつかってしまう。それも、結構な勢いで。

「ニ"ャンッッッッ」
「ああ…!真知ちゃんが厳つい男にぶつかって、テニスボールみたいにバウンドしながら庭の植え込みに頭から突っ込んでしまった…!真知ちゃん、大丈夫かい!?」
「ち"ぬ………」

ガクッ。

「真知ちゃーーーん!!!」
「ああ、真知が…真知が頭から血を出して…!誰か、誰か医者を…!」
「真知ちゃん……君の敵は必ず取るからね…!」
「真知はまだ死んでいません!!」

夏油の腕の中でしっかり気を失った真知は、コントを始めた夏油に向かって母親が本気の声で怒っているのを聞いて、「ああ…お母さんって生き物はやっぱり大変なんだなぁ…」と思った。
苦労を掛けさせたてごめんねお母さん、早く高給取りになって都内にマンション買って楽させてあげたいな…まあ、まだ高給取りどころか、借金背負う身なんですが。

とりあえず、意識と共に記憶も失おうと思います。
前世なんて無かったんや。


▼真知は目の前が真っ暗になった!

mae ato
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