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というような感じで、傑さんは術師キングダムの長にはならずに教師の道に進むことを考えたり考えなかったり、悟くんと喧嘩したりしなかったりしたのだった…。

めでたし、めでたし。


「うん、うん……それで、つぎはなんだって?」
「家からの呼び出しだろ?二級祝いだっつー話だが、どうだかな」
「サボってもいい?」
「来なかったら迎え来るっつってなかったか?」

言ってた、言ってましたね。つまり、逃げられないってことでファイナルアンサー?

私はこの度晴れて二級術師の仲間入りをしたわけですが、そのお祝いだとか何とかで実家からお声が掛かったわけであります。
誠に遺憾である。遺憾を示さなければならない。遺憾の意、こりゃいかん。なんちって。

甚爾さんに付いて来てよと頼んだが、それだけは何が何でも嫌だと首を横に振られた。仕方無いので悟くんに頼んだら、忙しくて無理だと断られた。
そうなるともう、残る選択肢は限られているわけで…私は悩みながらも傑さんに声を掛けることにしたのだった。

彼は二つ返事で了承してくれた。
今現在、精神面での休暇が必要とされている彼は学業以外のことを免除されているとのことで、時間があるらしい。
そんなわけで、私は傑さんと京都の実家に一瞬顔を出すことにした。本当、一瞬だけ。絶対面倒臭いから。

駅までは送って行ってくれるとのことで、甚爾さんに手を引かれながらトボトボと力無く歩く。
「何かあったら呼べ」だなんて、まるで何か起きますと言わんばかりのことを言って、合流した傑さんと数秒睨みあった後に彼はアッサリと去って行った。

「邪魔者も消えたし、行こうか」
「ひょうげんが、ちょっきゅう」
「真知ちゃんには私という養育者だけが居れば良いからね」
「シンプルにこわい…」

それでも実力があるのは確かなので、私は彼と共に行動する他ない。
誰か早く彼の疲れを癒やしてあげてくれ、あと授業は数学とかじゃなくて道徳と国語の時間を増やせ。もっと情緒教育に役立つような絵本読ませろ。教育テレビとか見せとこうよ、いないいないぱぁとか。私も一緒に見るよ。


…駅構内にて。
長旅を予想して飲み物を買おうとしたが、傑さんが「用意してきたよ」と言ったので私は有り難くお礼を言ってお財布を仕舞った。
傑さんは他にも色々用意してくれたらしく、昼食時にはお弁当まで出してくれた。
中身は…なんというか、男の子のご飯って感じだった。肉、米、揚げ物、申し訳程度の野菜。これを完食したら私の胃は死ぬだろうな…と思いながら、時雨さんに持たされたサンドイッチ弁当と傑さんの弁当を交互にちょっとずつ食べた。とても、濃い味付けだった。

そういうわけで、東京から遥か西へ西へと旅を続けた我々は無事に京都へ到着。
そこからは、待っていた禪院家お抱え運転手による華麗なドライビングテクで屋敷まで行き、私は無事に実家へと辿り着いたのであった。

いやぁ、無事にとか言いましたけど、本番はここからですからね。
まあ、ちょっとだけね。ちょっと。ちょ〜〜っと顔出したらすぐ帰るから。本当、全然お父さんの顔見たいなとか思ってないから。一ミリも認めて欲しいなんて思ってないから。いやマジで。

「真知様、この度は長旅ご苦労様で御座いました…ささ、こちらに…」
「さ、さま……?」
「真知様のご活躍は我々使用人一同だけでなく、当主様も誇りに思っております」
「ほ、ほこり……?」

久々に帰って来た実家、なんか私への当たりが全然違うのだが。

私は終始右に左に首を傾げながら、「どうしたんだコイツら…」「前までは私のことなんて虐めるか嘲笑うか無視するかの三択だったよな…?」と、あまりの変わりように頭を悩ませる。
すれ違う人々も、私に静かに頭を下げたりしている。一部の男達もだ。一体何故、こんなことに…。

しかしてその謎は、すぐに解けることとなる。


通された御当主様が居られる部屋にて、私は傑さんを部屋の外に待たせながら御当主様のお話を聞いた。
彼は相変わらず呑んだくれており、私がお土産に持ってきた物を見て酒を呑みながら大口を開けて笑っていた。

「俺にパンダの菓子とは…趣味が良いな、真知よ」
「さいきん、うえのいったので…」
「楽しかったか?」
「らくえんだった……あそこに、すみたい……」

思い出して悦に浸る私を見ながら、御当主であられる直毘人様はまた酒を口にする。

「お前の術式は確か、生物を模した式神を創り操るものだったか…その活躍は俺の耳にも入っているぞ。随分と色々な情報を蓄えているらしいな」
「にきゅうじゅちゅし、じつし……じ、じゅ……じゅきゅ、し、に…なりました」
「そうか、その歳で二級は中々のものだ。誇って良いぞ、真知よ」

術師って全然言えなかったけどスルーされたので良し。
直毘人様はその後も、酒を呑みながら私と一対一の会話を繰り広げた。
内容としては、呪術師として今後どうしたいか、屋敷の者達は私の活躍を結構印象良く捉えている…など。それから、戻って来る気があるなら、御当主様から父に口添えをしてくれると。
彼は試すような口振りでそんなことを言い、ニヤリと笑って私の返答を待った。

正直、やりたいことがやれるならば別に何処で生きようが私は構わない。
結局の所、この異世界で私がやるべきことはヒロインを見つけて物語をクリアすることだけなのだから。
そう、それだけ。それだけだったのに…いつの間にか、私には大切にしなきゃならないものや感情が沢山出来てしまっていた。
足が重くなったなと思う。人生を自由に選択するには、あまりにも捨て置けないものが有り過ぎる。
私はそれらを捨ててまでこの物語を自分勝手に進めたくはないし、彼等が幸せならば私も幸せだから、その尊い価値ある時間を壊したくはないとも思っている。

だから、私は首を横に振った。わりと即決で。

「ここにないものを、たいせつにしているから」
「あの男か。そんなに気に入っているのか?」
「それだけじゃなくて…ほかにも、いろいろ」
「なるほど、扇が締め出したくなるだけの目をしている」

「俺はむしろ好ましいがな」と、御当主様はニヒルに笑って酒を舐めた。
一体私はどんな目をしてるんだ…と、若干心配になったが、まあ気にしていない様子なのでこちらも深掘りはしないことにした。私は賢い幼女、大人な会話が出来るのだ。


そんなわけで当主様とのお話も終わり、待っていて貰った傑さんと合流した私は、さっさと屋敷を後にしようとした。
しかし、前方からこちらに向かって歩いてくる人物を前に、歩みが止まる。

陰鬱とした暗い表情で静かに歩く女性は今日もキチッと着物を身に纏っており、何だかそれが酷く懐かしく思えた。
懐かしく思える程には、私はその人物を想っていた事実に表情が固まる。

「おかあさん……」
「………真知」

私が呼べば立ち止まった母は、隣に居る傑さんを見て深く頭を下げた。その仕草が物語るのは、この家で女という人間がどれだけ男に気を利かせて生きているかという事実。
改めて実感した言い知れぬ嫌悪感と罪悪感に、私は目線を逸らすことしか出来なかった。

「あの人の目に止まる前に、用が済んだなら早く行きなさい」
「でも、あの…あ、おみやげあるよ」
「真知」

それでも何かしたくて予備で買っておいたお土産を出そうとすれば、母は固い声で私の名を呼んだ。

その顔はいつも通りの感情を全て奥底に仕舞い込んだかのような顔付きだったが、瞳が少し揺れているのが見えた気がした。
実際、どうだったかは分からない。ただ、私はその目を見た瞬間、母の生きることや育てることへの苦しさを垣間見た気がしたのだった。

「貴女はもう、私達にとっては失敗作の一人。だからさっさと外に行きなさい、ここに貴女の居場所は…」
「失礼ですが、少し言い過ぎでは。仮にも貴女の子でしょう、それに真知ちゃんは立派にやって…」


キーーーン………。

母の言葉を聞いた途端の出来事。
耳の奥で、鼓膜を引っ掻くような甲高い耳鳴りがし始めた。
そして次第に全ての音が遠退き、深く、深くから…私の何かが呼び覚まされてくる。


傑さん、怒らないで。
違うの、お母さんは何も悪くないの。
その言葉は私をこの家から遠ざけるための愛情なはずで……ああ、ああ。

思い出してしまう。
忘れていたのに。忘れていたかったのに。

未来に繋がる、過去の思い出達が。

mae ato
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