2-7


衝撃の事実発覚!

「えっ…とうじさん、けっこんしてたの…?」
「まあ、相手どっか行ったみたいだけどな」
「ちなみに、そのかみは…」
「恵が見つけた」

差し出された一枚のペラっとした紙切れを受け取り、一番最初に目に飛び込んできた文字の衝撃たるや、それはもう……目をかっぴらいてしまう程だった。几帳面な字体で印刷されたその一枚の紙切れは…

「り、、、りこん、とどけ……」
「難しい漢字良く読めたな、ア〜チャッカダ」

時雨さんに頭を撫でられながら、韓国語で偉いね〜的なニュアンスの言葉で褒められた。
しかし、これは喜んでいる場合ではない!色々とマズイんじゃないでしょうか!笑ってる場合ちゃうぞ!?

私は恵くんのことを思い出す。
可愛くて優しくて心配性で、落ち着く匂いのする私の恵くん…彼はもしかしたら、ずっと窮屈な思いをしていたのではないだろうか。
私と居る時はそんな雰囲気おくびにも出さなかったが、本当は心苦しい日もあったんじゃないか。
だって彼は私と違って本当に幼い、愛されるべき小さな命なのだから。

ああ、なんてことだ……。
恵くん、今頃一人でしょんぼりしているかもしれない……心が、痛い…。

「うぅ……めぐみくん、ひとりにしてごめんよ…」
「姉が居るから大丈夫だろ」
「あ…………あ、ね………………???」
「連れ子な」

まあ、離婚するから知らねぇけど。

私の手から離婚届を奪った甚爾さんは、時雨さんにペンを借りていた。
紙に何かを書く甚爾さんの後ろ姿を眺めながら、私の頭の中は大パニック状態となった。


え?恵くん、お姉さんいたの?
それって私じゃないよね?連れ子のお姉さん?なにそれ?初耳なんだけど?
あれ?じゃあ何?この人…自分の息子と義娘を放ったらかしにして、毎日毎日私のとこ来てグータラして飯食って風呂入って寝てたの?
駄目じゃない?何もかも。
ていうか、家庭があるのに何してんの?
どうしてそんなに駄目な大人なの?優先順位おかしくない?

いや、まあ確かにね、確かに…百歩譲って私が頼り無いから面倒見てくれてる…ってなら分かるけど。私の面倒見てくれてるの、時雨さんだからね?衣食住全部時雨さんが助けてくれてるから。
甚爾さんがしてくれてることって、高専までの送迎くらいだよね?作業用のマンションだって、来ても何もしないし。

そういえば、この人自分の息子売ろうとしてたよな…?
じゃあ何?もしかしてついでに禪院家へ義娘も押し付けようとか思ってたり…しないよね?それは流石に無いよね?
というか、最初会った時…恵くんの名前忘れてなかった?忘れてたよね?そんだけ家に帰って無かったってことだよね?

あれ…………もしかして甚爾さんって、許してはいけない人なのでは……?
これは、私が戒めてやらなければいけないのでは???


瞬間、私の心に漆黒の意志が芽生える。
目的のためなら、殺人も厭わない程の強い意思……心に灯った覚悟の想いは、恵くんを大切に思うならば当たり前のものだった。

「せいばい!!!」

リビングの机に雑に紙を置き、屈んで文字を書く背中に向かって飛び付き渾身の力で噛み付く。

「あとで構ってやるから、少し待ってろ」
「ゆるさない!ゆるさない!!ゆるさないんだから!!!」
「お前……嫉妬とか、するんだな…」
「ふみゃああぁああぁぁぅぅうああ!!!!しっとじゃないもんんんん!!!!」

しかし、甚爾さんの身体はビクともしなかった。
オマケに嫉妬していると勘違いされる始末。
仕方無しに、私はなけなしの力を振り絞って頭突きをお見舞いしてやった。

ゴチンッ!!!

めっちゃ痛い。私が。
これ多分甚爾さんは何も感じてない。
チート過ぎません?ズルいでしょ、この人間…。

甚爾さんの背からズルズルと滑り落ちた私は、痛みに悶え撃沈した。
時雨さんが前髪をかき上げて見てくれたが、どうやらオデコが赤くなっているらしい。呆れた顔で「無理な真似はしないでくれ」と言われてしまった。そんな風に言われたら私はもう…何も出来ない。

己の無力さに泣きたくなってきた…どうして私はこんなにも弱いのか。
力が欲しいか…と、謎の高次元ボイスが聞こえてきたら食い気味に欲しい!!って叫ぶ程には今、力が欲しい。

甚爾さんの後ろで膝を抱えて丸まる。
知ってましたけどね、私じゃ何の役にも立たないって。
お陰様で借金返済ライフは順調ですが、言ってしまえば私が恵くんに出来たことなんて金を払うくらいのことで、他には何の役にも立てていない。
何なら世話焼かれてるし。会う度に心配されるし。

あと今気付いたんだけど、血の繋がらない姉が居るとか…恵くんめっちゃラブコメの主人公じゃん…。
私のヒロイン説消えたじゃん。一番可愛かったのに。
どうするんですか今後の展開。私の中の予定では、恵くんの病弱幼馴染ポジションで健やかハートフル学園生活を経た後に、卒業式で告白、二人は幸せなキスをしてエンディング……そして元の世界に帰還!!!とかになるはずだったんだけどな。可笑しいな。

どうやら、私の異世界転生攻略のためのヒロイン捜索問題は振り出しに戻ったらしい。
ちなみに、前に「七海くんマジヒロイン」的な話をしたが訂正したい。あの人は凄く…その、あの……ゴリゴリでした…。

「そんなに落ち込むなよ、すぐ役所行って来てやるから」
「あ、はい………」
「ほら、こっち来い」
「いや、あの…だいじょうぶです……」

必要なことが書けたらしい甚爾さんは私を抱きあげ、いつもゴロゴロしているゴロゴロスポットへと行き、私を抱き締めたままゴロンと横になった。
役所行かないのかよ……とは思ったが、ツッコむ気力も無いため黙ることとなった。

どうせ、恵くんのお姉さんってどんな人?って聞いてもまともな返事は返って来ないんだろうなあ…。
ああ、人生ってつらい…。




___




「か、可愛い…!!」

ふわふわした黒く長い手入れのされた髪に、大きくクリッとした猫目。小さな身体はこれでもかと儚げで、しかし聡明な眼差しを携えたその姿は思わず守りたくなってしまう程。

禪院真知とは、見た目だけは素晴らしく愛らしい生き物である。
そのため何の事情も知らず、彼女の中身も知らない津美紀はただただ目の前に現れた少女を可愛い可愛いと褒めそやした。

それを見ていた恵は、なんとも言えない気持ちになる。
何故なら、真知が満更でも無さそうな感じだからだ。

「可愛い〜!ね、お姉ちゃんって呼んでみて?」
「つ、つみきおねえちゃ…」
「ふふっ、そうだよ!今日から私が真知ちゃんのお姉ちゃん!」
「おねえちゃん…!」

むぎゅっ、むぎゅっ。
キツく抱き締めあい、笑いあい、幸せそうな空気を醸し出す二人の周りには花が咲いていた。
恵はそれを平べったい目をして見ながら、自分の実の父親にいや〜な気持ちを抱いた。


突然帰って来たかと思えば「真知を連れて来た」と言った甚爾に、恵は少しだけ慌てた。
何故なら、姉である津美紀と真知は今の今まで会ったことが無かったからだ。
真知はそもそも津美紀の存在を知らないようであったし、恵もこれ以上家庭の事情に巻き込みたくはないと思っていたので姉の話をしたことは無かった。
しかし、何故か甚爾は話してしまったらしく、ついでに会わせるつもりらしく…恵は幼いながらに心配になった。

津美紀は超が付く程の清らかな善人で、呪いとは無関係の一般人だ。かたや真知は生まれも育ちも呪術師世界の人間、しかもしっかりイカれている。
そんな二人が会ってしまって本当に良いのだろうか?
とくに、真知は本人は自覚が無いようだが、アレで結構落ち込みやすい所がある。津美紀へ謎の罪悪感を抱いたり、違いに苦しんだりしたら大変だ。
恵はそんなことを思い、事態を見守っていた。

しかし、心配も裏腹。アッサリと仲良くなった二人は肩を寄せ合い仲睦まじくしている。
津美紀は年下の女の子が嬉しいのか、しきりに頭を撫でたり真知の話を聞いては笑っている。
真知も真知で、もう甚爾も恵も目に入っていないといった風に津美紀にデレデレだ。お前そんな顔出来たんだな…ってくらいデレデレに緩んだ表情をしている。

「真知ちゃんは何が好きなの?」
「ほ、ほねとじんるい…あと、おまんじゅう…」
「へぇ〜、渋いのね!」
「えへ、えへへ……ハピネス…」

恵は視線を逸し、父親の様子を盗み見る。
案の定、面白く無さそうな顔をしていた。
きっと今、自分もこんな感じの目をしているのだろうと恵は察する。

そりゃあそうだ、だって今の甚爾は真知に人生を委ねてしまっているのだから。
光の差さない暗い暗いどん底に突然舞い込んで来た軽くて儚い小さな光は、いとも簡単に行くべき道を示してしまった。
足を止めれば一緒に止まり、時には背中を押して力をくれる。またある時は先を歩き、振り返って手を差し出す。
そうして孤独な二人は互いに少しずつ歩みを重ね、やっと幸せがどんな物だったかを思い出した。

そんな大事な相手が出会って5分の子供に懐きまくって「幸せ」だと口にしたのだ。面白いわけがない。

そしてそれは恵も同じくである。
自分の方が先に出会い、自分が一番世話を焼き、心配して支えてきた大事な女の子が、明らかに自分より姉に懐いてしまったのだ。それも秒で。
フツフツと沸き立つ感情のやり場に困る。


「お茶淹れてくるね、ちょっと待ってて」と言って一度席を立った津美紀が真知から離れた瞬間、甚爾は徐ろに立ち上がるとフラリとその場から立ち去ってしまった。
津美紀に夢中だった真知もその姿には気付いたらしく、「えっ」と小さく声を挙げて表情を固める。

視線を目をへと向けた真知は、戸惑った顔をしながら「ど、どうしよ…」と言った。

「放っといていい」
「そうかなぁ…」
「津美紀もお茶持ってくるし」
「……うん」

不安げな表情をする真知を見て、恵は心が苦しくなる。
彼女の気持ちが分かるからだ。甚爾が真知を大切にしているように、真知も心から甚爾を大切に思い、側に居る。
心を通わせた時間は実の家族より長く、何よりも頼りにしている相手だ。そんな相手が何も言わずに立ち去るなど、心穏やかで居られないに決まっている。

真知にそんな思いをさせる父親が嫌いだった。
けれど、仕方無いとも思った。
そうさせたのは他でもない真知で、自分も似たような寂しさを一瞬感じていたからだ。

「お茶淹れて来たよー…あれ?どうかしたの?」
「………おちゃ」
「うん、お茶だよって…甚爾さんは?」
「………う〜〜〜!」

お盆にお茶の入ったコップを四つ乗せて戻って来た津美紀を見上げ、真知は唸る。
そして暫く唸った後に、彼女はガバリッと立ち上がると勢い良くコップを一つ手に取った。

ゴク、ゴク、ゴク…。

コップの中の液体を一気に飲み干し、机に音を立てて置く。
一度大きく息を吐き出して、彼女は顔を挙げこう言った。

「ごめん、やっぱりとうじさんのことおいかける」
「え…じゃあ私も一緒に、」
「だいじょうぶ」
「でも……」

不安そうな顔をする津美紀に真知は首を横に振る。

「なれてるから」
「……また来てくれる?」
「うん、ぜったいくるよ」

やくそくね。
小さく呟き、真知はその場から駆け出した。
慌てて履いた靴はちゃんと履けていなかったけれど、大事な人のために心臓を鳴らしてひた走った。

だって貴方が大切だから。
貴方に笑っていて欲しいから。幸せで居て欲しいから。

mae ato
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