2-6

遠路はるばる西から東へ。
約六時間以上に及ぶ長旅を経て東京へとやって来た直哉くんは、東京高専に居た私を見るや否や音を置き去りにする勢いで目の前にやって来てこう言った。

「甚爾くん、本当におるん?」
「たぶん、こうていに…」
「真知ちゃんは何してるん?」
「やることおわったから、とうじさんとこいくとこで…」
「ほな、一緒に行こか」

あ、コイツ…さては一人で会う勇気が無いから、私を探してたんだな?

まるで「お前一人じゃ心配だから俺も付いて行ってやるぜ!」と言わんばかりの態度だが、賢い私は知っている。
この人、実は超ド級の甚爾さん好きなのだということを。

何故、どうしてあの人に憧れているのかは知らなが、ハッキリ言わせて頂こう。
直哉くん貴方…男の趣味悪すぎです。

世の中にはもっといっぱい素敵な人は居るよ?
確かに甚爾さんはそりゃあもう、べらぼうに強いけれど…でも幾ら強くたって人格がアレなので、強さへの尊敬はまだしも憧れるのはどうかと思う……と、思ったが、よくよく考えてみれば直哉くんも別のベクトルでどうしようもない人格をしてらした。
なるほど、どうやら"強さこそ全て"タイプらしい。ならもう、言うことはありません。


私は色々と言いたいことを飲み込み、さっさと先を歩いて行く直哉くんの背を追った。
そして辿り着いた校庭では、相変わらず生徒達をぶん投げたり何だりしている甚爾さんの姿があった。

チラリ。
隣に立つ直哉くんを見上げれば、彼は惚けたような表情で憧れの人をジッ…と見つめている。
なんか良く分からないが、多分感動の再会とかそんな感じのシーンなんだろう。
邪魔するのも悪いと思った私は、そっと静かにその場を後にした。


「で、私の元に来てくれたと」
「うん、わたしはくうきのよめるレディーだから」
「なんて良い子なんだ…うちの子にしたい…」
「さとるくんと、ぜんめんせんそーになるよ」


というわけで、私は休息中の傑さんの元へと行き、隣に腰を下ろした。
悟くんもだけど、傑さんも背が高いからポジションによっては良い日除けになってくれるとこ好き。あと骨格が綺麗なとこも。
私、好きなタイプは骨格が綺麗なヒューマンなので。

ゴツゴツとした大きな手が、優しく私の頭に触れて撫でる。
旋毛をつつき、髪を梳き、耳を揉んで頬をなぞった。
それを暫く繰り返した傑さんは、唐突に私に両手を伸ばしたかと思えば、私の身体をよいしょっと抱き上げた。
あぐらをかいた膝の上に乗せられ抱き締められる。そしてついには、私の頭に鼻をくっつけて深呼吸をし始めた。

猫吸いならぬ、真知吸い。
何となく察していたが、この人相当疲れているらしい。

すぅ…はぁ…。
すぅ…はぁ…。

後頭部に掛かる生暖かい吐息が絶妙に気持ち悪い。
少女向け漫画とかだと胸キュン場面に見えたのに、実際にされると凄く反応に困る。
もしかしたら、猫ちゃん達も普段こんな気持ちになってるのかな。私も時々恵くんを吸うけど、あの時見せる感情の無い瞳の理由…知っちゃったな…。

「赤ちゃんの匂いがする…あとメリット……」
「ば、ばぶぅ〜……」
「この子は…私が産んだ…!」

いやこれは疲れ過ぎでしょ。
高専の労働環境どうなってるんですか?ブラック過ぎません?

精神崩壊気味な傑さんは、とうとう私を赤ちゃんのように横抱きにするとユラユラと揺すり始めた。
良く分からないが母性を感じる。もしかしたら、本当にママだったかもしれない。


そうして暫く揺すられていると、段々眠くなってきてしまった。
私はうつらうつらと傑さんの腕の中で睡魔と戦いながら、遠くから感じるラブコメの波動を感じ取っていた。

「甚爾くん、久し振りやな」
「あ?誰だ、テメェ」
「いッッッ……嫌やな〜!ボケるにはまだ早いんとちゃう?直哉やで、直哉。よう仲良うしとったやん?」
「だから誰だよ」
「…………………………」

あっ!これはマズいですねぇ!ラブコメはラブコメでも悲恋系ラブコメだったかもしれない。
いけない、これは直哉くんのラブがピンチだ。

私はネムネムモードだった脳を無理矢理覚醒させ、傑さんの腕の中から飛び起きた。
直哉くんは確かに物凄くクソ野郎だが、彼には色々と恩があるのだ。恩を仇で返すなんぞ犬以下の畜生に堕ちる行為、ここは助太刀せねばなるまいて。

傑さんの手から脱出すると、不審がった彼から「真知ちゃん…どうかしたかい?」と尋ねられる。

「こいのキューピット、してくる」
「えっ、恋…?」
「がんばる、みまもってて」
「良く分からないけど、怪我だけはしないでくれよ」

ふんす。
拳を握り締め、気合いを入れる。

ズンズンズンと胸を張って歩き、彼等に近付いて行く。
言葉を無くし笑顔で固まる直哉くんの少し後ろまで行けば、私の存在に気付いたらしい甚爾さんが「用事は済んだのかよ」と聞いてきた。
私はそれに首を振り、ビシッとした態度で言ってやった。

「だんしって、サイテー!!!」
「……は?」
「なおやくん、こんなおとこほっとこ。わたしとおちゃしにいこ」
「おい、何知らねぇ奴と二人っきりになろうとしてんだ」

ムカッ!
私は結構ムカついてきた。

直哉くんがどうしてこんな…だらしのない、どうしようもない、ヒモでグータラな男に憧れてしまったのかは知らないが、自分に並々ならぬ関心と好意を向けてくれている相手にこの態度は無いだろう。
君は誰?覚えていなくてごめんね……それで解決する話なのに、こんなにも無碍にして。

甚爾さんは知らないだろうけれど、私は直哉くんにはお世話になったのだ。
朝だけじゃなくて昼のご飯もありつけなかった時、喉を枯らしてヒュウヒュウ喘いでいた時、額から血を流しながら鍛錬を続けていた時………あの家では誰も何もしてくれなかった。直哉くん以外。

彼は確かに性格も根性も全く褒められた人間じゃないが、それで自分の庇護下にある人間に対してはそこそこな扱いをしてくれた。

私は彼に助けられた。何度も。
だから、彼を粗末に扱われるのは許せない。
なので、腹に力を溜めて言い返そうとした。

「あのね、なおやくんは…!」
「あっ!!!!!俺の真知!!!!!」

しかし、突如乱入してきた悟くんの勢いによってどうしようも無くなった。

「な、なおやくんは、」
「なんだよ、来てたんなら声掛けろって前も言ったじゃん!ってかソイツ誰?なんで真知ちゃんの隣に居るの?は?何様?」
「あ……あの、なおやくん…」
「なおや?誰それ?なに、親しいの?また俺の知らないとこで俺の知らない男とフラグ立てたんだ、へぇー……」

何故か拗ね始めた悟くんを前に、私は言葉を探してまごついた。
すると、ここぞとばかりに親友が悪ノリしだす。

「また真知ちゃんに弄ばれたのかい?可哀想に…やっぱり悟のためにも私が育て直すべきだろうか…」
「ウッウッ、シクシク…真知ちゃん俺には「お茶しよ♡」なんて言ってくれたことないのに…」
「泣かないで悟、それでもきっと…真知ちゃんの本命は悟だよ。来年こそチョコ貰うんだろう?」
「うん……!」

なにこれ、私が悪いんですか???
良く分からないがチクチクと良心を針で刺されている感じがする。

泣き真似をする悟くんがチラッとこちらを見てきた。
私は何と言ったら良いか分からくて…というよりは、ノリが面倒臭かったので視線をサッと逸した。
するとすぐに「はあ?無視されたんですけど、なんで?俺のこと好きな癖に!」とイチャモンを付けられたので、私は咄嗟に「いや、でも…」と口を開いた。

「さとるくんより、なおやくんのが、すきだから…」
「は?真知ちゃんは五条家と全面戦争したいの?」
「こわい………」
「真知ちゃん?俺の目を見て?誰が一番好きだって???」

圧力が凄過ぎて自然と身体が震えだした。

動物とは自身が生命の危機に晒された瞬間、爆発的なエネルギーを発することがある。
その身体的能力の飛躍は目を見張るもので、か弱く貧弱な生き物はより長く生き長らえるため、例え絶望的状況下にあろうと抗う術を持つものだ。

周りに居る人々と比べれば大分貧弱な私は、身に降りかかる恐怖と圧力に対抗すべくその場にしゃがみこんだ。
そして、両手を目元に当てて背を丸め、声を出して泣いて見せた。

必殺、泣き落とし。
胸を痛めて、震えて眠れ。

「ひっく、ひっく……ウゥ…えぇ〜〜〜んッ!!こわいよぉ〜〜〜!!!」
「あーあ、悟くん…よくも家の子泣かしてくれはったなあ?どないすんのこれ?真知ちゃんはパパにしばき飛ばされても泣かへんかったのに…可哀想やな〜!あ〜、カワイソ(笑)」
「真知、こっち来い。こいつ等全員ぶっ飛ばしたら帰んぞ」
「待って甚爾くん?俺は別になんもしてへんで?なあ、真知ちゃん?」

直哉くんには確かにとてもお世話になったが、それはそれとして一回くらい殴られて欲しい。

「えぇ〜ん!とうじさん〜〜〜!!」
「は?おい真知、何無視してん、何で俺までしばかれなきゃあかんのやねん、なあ、おい!」
「…………えぇ〜〜んッ!!こわいよぉ〜!」
「お前それ絶対嘘泣きやろ!!後で覚えとけや!?」

状況を察し逃げ出そうとした悟くんと傑さんが甚爾さんに秒で捕まり、オマケのように一発貰った直哉くんが膝から崩れ落ちるのを見届けてから、私は嘘泣きを光の速さでやめた。

数分後の校庭には生徒達の遺体が積み上がる結果となったわけだが、私は多分何も悪くないはず。
とりあえず親友コンビは放って直哉くんの元へと行けば、彼は何故かちょっとだけ嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。

「とうじさん、めっちゃてかげんしてくれたんだね」
「良いから行くぞ」
「はぁーい、なおやくん…またね」

後ろから甚爾さんに抱き上げられ、私は直哉くんに背を向けた。
すると彼はもう一度甚爾さんの名を呼び、立ち上がった。

「甚爾くん、また会える?」
「何でコイツ傷付けてた家の奴らと会わなきゃならねぇんだ、もう視界に入んじゃねぇぞ」
「………………、………」
「コイツは泣くのを我慢してたワケじゃねぇよ。何しても泣けなくさせたのは、他でもないお前らだろ」

感情など無いとばかりに淡々と、冷たく突き放すように語った甚爾さんは、しかし私を支える手に力がいつもよりも籠もっていた。

今日は何回言葉を失えば気が済むのだろう。
私はまた、何を言ったら正解か分からなくなった。
「甚爾さん、もういいよ」違う。これを言うのは過去の彼と優しさの否定に繋がる、それは駄目だ。
「直哉くん、私は大丈夫だよ」違う。そんなの嘘だとずっと前からバレている。

じゃあなんて、何て言えば良いのか。
結局、私は分からないまま甚爾さんに背を押された。

でもやっぱり何か言いたくて、私はその場に立ち止まり振り返る。
そして頭の中にパッと浮かんだのは、簡単な一言だった。

「なおやくん!」

私はいつもより、少し大きな声を出した。
ありがとうも大丈夫も間違いで、私からの慰めも好意もきっと彼はいらない。
ならば私が伝えたいことを伝えるべきだ。

あの日、親から苦しめられた私に気を配ってくれた貴方。
可哀想で惨めで貧弱で哀れな私を、可哀想な"子供"として見てくれた貴方。

ねえ、なおやくん。
わたしね、


「いま、しあわせだよ!!」


笑顔は自然と浮かぶものだ。涙も同じように。

私はこの日、本当の意味で産声を挙げた。
遠い記憶の私でもなく、惨めで哀れな人間でもなく、禪院真知として涙を流して生まれて来て良かったと心の内で静かに思った。

それはきっと、いつか私を助けようとしてくれた人が居たからで、私と一緒に居てくれる人がいるからで。

その人達を、愛しているから思えたことなのだろう。
ああ、やはり人間は、神が生み出した神に一番近い偉大な生物だ。

そうでなければ、この感動の理由はとてもじゃないが説明出来ないだろう。
なあ、きょうだいたちよ。

mae ato
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