2-8


時々ヒヨコは余分な指を一、二本持って産まれてくることがある。
そういった時、獣医は手術をして指を取り除いてやるのだ。種として正しい姿にするために。

生物学者の中にはこの種の異常は奇形ではなく、先祖返り…つまりはニワトリの遠い祖先から受け継いだ性質であると見なす者もいる。

しかし多くの生物の場合、それは祖先がそういった特徴を持っていたから…とは理由付けされず、単なる発生の異常として片付けられる。
その異常に進化の意味は全く無いのだ。

けれど、遺伝子の僅かな変化によって祖先の特徴を確かに取り戻す個体も存在することは確かであるのだ。


私の異常性は単なる発生の異常に過ぎないが、甚爾さんの場合は恐らく違うだろう。
彼の異常性は、きっと進化に意味のある異常。
つまりは、価値のある肉体だ。

そう、だから我々は同じ孤立した異常な存在であっても、根本的存在価値は違う。
だから本当の意味では私は孤独を拭えないし、異端であることから逃れられない。

けれど、違いがあるからこそ人間は面白い。
同じにはなれなくても、その違いを慈しみ愛し、寄り添い合うことは出来るのだ。
異常を正し生物としての正解に近付くことよりも、違いを受け入れ孤独を分かち合う方がずっと良いと思うのだ、私は。


インテリジェント・デザイン。
神の計画。


我々人類がもし本当に神の計画になぞられて生み出された生命体だったとして。神の姿を模して創られた命だったとして。

その計画的意匠から外れた命を神はお赦しになるだろうか。

私は……例え神に赦されなくても、貴方の異常を愛していたい。




___




良い大人の癖に試すようなことをするな!と、私は丸まった背に向かって言ってやろうとしたが、既の所で堪えて言葉を飲み込んだ。
私ってなんて優しくて賢くて人の痛みが分かる、可愛くて健気な良い子なんでしょうか…あまりに徳が高すぎる、仏が涙するくらい清らかな魂の持ち主でしょ…。

「ということで、とうじさんのためにやってきました、あなたのレモンのひかりのかわりです」
「そのお前だけが分かる意味分かんねぇ例え使うのやめろ、なんも伝わんねぇんだよ」

ジェネレーションギャップならぬ異世界ギャップでレモンの光が通じなかったことに軽くショックを受けた私は、ドヤ顔を引っ込めてスンッと真顔になった。

「つまり、わたしはとうじさんにとっての、はくじつのふりしきるゆきで…」
「分かんねぇ」
「い、いっしょにオリオンをなぞろう…」
「伝わらねぇ、俺にも分かるように言ってくれ」

駄目だ、ここまで来る中で考えに考えた格好良い愛のセリフが尽くスベってしまった。もう終わりだ。
というかよく考えたらダサかったかもしれない、とくに最後の「私と一緒に、オリオンをなぞろうぜ(深い夜に)」とか…伝わらなければただの痛い人じゃん。
あ、なんか急に胸が痛くなってきた。辛い、死にたい、私って実は駄目な子なんだ…。

「でもそもそもは、とうじさんがわるいよね……」
「いや、何がだよ」
「…すべてがだよ」
「は?」

思い返せばこの人は最初からしっかり悪くて駄目な人だった。
私のこと攫って売ろうとしたし、子供の煽りに反応していたし。
同時に何人もの女性と関係を持って、仕事もせずにフラフラして。折角稼いだお金だって馬やら船やらに全部使うから、食うに困って集って。
恵くんのこと売ろうとしたし、津美紀ちゃんのことも不幸にしようとしたし。
私のことも、ライナスの毛布みたいに思っているだけなんだろうし。

変な甘え方するし、無視すると拗ねて寝るし、重くてデカくて場所取るし。

全然可愛くないし、全然優しくないし、全然面倒見が良いわけでもないし。

良いのは顔くらいのものだろう。
その顔だって私にとっては、見慣れた親戚によくいるタイプの苦い思い出が蘇る顔付きなもので。
じゃあ何でここまでこの人に必死になれるかと言えば、理屈じゃ語れない部分の問題になるわけで。

それが何かと言えば、ただ一つ。


「つまるところ、愛なのです」


アイ・ラヴ・ユー。
月が綺麗ですね。
死んでもいいわ。

貴方を愛してる。

そういう、くだらない理由だ。

「なんていったら、さみしくならない?」

私は甚爾さんの側に立って顔を見て言った。
彼は珍しく陰鬱な感じのしない、邪気の無い表情で私を何も言わず見下ろし、今しがた自分に言われた言葉を噛み砕いていた。

雲が途切れ差し込んできた陽射しはやや茜色をしている。
甚爾さんの黒い瞳に、どこかで反射した陽射しの光が写り込んで輝いた。

手を握ってみる。
柔く力を込めれば同じ力で握り返される。
もう少し力を込めれば、強く握り返される。
だから私も同じように力を込める。
頼り無いであろう力を。

「真知、お前は将来…面倒臭ぇ男に捕まって苦労するタイプの女になるだろうな、ご愁傷さん」
「ロリコンにいわれてもなぁ」
「まだ何もしてねぇ」
「"まだ"っていっちゃったよ、ロリコンをひていしなよ」

繋いだ手を揺らして来た道を引き返す。
何だか良く分からないが甚爾さんは満足してくれたらしい、良かった。


あ、ちなみに先程良い感じにしっとりとしたアイ・ラブ・ユーを謳ったが、私の「愛してます」は広義の意味である。
恋愛対象とかじゃ全然無い、流石にこんな碌でなしにときめく私ではない。でも将来面倒臭い男に引っ掛からないかと謂われると、あまり自信が無い。
何せ、その場のノリで人身売買による借金を背負ってしまったり、その場のノリでロリコンを増やしてしまったりする人間なので。
無駄に責任意識が強い所が生き辛さを加速させている気がする。

将来大変なことになってそう。早いとこヒロイン見つけなきゃな…。

「ところで、これからめぐみくんたちのこと、どうするんですか?」
「………そういや、なんも考えてねぇな」
「あのいえせまいし、わたしのアトリエにすんでもいいよ?」
「お前のマンション無駄に広いしな」

うん、そうなんです。本当に広いんです。
恐らく悟くんが選んだせいだろう。ただのアトリエなのに部屋が何個もあるし、キッチンがやたらにデカい。こんな広くなくていい、孤独感が募るから…。

何だかやたらに疲れた気がする。
早く帰りたい、時雨さんのとこに。
オッパだいすき。ちゃんとしてるから安心して帰れる。

こういう時、真っ先に時雨さんが頭に過る辺り、やはり私は甚爾さんを恋愛対象としては見ていないのだろう。

でもまあ、恋なんてするだけ疲れるだけだから…これくらいが丁度良いかもね。

mae ato
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