2-4


真知の身に起きる体調不良が天与呪縛によるものだと知らされた時、正直ホッとした自分が居た。
死ぬような病気ではなく、ただ天に身の一部を縛られただけだと。

それでも。
それでもやはり具合を悪くしている真知の顔を見ることは中々出来なかった。
血の気の失せた顔で静かに眠る姿は死人のようで、このままコイツは勝手に死んでいくんじゃないかと何度も何度も思った。

『休めば治る』
『無茶をしなければ問題無い』

高専の術師からの説明は確かで、実際何とも無い時だってあった。
だが、しかし。


「昨日の晩から熱が下がらなくてな。最近は満足に固形物も食えてない…やっぱり俺達で面倒見るには限界があるのかもな」
「じゃあ、アイツを家に帰すのか?」
「それで少しでも楽になれるなら、そうしてやるべきなのかもしれない」

煙草に火を点けながら呟いた男に、俺は少しだけ考えてから「勝手にしてくれ」とだけ言って家を出た。

後ろから「顔くらい見てってやれよ」と声を掛けられたが無視をした。
あの色の無い顔を見たら、多分何も気の効いたことを言えなくなるからだ。
そもそも、俺が顔を見せたからといってアイツの容態が良くなるわけでも無い。
というよりは多分、気を使われて疲れさせるだけだ。なら、俺はここに居ない方が良い。

俺は、幸せになって欲しい女には関わらない方が良い。




___





頭を抱え、次いで背中を丸め、最終的に目を閉じた私は時雨さんから言われた話の内容にどう返すべきか悩みに悩んだ。

私の現在の保護者的立ち位置に居る彼は近頃の私の体調不良を心配し、色々と考えたのだろう…私を高専か実家に預けるべきなのではないかという結論に達したらしい。
その話を分かりやすく優しめに伝えてくれた時雨さんは、「悪い、一本吸わせてくれ」と言って、煙草とライターを持ってベランダへと出て行った。
私は彼がベランダへ出たのを確認した瞬間、頭を抱えて小さく唸った。


ヤベェ、やらかした。
盛大にやらかしてしまった。
これはもう、元社会人の最終奥義"DO・GE・ZA"を出すしかないのでは。


遡ること二ヶ月前、私は自分の術式をさらに極めるため、一つ大きな作品を創り出すことにした。

ここで少しだけ解説を挟ませて頂く。
私の術式、インテリジェント・デザインこと『偉大なる知性』と言われしこの術式は、正式名称を『百獣設計術』と言う。
さて、そんな百獣設計術とは何かというと、簡単に話せば…一から百まで私が呪いを込めて組み上げた呪霊…もとい、式神を操れるという術式である。
つまり、既に存在している呪霊や式神は仲間に出来ないのだ。悲しいことに。

なので、私は毎日地道に呪いで出来た骨を組み上げ骨格標本を作っているわけだ。
で、今まではネズミだのスズメだののかなり小さな動物ばかりを作っていたのだが、段々彼らを量産するのにも飽きてきたので、ここらでいっちょデカい奴でも創ってみるかと思い立ったのだ。

思い立ったが吉日な私は、仕事が無い日は図書館にスケッチブックとペンを持って設計図を作成しに通った。
時雨さんが留守の日は太陽が昇るまで夜なべして、体力がカラになるまで呪いを操った。

まあ、それがいけなかったんです。
頑張り過ぎは良くないって分かっていたのに、限界突破を重ねた結果……私はぶっ倒れまくり人間になった。

しかし、そこで反省しないのが研究者魂。
私は何度倒れて何度失敗しても、めげない!しょげない!慈悲はない!と言う感じで自分を追い込み、結果…時雨さんから「一回実家帰った方が良いんじゃないか…?」と言われるレベルのズタボロヒューマンになってしまった。


正直に言おう、自業自得とはいえ絶対帰りたくない…!

帰りたくないポイント その@
お父さんに合わす顔が無い。

帰りたくないポイント そのA
もう一日一食生活は嫌だ。

帰りたくないポイント そのB
ヒロイン探しが難航しそう。

以上のことを理由に、私は実家には断固として帰りたくなかった。
だが、だからと言って高専にも行きたくはない。何故なら絶対疲れるから。
使えるものは磨り減るまで使いまくるタイプの労働環境だからさ…容赦無いんだよ、あそこ。

だがこのままここに居て迷惑に思われるのは絶対嫌だ。かと言って家には帰りたくないし、借金はあるし、作品創りを諦めたくは無い。
どうする………私……!!

「お、おち、おちつけ……こういうときは、そすうをかぞえて…」
「今日は調子良さそうじゃねぇか」
「ぎゅわあっーーーー!!?!?」

考える人になっていた私の独り言にいきなり割って入ってきた声に、私は物凄く驚いてその場で飛び上がった。
座っていたクッションから落っこち、バランスを崩した所を支えてくれたのは遊びに来たらしい甚爾さんで、そういえば最近あまり顔を見ていなかったな…と思いながら腕にしがみ付く。

「と、と、とうじさ……いったい、どこから…」
「そこ」
「べ、ベランダ……ここ、じゅうさんかい…」
「余裕だろ」

肉体の強度がバグッている。
分けてくれ、切実に。私のこの鶏ガラみたいな腕に肉を貸してくれ。

「それより、体調はどうなんだ」
「きょうは、だいじょうぶ………あの、じつはね、」
「なあ、真知」
「あ、はい」

体調不良の言い訳をしようとしたら被せるように話し出されたので、利口な私はお口をチャックした。

甚爾さんは影のかかる重たげな表情をしながら、腕に抱いた私を抱き締め直すと息を溢す。
それから、「…俺より先に、死ぬんじゃねぇぞ」と、それはもう小さく小さく呟いた。

悲痛な声のようでいて、何かを諦めた平坦な声にも聞えた。
私はその声を聞いてはじめて、自分がしていたことの酷さに気付いた。

何を馬鹿なことをやっているのだろう、自分は。
こんなにも心配して、心を砕いて、我慢してくれている人達が居たのに…自分のことしか見ずに居た。
研究者は無理をする生き物で、無理をして掴む結果こそ栄光だと肯定してくれる仲間はここにはもういないのに。
今大切にしなきゃならない仲間の考え方は別なのに。
ああ、これは賢くない。私としたことが、なんて馬鹿な真似を。

衝動のまま、目の前にある何よりも強くて偉大な肉体を持つ癖に、生きるのが下手くそな生き物を力いっぱい抱き締める。
大丈夫、私は死なないよ。成すべきことを成したあと、ゆっくりゆっくり歳を取って、貴方より後に旅立つからね。
そんな想いを込めて、背に回した手のひらで広い背中を撫ぜた。

「ながいきするよ、なかないで」
「泣いてねぇよ」
「じゃあ、わらって」
「楽しけりゃな」

そうだね、楽しくない人生なんてどんなに生きてたって、笑えないよね。
私と居れば楽しい人生を送れるって約束したんだから、楽しませなきゃ。

顔を挙げ、今度は首に腕を回して甚爾さんを抱き締め直す。

「わたし、もうムリしない!」
「…やっぱ無理してたんじゃねぇか」
「うん、まいにちよじかんしか、ねてなかったから、きょうからはさいていでも、ろくじかん、」
「は?おい…四時間っつったか?」

良い感じになっていた雰囲気が途端にヒリついた。
私は言ってから失言だったと気付き、ヤベ…と思って身体をくねらせ腕の中から脱出しようと藻掻いた。しかし、駄目だった。

さっきより強い力で拘束され、頬を掴まれ顔を固定される。
眉間にシワを寄せながら私を見る甚爾さんの後ろでは、同じような顔をした時雨さんが「真知、四時間しか寝てないのか?睡眠障害にでもなってるなら…」と言い出したので、私は叱られるのを覚悟でちゃんと話すことにした。


「あ、あの……じつは、ね…」


案の定、私はしっかりキッチリ叱られることとなる。

いやでも……ただの開き直りかもしれないが、やっぱり仕方無い気がするんだ。
だってほら、子供って夢中になると時間を忘れちゃう生き物だからさ。

ね、だって私……幼女だし。

mae ato
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