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ここで今日の一句。
天高く、吹き飛ばされし、悟くん。


あっぱれ、そうとしか言いようの無い投げ飛ばされっぷりで空に向かってぶん投げられた悟くんを見て、私は拍手を送っておいた。

甚爾さんと共に高専へと辿り着いた私は、担当者にデータの詰まったUSBを渡し、そのまま担当者との面談に移行した。
面談とは、主に最近の私について話をすることによる反乱の意志が無いかの確認と、精神面に異常が無いかの確認である。この面談の最中甚爾さんはやることが無いので、彼は暇潰し程度に高専から頼まれている「子供の相手」をしに行っていた。
フィジカルギフテッドだか何だか知らないが、甚爾さんは物凄く体術に秀でた人間なので、時たま生徒を相手にしてあげているらしい。
高専側からすれば本当はもっと色々働いて貰いたいらしいが、本人に意欲が欠けているため、こうして私が高専に来る時くらいしかまともに働かない状態だ。まあ、別にそれで彼が問題無く生きていけるなら良いと思う。私は別に、アレコレ言う気は無い。

そうして面談が終わり外に出てみれば、あら不思議。
青い空に向かって投げ飛ばされる悟くんと、地べたに這いつくばり息を切らす青年達の図が広がっていたのだった。

私はとりあえず一番近場で倒れていた人物に声を掛けることにした。
お団子ヘアに拡張ピアス、悟くんの親友として以前紹介された彼は…確か、傑さんという名前だったはず。
側に近寄りしゃがみ込んで、ツンツンと身体をつっつきながら話掛ける。

「いきてる?おはなばたけ、みえてる?」
「ん…………ハッ!わ、私は…一体何を…」
「ゆび、なんぼんにみえる?」
「……天使が私に向かってピースしてる…」

どうやら彼は手遅れらしい、もう駄目そうだ。
仕方無い、この人のことは諦めよう…そう思った私は首を横に振ってから、静かにその場から離れようとした。
しかし、伸びてきた腕が私の細っこい脚をガシッと掴み行動を阻害した。お、お前…まだそんな力が…!?

「久しぶり、真知ちゃん。私のこと…覚えているかな?」
「すぐるさん、こんにちは」
「はい、こんにちは。フフッ、今日も可愛いね」
「はあ…ども……」

可愛い可愛い、よちよちよちよち。
頬を下から掬うようにモチモチされ、頭を顔ごとこねくり回すように撫でられる。
力加減はしてくれているんだろうが、首がもげそうだ、目が回る。

うぁうぁと意味の無いうめき声を挙げながら首から上を揺さぶられていれば、それに気付いたらしい甚爾さんが側に寄って来て私をサクッと救出してくれた。
彼の腕が腹に回り、プラリと足が地面から離れる。

「とうじさん!」
「用事は終わったか?」
「おわった、ばっちり、ぶい!」
「じゃ、帰るか」

よっこいせと私を持ち直した(抱え直すではなく、本当に持ち直した)甚爾さんは、死屍累々となる学生達を放って歩き出そうとした。
しかし!そうはさせまいと目の前にズバッと現れた人物が一人。彼こそは、天下無双のボンボン坊っちゃん…五条さんちの悟くんである。

ジャージを砂まみれにした彼は、珍しく息を切らして我々の前に立ちはだかると、甚爾さんの小脇に抱えられていた私に素早く手を伸ばしてきた。
だが、甚爾さんはそれを予見していたかのように避け、私を両手で高々と持ち上げてみせる。

「テメェらにはやらねぇ〜」
「張っ倒すぞオッサン!!!俺の真知ちゃん返せよ!!!」
「お前んじゃねぇよ」
「は!?俺と真知ちゃんは秘密の花園の中で孤独と秘密を共有した唯一無二の仲なんだけど!?」

わ、私のために、争わないでー!!!(マジで)(本当に)(勘弁して下さい)
すこぶる恥ずかしいんだが。あと、高い位置に居るの怖いんだが。
それと、秘密の花園とやらに悟くんと行った覚えは前世含め記憶に見当たらないんだが。

私を両手で抱え直した甚爾さんは、悟くんに向かってベッと舌を突き出した。
実にいきいきと楽しそうに虐めっ子な笑顔をしている。うん、貴方が楽しそうで何よりです。

とうとう地団駄を踏み始めた悟くんは、見た目はご立派なのに中身はおこちゃまだった。
「真知ちゃん返せ!返せよお!!!」「傑ッ!お前も笑って見てんじゃねぇよ!!」「俺の真知ちゃんなのにぃー!!!」などと叫ぶ彼の姿は、まるでお気に入りの玩具を取られた幼児のようであった。
凄い…この身長だと、地団駄も迫力があるんだなあ。


キャンキャン吠え続けていた悟くんが一先ず落ち着きを取り戻した頃、私達は改めて挨拶を交わした。
名前を呼んで両手を上に挙げれば、悟くんはご機嫌な様子でハイタッチをしてくれる。
ついでとばかりに傑さんともぺちっとハイタッチをすれば、次は自分の番だとばかりに離れた所から走ってきた青年が「イエーイッ!」と言いながらハイタッチをしてから、私の手をギュッと握って爽やかに笑った。

「真知ちゃん久しぶり!大きく…は、なってないね!」
「はいばらくん、ひさしぶり」
「ほら、七海も居るよ、ご挨拶出来るかな?」

私の手を取って金髪小僧の方へと向かった彼は、灰原雄という人だ。日本晴れにも負けぬ爽やかさを持つ彼のことを、私はデカい犬だと思って見ている。
そして、灰原くんから少し離れた場所でずっとジャージについた汚れを手で払い続けている金髪小僧が七海建人である。なんか知らないけど、ずっと眉間にシワが寄っている。

多分七海くんも私と同じく、別に一々挨拶いらないですけど…という感情を持っているだろうが、灰原くんという抗い難いシャイニーフレッシュなパワーの前に為す術もなく彼に従い挨拶を交わした。

「ななみくん、こんにちは」
「こんにちは、お元気そうで何よりです」
「ななみくん、かおのとこ、どろついてる」

挨拶を交わしている最中ふと気付き、彼の顔の泥が付いている位置を指差す。
少しバツの悪そうな顔をした七海くんは、すぐにジャージの袖部分で顔を擦ったが、生憎とあまり綺麗にはならなかった。
見兼ねた私は彼にしゃがむよう言い、その後ポケットから出したハンカチで彼の顔を擦ってやる。

近くで見ると余計に分かるのだが、七海くんという男は目を見張るほどに鋭く美しい青年だった。
冷たく切れ長な瞳からは深い知性が感じられ、薄い唇はビスクドールのよう。細くサラサラな金の髪は太陽に透けて輝いており、魔法でも掛かっているかのようにキラキラと煌めいていた。

さて、ここでクエスチョン。
Q.異世界転生物ヒロインの王道カラーリングってなーんだ!


A.金髪碧眼


イコールすると、そう……なんと…七海建人になるんですよね…。
私、とうとう気付いちゃいましたよ。私の異世界転生物語に必要なヒロインは七海くんだったんだって。

見て下さいこの…この…!完璧かつ崇高なヒロインカラーを!!
しかも彼は剣だか鉈だかを持って戦うんです。これはもう、女騎士系ヒロインと言っても過言では無いのではないでしょうか。
少なくとも多分、私の後ろで悟くんに絡まれてヘラヘラしている黒いデカニャンコよりはヒロイン度が高いはずだ。
これで七海くんと冒険に出て、数多の危機を乗り越え、「くっ!殺せ!」の言葉が出た日にはヒロイン確定の鐘が鳴り響くだろう。


七海くんの綺麗な顔を無事拭き終えた私は、一仕事終えた後のような充実感を感じていた。

「ハンカチ、汚してしまいましたね…」
「だいじょうぶ、あらえばおちる」
「今度、何かお礼をさせて下さい」
「お、おれい……」

この世界に来て六年経ったが、お礼を…なんて言われたのは初めてかもしれないなと思った。
お礼はお礼でも御礼参りならば何度か遭遇したが、純粋な感謝を向けられることはそう滅多に無い。何せ、呪術師をやってる奴は大概も大概な奴が多いので。

私は一人、ジンワリと感動を噛み締める。
なんて良い奴なんだ、七海建人。初対面の時にムッツリしてて感じ悪い小僧だなって思ってたのを謝るよ。君は凄く良い奴だ、可能な限り幸せで居て欲しい。ここじゃ難しいだろうけど。

そして、そうやって我々がほのぼのと団欒を重ねていると、仲間外れに敏感な御仁達が敏感に楽しげな気配を察知してやって来る。
いつの間にか背後に立っていた甚爾さんが私の頭にぽむっと手を置き、悟くんは傑さんを連れて近くへとやって来た。

私は周りを見渡し、首が疲れるな…と思った。
だって皆して火の見櫓みたいに背が高い人ばっかりだから。
もうちょっとくらい私のサイズに合わせて頂きたい。お前達、シルバニアファミリーで遊ぶ女児を見習え。

「真知ちゃん、俺も顔汚れちゃったんだけど…」
「さとるくんはきれいだよ」
「えっ…!もしかして今、俺のこと…口説いた?待ってどうしよ、心の準備が…」
「そろそろ、かえるか…」

会話も成立しなくなってきたし、そろそろ帰りましょうか。
モジモジし出した悟くんと、そんな悟くんに「ほら、今日こそ言うって言ってただろ」と、告白しようとする友人を隣で勇気付ける奴…みたいな立場で謎に励まし続ける傑さんを放置し、帰りたい気持ちを込めて甚爾さんを見上げた。
どうやら私の気持ちは正しく伝わったらしく、彼は私の荷物を片手に持つと、もう片手で私を抱き上げて「じゃあな」と言って生徒達に背を向けた。

「待って真知ちゃん…!」
「ばいばい」
「そんな…!今日こそ俺の養子になって貰おうと思って色々書類用意して来たってのに…!」
「こわ、はやくかえろ……」

ブルッと得体の知れぬ寒気が身を襲い、私は自分の身体を抱き締めながら身を縮こまらせる。
これ以上複雑な家庭環境になるのはごめん被りたい。

後ろからは「やっぱ兄の方が良かったのか…?」「次は物で釣ったらどうかな?」等といった会話が聞こえて来たが、聞かなかったことにしようと思う。


暫く大人しくしていれば、頭上から甚爾さんの鼻で笑う声がしたので顔を上げた。
彼はどういうわけだか中々に楽しそうな、充実していると物語る表情を浮かべていた。

「そんなに、たのしかった?」
「いや、お前が怯えてんのが面白ぇだけ」
「せ、せいかくわる……」
「だが、まあ」

ふと、視線が噛み合う。

言葉を一度止めた甚爾さんを見て、楽しそうだなと感じる。
それはどうやら間違いでは無かったらしく、珍しく悪意の籠もっていない笑みを浮かべた彼は、私と目が合うとゆるりと目尻を和らげた。

「お前との生活も、悪かねぇな」
「それは………なによりで…」

何処か満足気な笑みに、私は驚いてしまって在り来りな言葉しか言えなかった。
だが別に甚爾さんは気にしていないらしく、私の言葉には特に何も返さず普通に歩き出してしまった。

まるで、まるでその言い方だと、貴方が私のことをそれなりに好きだと言ってるように聞こえてしまうのだが…分かって言っているのだろうか。はたまた、こちらの自惚れなだけか。出来れば後者であって欲しい。私は別に、貴方から感謝や親愛を向けられる程何かをした覚えは無いのだから。

向けられた感情を上手く消化出来ず、ただただ彼を哀れんだ。
だが、彼を哀れむということは同時に自分を哀れむことと同義だと気付く。

私達は、普通の人が普通に得られる幸福に小指の先すら掠らなかった人間達だ。
群れ社会に溶け込めず、大きな海で一人ぼっちで泳いでいた魚だ。

可哀想に。
私も貴方も、本当はずっと…こうやって昼の空の下を軽い心で歩きたかったんだね。

mae ato
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