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禪院真知、六歳。

六歳とは言ってもアレだ。
見た目は子供、頭脳は大人……のような、違うような。若干薄っすらと前世の記憶があるタイプの六歳児である。

めでたくも異世界転生してから早六年。
ここまで色々あったことはお察しの通りだ。
産まれた家は中々にヘビーな環境であり、それなりに慕っていた父から実は嫌われていたり、それが理由で家を出たり、同い年の子供を買い取るため借金したり、新しい家族が出来たり。

私の方の問題はこんな感じだったが、実はさらにまだある。

盤星教とかいう宗教団体さんが、甚爾さんに天元様の器なる少女の暗殺を依頼し、なんと…あのバカチンは依頼を受けてしまったのだ!
それを知った私は慌てて甚爾さんの後を追い、文字通り骨を削るバトルの末に、甚爾さんの攻撃が見事クリーンヒットしあわや御陀仏になりかけたりなどした。
あの時は本当に大変だった…まさかクリーンヒットするとは思わなかったらしい甚爾さんが、血相を変えて依頼をほっぽり出し、逆に高専を頼ったのは結果的には良かったのかもしれない。

ちなみにだが、私は相談も無しに暗殺なんていう依頼を受けた甚爾さんに腹を立てたので、数日間口を聞いてやらなかったりした。
彼はそれも結構ショックだったらしく、暫く私から一秒足りとも離れることの無い生活をしていた。凄く、とても、鬱陶しかった。

そんなこんなで季節は巡り、私は六歳になった。

高専と協力関係にある私は、最近高専からの"頼まれごと"をするようにもなった。
というのも、どうやら今年は呪霊が多い年らしく、猫の手ならぬ幼女の手も借りたい状態らしい。
給料が出て立場を保証してくれるならば構わないと申した私は、高専からの頼まれごとを請け負い日々奔走しているのだった。


さて、そんなわけで今日もより良い一日を始めていこうと思う。

眠気まなこを擦りながらリビングへと迎えば、私の当面の保護者である時雨さんが朝食の準備をしていたので、トテトテと足音を立てながら彼に近付き腰に抱き着いた。おはようのハグ。日課である。

「おっぱ、あんにょん」
「アンニョン、良く寝れたか?」
「ねれたぁ」
「でもまだ眠そうだな」

寝ぼけ半分のポヤポヤとした頭を覚ますためと言い訳しながら、時雨さんが伸ばしてくれた手にスリスリと頬を擦り付ければ、頭上から小さな笑い声が聞こえてくる。

「さ、顔洗って来い。そしたら朝食にしよう」
「はぁーい」

ポンポンっと軽く二度頭を撫でられてから洗面所へと向かった私は、石鹸でよく顔を洗い、ついでに口をゆすいでからリビングへと戻った。
本日の朝食はどうやらパンらしい。スープやサラダ、マーガリンにジャム、それから珈琲とリンゴジュース。朝からよくもまあしっかりと準備出来るものだ…と関心させられるメニューである。

椅子に座り、いただきますの挨拶をしてからスプーンで掬ったスープに口を付けた。
………うん、インスタントの味がする。だが良し、嫌いじゃない。むしろ好きだ。
私が思うに、料理ってのは味や見た目も大事だが、何よりも食す環境が大切なのだと思う。
確かに食材やバランスについては実家の食事の方が何倍も優れていたのだろうが、けれど環境が環境だけに味なんてほぼ分かりゃしなかった。
誰かに意地悪される前にとにかく急いで詰め込んで、飲み込んで…そんな感じの食事だったもんだから、私はあまり実家の食事を美味しいと感じたことが無い。

けど、今は違う。時雨さんとのご飯はちゃんと美味しい。
インスタントや出前、出来合いのお惣菜やテイクアウト……そういったものが多かったが、それでも彼との食事は心も胃袋も満たされる、温かで穏やかな食事だった。

私はこの食卓が大好きだ。
というか、時雨さんが大好きだ。
もう時雨さんの子になりたい、オッパじゃなくてアッパって呼びたい。好き、マジ好き。私をこの世で一番甘やかしてくれるから好き。

なので私の毎日は朝から幸せいっぱいなのだった。


朝食が終わればお着替えタイムである。皆の者、であえであえ、幼女のお着替えタイムであるぞ。
寝巻きを脱いで、タンスから服を取り出す。今日は…というか、今日もワンピース。何故なら頭から被れば終わりなのに、わりと何処でも通用する服だから。もし私が将来呪術高専に通うことになったら、絶対制服はワンピースタイプに改良して貰いたい。あんな上下に別れたボタンが沢山ある服に、毎日朝から着替えたくない。

靴下を履き、髪を梳かした所で時雨さんからの「洗濯回すから持って来い」コールが入ったので、私は脱いだ服を抱えて脱衣所へと馳せ参じた。

ポイポイっ。
目線の高さよりも大きな洗濯機に腕を伸ばして洗濯物を入れ、時雨さんが蓋を閉じるのを確認してからスタートスイッチを押した。
ピロリンッと謎の電子音が鳴ってから、洗濯機が静かに回りだす。

「まわった」
「次は歯磨きだな」
「はみがき、おっぱもする?」
「ああ、俺もこれからだ」

というわけで歯磨きタイムである。
乳歯から永久歯に生え変わる最中の私は、グラグラと揺れる奥の歯に気を付けながらシャカシャカと歯を磨いた。
余談だが、私は前歯を折られたことがある。
実家で虐められた時に乳歯を折られたのだ。珍しいことに、あの時は父が相手に然るべき制裁をしていた。まあ、歯って大切だからね。

わりと正面から父に嫌われてしまったわけであるが、私は今なお父のことを嫌いにはなっていない。
あの人、子供にはあれでも副官としては優秀な判断を下す人なので、きっと私への判断は間違って無いのだと思う。
私は禪院家に楯突くつもりは無かったが、それでもいつか研究者ゆえの好奇心と探究心で彼等をめちゃめちゃにしていたかもしれないし。それに、際立った賢さと異質な思想を持ち合わせた存在は、群れの秩序を乱す悪だ。ならば、排する他あるまい。そういった観点から見るに、恐らく父の判断を責めるのは御門違いと言うやつなのだろう。

朝からなんで父のことを思い出してるんだ……という気持ちになりながら歯磨きを終え、私は出掛ける準備に取り掛かる。

本日の頼まれごとは、私が集めたデータを呪術高専東京校まで届けることだ。
ちなみに、これらデータの売買は高専だけではなく様々な人にしている。時雨さんは私を養ってくれているのでほぼ無償提供だが、普段はしっかりちゃっかり金銭を要求する私なのであった。

買って貰ったショルダーバッグにお財布と子供用携帯、オヤツ、鉛筆とノート、それからUSBメモリを入れて準備完了。
ついでに部屋の掃除をササッとやって、バッグを肩から下げればあとは出発するだけだ。

「しうさん、こーせんいってくるね」
「ハンカチとティッシュ持ったか?」
「あっ………ない…」
「ちゃんと持ってけよ」

速攻部屋へリターンである。
菫色のハンカチとポケットティッシュを持った私は、リビングに戻り両手に持った二つを「ん!」と腕を伸ばして時雨さんに見せてからポケットへと仕舞った。

良く出来ましたの意味を込めて頭を撫でられる。
凄く嬉しい、最高過ぎるよこの男。ヒロインとかではなく、単純に男として好きだよ。結婚するならこれくらい優しい人じゃないと嫌になっちゃうな…。

つい嬉しくなって抱きつけば、時雨さんは背中を数回ポンポン叩いてから「ほら、外で待ってる奴居るから早く行ってやれ」と言って出発を促した。
私はそれに逆らうことなく玄関に足を向け、座って靴を履いて、バッグの位置を直す。

「いってきます」
「行ってらっしゃい、色々気をつけろよ」

そうして、私は時雨さんが開いてくれた扉から元気良く外に飛び出し、マンションのエレベーターに乗って下へと降りて、自分を待つ人の元へと向かった。

太陽の下、マンションの外にある花壇の縁に腰掛けながら眠たそうな目をしているその人は、私の存在に気付くと顔を上げ、ゆっくりと立ち上がり近付いて来た。

案外太陽が似合うな、と思う。
顔が良いからかな?でもなんだろ、それだけじゃ無い気がする。
出会った頃はもっと鬱屈としてささくれた人だったっけ、どうだろ…子供の頭は色々とすぐ忘れるから困る。

「とうじさん、おはよ!」
「…おう」
「ねむそうね」
「朝だからな」

くぁっともう一度欠伸をする甚爾さんの手を握り、私は彼を引っ張るようにして歩き出す。

「みて、きょうのワンピース、あたらしいの」
「ほー…」
「フクロウのなきまねはいいから、かんそう」
「っつったってなぁ、お前…」

歩き出してすぐ立ち止まった甚爾さんは、屈んで私の姿をじっくり観察した。
そして、首を傾げて言う。

「俺にはいつも似たような黒いの着てるように見えんだが……一昨日のと何か違うのか?」
「………まあ、わたしもしょうじき、あまりかわらないとおもっている」
「じゃあ聞くなよ」
「でも、かわいいでしょ?」
「あー…可愛い、可愛い」

グチャグチャと私の頭を撫で、雑に褒めた甚爾さんは、私のバッグを取り上げて肩に下げた。
その後もう一度手を繋ぎ直し、今度はちゃんと歩き出す。


空には今日も眩しい太陽が輝き、薄くかかる雲は風に流れ、何処までも穏やかに海の向こうへと向かって行く。
道端に咲く雑草は青々と茂り、道行く人間は神の姿を真似て平和を謳歌する。

インテリジェント・デザイン。
今日も世界は、神の計画通り穏やかに、美しく素晴らしく進むだろう。

私はそんな異世界で、愛と平和を守るべく小さな手足で頑張っている。

mae ato
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