「桃の話したんはお前やろ。あー俺、一生桃食われへんかも」
「桃ごとき食べへんかっても、人生になんの影響もないから安心しー。ま、私は桃大好きやけどー」
親指をグッと立て、バチコーンとキマったウィンク。呆れと怒り、二つの感情が少年の中でない交ぜになる。
「おまっ、話振ったんお前やんか」
「勝手な被害妄想やめてくれますー? 気持ち悪なったんも桃が嫌いになったんも、アンタのせいで私は関係ないからー」
携帯をいじりながら適当に答える少女に、少年は今度こそ本気で怒りをおぼえた。語尾を伸ばしがちな喋り方が、今は癪にさわって仕方ない。
怒りに任せ、振り上げた拳を思いきり下ろす。
「あぁ、そうですか。それはすんませんでした!」
「たく、物に当たるんはよくないでー。カッコ悪い」
携帯から目を離さずに話す少女は、机を伝わってきた振動を全く気にしていない。
これでは少年の拳が痛いだけだ。
「言わせてもらうけどな、人と話してんのに携帯いじるのはどうやねん。カッコ悪いんちゃうんかー!」
「あ、ごめん。聞いてへんかった。何?」
せっかくの正論も、少女には届かなかった。耳に手を当てている姿が態とらしく、さらに怒りを助長させる。
これは一言、ガツンと言わなければならない。少年は決意し、息を大きく吸って叫んだ。
「にゃんだ、その態、ど、は……」
噛んだ。
怒りを表すはずが、噛んだせいで可愛らしく聞こえてしまった。静止し、気まずい沈黙が二人を包む。
しかも、かなり大きな声で叫んでしまった。尻すぼみだったが、最初の噛んだ部分は、ばっちり周りにも聞こえているだろう。
残念なものを見るような視線が少年に集まる。
数秒の沈黙の末、最初に反応を示したのは少女のほうだった。
「ハッ」
「っーー! 鼻で笑ったな。そこは気付かんフリをするところやろ? てか、笑うなら派手に笑えや。そんな小さい笑いで済ますな。流されるのが一番辛いんや」
ボケに対して、無反応が一番辛い。
いや、別に少年はボケたわけではないのだが。それでも、この反応は辛い。クラスメートの憐れみを含んだ視線も心に痛い。
「やぁねぇ。スベったくらいでそんな落ち込みなや。弥生ちゃんが可哀想やでー」
「え? なんでそこでオカンの名前が出てくるん? てか、ちゃん付けやめい」
いきなり出てきた自分の母親の名前に、少年は面食らった。しかし、呼び名に対するツッコミは忘れない。
「命よりも大事に育ててきた一人息子が、こんなんなってもうて……。弥生ちゃん、ほんま可哀想」
両手で顔を押さえた、態とらしい嘘泣き。実際はその下でほくそ笑んでいるのだろう。少年には容易に想像できた。