単発小ネタを思いつくままに

▼ ありまみ(鋼)

 この世界は嘘ばかりだと思った。俺が信じていた温もり、愛、平和、その全てが偽りだと知ったとき、俺はもう何も信じないと決めたんだ。支えなんて必要ない。裏切られる方がもっとつらい。俺は俺が捨てると決めた全部を、心の小さな箱に詰め込んで蓋をした。二度と開かないように。俺が終わるそのときまで。

 「人はどうして人を殺すんだ」

 零れた声は自分ではないみたいだった。震えて情けなく落下する。目の前の背中が遠いと思った。近づいたことだってないくせに。すがるように聞いたその答えを、俺は知っているはずなのに。

 「……くだらない」

 俺は答えを知りたかったんじゃない。自分が選んだわけじゃない、与えられただけの俺の救い人の、有賀の気持ちを聞いてみたかっただけだった。俺はもう戻れない。有賀はどうやって。

 話はそれだけか。有賀の声。俺には聞こえない。有賀の音。遠ざかる足音もいつもと変わらなかった。俺には有賀を揺らせない。響かない。きっと、俺の、ヴァイオリンだって。

 「……人はどこまで愚かなんだろうね」

 メサイアスーツよりもくすんだ紫色。腰にさしていたマスクで顔を隠す。サクラの俺はもういない。

 俺は俺のために世界を壊す。この国を殺す。小さな箱を握りつぶして、自らの終焉へと歩きだす。

▼ 颯柊(原作)

 チャーチの門を出て気の向くままに歩を進めた。天気は上々、気温も湿度も悪くない。角を曲がっては周りを見渡し、心に思い描く桃色を探した。時折無性に見たくなる。先程同期に告げた言葉、口に出すほどに恋しくなった。季節はまだ早いと知っている。それでもよかった。国籍も戸籍も持たない自分が、それでも根をはり、故郷と呼び親しむこの街を見ていたかった。

 「……お、」

 大通りに出たところで、正面から歩いてくるコート姿を視界にとらえた。帽子を深くかぶって風避けをたててもすぐに分かる。俺の半身。

 「柊。おかえり」
 「……颯真か。散歩にでも?」
 「うーん、まあ、そうとも言う。すぐにチャーチに戻る?」
 「いや」

 メサイアスーツを脱いだだけの俺としっかりとコートを着込んだ柊介。並ぶと少し違和感がある。柊介もそう思ったのか、さりげなくコートを脱いで空っぽの鞄に押し込んだ。帽子を脱いでふるふると頭を揺らす、前髪を撫でつけてそろえてやる。眼鏡の下でぱちぱち瞬く大きな瞳が綺麗だと思った。

 「なら、少し歩こうぜ。天気も良いし」
 「また係長にどやされるぞ」
 「いーじゃん。俺は気にしない。係長も気にしないと思うし、柊も少しは悪い子になろう」
 「……お前はまた適当ばかり言って」

 悪い子の自覚があるなら少しは。そこまで言って、柊介はいや、と首を振った。俺に色々言っても無駄だと学んでいるらしい。出来の良いメサイアを持つと会話が楽でいい。
 今のところ俺は待機だし、柊介も鋭利にデータを伝達してきたばかり。報告は無線で即あげているだろうし、鋭利たちの卒業ミッションに支障がなければ早々呼び戻されたりもしないだろう。学生がほいほい出歩くのを好まない一嶋係長も今はあの2人にかかりきりだ。
 眼鏡のブリッジを指で押し上げる柊介の顔をのぞき見る。いつでも何度でも見ていたいと思った。柊介は不思議そうに首を傾げて、それからああ、と呟いて軽く拳を突き出してくる。ジョッキ無しの乾杯のポーズ。今度は俺がきょとんとしてしまう。

 「ん? 何、これ」
 「何とはなんだ。物欲しそうな顔をして」
 
 ん、と促すように拳が揺れる。その瞬間に俺は閃いて、つい思い切り破顔してしまった。訓練中によく叱られる、スパイが感情を表に出すんじゃない。俺には到底無理な話。
 グローブをきゅっと締めて、差し出された拳に拳を合わせた。こつん、ぶつかる衝撃だけでも胸が苦しくなる。涼しい顔をした柊介が当たり前のように言う。

 「ただいま。じゃあ、行きましょうか」
 「おう!」

 並んで歩きだす。柊介が鞄を持ち替えて、空になった手の甲同士が時折ぶつかりあう距離を保った。少し近すぎるくらいでも、この雑踏じゃ誰も気にしない。

 本当は手が繋ぎたいなと思ったけれど、柊介が許してくれるはずもないし、それでも隣を歩いてくれるこの真っ直ぐな背中が嬉しかった。俺の命の半分。もう半分の愛しさが、きっと柊介の命の温度。

▼ 過去形じゃないあんたに

゛愛してるぜ、ロー゛

耳の奥で響くその声は、幾度も傷つき倒れかけても、何度でもおれの背中を押してきた。例えそれが彼の望んだ生き方でなくとも、その言葉だけがおれを生かしてきた。あんたの命でおれは生きている。なら、あんたの代わりに、おれがやるべきことがあるはずだ。

自室の隅、寝床の影で、鬼哭を抱いてぎゅっと蹲った。そのために生きてきた。あんたのためじゃない、おれが、おれ自身としてあるために。

躊躇いはなかった。コラさんは今でもきっと、おれを愛してると言って笑うだろう。それだけのことが、おれにはとても。

▼ あの人の夢を見そうで

「ロー。寝ないのか」
「……あァ」

そんな時間か、と細い体が持ち上がる。のそりと身を起こしたローは、手近にあった鬼哭を支えに、積み上がった本の山から生還した。

「夕飯にも出てこないから、キャスが心配してたぞ。部屋にこもってるだけだから心配するなとは伝えたが」
「それでいい。飯の気分じゃねェ」
「飯は気分で食うもんじゃない」
「……うるせェな」

同じ台詞を普段からクルー全員に口を酸っぱくして言っているのは目の前の男だ。そんなに睨まれても知ったことではない。立ち眩みでもしたのかふるふると揺れる頭をため息混じりに見て、片手に持っていたお握りを振った。

「キャスが持ってってくれって。ベポとジャンバールと握ったんだと。食うだろ?」
「……ペンギン、てめェ、」
「何なりと、船長?」

にっこりと笑ってみせる。怒るというよりもばつが悪そうな顔をするローが、いつもよりずっと幼く見えて笑ってしまった。

▼ おれが愛したちいさな子

「おれのクルーを愛したいんだ。あんたがおれを愛してくれたように」

おれにも出来るかな。あんな風にあたたかく、あんな風に心から。
手に取った羽根は黒々として鮮やかで、冷えた夜を包み込んでくれた熱を思い出した。いつでもそばにあると思った。喪われるのは自分が先だと、受け入れてさえいたというのに。

出来るさロー。お前なら。

遠い風景に笑い声が滲んだ。クルーの声と溶け合って響く。幸せの音。おれはまだあんたの声を覚えている。

 



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