▼ 最初からそう言え 「船長!お出掛けですか!」 「あァ。少し出てくる」 「荷物持ちいかがですか!?」 「いらねェ」 「うぐっ、じゃ、じゃあ護衛とか!」 「自分の身くれェ自分で守れる」 「えーっとぉ、道案内とか」 「お前も初めてだろうが」 「えすこーとしますよ!すまーとに!」 「昨日梯子から落ちたばかりのお前が?」 「陸なら任せてください!!」 「本分を忘れてねェか」 「ここまできたらもうペット枠でもいい!散歩つれてって欲しいワン!」 「余程バラバラになりてェと見える」 「船長おれも一緒に連れてってくださーい!!!」 |
▼ どうしておれたちはなんでなんで 泣いてもわめいても届かない、場所さえ知らぬその土地で、ただ失われていく白を見ていた。映りこむ姿は徐々に赤く黒く染まる。握りしめた手は何も掴めず、おれは呆然と立ちすくんでいた。 「……だ、ぃやだ、せんちょぉ……!」 床を削り喉を殺す音がする。波の音よりも痛く遠く。 |
▼ さけびだしたい ベポの腹を枕に眠る船長を見つけた。久しぶりに浮上した日の昼下がり、気候はずっと安定している。奇襲の気配もないようだし、これで船長のクマが薄くなるなら大歓迎。 「キャス。どうした」 「しー。こっち」 「ん?」 通りがかったペンギンと、そうっと覗き込んでみる。緩やかに上下する体、腹の上の本、の上の手のひら。触りたくなる衝動を抑えて、自分の膝をぎゅっと抱えた。 「……嬉しそうだな。お前」 「うん。嬉しい。なんでかわかんないけど」 「船長は、どこででも寝られるタイプじゃないもんな」 そういうことかもしれない。おれが傍にいても、ペンギンが笑っても、船長は起きそうにない。この船が安心できるものだと思うと嬉しい。おれたちの前で油断してくれることが嬉しい。 「おれ、船長好きだなあ」 「奇遇だな。おれもだ」 「おや、奇遇ですね。僕もです」 「サラワ」 楽しそうですね。いつの間にか傍に来ていたサラワがふふっと笑った。なんだか照れくさい。 寝息が鮮明に聞こえる。心臓の音も。波が静かで日差しが暖かくて、船長を思うと胸がぎゅっと痛かった。 |
▼ 世界は問う 遠い海の果て、眠りについた一味について思いを馳せた。散り散りになったクルー。瀕死の船長。それでもなお立ち上がり、世界に挑もうと見据える、瞳。もしおれがクルーだったら。おれは。そんな風に。 「……時代の名が、」 痛みも憎しみも抱えて背を伸ばすその隣に、立っていられる自分でありたいと思った。そう思えるだけの自分でありたいと思った。たった一人信じた、おれたちの光。 |
▼ ひどいひとですね 「ねぇ、これって恋なのかな」 冷えた指先をあたためるように口元を覆う。目元しか見えない彼は楽しそうにこちらを見、それから口調を改めるようにどう思いますか、と問いを舌の上にのせた。登りきったばかりの頂上から街を眺め、ゆっくりと視線を合わせる。それが焦らすようだと言われたのはいつの話だったか。 「……おまえの自由にするがいいさ」 なるべく淡々と聞こえるように、その耳に言い含めるように、静かに言葉を紡ぐ。 「オレはそれを受け入れよう。ただし、応えることは出来んがね」 ふわりとまつげを揺らして瞬いた真波の瞳に、到底理解出来そうもない光が宿る。失望か期待か欲情か、あるいはその全てなのか。不器用な男だと思う。焦りもせずのんびりと伸ばした手が、ささやかにでも届くのだと信じていたのだろうか。慢心だと言うほかない。けれど、その手を振り払うほど、冷酷にも大人にもなれなかった。 「……東堂さんには、大切なひとがいるんですよね」 「そうだな」 「そのひとって、オレより大切?」 予想の範疇だった。それでもやはりかと思い、見返した深い青に真実を探す。どこまでも澄んだそれは彼そのもののようで、同じ温度になるように慎重に瞬きを返した。脳裏に描いたきらめく深緑を抱きしめる声で、にじむ空を手につつんで、いま、無性に。 「……世界中の誰よりな」 おまえに会いたいと思った。遠い地に飛んで行ってしまった薄情者を想って、それでもなお、震える心に嘘はつけないと、ひたすらに痛む胸をぎゅっと握った。 |