単発小ネタを思いつくままに

▼ たったそれだけでよかったの

学祭2日目、半ば強引に誘われて腕をひかれて入った体育館では、男子バレー部が体験ゲームをしているところだった。バレー部相手にスパイクを打って、ブロック何枚まで打ちぬけるかの勝負。挑戦するのは当然素人のため、1枚ブロックでも抜くのは案外至難の業だ。我が校は特に鉄壁を誇るブロックを持つので、今のところ2枚以上抜けた猛者はいないようだった。

「二口くん、まさかわたしにあそこでスパイクを打てと」
「そんなん無理でしょ。指折っちゃうんじゃない?」
「腐ってもバスケ部ですけど!」

ボールが多少当たったところで折れるような鍛え方はしていない。と言い切ってみせたはいいものの、男子のボールって威力が桁違いだ。味方からもらうトスでも結構な速さ。

「まあまあ。俺が呼んだのはこっち」
「? 出し物じゃないの?」

盛り上がるゲームを横目に、拾い体育館の隅の方へ案内される。バレー部は強豪だけあって部員数が多い、同じユニフォームを着た男子の群れは何度見ても圧巻。工業高校に入った時点で覚悟はしてたけど。

「茂庭さん!」

油断していたところに、二口くんが大声で人を呼んだ。わたしの肩が跳ね上がる。嘘でしょ、何のつもりだ二口堅治。

「おう二口! って、そちらの御嬢さんはどうしたの」
「オジョーサンて! 茂庭さん案外ゴイが豊富っすね」
「はいはい、そういうのいいから」

群れから出て来た影はわたしと二口くんの目の前でとまる。首にかけたタオルで汗をふくその手、指先、光る首元、ユニフォームのしわ、優しげな目元、傾げ気味なそのシルエット。茂庭要さん。何もかもが完璧。好きだ。時が止まったその瞬間、わたしの脳の回転数は爆上がり。

「こっちの人、俺の同級です」
「こんにちは。茂庭です」
「あっ、こ、こんにちはあのわた、わたし、二口くんと同じクラスで」

二口くんの紹介に添えるようにフルネームを名乗ると、目の前の人、茂庭さん、は、わたしの名前を何度か呟いてから、よし覚えた! と片手でオーケーマークをかかげて笑った。まぶしい。まぶしすぎる。思わず胸の高さで両手を組んだ。オーマイゴッド。

「あ、じゃあ二口がこないだ言ってたやつって」
「そうです、これです。今時間ありますよね?」
「全然いいよ。俺さっきちょうど終わったし」
「そうこなくっちゃ」

二口くんもご機嫌に笑う。わたしの表情筋は凍り付いているというのに。本当にだめ、好きな人を前にした人間などポンコツも同然。二口くんはこれと毎日向き合っているというの? すごくない? 心は鋼で出来てるの?

じゃあ、と茂庭さんがわたしを呼んだ。足から脳までしびれるような光が走る。わたし今浄化されてるかも。思わずハイッと返事をすると、良い返事だな、とまた笑われた。出血大サービス。世界は今生まれた。

「スパイク打ったことある?」
「ス、スパイク」
「えーっと、ほらあれ、あんな感じの」
「あ、な、ないです。体育はアンダーだけだったので……」
「そっか、女子も体育でバレーやるんだ」

いいな、俺たちバレー部員多いからさ、授業だと結構外されがちで。目を見つめていられなくてちょいちょい口元に視線をやってしまう。よく動く口は遠くからなら何度も見つめていたけれど、目の前で音声を伴うとやはり破壊力が違う。好きだ。無理。

「二口から聞いたんだけど、スパイク打ってみたいんだって? 俺でよかったらトスあげるよ」

無理、と思った瞬間、もういちどわたしの時がとまった。思わず真っ直ぐに見上げてしまう。少しつり気味なびいどろが、ぱちりと隠れてはわたしを見る。どうかな。耳に落ちるのはどこまでも優しい声。息が苦しかった。

「今のセッター、1年なんだけど、まだちょっと不器用で。こう見えて元正セッターだから、体験するならいい球あげられると思うし」
「は、はい、あの、わたし……」

いつの間にか茂庭さんの後ろに立っていた二口くんが、わたしにだけ見えるようにこっそりピースをしていた。しかもお得意のダブル。口ごもったようなわたしに、茂庭さんはよしいこ、とボールを手渡してくれた。ああ。

「も、にわ、さん」
「ん? なあに」
「あの、わたし」
「うん」
「わたし、」

少し強引なのは意外なほど。二口くんから何をどこまで聞いたんだろう。もうじきここからいなくなるあなた。わたしがずっと憧れたあなた。好きだ。好きだ。こんな日がくるなんて、今まで思いもしなかった。

「茂庭さんのトス、ずっと打ってみたかったんです」

あなたのトスだけがほしかった。振り返って笑う茂庭さんは、光をあびたその姿のまま、知ってたよ、とわたしの名前を呼んでくれた。


▼ 同じ背中に恋をする

あんたはいいよね。女ってだけであの人の隣に立てるんだから。

声が脳に届いた瞬間、わたしは目の前のきれいな顔をひっぱたいていた。ほぼ反射で。人間ってこんなに簡単に暴力がふるえるんだわ、しかも他人に! 野蛮な人間ではないわたしなので、震える手をごまかすには握りこまなければならなかった。それが悔しくて憎くて悲しい。

「二口くん、今、わたしがどうして怒ったか、わかる」
「……知らないけど」
「あんたってほんとに最低」

せめて丁寧に話そうと思っていたわたしの努力が無に帰した。友達と話すときだってこんな言い方しない。怒った自分と会うのは思えば随分久しぶりで、わたしはそれほど怒って、傷ついて、いるのだと、そうやってわたしは自覚した。

「女ってだけで、女ってだけで隣に立てるんだったら、わたしは二口くんなんかに声かけなかったよ。それだけでいいんだったら、こんなに悩んだりしなかった」
「……そう」
「わかってて言ったんでしょ? わたしを傷つけようと思ったの? それなら大成功だよ、よかったね」

その目を見ていられなくて俯いた。唇をかみしめる。泣くな。泣くな。どんなに悔しくても、わたしはわたしに負けたくなかった。傷ついた自分を、みじめに思いたくなかった。

床を睨んで何度も呼吸を繰り返すわたしの耳に、少しして、ぽつり、音が届いた。ごめんなさい。小さい声で二度。ごめんなさい。

「……なにが」
「……ごめん。俺は」
「二口くん」

ゆっくりと息を吐く。吸う。見上げた目には零れ落ちそうなほど水がたまっていた。傷ついた、というよりは悔いている、ような光り方だったので、わたしはこの怒りをゆっくりと飲みこむことにした。

「二口くんは」
「うん」
「男だから。バレー部だから。レギュラーだから。だから、あの人の隣にいられるの?」
「……ちがう」
「わたしは」

今度こそ、傷ついた、という目をした。きっとそれは、私の目にも同じ色があったからだ。

「女で。バレー部員でもなくて。当然レギュラーなんかじゃなくて。だから、わたしは、ずっと、何度望んでも」

声が震えないように力をこめた。

「あの人からトスをもらえることは絶対にないんだよ」

そんなの、あんたが一番よく知ってるくせに。


▼ 間宮(鋼)

 耳の奥で今でも聞こえる音がある。 

 せいれん。わたしたちのかわいい子。いつかきっと、しあわせになって。

 抱きしめられるたびに不思議だった。俺はしあわせだよ、母さん。父さんも、どうしてそんなにかなしそうにするの。小さな俺には「しあわせ」の意味はよくわからなかったけれど、家族がいて、帰る家があって、ヴァイオリンを聴いてくれる人たちがいて、俺は確かに幸せだったのだと思う。野菜が高騰して困るとか、白い服は裾が汚れがちだとか、ありふれたふしあわせと折り合いをつける毎日。母も父も笑っていた。俺はそれだけで十分だったのに。

 せいれん。星廉。繰り返される名こそが俺の全てだった。ステージで輝く無欲の星。皆が幸せでいてくれれば、その後ろで俺の音色が少しでも聴こえてくれていれば、俺の世界はずっとずっとあたたかいはずだった。

 体中がずきずきと痛む。血だまりの中で呆然と弓を握りしめた。あのとききっと、優しい両親とともに、”せいれん”も共に死んだのだ。無欲でなんていられなかった。愛した全てが塵となる。俺の戦争の始まりの日。

▼ 有賀(影青)

 握りしめた銃は手によくなじむ。傭兵だった頃からの相棒だ。軽い引き金を思うままに引けば、目に映る命は一瞬にして砕け散った。重い結末。ずっとそうして生きてきた。

 『話してくれなきゃわかんねぇよ』

 白崎の声。怒っているというよりは、戸惑っているような色だった。それでも俺の口は開かれない。喉から言葉が出てこない。

 『個になるな。お前は誰でもない。ただの駒だ。徹しろ。空気に、土に、景色に溶け込め。お前という個を捨てて』

 それは呪いだ。信じるものもなく、支えも失った自分をそれでも戦場に駆り立てる、忌々しいあの男の。

 『誰も信じるな。言葉を交わすな。お前に救いなどない。お前は誰にも救われない。ただ命を受け、他者を殺すだけの、闇の化身』

 拳を合わせたこともない。握手をするのは大抵ターゲットの人間だった。次の日には息をしていない。だから俺は心を殺した。引き金にかけた指が凍らないよう。誰にも思い入れないよう。俺は一人で十分だ。俺は独りで。

 硬く目を閉じる。浮かぶのはいつも、あの日あのときの旋律だ。俺の心を唯一癒す。スポットライトの眩しさ。彼の横顔。G線上のアリア。

▼ 颯柊(白銀)

「今忙しい」「何の用だ」「調べものがある」

「裏切り者と比較される私の身にもなれ」

 心臓を狙って突き刺された指はいつもと変わらない。けれど、触れた部分が強く、どこかためらうように震えたのを覚えている。柊介は常に俺の目を真っ直ぐに見る男だ。その大きな瞳が、迷って迷ってゆらゆらと揺れていた。

 分かっていても気にはなる。苛立ちもする。何の話もせずに勝手に突っ走って、俺の話も聞かないで、拒絶して閉じこもって背を向けて。……分かっていても気になる。けれど、気になっていても、結局俺も変わらなかった。

「……信じてる、んだよなあ。どうあっても」

 遥輝を忘れたわけじゃなかった。例え裏切り者であったとして、あの頃の遥輝を全て偽りにしてしまうことはできなかった。それでも、――それでも。

「柊介。俺は待ってるよ」

たったひとりの俺の半身。空いた穴を埋めるために寄り添った。今ではもう、替えのきかない存在だ。今度は絶対に失わない。例えお前が、世界中を敵にまわしたって。

 



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