二話

少女は思った。
近くにいる黒髪の男をどうすべきかと。



初めて呪術師を殺した。
普通の人として生きていくか、術師殺しとして生きるか選ぶのはどちらでもよい、と育ての父に言われたもののたまたま呪術師を見つけてしまったことが原因だった。
殺せそうだと高を括ってしまい、ついつい手を出してしまったのだ。

見つけたのは廃墟の工場でのことだ。
まさか家の近くの森に廃墟があるなんて思っておらず、まして帳が下ろされているのを初めてみた。
興味本位で近くに行き、のぞいたところ呪霊と敵対する男がいた。
実力は下、どちらにしてもナイフで殺すが初めての獲物だ。
なるべく弱いほうがいいだろう。

しかし今ここで殺してしまった場合、仲間がここに誰かが来るかもしれないと思い場所を移させる必要がある。
そのため呪霊を祓い終わった男をおびき寄せて殺すほうがよいだろうと考えを巡らせた。

少女は祓い終わった男をおびき寄せることにした。

近くの陰に隠れていたふりをして、声をかける。
「……あの。」
「えっ、女の子?……もしかして隠れてたの?」
「友人と肝試ししに、来たのですが気持ち悪いものが追いかけてきまして。……お兄さん怖い人でしょうか?」
怖がっている学生のふりをする。

「怖くないお兄さんだよ!もう大丈夫、怖かったでしょ?開けたところまで送っていくから一緒にここを出よう。」
そういって笑顔で手を伸ばす男の手を取り、握る。
人がよさそうだ。
楽に殺せそうだ。

「あの、森の奥に友人が行ってしまって、一緒に探してくれませんか?」
「えっ、もしかして、怖いやつに追いかけられて?」
「はい。」
「やばいなあ、報告にないやつかな。」
それを聞いて、男は森の奥についてきてくれた。



「同じ制服を着ているのでわかりやすいと思います。」
男にしがみつきながら奥へ奥へと進んでいく。

「そっか、あまり詳しいことは教えてあげられないんだけどしばらくしたら怖いのも見えなくなると思うよ。」
「……ありがとうございます。」
人がよさそうな男だ、呪術師の詳しいことが聞きたい。
術師が集まる場所や団体、少しでも情報は多いほうがいい。

「お兄さんは、怖いものを退治するお仕事なんですか?」
「そうだよ。」
「初めて聞きました。そういうお仕事があるって。誰かに習うんですか?」
「ん〜、学校があって習うんだ。」
学校。
なるほど、学校の形で呪術を教える団体があるのか。
報告、と言っていたのだからきっと発生ベースで術師に連絡が行き討伐しに行くのだろう。

「そうなんですかあ。ここらへんにあるんですか?」
「いや東京かな。まあ京都にもあるんだけど、内緒だよ?」
男は口の前で指を立てる。

「遠いですねえ。ここで見たことは全部内緒にしますねえ。」
「そうしてくれると嬉しいな。」
にこりと笑う男だったが、周りへの警戒を怠らない。
背後から一発で仕留められると楽だろうと考え、ゆっくりとナイフを取り出し、刺した。

「……んぐっ……え?う、しろ?」
ずれた。
いや、力が足りない?心臓まで刺さりきらなかったのか、と冷静に少女はナイフをぐりんと回しながら抜く。
しっかり血をかぶらないようによけつつ。

「がぁああ……な、なんで君が……?」
男は口の端から血を出しながら振り向いて、後ろに引く。
ならば首を狙おうと、勢いよく走ってナイフを前に出すが男の足が崩れるほうが早かった。
空振りだ。

「あら。」
「くそっ。」
尻餅をつき、そのまま男は腰から何か取り出して横に振りぬく。
避けるのは容易かったがなんだか予感がして距離を多めに取った。

男はこちらを見て、なぜと言った表情をしている。
絶望と混乱が入り混じった男の顔を見ていると、少女はとても焦燥感に駆られる。
自分の中の呪いが男を殺せと叫んでいる。

ああ!呪われてあれ!
呪われてあれ!!



「がっ……」
「あ。」
つい興奮によって手に力が入り、術式を行使してしまった。
こぽりとナイフが男の首横に刺さった。
傷口から少女の呪いが少量ではあるがじんわりとしみこんでいく。

少女の術式は死の呪いだ。
呪術師という存在を呪うものであり、術師の体に直接叩き込めば即死。
遠距離でも可能だが距離によってはある程度呪力でガードされる可能性がある。
しかし、時間をかければその呪力にさえ死が浸みこみ体を蝕む。
いわば術師にのみ有効な猛毒だ。

最悪地域まるごとを領域展開による呪いを蔓延させ、呪術師のみを殺害することも可能なのだろうが、範囲内にいるかどうかわからない相手を殺すために手の内を曝すわけにいかない。
やるとして、術師が集まる場所を特定してからである。
ご利用は計画的に。
それに少女には技術も経験もない。
まずはじわじわと殺していき、餌をまくなどして慣れるための時間が必要なのである。

やってしまった、と思いながら素早く男の体を盾にしながらナイフを抜く。
血がびしゃびしゃと飛び散るも制服にはかかっていない。

「ふう。」
すでにこと切れている体がばたりと地面を滑る。
素早くナイフを抜いたものの残穢が死体に残ってしまった。
このままでは他の呪術師が様子を見に来る際に、調べられる可能性がある。
面倒になる前に父同様に故郷に置きに行かなくてはならないと考えを巡らせた。



人の気配がした。
いざ本番というのは予期せぬトラブルが続くものだ。
多少のアクシデントは対処できるようにならなければならないなあ、と考え少女は心の中で笑った。

一応殺したこの男の仲間である可能性がある。
冷静に、血が滴って点々と跡が残るのを防ぐために男の服で血をぬぐっていく。

さすがにこの男の死体を隠すことは困難だ。
周りに血が飛び散っているため痕跡を隠すのは不可能である。
男の死体はそのままに、少女は様子を見るために木の陰へと隠れた。



数分後、さくさくと足音が鳴り男が現れた。

スカートのポケットに入れっぱなしの手鏡を取り出し、反射させ確認すると黒い髪の男が見える。
死体に気が付いた、というよりも元々気づいていたようでまっすぐと近づいていく。

足元の死体を観察し始めた。
死因やらを調べているのだろう。
おそらく残穢があることもばれてしまっただろう。

しかも相当の手練れだ。
術式を使えばなんとかなるとは思うものの、また別の仲間が次々に来てしまったらイタチごっこどころではなくなってしまう。

また気になることに、男に対し呪力を感じない。
呪力がないのだろうか。
それだと困る。
呪力がない人間を術師ととらえてよいのか、術式が通用しない可能性を考慮すべきだ。
はてどうしたものか。













男は少女がいるほうにゆっくりと顔をあげた。
にんまりと笑いながら男は言った。
「テメエが殺したのか?」
完全にバレている。

しかし何が原因でバレているのかがわからない少女は無言を貫くしかない。
ここで下手を打つと相手に新しい情報を与えることになりかねない。

「……無言は肯定と取る、が俺が殺したことにしていいか?コイツ。俺が殺しの依頼受けてんだ。」
嘘か本当かはわからないが、今この男がこの場を離れてくれるのであればそれに越したことはない。

この男が覚えていたとして、残穢を他人に伝える術があるとは父に聞いたことはない。
たとえあったとして、この男がそれを使えるかどうかわからないが遺体さえ回収してしまえば問題ないだろう。
さっさと遺体を片付けてしまいたい。
まだ少女はあくまで秘密裏に術師殺しがしたいのだ。

考えても無駄だと判断し、仕方なしに少女は手を鳴らす。
YES・NOの答えてやるという提示をした。

パンッ

男はその音を聞き、すぐに理解した。
「あー……ハイは一回ってやつね」
パンッ

あとは質問に軽く答えるだけでよさそうだ。
「ふうん、まあOK。遺体はもらっていいか?」

パンパンッ

「遺体が必要か?」

パンパンッ

「あ〜まあ、痕跡だろうな。」

パンッ

「賢明なこった。…………写真だけとりゃいっか。写真はOK?」

パンッ

それを聞き、男はパシャパシャと写真を撮って携帯を操作している。

「んじゃあな、後片付け頑張れ。」
そう言って男の気配が徐々に遠ざかっていき、どこかへ消えた。
本当に殺しが目的だったのかもしれない。

男が消えて5分ほど経ってから少女は遺体を片付けるために木陰から出てきた。
あの男の容姿は覚えておくことにした。
なるべく早く片付けるか男が少女の残穢を忘れてるまで逃げ続ける必要がありそうだ。

賢明な男でよかった。
これに関しては幸運だった。
こちらに向かってくるようであれば、少女は殺さざるを得なかった。
現状このままいくらいるのかわからない呪術師すべてを敵にまわすのは得策ではない。

しかし男のことは信用していない。
少女を危険と判断し距離をとるために嘘をついている可能性もあれば、先ほど男が言っていた呪術会の機関に報告でもするのかもしれない。
いくらでも考えることはできる。

少女はまだ自分が子供だと理解している。
仲間を作るか、手下を作るか何かしらの対策は練らねばならぬと考えた。
まったく、呪詛師だった連中は頭が悪い。
こんないたいけな少女にすべての呪術師の行く末を押し付けてみな死んでしまうなんて、環境くらいは整えてくれてもよいというのに、すべて自死だなんていくら何でも早急すぎる。
まずは経験と策を講じることを決め、男の死体を始末するために準備した。

少女は遺体を一旦隠し、旅行者の格好に着替えてから男の死体とともに故郷に帰った。
持っていてよかった海外用旅行かばん。
こればかりは父に感謝した。


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