一話

片手で数えられる数を少し越した年齢の五条悟は家の近くの道路を車で運ばれていた。

これからお家の事情で複数の年齢の近い男女と面会を行う。
大人たちにはおべっかを使われ、悟様悟様と愛想を振りまかれるに違いないのだ。
自分を見ずに、血しか見ていないような人間になぜ時間を使わなければならないのかと気が進まない。
それどころか今すぐ帰りたい。

朝から締め付けられるような着物を着て、車にも酔ってしまいそうだ。
ため息が出る。


人にあまり見られないようにか太陽光が入ってこないようにか車の窓は暗く、五条の心も暗くなる。
駄々でもこねてやろうか。

途中、車が信号で止まった際にぼんやりと外を見た。

外の横断歩道が青になったのだろう、自分と変わらない年齢の少女が歩いている。
黒い髪と白いワンピース、真っ赤なランドセル。

少女の全身が暗いガラス越しに見た瞬間、思考が止まった。

そこにいるのは普通の小学生。
しかし、五条悟の持つ六眼では違った。
彼の瞳にはどす黒くただただ暗い何かが圧縮しているようにしか見えない。

呪いだ。

気持ちが悪い。
一人の人間が生きているだけで受けるはずがないほどの莫大な呪いが彼女の内側に見える。
どうしたらあんな呪いを一心に受けることができるのかわからない。
薄い膜のような何かが覆っているものの、五条悟には体中に爆弾でもつけたまま歩いているようにしか見えない。


少女が横断歩道を渡り切り、曲がった瞬間に目があう。



こちらに気が付いたのだろう少女はふんわりと笑った。
しかし五条悟には蛇ににらまれたカエルのように存在そのものが恐ろしいく、あまりの気持ち悪さに吐き気がした。

もう一度そこを見たときには何もいなかった。
しかし、忘れることができない。



途中のコンビニで車を止めるよう伝え、トイレで吐いた。















とある地域に、外界を拒絶した閉鎖された集落があった。
外界との交流を絶っていたのには理由がある。
ここには呪術師、いや呪詛師しか住んでいない。
非術師を拒絶しているわけではなく、呪詛師による呪詛師の宗教のような何かがあった。

例えばの話。
とある男は呪いを生む非術師はこの世界に必要ない、そのために非術師をすべて滅ぼすべしと考えた。
この集落ではその逆だ。
世界を牛耳ってしまうほどの呪術を操れるものがいることはこの世界のためにならない。
呪術師は死すべき、という思想を持った呪術師が集まっていた。
それゆえの呪詛師の集団。

自らも呪術を扱えるのではないか、という矛盾こそあったが呪術を使えるものが滅ぶのであれば自らの命も惜しくないほど呪術師に対して並々ならぬ憎悪を持ったものの集団であった。
呪霊などどうでもよい。
呪霊は起きるべくして起こる災害であって、災害を操れる人間がいてはならない。
存在しては、ならない。

彼らは考えた。
呪術師を殺す呪術師を作ろう。
呪霊は倒せないが、呪術師を殺すのに特化した呪いを。
すべての呪術師を殺し、この世に平和をもたらすべしと。



そのために彼らは集団の一員である一人の女を身ごもらせて呪いを一心に集めた。
時には大量の呪霊を使って呪いを集めた。

その甲斐あって生まれた赤子は完全に呪いを帯びていた。
しかし、それにしては薄く呪いが足りない。
呪術を扱えるものが集団で作った呪いがこんなものなのかと絶望した。
こんなものでは作った意味がない。
毎日祈るように呪う。



呪われてあれ。
呪われてあれ。

すべての呪術師に死を。



まだ薄い。

しかしそれは呪いが足りないわけではなかった。

理由があった。
彼女を生んだ母親が憐れんでしまったのだ。
せっかく生まれてきたのに、この子は呪われて生まれてきて殺すために死ぬために生きている。
母親は知らず知らずに彼女の呪いを内側に内側にと押し込めて愛で包んでしまった。
はたから見たら薄いように見えるも圧縮された呪いが濃く、濃く詰まっていく。

集団は呪いが足りないと思い、もっと濃い呪いを掛ける。

呪われてあれ。
呪われてあれ。

しかし、これでは足りない。
仕方なしに集団で呪い死ぬこととなった。
きっと自分の呪いが足りなかったのだと母親は集団に対して罪悪感があったため皆とともに死ぬこととした。

呪術師殺しとして育てるため、育ての親として一番実力があった男一人を残し集団のすべての呪術師は自死した。
呪いは濃くなった。
漏れ出る呪いは抑えきれない。

男はこの少女を育てなくてはと、集団の遺体をすべて片付けてから非呪術師の集団に身を潜めて献身的に育てた。
元々集団が持つすべての遺産を男は集められるだけ集めたため金銭に問題はなかった。
思想のみは呪術師の殲滅を、生活に関わることは普通の子供と同様に育てた。

こうして育った少女が幼い五条悟と邂逅することとなった。













そこから何年か経った。
男によって呪術師を殺す力を幼いながらに得た彼女は、予想よりも愛らしく育ってしまった。
背中にはランドセルではなく通学用かばん。
白いブレザーに身を包んだ少女は、どこからどうみても普通の中学生に見える。

育ての親代わりの男は母親同様にやはり呪詛師といえど人間だ。
赤ん坊から育ててきた少女に対し、並々ならぬ情をもってしまった。

「お前は呪われている。呪われるために生まれてきたからだ。」
「うん。」
「でも僕はちゃんとお前を自分の娘として大事に思っている。」
彼女を生んだ者たちすべてもだ。

「お前にとって愛と呪いは水と油だ。僕は愛が重くなれば呪いに転じたり、呪っていた相手を愛してしまうような表裏一体の存在だと思っていた。でもお前は物理的な部分が違う。」
「ふうむ。」
「愛と呪いが別物として層となっている。お前はお前の中の呪いを愛で包み隠せる。」
少女の頭をなでる。

「呪術師を殲滅してほしいと思っている僕だが、反面お前がたくさんの人に愛してもらえたらとも思ってしまう。幸せになってほしいんだ。」
少女は言う。

「いろんな人に、いっぱい愛してもらえる?」
「お前が望むなら。……大丈夫、僕の娘だ。」
そういって、呪具のナイフと刃渡りが短めの普通のナイフを手渡す。

呪具は自らの呪力を込めるものではなく、呪具に憑いている呪霊が呪力を込めてくれる。
少女は呪霊が見えるが対抗する手段がない、というよりも呪力が呪霊にきかない。
そういった制限が彼女にはかかっている。
対呪術師のための力だからだ。
そのため、対抗用の呪具。
そして、呪術師を殺すための普通のナイフだ。

頭を使わなければ残穢が残り、呪術師殺しは他の呪術師にばれてしまう。
そのため、普通のナイフで殺していくことになるだろう。
もちろんナイフに呪力を込めて戦うことも可能だ。

「僕は呪詛師。みなと同様に役目は果たさなくてはいけない。だけどお前はどちらの道も選べる。だから僕を殺したら、あとの道はお前次第。好きにしなさい。」

「わかった、パパ愛してる。」
少女は純真な笑顔を男に向け、ゆっくりと左手をあげる。
ずぶっとナイフを刺していく。
男は笑顔で「僕も。」と言ったところでナイフは心臓まで達する。
ナイフを抜くと、男の体が地面に落ちた。
じわじわ血が広がっていくのをじっと、じっと少女は見つめる。
つーっと涙が流れるが、彼女はぬぐわない。

彼女の体の呪いを完全に隠せるまでに成長した。
愛という、膜で。


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