Chapter 30 : 地と、天


「おい、アンジー!ルフィ!返事しろ!」


黒く重苦しくそこに佇む箱からは、なんの返事もない。
アンジェリカの最後の言葉が聞こえてから約15分ほど経った
今もなお、ゾロは大声をあげて箱に向かって叫び続けた。

「ちっ、まだ開かねえのか!」
「・・・ちょっと残酷なこと言うけど。
 たぶん・・・いまは意識がない状態だ・・・このまま・・・。」
「チョッパー、蘇生なんて本当にできるの?」
「それが・・・難しくて。」
「なんだと!?」
「この箱の構造にもよるんだけど、アンジーがルフィをその・・・。」

「本当に殺したとして、その方法が問題なんだな。」

チョッパーは少し震えながら、首を小さく縦に振った。

サンジは新しく火のついたタバコ煙を吐きながら、肩を落とす
チョッパーの帽子をポンと押さえた。

「ちょっと・・・怖い話しないでよサンジ君。」

「アンジーは刀を振れねえっつってたな。」
「ゾロまで!もうやめて!」

ナミは耳を両手で塞ぎ、ギュっと目を閉じた。

「・・・問題、それだけじゃないんだ。」

チョッパーはうつむいたまま、悲しそうな声を絞り出した。

「単純な心停止の状態で出てきたとしても・・・おれは二人も蘇生させられない・・・。」

「・・・そういうことか。」

「ルフィかアンジェリカ・・・どちらかの命を選べって言うのか。」

「唯一の望みは・・・アンジーが異形だってことだ・・・。」

「・・・異形?」

ゾロは刀を置き、その場にあぐらをかいて座った。

「おれからも、話しておく事がある。」
「なんだよ・・・改まって。」
「・・・アンジーは、人間じゃねえ。」
「なんだと!?」
「あいつは・・・て、天で生まれた・・・てっ、てん・・・天使だ。」


「「って・・・天使ーーーー!?」」


チョッパーとサンジは飛び上がっておのおの目を白黒ピンクにさせた。

「お・・・おれの口から言うのも・・・はばかるがよ・・・あいつの背中には翼が生えてる。
あいつの親父に言われたんだ・・・それを誰にも言うなとな。」
「そうか・・・だから、アンジーはおれに・・・。秘密にしてって・・・。」

「おおかた、おまえの唯一の望みってのは・・・アンジーは死なねえ。そういうことだろ?チョッパー・・・。」
「・・・ああ、もしかしたら。この箱に入った人間としてカウントされてねえかも・・って。」
「なら、この箱が開いたら・・・チョッパー、おまえは先ず、ルフィを蘇生させるんだ。」
「・・・わかった。」

「天使・・・天使・・・おれの・・・天使・・アンジェリカ・・・
ムッフウムフフッフフ」

空高く舞い上がったサンジにゾロは飛びかかり脳天を貫くような鉄拳を食らわせた。

「テメーはどこまで呑気なんだこのクソエロコックがぁあああ!!!!」
「アハ・・・アハハハハ・・・・。」

「とにかくだっ!」

ゾロは掴んだサンジの胸ぐらを投げ捨てると、ナミたちに振り返った。

「いいかみんな・・・この箱が開いたら・・・なんとしても、二人の命を助けるんだ。」
「・・・おう!!!!」







「それでおまえもアンジーもでっけー羽が生えてんだ。」
「う・・・うむ。」
「じゃあ、鷹の眼もその羽が生えてんのか?」
「いや、ミホークは転生した子孫だ・・・体内に名残があっても翼が生えることはない。」
「へぇー不思議一家だな。おし、じゃあいくぞ!地獄!」
「ルフィ君!何度言えばわかるのだ・・・。」

「ふん、お主は・・・優しいな。」

ノクタはそう言うと、ルフィを見据えた。

「モンキーDルフィ・・・どうしてそうまでしてアンジェリカを助けたいのだ?」
「ともだちだから!」
「たのもしい限り・・・だが、主の頭ではこの何千年もの歴史は理解しきれん。
すべきこと、それだけに集中するのだ。」
「だから、アンジーを!」
「・・・アンジェリカは、お主に旅を続けさせるために・・・堕天も覚悟の上で
お主の命を断ったのだぞ。ムダにするのか?アンジェリカと、兄、エースの意志を。」
「・・・アンジーとエース?」
「アンジェリカから感じぬか?エースへの愛を・・・。」

「どういうことだ・・・。」

「ふん、青臭いお主にはわかるまい。
だがこれだけは胸に一生涯しまっておけ・・・
その意志は、アンジェリカにも受け継がれたのだ。お主とは違う形でな。」

「エースの・・・意思。」
「お主がすべきこと、それは旅を続ける事だ。」

どうにも理解に苦しむルフィは首をかしげながらノクタをまじまじと見た。

「さあ、ルフィ君。天の淵へ戻ろう・・・もうすぐあの箱も開くだろう。」

熾天使ミカエルはルフィの手を引くと、急ぎ足で小屋を出た。

天にそよぐ爽やかな風が、ルフィの麦わら帽子を揺らす。
しゃがみ込み下を覗くと、ゾロたちが箱の前で座り込んでいるのが見えた。

「開いたら・・・すぐにここから飛び降りるんだ。」
「・・・なあ羽男、もし・・・アンジーが助かったら・・・アンジーはここに来るのか?」
「・・・わからない。だが、君が生きながらえてさえくれれば、あの子に後悔はないだろう。」
「アンジーは・・・おれを死なせたくないって・・・。」
「そうだ、あの子の意志・・・どうか生かして・・・!!」


突然、熱風に吹き上げられるように
何かが二人の目の前を轟く風音ともに
下から上へと通り過ぎた。



「なっ・・・なんだ?」

二人の目の前には、身体から煙を立てたアンジェリカが突然現れた。

「熾天使ミカエル!この子を頼む!!」

アンジェリカはレイブン下ろし、いったん天に足をつけると一瞬にして真っすぐに飛び去っていった。

「アンジー!!おい!まてよ!」

ルフィはアンジェリカの飛び行く先へ
駆け出した。


アンジェリカは身を沈め込むと
勢いそのまま聖杯をまっ二つに斬った。


「・・・アンジェリカ、どういうことだ・・・。」

レイブンを抱きかかえ、飛んで来た熾天使ミカエルは無惨に切られ、その水の流れを止めた聖杯から目が離せなかった。

「はぁ・・・はぁ・・・レイブン・・・。よくがんばったな・・・。」
「うん・・・。天使様・・・。」
「眠るがよい・・・勇敢な戦士よ。」

レイブンはアンジェリカの右手を握るとゆっくりと穏やかな表情で
光を放ちながらゆっくりと身を横たえ、瞳を閉じた。

アンジェリカは疲れきった顔を熾天使ミカエルに向けると、何事もなかったかのような
口調で話した。

「熾天使様・・・ルフィ・・・箱は?」
「おまえ・・・、地獄から・・・?」
「ええ、戻ってきましたよ。」
「どうやって・・・。」
「すべて見てきました・・・。ふう・・・。」

アンジェリカは天の淵に座ると、身体を乗り出すように見下ろした。

「アンジー!無事だったんだな!このやろー心配したぞ!」
ルフィはアンジェリカに飛びつき、アンジェリカは思わずそこから落ちそうになった。

「あぶねーな!落ちたらどうすんだよ!」
「このやろーぼろっぼろじゃねえか!ははは!」
「うるせえな!おまえはちゃんと落ちる準備してろっ!はははっ!」


熾天使ミカエルは、アンジェリカの行動が何を意味しているのか分かっていた。
だが、恐怖・・・それを感じ顔をこわばらせたままアンジェリカを睨んでいた。

「あれからどのくらい経ったんだ?」

「さあ、知らねえ。」

「3時間・・・。もう開くころだが・・・。」


アンジェリカは熾天使のその表情を見つめ、ため息をつくと、ルフィの方に向き直った。

「ルフィ・・・すっかり巻き込んじまったな。」

「あー?何がだ?」

「これは天とエデンの問題だ・・・いいか、旅を続けてくれ。
 わたしは、ここでお別れだ。」

「・・・なんで?」

アンジェリカはルフィに微笑みかけると、熾天使ミカエルの方へ向き直った。

「熾天使様・・・信じたくないなら、あなたはここでぼーっとしてるといいさ。
わたしは全てを見てきた。地獄は・・・もぬけの空だ。ならば行く先は・・・」

「まさか・・・そんな、では我々が今まで信じてきたのは・・・。」

「それが、わたしの答え。わたしが導き出した本当のエデン。」

「・・・そうか。」

アンジェリカはちらりと下を見た。
ほんの少しずつ、あの死の箱の扉が動いているのが見えた。

「ルフィ、機を逃すな。・・・あの箱から自分の姿が見えたら、すぐに飛び降りるんだ!」
「おまえ・・・おまえはどうするつもりだ!」
「ここに残る・・・。」

そう言い残し、アンジェリカは翼を広げて飛び去って行った。

「おい!アンジーーーー!」

飛び去るアンジェリカを掴むこともできず
ルフィは立ち尽くした。


ルフィは顔をしかめると首を伸ばし地上を見下ろした。
数センチではあるが、扉が開き、ゾロたちが立ち上がろうとしているのがわかった。

「おい羽男!おれはあとどのくらいここにいられんだ!」
「・・・!」
「おい!答えろ!」
「・・・心停止状態から蘇生可能な時間は・・・3分・・・。」
「じゃあ30分だな、おれをエデンに連れて行け!」
「そんなことをして、助からなければ・・・。」
「うるさい!飛べ!」






アンジェリカはエデンの門の前に降り立った。

そびえ立つその高い壁に囲まれたエデン・・・
いずれ守ると忠誠を誓ったその場所は
恐らく地獄よりも劣悪な環境であろうことは目に見えてわかった

もうアンジェリカには惑わされるような弱い心は存在しなかった
サタンを討つ、その目的だけがアンジェリカを突き動かす

「遠回りさせやがって・・・バカ親父・・・。」

アンジェリカは扉に手のひらをつき、力強く押し開けた。


荒廃・・・汚染・・・
そんな言葉でしか表現もできないほどの
世界が扉の向こうに広がった

欲のままに騒ぎ立てる生命の成れの果て

平然と果実や肉を貪り食らう天使たち

その最も奥に、王のように玉座に座り
美しい天使を侍らせた男が見えた

何千年ものあいだ、『神』と呼ばれつづけた
サタン・・・その男だ。

どの生命よりも眼光するどく
一歩一歩、歩みを進めるアンジェリカの姿に
次第にエデンのざわめきは静まり返って行った。

「・・・ほう、大天使。どうやら俺の息子とは気が合うようだな。」
「少なくとも、おまえよりは・・・な。」
「どうした、神を殺しにきたのか?」
「ああ、おまえを殺しにきた!」
「ふっふふふ、聞いたかい天使たちよ・・・この大天使は私を殺すつもりだそうだ。」

天使たちは不気味な笑顔を浮かべながら立ち上がった。

「3階級、熾天使と精霊の天使を除く7隊の天使たち・・・エデンの欲に
染まったおまえらに用はない・・・。さっさと堕天でも消滅でも勝手にしろ。
サタン・・・おまえはわたしが、この手で消滅させてやる。」

21人の天使が、アンジェリカを取り囲んだ。

「そうはいかん・・・おれは熾天使ガブリエルとこのあと約束があるんでな・・・。」
「ガブリエルと?」
「そうだ・・・消滅するのは、おまえだ。アンジェリカ・・・はっはははははは!」

一斉に飛び出した天使たちはアンジェリカに武器を向けた。

「・・・欲深き魂・・・わが兄弟たちよ
せめて煉獄に居座りし神の懐で
清められんことを・・・そして、」

天使たちは哀れみもない欲に曇りきった瞳で
アンジェリカをにらんでいた。


「その気がないのなら・・・わたしはおまえらを斬る!」


アンジェリカは刀を構え、軽やかに身を回転させるように
斬撃を飛ばした。
最も早くアンジェリカとの距離を縮めた能天使は避ける隙もなく
その斬撃の餌食となった。


「面白い、大天使ミカエルは血も涙もねえか・・・。だがな、ここには俺をあがめ
奉る天使があと21、生命の成れの果てが1万以上もいるんだ。そんな傷ついた身体で
全部を相手にできるか?」


アンジェリカは戦慄の鷹の眼を剥き、攻撃をしてくる天使たちに覇気を飛ばした。
次第に、傍観する生命たちには武器を取り攻撃に参加するものが
現れはじめ、アンジェリカの敵は増える一方となった。

戦う本能、それは勝利により生き延びるという欲であり
至極自然な生命の営み。

終焉を迎えて尚、欲を持つ生命たちは本能を剥き出しに
アンジェリカに襲いかかった。

「そんなもの、護る意味もないってことが...」

アンジェリカは腕を休める事もなく、刀を振り続けた。

「わからないのかっ!」

それが何時間つづこうが、何年、何千年続こうが
アンジェリカは戦い続ける決意をしていた。

「うああっ!!!!」

アンジェリカの叫びは覇気となりエデンじゅうに放たれるが
その敵の数ゆえ、決定打にはほど遠い。


アンジェリカと同じく、強大な力を持つ天使の攻撃は
しだいにアンジェリカに大きなダメージを与え始めた。


「アンジー!伏せろ!」

突然聞こえた声にアンジェリカは姿勢を低くした。
頭上を飛び越えて行ったのはルフィの両手だった。

「ル・・・フィ?」
「10分だ、10分でケリをつけてやる。」
「・・・無茶だ、死んでしまうんだぞ!もう箱は開きかけてる!」
「だから急いで片付けるんだ!」
「・・・クソっ、なんでおまえはそんなに・・・」

アンジェリカはルフィの背後から襲いかかる敵に狙いを一瞬で定め、斬撃を飛ばす。

「そんなにおまえはバカなんだ!」
「バカバカってうるせーな!一人じゃ勝てねえだろ!」
「勝てるよ!」
「勝てない!」
「勝てる!!」

いがみ合う二人には容赦なく何千もの敵と天使が襲いかかる。

「ゴムゴムの・・・JETガトリング!!!!」

ルフィの攻撃はまともに当たってはいるが、手応えが薄かった。
一番最初に斬撃が当たったはずの能天使が飛び上がり、ルフィを目がけて突進してきた。

「ルフィ!避けろ!」

アンジェリカはそれを追うと、刀を振り下ろした。

能天使の身体をすっぱりと斜めに斬った、、、その身体の向こう側に見える
ルフィと目が合ったアンジェリカは少しの恐怖に駆られた。


「・・・聖刀だと!?」

周囲の天使たちの顔色が急激に変わりゆく。

背中合わせに構え直したアンジェリカは恐怖の表情を浮かべる天使たちの
目をみつめると、静かにその眼を閉じた。

「なるほど、わかった・・・。」

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