Chapter 21 : さようなら







風がそよぐ

鼻を掠めて飛び去って行くのは

天使の羽だろうか・・・

何年も眠った、そんな気がした

瞼ごしにも、太陽の熱を感じるような光

光が全身に降り注いでる気がした

ゆっくりと目を開けると

見覚えの無い景色が広がる

青い・・・青い空が広がった


「・・・ここ、どこ。」
小さく呟いたその口に、また何かが踊るように飛んでくる

そっと指でつまみ上げると

それは、白い小さな花びら

身体を起こすと、見知らぬ崖の上にアンジェリカは居た。

「・・・水。」

「おい、やっと起きたか。」

「・・・だれ?」

眩しさで目が半分しか開かない。

クザンはアンジェリカに歩みよると帽子を被せた。

「ここどこ?」
「おまえを連れて来たかった場所だ。」

真っすぐ前を見る限り、緑の美しい地面、向こう側には果てしなく海が広がっている。そこは孤島のようだった。

「どうやら、おまえの心の中は全然整理がついてねえようだな。」
「・・・わたしのこころ?」

クザンはしゃがみ込むと、アンジェリカの目を見据えて
ゆっくりと口を開いた。


「・・・バナロ島でティーチと接触した火拳のエースは・・・負けた。
そして、海軍に身柄を引き渡され、ヤツはインペルダウンに投獄された。」

「・・・知ってる。」

「だろうな、おれの声に聞き覚えがある・・・ってこたぁ、
おまえはその見聞色の覇気・・・それでずっと戦場の声を聞いていた、そうだな。」

「ああ、そうだ!」

「赤犬・・・海軍元大将、今は元帥になった。そいつが、火拳のエース
にとどめを刺した。火拳のエースはエドワードニューゲートの尊厳を守り、弟を守り、
死んで行った。・・・ずいぶん満足げな顔してたぜ、おれがこの目で見た限りはな。」

クザンはアンジェリカの腕を引き立ち上がらせ、
身体をくるりと180度回すと、肩に両手を置いた。

「・・・サカズキの正義と、おれの正義は違った・・・。
だらけきってるおれの正義じゃ、その『可能性』をつぶさねえこと・・・それしかできねえ。
だが、あいつは・・・全ての『可能性』をつぶす。

それがあいつの正義。」

眼に前に広がるは、まだ摘みたてのように美しい花束の数々。
その花びらは儚く舞い、彼らの死を未だ悼んでいるようだった。

「その正義の前に、火拳のエースは『可能性』を生かす・・・それに賭けた。
自分ではなく、白ひげでもなく、弟・・・麦わらのルフィにだ。」
「どうして・・・そんなことを。」
「弟だから・・・それ以外に理由なんてあるか?」
「わかんねえよ・・・。」

「おまえの親父だってよ、同じ状況ならそうしたはずだ。
なら、必然的に導き出される答えは・・・死ぬしか無かった。違うか?」

「・・・クザン。」

アンジェリカはクザンの両手を肩からそっと降ろすと、真っすぐに崖の方へ歩いた。

しゃがみ込むその目の前には、凛々しく刻まれた文字


EDWARD-NEWGATE

PORTGAS-D-ACE


「どした?声でも聞こえるのか?」
「・・・ああ、聞こえる。」

アンジェリカは真っすぐに腕を伸ばし、その墓石に指を置いた。

「火拳の声か・・・。」
「イヤ、ちがう・・・。みんなの声・・・。」
「みんな?」
「ココに来た、みんなの声が聞こえる・・・。」


風が強く吹いた。
花と海と緑の鮮明さに虹彩が上手く機能しない。
神経に直結された様に感じる自然の美しさは
その心までも、真っすぐ、素直に導く。

「・・・エースは、幸せだった・・・のかな。」
「そいつぁ、おれには分からねえ。」
「わたしには、どうして伝わらなかったのかな、エースの意志。」

「違う正義・・・違う愛だからだろ。あんまり言わせんな。」
「・・・。」

アンジェリカは見上げ、風に揺れる世界最強の海賊、その海賊旗を眺めた。

エースが背負った運命

エースが過ごした孤独

エースが刻み付けたマーク

エースが残した意思

言われなくても、思い出せば分かったはずなのに・・・
目を背けずに、しっかりとこの目でみておけばよかったのに・・・


「お別れだ・・・。」

「・・・もう一人でいいのか?」

「え?あ、ありがとう。
 クザンがいなければ、ここには来なかったと思うし。」

「答えは出たか?」

「少なくとも、やるべきことははっきりした。」

「強がりだなぁ・・・親父に似たのか?」

「嬉しかねーが、そうみたいだ。」


アンジェリカはクザンに歩み寄り、右手を差し出した。

「達者でな。」

そして、笑顔を見せた。

クザンもアンジェリカに微笑み返すと、手のひらをアンジェリカに向けた。
何も言わず、口角を上げたまま、そっと目を閉じた。



「強がりで・・・悪かったな・・・。」

アンジェリカは笑顔のまま、大粒の涙を流し、やがてその顔を歪ませた。

「ちきしょ・・・ちきしょう!うっ、ヴぅ・・・。」

アンジェリカはひたすら、クザンの手のひらを殴り続けた。




その場にいると、自分の知らない声がたくさん聞こえてくる。


どれだけの人がエースと白ひげを助けられなかったと泣いていることか。
どれだけの人がエースと白ひげを愛していたことか。

憎悪ではなく、愛がエースを生かし・・・そして殺した。

希望がエースを生かし・・・そして殺した。

そして、エースの最期の言葉は「ありがとう。」



「あのときちゃんと向き合って・・・あのときちゃんと泣いて・・・
 そうしておけば、こんなに・・・こんな・・・ずっ・・・ぢぎしょぅ!
 チキショウ!」

どのくらいぶりに泣いただろう
どのくらいぶりに叫んだだろう

蓄積されていた感情を知らず知らずのうちに自分の中に押し殺していた。
そう気づいたときには、全てのタイミングを失い、人間は孤独と後悔を味わう


戦うべき敵、感情が、自分の中で増えて行く

「大丈夫、おまえはもっと・・・強くなれる。」


クザンは拳を受け止めながら、アンジェリカの気の済むまで
手のひらを殴らせた。


一層強い風が吹いた。
白い花びらは空高く舞い上がる


思えば、短い付き合いだが
目が離せないのは
自分の人生を大きく揺るがす、
その人と空気が似ていたからかもしれない
感情をなかなか表に出せなかった

それが今、泣いてるじゃないか



アンジェリカは声が枯れるまで叫び、力が入らなくなるまでクザンを殴り続け、
やがて息をきらしてその場に倒れ込んだ。

「いってててて、気は済んだか・・・。」
「はぁ、はぁ・・・ん。」

「なら、海賊王の航海日誌を読んだおまえに
聞いておきたいことがある。」

「ああ、何でも聞けよ。」

「古代兵器は・・・この世界にどんな影響を与える。この世界をどうするつもりなんだ。」


「・・・古代兵器は、もう・・・」


息絶え絶えといった様子の、アンジェリカの口から紡ぎ出される言葉に
クザンは黙って聞き入った。

風向きが変わり、花びらが遠くの海を目指すように飛び始めた。

その言葉、ひとつひとつがどこか遠くへ飛んでいくように



そして言葉が終わったとき、クザンは遠くの海を見つめていた。

「・・・じゃあ、おれの正義も、あながち間違ってはなかった・・・か。」
「そう思いたいなら、そう思えばいい。」
「いや、少し気は晴れた。そんで、また希望も・・・見えたよ。」
「そうか。」

「おまえがこの先、この新世界で旅を続けるなら、
遅かれ早かれ会うだろう。ニコ・ロビンにな。」

「ニコ・ロビン?」

「オハラの生き残りの考古学者だ、できれば早く会っておいて欲しい。」
「麦わらのルフィと一緒にいるんだな。」
「ああ、ラフテルを目指して新世界に入ってくる、そう先の話じゃねえ。」
「そうか・・・。」
「で、おまえはどうするんだ?」
「果ての果ての・・・そのまた果て。・・・地獄の門を探しに行く。」

「地獄の・・・門?」

「航海日誌を読んで分かったことがそれだ・・・地獄の門に
わたしが求める全ての答えがある。問題は・・・どこにあるかがわからない
地上なのか・・・海底なのか・・・それとも空なのか。」

「おまえも、苦労するなァ・・・。」

崖の脇道を下り、岸に出ると
クザンは船から自転車を取り出してまたがった。


「短い間だったが、面白いもんを見れた。気ぃつけてけよ・・・アンジー。」
「おう、元気でな。」

クザンは自転車のベルを鳴らし、海上をゆっくりと走って行った。




「で、ここは新世界の一体どこなんだ?」


ジャックに問いかけるも、首をかしげて照れ笑いをする。


太陽が西に傾きかけたのを確認し、アンジェリカは船に乗りこみ
ジャックに船を引かせた。




さようなら、世界最強の海賊エドワード・ニューゲート。

さようなら、エース。

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