Chapter 20 : 接触


時を少々さかのぼり、
クライガナ島・シッケアール王国跡


「探しに行かなくていいのか?」

「どうして探す必要がある?」

「だってもう1ヶ月だぞ!ジャックは帰ってきたのに、アンジーが一緒じゃないなんて
絶対危ない目に合ってるって決まってんだろーが!」

「そんなヤワに育てた覚えはない。」

「だったら、手紙くらいよこすだろ!いつ帰ってくるとか、どこにいますーだとか!」

「どうせあの子の字は読めないくらい汚い、手紙をよこされたほうが迷惑だ。」

ミホークはワインを飲み下すと、騒がしい居候がウロウロと宙を漂う
様子に眼もくれず、ワインのボトルを傾けた。

「はぁ・・・もうあたし、食欲ない・・・アンジー・・・。」

ペローナは椅子を下げて背をもたれると、肩を落として俯いた。

「アンジーに会いたーーーーーーい!」

「騒々しい・・・騒ぐなら外で騒げ、ゴースト娘。」

「おまえは会いたくないのか?自分の娘だろ?」

「・・・会えるさ。」

「え?や、やっぱりアンジーは帰ってくるんだな!?」

「帰ってくるかはわからん・・・だが、おれに会いにくるとそう書いてあるではないか。」

「は?どっ、どこに?」

「貴様が託された手紙にだ・・・。」

「でも、あれ・・・。」

「かわいいではないか・・・ふふっ・・・はははははは!」

「ますますわからねー親子だな・・・。」

アンジェリカが残した、父への手紙は
壁に貼られ、気持ち良さそうに風に揺れていた。

ミホークはそれを見るたびに、笑わずにはいられなかった。

「おれにも理解できねぇ・・・。」

「ロロノア、食事のが済んだら舞踏場に来い。」
「えっ?」
「どうやらおれも、ぼんやりしていられなくなってきたようだ・・・。」

宵の月は笑顔を浮かべるように、古城を照らす。
父の笑い声を、遠くへ届けるかの様に。





そして現在の、シャボンディ諸島 41番グローブ

「なんだって1週間も、許可ごときで時間をとられなきゃなんねえんだ。」
「世間にゃあルールってもんがある。大体・・・海王類?通る訳ねーだろ。」
「通るもん!」
「通らねえよ、ここで捨ててけ。」
「捨てるわけねー!ジャックは、
なかまなんだ!!」

「グルルルルル・・・・」


巨大なジャックの巨大な腹の虫が音をたてる。
ジャックは意気揚々と潜って行ってしまった。

「また飯かよ・・・。」

アンジェリカは座り込むと、ふうとため息をついた。

「・・・おれぁ、ヒマなわけじゃねえんだ。だがな、おまえみたいな世間知らずの小娘が
一人で渡って行ける程、新世界は甘くねえ。」
「別についてこなくていいよ、おっさん。」
「・・・すべてを見るっつったな。最果てを目指すってことか。」
「・・・果ての果ての・・・そのまた果てかな。」
「あの航海日誌を読んでも、まだ足りねえってのか。」

クザンは少し離れた木の下で横になり、アイマスクで目を覆い隠した。

「たどり着けねえかも・・・エースの意志に。」
「・・・火拳のエース、か。おれに聞きたいことが・・・あるんじゃないのか。」
「山ほど・・・でも、しゃくに触る。」
「おれが海軍だったからか?」
「・・・。」
「なんだか知らねえが、プライドの高ぇ小娘だ・・・。よーし、わかった。
おまえに見せたいもんがある、新世界にだ。そこまで・・・おれに付き合え。」

「見せたいもん?」

「ああ、泣いて喜ぶか泣いて悲しむかはおまえ次第だが、
行くべきところだろう・・・。だが!行くならマリージョアは無しだ・・・外海にまわって大陸越え。」
「それはできない、聖地もまた行かなくてはいけない場所なんだ。」
「なぜ?」
「理由は・・・見えない場所だからさ。
本を読むだけじゃわからない場所の一つだから。」

「はあ・・・。」



一週間後、通行許可とクザンに対するお呼出しで、アンジェリカは聖地マリージョアに踏み込んだ。

通行人は聖地の測道を通り、船が新世界側に降ろされるとそこからまた船に乗る。

「おれぁ、ちょっと用事済ませてくるから、船の乗り場で待っとけ。」

「わたしも行きたいー聖地の中に行きたいー。」

「ガタガタ言ってんじゃねえ。いいな、騒ぎをおこすな。」

厚く覆われたガラス越しに見る聖地を睨みつけ、アンジェリカは遠ざかって行くクザン
に中指を立てた。

シャボンディで見た、天竜人たちが闊歩する。
奴隷に平然とまたがり、街を行く。
その水槽の様な中では、まったくもって常識のように
アンジェリカの過ごしてきた人間としての非常識が、そこにはあるのだ。

真っすぐに、ただじっと睨みつけた。
血がにじむ程に、拳を握りしめ、唇を噛んでいることも忘れ
ただじっと・・・その光景を目に焼き付けるかの様に

何がそうまで、自分に憎悪のような心を生ませるのか

突き詰めれば答えは容易く出てきた

アンジェリカはその空気に、懐かしさを覚えたからだ

破壊をしてはいけない、殺してはいけない、盗んではいけない

そんなかんたんなルールすらこの場所では無用

なのに道は、人は、街は清潔で美しく整えられている。
泣きながら地を這いつくばる魚人や人間やそのほかもろもろが
天竜人が何かを汚すそばから、その汚れを綺麗にしていくから。

首輪を付けられたあの生命たちが・・・泣いている。


「・・・探したぞ。愛しい妹よ・・・。」

背筋の凍る、甘ったるい声・・・
アンジェリカは、じっとガラスの向こうを見つめる他なかった

「どうした、そんな悲しそうな顔をして・・・。ほら、ボクによく顔を見せおくれ。」

「・・・。」

アンジェリカは無言で顔を背けると、他の通行人の波に乗るように歩き出した。

「おや、ご機嫌ななめかな・・・。それとも・・・。」

その声の主は、アンジェリカと並び歩き出した。
やがて外へ出ると、強い風を感じた。
海面から何百メートルも上にそびえ立つ、その場所はまるで天のような
清々しい場所だった。

その展望台の上、海がよく見渡せる柵にアンジェリカは手をつき
ゆっくりと深呼吸した。

「・・・ノクタの民のように、ボクを無視しているのかな?」

不意に、柵を握る手が震える。

「愛しい妹の顔を・・・ボクが忘れるわけがないじゃないか・・・ねぇ、大天使ミカエル。」


「・・・。」


「どうやら、下々の地に落ちてしまったようだな・・・かわいそうに・・・ボクが早く君を見つけていれば
こんなことにはならなかった・・・。
ねぇ、天使・・・きっ、こんな汚い服をっ・・・。
君が来るべき場所は、下々の地ではなくここだったのに・・・。」

声の主は、アンジェリカが柵を握る両手の間にくぐり込むと、
アンジェリカの帽子をはじき、その髪をすくい上げた。

「あああぁ、いい香りだ・・・いい香りがする。」

変態じみた声をアンジェリカの耳元に囁いた。

「オドントグロッサム・・・お花の香りだよ。この長い睫毛も・・・瞑らなこの
深緑の瞳も・・・この滑らかで愛らしい形の唇も・・・ヤダ、血が滲んでるけど。

ぜーんぶ、ボクが君に与えたんだ・・・ボクが、君を作った。
忘れられるわけが、無いじゃないか・・・誰よりも君を愛してるのは、ボクなんだよ。」

目の前に揺れる、黒いネクタイをアンジェリカは真っすぐに見つめ
アンジェリカは深呼吸を続けた。
その手がアンジェリカの顔をなで回し、ときどき唇を寄せようとも

アンジェリカはただ、深呼吸を・・・続けた。

筋の通った鼻が、アンジェリカの頭にそっと付けられ
愛おしそうに唇を額にすり寄せる。

「君が人間を学ぶべき場所は、ここだ・・・聖地だ・・・。
エデンにも勝る楽園がもうすぐ出来上がる。
さあ、今からでも遅くはない。ボクと一緒に行こう・・・妹よ。
ボクは・・・一生・・・君を離さない。」

深い吐息をつき、声の主はアンジェリカを抱きしめ、身体の横のラインを
指でゆっくりとなぞった。
柵から離れそうになる手を、アンジェリカは必死に握った。

「はあぁ・・・愛しい妹よ。どうかその美しい翼と、可愛らしいその腕で
兄を抱きしめてくれ・・・あの日のように。ねぇ・・・。」

引き寄せられる・・・反発する力がいつまで持つか・・・。
その手は艶かしくアンジェリカの顎を持ち上げた。

「なんなら・・・このまま口づけを交わして、一緒に堕ちようか・・・。」

「や・・・やめて、ガブリエル。」

アンジェリカは目の前に迫る恐怖に耐えきれず、思わず言葉を発した。

「ふん、喋れるじゃないか。」

ガブリエルはアンジェリカの顔を覗き込むと、微笑んで自分の唇を舐めた。








「アンジー、帽子飛ばされてんぞ。」

背後からのクザンの声に、アンジェリカは青ざめた。

「アンジー・・・なんという下品な名前だ・・・。」
「ガブリエル、もうこれ以上、生命と世界に手を加えないでくれ。」
「はぁ・・・ボクは君を愛してる。君が経験したことのない幸せが待ってるんだよ。
ボクが創造する美しい楽園は、全て君の為に存在するんだ。
もうじき完成するんだ。さあ、一緒に・・・。」


「おい、アンジー!聞いてんのか小娘!」


「・・・妹よ、あれは下々の生命だぞ。・・・兄からご挨拶しておこうか・・・」
「やめろ、やめてくれガブリエル!」


アンジェリカは思わず、ガブリエルの胸を押すと後ずさりした。

「・・・なるほどね。」

ガブリエルはアンジェリカを舐めるようの見つめると、ぺろりと舌を出し笑顔を浮かべ
アンジェリカに詰め寄った。

「ならば・・・先に・・・」

プツン・・・とアンジェリカの胸元で不吉な音がした。

「ジュラキュール・・・ミホーク様にご挨拶して参ろうか・・・!」

ガブリエルは翼を広げると、アンジェリカの目の前から姿を消した。





「独り言か?・・・あらら。」

カツンと小さな音が柵から響いた。

「・・・落ちちまったぞ、大事なもんじゃなかったのか?」

「しまった・・・!」


アンジェリカは柵から身を乗り出し、手を伸ばした。
虚しくもその十字は海に吸い込まれるように落ちて行った。


「くっそ・・・。おっさん!戻る!」
「も、戻る!?何言ってんだ!」
「バカ親父が、あぶねえんだ!」

通行人の波に逆らうように走り出したアンジェリカをクザンは力いっぱい引き止めた。

「ここまで来たらかんたんには戻れねえよ!」
「でも、でも・・・!ガブリエルが!」
「訳わかんねえことを・・・。」

クザンは暴れるアンジェリカを地に押さえつけた。

「騒ぎを、起こすなと言っただろう。」
「離せ!こ・・・殺される!」



「・・・アイスタイム。」



アンジェリカの意識が途切れた。

冷たい氷の中で、恐怖に顔を歪ませたまま

アンジェリカの新世界への旅が始まった。

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