Chapter 22 : ボクは海王類


数ヶ月がたった。

ガブリエルがミホークにいずれ接触するであろうとは思いながらも、
アンジェリカは旅を続けた。

何があろうと、父は無事だと信じた。


「じゃ、世話になったな。」
「うむ、気をつけて帰るんじゃぞ、寄り道はせんように。」
「わかったよ。」
「くれぐれも、鷹の助によろしく、」
「わかっっった!いいから手を離せ!」

アンジェリカは握手をしていた手をブンっと振り払うと
走ってジャックに飛び乗った。

「気が強いのぅ・・・じい様は寂しいぞ!」
「はいはい、じい様が死んだら会いにきてやるから・・・。」
「約束だぞ!」

アンジェリカは老人に向かってニヤリと笑い、ジャックと共に
海へ出た。


「いいところだったな・・・。」
「きゅっきゅー!」
「まだ時間はある・・・。あと1年くらいあるんだ・・・地獄の門も見つかるさ。
もう、この新世界ではないどこかに、それがあるはずだ。」

「ぎゅぅううう。」

ジャックは目を輝かせ、すいすいと船をまっすぐに引いていた。

向かう先の黒い雲にも物怖じもせず、真っすぐ、真っすぐに。


「では、またあの!めんどくさいレッドラインを越えるわけだが
ざんねんだけど、この船艇とはそこでお別れだ。
ジャック、おまえは海底を通りグランドライン前半へ、わたしは大陸越えをして
またおまえと合流する。・・・わかったな?」

「キュッ!」

「頼んだぞ!相棒!目的地は、地獄の門だ!」

アンジェリカは頭に乗せた笠を取り、少しくたびれた帽子にかぶり直した。

長い航海になる・・・そう思いながら、果てしなく続く大海原を目に焼き付け
船の中へと潜り込んだ。


ずいぶん古くなったが、未だ心地よさを感じるチェアに沈み込み

この1年で変わった自分の心を少し誇らしく思った。

父に会いたい、自分が天に帰るまえにもう一度、そのためにも全てを見ておかなければならない・・・。

ぎゅっといつも握りしめていた部分に、もうその十字架がなかった。

家を飛び出したあの日、この船艇には水の樽が3つと、あの十字架のペンダントが
置かれていた。ミホークの仕業だと知りながらも、怒りまかせに船を出したときには
海に投げ捨ててやろうと思ってたのに、悔しくて父への憎しみしか湧かなかったのに
今はとても恋しい。

ありがとうって言わなきゃ・・・。

アンジェリカは、じっと船の天井をみつめて目を閉じた。


比較的穏やかな海域を抜け、ジャックも楽しそうに泳いだり
食事タイムに身体を休めたりと、リズムよく船はレッドラインを目指していた。


アンジェリカも相棒との時間を惜しむかのように、その二人の
時間を楽しんでいた。


数日経ったある日の夜、船の揺れが激しくなった。
眠っていたアンジェリカが眼を開けると、目にもわかるほどに
そしてギシギシ音を立てて、船が今までに無い程に水の抵抗を受けていることに気づいた。

ジャックが海面を泳いでいることを確認すると、アンジェリカは船の外へ出た。

「・・・嵐だ。ジャック!速度を下げろ!船が壊れるぞ!」
「グっ・・・ギャア!」
「はぁ?そんなに急がなくたって・・・。」


アンジェリカは、天候よりもジャックの様子がおかしいことに気がついた。
何かに焦っているように思えた。


「ジャック、言うことを聞け!そんなに慌ててどうしたって言うんだ!」
「・・・・。」


いつもは、船を気遣いながら進むジャックが、まるで海王類の野生をむき出しに
したかの様に、全速力で泳いでいる。

「どうしたってんだ!いいかげんにしろ!」

アンジェリカの説得も虚しく、船は大波に跳ねあげられ、打ちつけられながら海を突き進む。





そのジャックの異常な行動は日が昇るまで続いた。

食事の時間も無視して、ジャックはひたすらに泳いだ。

アンジェリカは船にしがみつくのがやっとの思いで、身動きもとれない。






突然、アンジェリカの耳をつんざくような声が聞こえた。
その声にジャックも思わず動きを止めた。


(((・・・が、島が!)))

「いぎっ・・・耳が・・・。」


アンジェリカは思わず耳を塞いだ。


「キュキュっ!」

「も・・・潜るって・・・、どういうことだよ。」


ジャックはいつになく真剣な表情でアンジェリカにそう言うと
「早く船の中へ入れ」と強い口調で鳴いた。

アンジェリカは驚き、とにかく投げ出されないように船の中へと入った。

ジャックは海中に入り、全力で海を蹴りつけ海中を泳ぎ出した。

アンジェリカの不安もよそに・・・。

その速度のまま、まる1日ジャックは泳ぎ続けた。

「・・・いくらなんでも、ジャックがこんなに休まずに泳ぐなんて・・・。」

(((・・・を、守って!!!!!)))

海中に入っても、その耳をつんざく声が聞こえた。

そのとき、ジャックは更に海中深く潜って行った。


「ジャック!そんなに深度を下げたら船がもたない!」

船はミシミシと不吉な音をたて始める。
限界深度はもうすぐ目の前だ。


「おまえ、船ごとわたしを潰す気か!!このままじゃ水圧で粉々だ!!」


アンジェリカの叫びはジャックには届かない。
意を決し、アンジェリカは刀を抜くと船の外へと出た。




「・・・戻ってこいよ、ジャック。」
海中では音にもならないが、アンジェリカはそう呟くと
ジャックと船を繋ぐベルトを切断した。



アンジェリカの目に写るのは、振り返ることも無くひたすらに潜って行く
ジャックの後ろ姿だった。

海面まではどのくらいだろうか、アンジェリカは必死に息を止め
浮上していく船にしがみついていた。




「ぶあっ!!!!」


ようやく海面にたどり着いたアンジェリカは、大きく息を吸い込み
船の上に大の字で倒れた。


ぜえぜえと息をしながら自分の身体を浮かせている船が
もうすでに船と言うには大げさで、「いかだ」と言った方がしっくりくるほど
半壊状態であることに気づいた。


「プロペラも・・・舵輪も・・・やられたな。」


そして、漂流状態であることにも気づいた。




ジャックはひたすら目指した。

声のする方へ・・・声のする方へ・・・。

それが、彼の使命だから。


「アンジー、必ず戻る。だからそれまで・・・どうかボクを許して・・・。」



アンジェリカはジャックの光る瞳がそう呟いたと思った。
嵐の海域は脱していた。
久しぶりに見る満天の星空に、アンジェリカは深呼吸し
疲れきった頭をそのまま眠らせた。







「おーい!おーーーーーーーい!」

静かな海の音の中から、別な音が聞こえる。


「だいじょうぶですかーーーーーーーー!」


こんな広い海の上、そんな奇跡があるだろうか・・・。
バカバカしい、とアンジェリカはまた目を閉じたが
ぬらりと大きな影に包まれていることに気づき、がばっと身体を持ち上げた。


カモメ・・・いや、それは海軍の軍艦だった。



「・・・海賊か?まあいい、引き上げろ。」


軍艦から降ろされる縄梯子から、数人が降りてきて
アンジェリカの両脇を抱えた。


アンジェリカも抵抗することなく、死んだ魚のように船へと引き上げられる。


「何してんだ、いかだ一つで新世界に入るとは・・・。」

ざわつく海兵の間を縫い、男がアンジェリカに近づきしゃがみ込んだ。

「海賊か?」
「いえ、海賊旗も見当たりませんし、遭難者かと思われます!」
「あぁ?たしぎ・・・じゃあ、こいつの背中に付いてるのはなんだ?」
「・・・あっ。」
「物騒なモノしょって歩いてるじゃねえか、ぶちこんどけ!」

煙に包まれた男は立ち上がると、指一本で海兵たちを動かし
アンジェリカを軍艦の狭い牢に連れて行かせた。

「スモーカー中将!手錠は・・・?」
「まあ、抵抗の意志はねえようだ。その刀だけ没収しろ。」
「はいっ!」



アンジェリカは言葉も発さず、鍵の掛けられた牢の鉄格子をそっと握った。

「ごめんなさい、スモーカー中将はすこし気が立ってて・・・あなたが海賊でないと
分かれば、必ず解放しますから。それまでは、おとなしくしていて下さい。」

アンジェリカの刀を取り上げたたしぎは、牢に入れられても異常な
落ち着きをみせる容疑者をまじまじと見つめた。

「・・・あんた、変だな。」
「え?わ、私ですか?」
「前に・・・こういうふうに捕えられた人を見たよ・・・。その子には
そんな言葉、かけられたのかな・・・。」
「ど、どういうことですか・・・。」
「必ず、解放しますだって?」
「ですから、あなたが何者なのか調べがついたら・・・。」
「ふざけるな!結局は多勢の決めた歪められた真実に、罪のない人が踊らされているだけじゃないか!
お前らみたいな、そういう多勢にしかくっついてしか居られないような奴らに、真実など分かるか!」


アンジェリカの大きな声が、あたりに響き渡る。
たしぎも、思わず身を震わせ檻から後ずさるように離れた。

「・・・刀を、返せ。」

「で、できません!」

「おまえが触っていいモノではないんだ・・・、早く。」




「できねえって、いってるだろうが。」

大声を聞きつけたのか、スモーカーが牢に続く階段を降りてきた。

「正義が真実、武器を持って歩くようなおまえらを
裁くのが正義だ、違うか?」

煙が全身から流れ出ているような姿を現すと、
スモーカーはアンジェリカをにらみつけた。


アンジェリカを取り囲むような煙は、やがて実体のように
アンジェリカの首を掴むと、牢の壁にアンジェリカの身体を押し付けた。


「真実か・・・おもしろいガキだ。夜が明けたら、尋問だ。
たしぎ、見張っとけよ。」

スモーカーはアンジェリカを床に叩き付けると、小さく笑い声を上げながら
去って行った。

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