Chapter 17 : 空白


ーーーバサバサ・・・とページをめくる音

ーーーーキュキュキュキュ・・・とペンが紙を走る音

ーーーーーぺたぺたペタ・・・と歩き回る音

ーーーーーービリっビリっ・・・と何かを破く音

床に耳を押し当てたロッコはずっとこうしている

床の穴を塞ぐ重たい食器棚は動かしたのに、アンジェリカが上がってこない。

様子はまったくわからないが、
アンジェリカが生きているのは確かだ。


ロッコの耳が探る先、閉ざされた地下室で

アンジェリカは未だ本を読みあさり、ノートにぎっしりと何かを書き込み、

壁に貼られた何枚もの紙に仮説をまとめあげ

ときどきは歩き回りながら、考え事をするように

2000年の歴史と戦っていた。

「おいアンジー、もういい加減開けてくれ!もう何ヶ月そこに籠ってると思ってるんだ!」

ロッコの問いかけにも、まったく反応は無い。

ロッコは意を決して、その小さな扉に手をかけた
恐る恐る覗き込むと、様変わりし荒れた自分の地下室に唖然とした。

「アンジー・・・自由に使えとは言ったが。
ずいぶんと、荒らしてくれたなあ。」

「静かにしてろ・・・まだだ、まだ終わってない。」

アンジェリカはロッコに顔も向けること無く、まだ壁を眺めたり
書かれた文字を指でなぞったりという様子だった。

そして、あまり休んでいない様子で
歩き回りながら本棚に激突したり、頭をぼりぼり掻いたりと
する。

ロッコは殺されるのではないかと恐怖心を抱いていた
自分がバカらしくなった。


地下室に降り、足下に落ちた本を拾いあげ短いため息をついた。

「触るな!ロッコ!」

「はあ?」

「順番に並んでるんだ!戻せ!」

ロッコは言われた通り、それを床に散らばる本の山にそれを放った。

「・・・アンジー、ボク来週にはもう此処を離れることにしたんだ。」

アンジェリカは返事もせずにテーブルに向かったり、立ち上がったりを繰り返す。

「何か、言うことは無いのか?」
「え?ああ、いなくなるんだったな・・・よし。」

アンジェリカは本を閉じ、ロッコに近寄ると
その顔をまじまじと見た。

「心配するな、わたしは誰も殺さない。」

「・・・わ、わかった。信じよう。」

「ここを離れる前に頼みがある・・・長老の手紙をよこせ。」
「それは・・・できない。」
「どうして!?」
「君のパパからも、ビアンカばあさんからも言われてるんだ・・・見せるなって。」
「ふぅ・・・わかった。じゃあ、差出人の名前を教えろ。」
「ちょ・・・長老だろ?」
「そうだ、だが。生命の終焉を迎え、全ての欲を満たす
究極の楽園にも入らず、天でぼーっとしてるじいさんだ。だが、そのじいさんが
手紙を書いたんだ。普通じゃないんだよ。」

「・・・わかった。」

ロッコは手紙を一つめくった。

そこには幼いアンジェリカが天より地上に降りる前に
長老の文字を見よう見まねで書いた汚い字があった。

[I Am AN AnGel a]

そしてもうひとつ、ロッコが紙をめくると、そこには達筆な文字があった。

[Duracule Nocta]

ジラキュール・ノクタ・・・。

「ジュラキュール・・・ノクタ。
・・・ノクタと深く関わりがあろうとは思ったが、
彼がその張本人といったところか。」
「・・・恐らく、そうだ。」
「ジュラキュール・・・。
パパの直結の祖先というわけか。」
「ああ、そうだ。」


ロッコは手紙をまた丁寧に折ると、胸元に深く差し込んだ。


「じゃあ、ロッコ。おまえがノクタの民だという証拠はどこにある。」
「そ・・・それは。」
「どうした、言えよ。」
「・・・証拠はない。」

ろうそくは風に揺れ続けた。
窓もないこの地下室で、ロッコの決断を待つように。

「だったら、これ以上おまえと話す
つもりはない。
人間には関係のない話だからな。
さっさと手紙をよこせ。」

「それは・・・できないよ。」

「だったらわたしに証明してみせろよ。・・・怖がらなくていい
わたしは、・・・まだおまえのともだちだ。」


「・・・クッ。」


苦しげな表情で視線を落としたまま、ロッコはアンジェリカの背後を指差した。

そこには、優しい微笑みのラファエルが居た。

「・・・見えるんだな。」
「ああ、見えるさ!何度も何度も、ボクの周りを飛び回って!命を狙われ続けていたんだ!」
「大丈夫だ。熾天使ラファエル様も、おまえの味方だ。」
「信じられるか!ボクの祖先も・・・ボクもずっと命の危機に晒され、
怯えて生きて来たのに!」


ラファエルはロッコの身体を大きな翼で包み込み、頬に両手で触れた。

「これで、信用してもらえないだろうか・・・。
我々天使が、君の祖先に働いた惨たらしい所行の数々・・・許せとは言わない。
だが、今は・・・どうか憎しみの心を押さえて我々の話を聞いてくれ・・・ロッコよ。」

ロッコは自分の身体も心も軽くなって行くのを感じた。
ラファエルの癒しの力により、次第に握りしめていた拳をゆるめ
ガタリとチェアに腰を降ろした。


「ここを離れると言ったな。何かあったのか?」


「コブラ王の許しが出た・・・ペルさんと空島へ行くことになった。」


「ほう、ポーネグリフを?」


「ああ、見ておかねば・・・ならないものだ。」


「そうか。」


「説得に3年もかかった・・・もう、後戻りはできない。」

「そうだな、どこかから情報が漏れれば、おまえは世界政府に狙われるわけだ。」

アンジェリカはため息まじりの声を漏らすと、脚を組み上げ天井を見上げた。

「おまえの研究は全部見させてもらった・・・足りないのは、天の歴史だ。」

アンジェリカは左側の壁に張られた何枚もの紙を右側の壁に張り替え始めた。

ロッコもラファエルも興味深そうにその様子を見つめる。

張られた紙は、すこしずつ重なり合うように一列に並べられて行く。


「年表だ・・・、上が天の歴史、下が世界の歴史・・・。」

2000年前から始まり・・・現在に至る長い年表が壁に張り巡らされた。

「あ・・・。」

「そうだ、空白だ。」

年表にはアンバランスに並ぶ空白があった。

「世界の空白の歴史、100年と・・・天の空白の歴史、1000年。」

「君は、もうその答えを見つけたというのか?」
「そう焦るなロッコ・・・いまから説明する。」


もう何年前なのかは分からない、気が遠くなる程前に
ウリエルは堕天し、神は天から姿を消した。

後、神は天使たちに言葉を届けるべく
一つの生命に聖杯を託した。


それはとめどなく水の流れる聖杯で
天を守衛するミカエルとガブリエルにより、天の中心に置かれた。

その日から天使たちは聖杯から聞こえる神の言葉を頼りに天を守り続けた。

そんな中、2000年程前に地上に降り立ったガブリエルは
ある男と遭遇する。

ノクタの民である。

堕天使ウリエルを信奉をする民の存在を天に伝えたガブリエルは
その民の殲滅を呼びかけ、天使たちは地上に降り立った。

約10年の内にその民は滅ぼされたとされる。


ノクタの民を殲滅することにより、
地獄からの悪しき魂の侵攻も、サタンが天に近寄ることもなくなり、
天には平穏が戻ったとされる。


神も大いに喜び、天使に褒美を与えると・・・

聖杯の声で天使たちに問うた。

ガブリエルは生命の魂に喜びを与えるべく、天にエデンの建造を

ミカエルは力弱き人間に力を与えるべく、イブに能力の実を

神に願い、やがてそれは実現された。

ただ一つ、ラファエルの願いを除いては・・・

ラファエルの願いは、人間に転生することだった

神からの返答はこうだ


『禁忌を破らぬ天使は、転生させてしんぜよう』

だが、禁忌の内容は明かされなかった

目にも見えぬ禁忌

それを破ったとして天使が、堕天、消滅するという事態が起こった。

先ずラファエル、そしてミカエルが
地獄へと堕ちた。


残ったガブリエルは新たな天使を生み出し、天使にヒエラルキー、階級が与えられ、その決められた数を絶やさぬ
サイクルが始まった。



「3つの位に3つの隊・・・熾天使、智天使、座天使、主天使、力天使、能天使、権天使、大天使、精霊の天使・・・。

この内、大天使はそれぞれ15年間を地上で過ごし、生命の感情を学ぶんだ。」

「だから、君は大天使ミカエルと呼ばれるわけか。」


「そうだ。長い歴史の中、天使たちは禁忌に怯えながら、感情を学び取り
過ごしてきた。そして、ほとんどの大天使は地上で10年も経たずに命を落とし
姿を消す。」


「そうだったのか・・・。」


「わたしが今生きていること自体、奇跡に近いのさ・・・。
バカ親父は、知ってか知らずかわたしを閉じ込めるように育てていたからね。」

アンジェリカは髪を掻きむしると、壁に振り返り口をへの字に曲げた。


「800年前・・・ノクタの民は再度、滅ぼされたのだ・・・Dの一族と共に・・・。」

ラファエルは壁に歩みよりながら語り始めた。

「800年前、私と熾天使ミカエルが人間を学び終え、天に帰ると
天の様子が様変わりしているのがわかった。15年・・・それ以上の月日が流れていたのだ・・・。エデンは静まり返り・・・見たことも無い門・・・そして壁・・・。

中から出て来たガブリエルに問うと、彼は嬉しそうに答えたんだ。」


"神が復活された!僕の願っていたエデンが完成したことにより
神は天に戻られた!おまえたちも、中へ入れみんな中にいるんだ!"


「そのとき、ミカエルと私は、神が居るならなおさらと
その門を守り通す決意をした。聖杯からも、神の声が聞こえ
神も二人の天使の勇敢なる行いを大いに喜ばれた。
だが、地上を見下ろしたとき・・・歪んでいたのだ・・・時間が。」

「ど・・・どういうことですか。」

「それがわからないから空白なのだ。天使の目に留らなかった100年・・・

我々にとってはほんの数分、
それからだ、天と地の時間の流れに
ズレが生じたのは。

空白とされる100年

我々で確認が出来たことを上げるならば、世界政府の樹立とそして・・・」

「・・・世界貴族。」

ロッコは立ち上がると、声を震わせるように言った。

「しかも聖地マリージョアは天の目に届かないようなものに覆われている。
空島もしかり・・・とにかく、未だ時間の歪みは続き、天と地では流れる時間の速度が違うというわけだ。
未だに、解明できてない。」

ラファエルは苦しそうな表情をすると、またテーブルの側のベンチに腰掛けた。

「これが、今のことわたしとラファエルが調べた、天と地の歴史の全てだ。
そして近年に入ると、世界はとても面白い動きをはじめた・・・。」

「面白いだって?」

「ああ、世界政府もそうだが・・・わたしが調べに調べて・・・考えに考え抜いても
いつもぶち当たる壁があるんだ。」

「どうやらボクと同じ結果にしかならなかったか・・・。」

「ああ、海賊王 ゴール"D"ロジャー・・・。この名前が出てくるとその先はもう
資料が無いんだ。」

アンジェリカはロッコと顔を見合わせると、ニッと笑ってみせた。


「どうやらわたしも、外へ出ないといけないみたいだな。」

「そのようだな。」

「わたしが家を出たのは・・・愛する人の死の真相を知りたいが為だ。
どうやらその疑問も、この歴史の空白をたどれば・・・わかるのかもしれない。」

「えっ、あ・・・愛する人?」

「ポートガス"D"エース・・・私を愛してくれた人だ。どうしても、知りたいんだ
本当の、彼の意思を。」

「そうだったのか・・・。」

テーブルにはナイフが突き立てられた一枚の紙があった。
マリンフォード頂上戦争、エースの死亡記事だ。

ロッコはぼうっとそれを眺めると、アンジェリカの変化に気づいたのだった。
もうアンジェリカは子供ではない、そう自分も・・・時は流れ、今も未来も
流れ行くのだ・・・そう思い、アンジェリカの辛い心中を察した。

「おまえはポーネグリフ、わたしは海賊王を追う。
またどこかで、おまえとは落ち合える気がする。」

「あ、ああ・・・そうだな。」

「よし、二人とも!来なさい。」

ラファエルはにっこりと笑うと、両手を広げ二人を呼び寄せた。

「アンジェリカ・・・そしてロッコ・・・君たちに啓示を与える・・・。」

ラファエルは二人を抱きかかえ、耳元に囁いた。


とても小さな声・・・そして美しいハープの音色の様に
二人はあたまをもたげ、目を閉じ、その言葉を受けた。

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