Chapter 16 : 創世


うだるような暑さ、全身が乾いていく。

ミズ・・・水・・・みず・・・ 

口を開けずとも、漏れ出る言葉はそれだけだった。

寒々しい凍った大地、日の射さない厚い雲に覆われた島
そんな場所で育ったアンジェリカにとって、砂漠の国アラバスタは
未知の国であり、適応の難しい場所であった。

1年前に、このアラバスタでは内乱が起こり現在も復興の為に、
活気ある国民達が動き回っている。

とはいえ、地方と都市を結ぶ交通は未だ混乱しており
どの町も移動のためのらくだを取り合っているような状態だった。

「若いボク達が歩かずにどうする?さあ、立った立った!」

砂漠に座り込むアンジェリカに、ロッコは余裕の表情で手をさし伸ばした。

首都、アルバーナまでの長い道のり。

スケイル島での一件で、アンジェリカはどうにもロッコを信用する気にはなれなかったが
この過酷な環境の中、途中で日陰を見つけては立ち止まり、昼の炎天下でも
アンジェリカをおぶって移動するロッコに
次第に昔の優しいロッコ思い出していった。


やがて、首都が遠くに望めるほどの砂丘の頂上にきた
陽炎ごしに映るその景色にアンジェリカは少し、ほっとした。


「街だ・・・やっと水かぶれる・・・。」

「アンジー、悪い。街にはまだ入れないよ。」

「はあ?」

「白昼堂々、ボクがあの街中を歩くわけにはいかないからね。」

「・・・へんなの。」
「うん・・・少し休もう。日が沈んだら街へ入る。」


全てを燃やし尽くすような熱風が太陽とともに過ぎ去り、
間もなく身震いするような風に変わっていく。
ロッコはフードをさらに深くかぶり、アンジェリカをつれてまた歩き出した。

灯も絶え絶え、人影もない深夜のアルバーナには未だ内乱の傷跡が見られる。

広場を通り、細い路地を何度も曲がると、壁に小さな十字の描かれた教会に着いた。

ロッコはアンジェリカを中に招き入れると、すぐに教会のドアに重苦しいカギをかけた。

足音を潜めるように、2階の部屋にアンジェリカをつれてゆく。



疲れきったアンジェリカは、質素なベッドにごろりと横になると
まだローブもフードも取らずにドアの前に立ちすくむロッコを見やった。

「・・・なんでそんなに、コソコソしてんだ?」
「ボクたちはずっと・・・こうなのさ、昔から。」
「へんなの。」
「へんだよな。・・・おやすみ、アンジー。」

ロッコは静かに、階下へ下りていった。
アンジェリカも心地よい眠気に誘われ、目を閉じた。




夕刻の鐘の音でアンジェリカは目を覚ました。
砂漠の都市の夕暮れに響くのは、鐘だけじゃない。
街の復興に走り回る人の声、楽しそうな子供の声

アンジェリカは、
ベッドに横になったままそんな音を聞いていた。

遠くへ来たんだな・・・ふと、故郷がとても遠くに思えた。


アンジェリカは起き上がると、階下に降りてロッコの姿を探した。


「ロッコー、ロッコー、ロッコー。」

「起きたのか、アンジー。人を犬みたいに呼ぶなよ!」

ロッコの声は意外な場所から聞こえた。

アンジェリカが声の元を辿ると、それは
キッチンにぽっかりと開いた地下に続く扉だった。
頭だけ出したロッコはアンジェリカを見つけると少し優しい笑顔になった。

「うわ、地底人・・・。」

「何言ってんだ・・・ここがボクの家だ。降りてこいよ。」

地下は、地上の教会の敷地を遥かに凌ぐ面積があり
その壁には本棚が張り巡らされるように建てつけられ
本は溢れるように並べられている。

「すげ・・・。」

「ははは、口が開いてるぞアンジー。水でよかったかな?」

「うん、ありがと。」

ロッコはテーブルに水のグラスを置き、自分のコーヒーを並べると
手作りのベンチに腰掛けた。

アンジェリカもロッコの隣りに座り、水をちまちまと飲み始めた。

「・・・パパは元気か?アンジー。」

「そんな下らん話をする為に、わたしをここへ連れてきたのか?」

アンジェリカはぴたりと動きを止め、ロッコをにらみつけた。
ロッコは胸元から、またあの小さく畳まれた紙を取り出すと
テーブルに置き、指で強く押さえつけた。

「コレ・・・のことだったな。」

「どうしておまえが、それを持ってるんだ。」

「大天使、ミカエル・・・君の事だ。・・・間違い、ないよね。」

知られてはいけない。隠し通せと教えられてここまできた。
アンジェリカはどうしても、ロッコに答えることが出来なかった。

ロッコは体をアンジェリカのほうへ向け、真剣なまなざしを向けた。

「無理に答えなくていい、アンジー、今からボクが君に話すこと、君がボクに話すこと・・・
内容次第では、ボク達は敵にも味方にもなり得る・・・いいか?」

アンジェリカは驚きを隠せず、またそのロッコの真剣な瞳に恐怖を感じた。

次の一言で何を言われるか、そう思うと自分の口から言葉は出てこなかった。

「ふぅ・・・君とはずっと・・・友達でいたかった。」

ロッコは急に悲しげな顔をすると、アンジェリカの頬に触れた。

「・・・どういう意味だ?」

「言葉そのままさ、なんならボクの心から吸い出すかい?」

アンジェリカは、ロッコの心の中の真実を口にすることに躊躇した。
そこ心の中から、何が飛び出すのか予想もできない・・・

そして、まるであの日のエースの言葉をそのまま、よく理解できた気がした



(おれは・・・おまえの敵か?)


そっくりそのまま、ロッコに言い放ちたい気分だった。

「どうして、その手紙を持っている。」

「言っただろ、ビアンカばあさんからもらったんだ。」

「だから、どうしてパパはそれをビアンカばあさんに渡したんだ。」

「・・・純血だからさ。」

「純血?」

「ノクタの民を知ってるか?」

「ノクタ!!まさか・・・」

ノクタ・・・天の天使は生まれたときからその名を恐れ、そして恨む

堕天使ウリエルを信奉する汚れた血・・・ノクタの民。

「ボクたちは、ノクタの民・・・その生き残りなんだ。」

「そんな・・・まさか・・・。」

ノクタ・・・神が許した唯一の殺人。

ノクタの殲滅。

「ボクを殺すか?大天使ミカエルよ。」

アンジェリカは制御できないような力がみなぎり、
震える腕をゆっくりと
ロッコの首へと伸ばしていた。


「・・・できない・・・できないよ・・・。」

「まだ、敵とは言えないし、味方とも言えないね。
じゃあボクはしばらく身を隠すとしよう・・・この教会を自由に使うといい。
ここに置かれた本は、役に立つはずだ。自分で答えを導き出せ。じゃあな。」

ロッコは足早に地下室のはしごを駆け上った。

アンジェリカの頭上では、何やら引きずるような音が聞こえた。
嫌な予感のしたその瞬間、アンジェリカもはしごを駆け上り小さな扉を押した。
だが、その扉は固く閉ざされ、ビクともしなかった。
「ロッコ!ロッコ、、、ここを開けろ!」
大声で叫んでも返事が無い・・・アンジェリカは閉じ込められたことに気づき
悔しさに涙を浮かべ、本棚を思いっきり殴った。


かつての親友も・・・優しいビアンカばあちゃんも・・・そして父まで
自分に与えられた抹殺の使命、その敵だった。


生まれたときに教え込まれた、絶対なる神の教えと
啖呵を切って別れたとはいえ、自分を育てた父の命


両極端に置かれた立場に、まるで自分が二つに引き裂かれるような思いだった。

「どうしたら・・・どうしたらいいんだ!!」

「熾天使ミカエルからの啓示を忘れたか?大天使よ・・・」


突然、優しい声とともに風が起こった
アンジェリカが顔を上げると、そこには雄大な翼を広げた熾天使ラファエルがいた

「ラフぁ・・・エル。」

「エデンを知れ、そう聞いているはずだが?」

「はい。」

「・・・おっと、お邪魔だったかな。君はこれから本を読むんだったな。」

「待って・・・ラファエル!行かないで下さい!」


アンジェリカは自分の身体をすり抜けるように歩き出したラファエルの服を強く掴んだ。


「行かないで・・・ください。」


「神の教えに背くのか・・・ノクタの民だぞ。」


「・・・証拠はないじゃないですか。ロッコは・・・ロッコは、」


アンジェリカはぐっとラファエルをぐっと引き寄せると、ラファエルを睨みつけた。


「ロッコはわたしの・・・大事なともだちなんです!!」

「・・・ふふっ、立派な人間になったな・・・大天使ミカエル、いやアンジェリカよ。」

「えっ?」

「すまない!少し怖がらせてしまったようだな。
大丈夫、私はロッコを殺そうなどとは思っていない。
ノクタの民か・・・特殊ではあるが、皆愛される神の子、人間に見えるんだがな。」


「・・・わたしも、そう思います。」


「2度に渡り、天使から滅亡に追い込まれながらも・・・やはり生き残りがいたか。
生命とは、なんと強く美しいんだろう。」

「ラファエル・・・あなたこそ、神の教えに背けば・・・。」

「まだ、迷いがある・・・私にも心がある。人間から学んだ心が・・・感情が無ければ
すぐに殺してしまっていただろう。」

「分かっています・・・あなたは生命に最も近い天使だ。」

「おそらくロッコは私が見えたからココを去ったのだろう・・・君に彼を殺すことはできまい。
彼は友情に賭けたのだ。」

「では、やはり教えの通り・・・ノクタの民には天使が見えるのですね?」

「・・・純血だけだ。純血だけが、我々を認識することができる・・・。だから、何があっても
彼らは見えないふりをしてきた。かつての痛手を、しっかりと学習し口から口へと伝えているのだな。」

ノクタの民・・・堕天使ウリエルを信奉する異教徒の民はかつて、二度にわたり天使に滅ぼされた。
後にも先にも、神の制裁の名の下、天使が直接生命に手を下したのは、このノクタの民に対してだけである。

「アンジェリカ、私はどうしても知りたいことがある。」

「何です?」

「ノクタの民を滅亡へと導いた日のことだ・・・もうこの世界では2000年以上も前のことだよ。
どうしてその存在が天にまで知れたか、知っているだろう?」

「ええ、神の啓示を与えに地上に降り立ったガブリエルに・・・彼らは会った。
ガブリエルは天に帰り、天使たちにウリエルの信奉者がいることを伝えた・・・。」

「そうだ、私はあの日・・・そのノクタの民が
ガブリエルに何を伝えたのかが知りたいんだ・・・。
その一言で、神の聖杯は怒りに震え、我々に命令を下した・・・。
神に許された唯一の殺人、それがノクタの民の殲滅だ。」

「神の教えは・・・絶対では、ないのですか?」

「私もそう教えられて来た、だが・・・。腑に落ちん。」

「わたし・・・わたしは・・・どうすればいいのでしょうか・・・。」


「父の元へ帰るか、アンジェリカ・・・。彼の方が何かを知っているのかもしれんぞ。」

「帰れません・・・このまま帰っても・・・父を殺してしまいそうで・・・。」

「うむ、どうやら後味の悪い別れ方をしたようだな・・・。」

「はい・・・。」

「まあよい、君はロッコにこの書物の山を読むことを許された。
おそらく、彼も君の答えが聞きたいのだろう。また時期をあけて私はココへ来るとしよう
それまで・・・どうか中立の眼でこの世界と、天の歴史を辿るがよい。」


ラファエルは優しい風を起こし、消えた。


アンジェリカはリュックを降ろすと、翼を伸ばし、意を決したように本棚
に向かった。


神は水を作り

水は生命を生み出し

進化し

感情を持った


喜を感じる生命

楽を感じる生命

愛を感じる生命


またそれと同数の


怒を感じる生命

哀を感じる生命

憎を感じる生命


やがてできたその光と影は

生命に果てしない苦痛を生み出す

神は愛する生命の苦しみを終わらせるべく

生命の終焉を更に与えた



それが死である


神が生命や世界に手を加える

いわば、禁忌のようなものであった。

死は生命に生きる意義を与え

また死への恐怖を生んだ

意義により進化や文明は急速に発達し

死により恐怖からの抑圧はさらに広まった

自らの力に苦しみ

孤独を感じた神は、4体の天使を生み出した

生命に癒しを与えるラファエル

生命に勇気を与えるミカエル

生命に希望を与えるガブリエル

生命に裁きを与えるウリエル


天は安息の地、それにたどり着ける生
命に平等をうたったラファエルに対し

裁きを与えるウリエルは生命の行いに平等はないと立ち向かった



生命に対し平等に癒しを与えるラファエルと

生命に対し行いの裁きを与えるウリエル

その摩擦は激しさを増した

終焉を迎え、ウリエルにより裁かれた悪しき生命は

行き場を失い、やがて地獄という安息の地とは正反対の世界を生み出した

地獄の業火に焼かれた悪魔は

神への反撃をもくろみ、天への道を築く


侵攻してくる悪魔とミカエルは戦った

ミカエルは天を守り、安息の地を守るために戦い続けた


ついには天使をも戦乱に巻き込んだ天と地獄。




静観できなくなった神は

地獄を生み出したとして糾弾されるウリエルを抱きかかえ

天への道を破壊しながら

天を去った


ウリエルの堕天・・・それがアンジェリカの知る天の歴史だった。

バタン!と本を閉じたアンジェリカはテーブルに顔を伏せた。

熾天使ミカエルの言葉も、熾天使ラファエルの言葉も
重圧となってアンジェリカを苦しめていた。

天の歴史と世界の歴史。


それを探し始めた時、アンジェリカの本当の旅が始まったのだった。

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