Chapter 15 : 少年の罪




「スケイル島!清らかな水の流れる、天使に守られた神聖な町!ジュラス!」

グランドラインの片隅で、浮かぶ船に寝転がったアンジェリカは
帽子をくるくると回しながら、本を片手に音読を始めた。


「あー、ジャックはまだかー。もうすぐ着くのにー。」


家を飛び出して1週間、目的地スケイル島はもう目と鼻の先。
だが、ジャックのお食事タイムは一日5回で航海は何度も足止めを食らっていた。

やっと戻って来たジャックに船を繋ぐと、アンジェリカはそのまま船の上に座り
海の風を感じながら気持ち良さそうに航海を続けた。



「おー見えた見えた!」

スケイル島にそびえる大聖堂が見えたとき、アンジェリカはジャックを
離すと、プロペラに動力を切り替え島に近づいた。

島の港は閑散としていた。
ものものしい警備兵数人が鎧を身につけ、剣を携えうろうろしている。


「不明船舶に告ぐ!早急に立ち去らなければ砲撃する!」


「んあ?なんで?」

アンジェリカは構わずに船を港に近づけた。

「警告!不明船舶接近中!砲撃準備!」

アンジェリカは船の屋根に立ち上がると、迎撃態勢に入った。
刀をかまえ、砲撃の弾道を変えると砲弾はあさっての方向へ飛んで行った。

「敵船!敵船!」

そんな警備兵の叫び声も虚しく、アンジェリカの船はぴたりと入港した。

「う・・・これは・・・一大事!」

刀二本で砲撃をかわした侵入者に、兵士たちは恐れおののき震え上がった。
「なんでいきなり撃ってくるんだよ、わたしはお祈りしに来ただけなんだけど。」
「・・・あんた、ここがどこだか分かってんのか!?」
「スケイル島だろ?ジュラスのミカエル大聖堂に行きたいんだ。」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
「じゃあなんだよ・・・。」

アンジェリカに襟足を掴まれた兵士は、悲鳴を上げた。
その時、一隻の船が勢いよく港に入って来た。

「申し訳ございません、この子はうちの助手でございます。」
「司祭殿!これは・・・失礼をいたしました。」
「アンジェリカ、来なさい。」

謎の男はアンジェリカの名を呼ぶと、手を引き港を足早に抜けて行った。

「おまえ、なんだよ!なんでわたしの名前を知ってるんだよ!」
「ひどいなあ、ボクを忘れちゃったのか?」

男は顔も見せずに、ぐいぐいとアンジェリカを引っ張った。

「無理もないか、声変わりもしたし・・・。」

アンジェリカが目深くかぶせられた男のフードを引っ張っると
そこには、あまりにも懐かしい顔があった。

「変わらないな、アンジー!」
「ロッコ・・・ロッコか!?」
「久しぶりだな。元気そうで何よりだ。」

レンピカの町で、子供時代を共に過ごしたサリー・ロッコがそこにいた。
アンジェリカよりもずいぶん背が高くなり、たくましい男の様に思えた。

「おまえ、大っきくなったなあ。」
「はははは、そりゃあ10年近くたったんだ、あたりまえじゃないか。」

ロッコはフードをかぶり直すとまた歩き出した。

「アンジー、お祈りをしに来たと言ったな。残念だがタイミングが悪かったようだ・・・。」
「どうして?」
「新聞も読まないのか、困ったヤツだ。」
「読まん。」
「この島は、もうじき本格的に戦争が始まるんだ。」
「戦争?」
「ああ、ボクも仕事が終わったらすぐに島を出なきゃいけない・・・。あれ?パパは一緒じゃないのか?」
「・・・ああ、一緒じゃない。」
「一人でここまで?・・・まあいいゆっくり話もできそうにないな。」

港を抜けた町並みはなんとも寂しく、兵士以外で外を歩いている者は一人もいなかった。

「司祭って言ったな、おまえ。」
「ああ、ボクは司祭として基本的にはアラバスタの教会にいるんだが、
ときどきジュラスに呼ばれて、仕事をしてるんだ。」
「仕事って?」
「悪魔払いさ・・まあ、ボクはその呼び方はきらいなんだけど。」
「ふぅん・・・。」
「ボクは、大聖堂に行くけど。君はそのままじゃ入れないよ、一般人は立ち入り禁止なんだ。」
「えーなんだよそれー。」
「どうしても行きたいなら、ボクの助手になれ!」
「はぁ?嫌だよ。」
「いや、君は見ておいた方がいい・・・。
どうせ行く当てないんだろ?ちょっと付き合えよ。」

ロッコはそう言うと、アンジェリカの帽子を脱がせ、黒いローブをかぶせた。

アンジェリカも渋々ローブの前を留めると、手を引かれるがまま歩いた。

大聖堂に着いたロッコに、警備の兵士は深く頭を下げる。
「サリー司祭殿!遠路はるばる、ご苦労様であります!」
「ご苦労、神の子・・・。」
「あの、その方は。」
「ご心配なく、ボクの教会のシスターです。」
「シ・・・へっ?」

ロッコはまた足早に大聖堂の真ん中を、
シスターアンジェリカを引きずるように歩いた。

「今から、スケイル国軍のミサが始まる。じっとしてろよ、」
「なんだそりゃ、」

アンジェリカを祭壇の横に立たせると、ロッコは司祭のローブに手早く着替えた。
大聖堂には軍の幹部らしき、やたらと勲章をつけた制服の人々が入ってくる。

アンジェリカはローブで顔を隠すようにして、祭壇によりかかるとため息をついた。

ミサは戦争を目の前にしたスケイル軍の兵士たちに神のご加護を、天使ミカエルの御名のもと軍に勝利をという内容で
天使として神がどういうものか知り、自分自信がミカエルであるアンジェリカにとっては何とも胡散臭い内容だった。

ミサの最後、ロッコの言葉が響き渡ると
神に祈りを捧げる人々を尻目にロッコはそそくさとローブを脱ぎ
またアンジェリカの手を引いた。

「今度は何だ!」
「サクラメント・・・悪魔払いさ。」
「忙しいヤツだなーおまえ。」

外へ出たロッコとアンジェリカは、国軍の用意した馬車に乗り込んだ。

「おまえ・・・悪魔なんて信じてるのか?」
「まあ、立場上はね。」
「立場上・・・ねえ。」
「要はその人の気持ちの中の問題さ、悪魔が居ると思えば悪魔は存在する。
神が恩恵を与えてくれたと思えば、神は存在する。」

数分で馬車は止まり、ロッコは颯爽と馬車を降り、アンジェリカも後に続いた。

「で、今から悪魔に取り付かれた愚か者を救うわけか?」
「・・・この国がそう決めつけた愚か者をね。」

どことなく冷たいロッコの声に、アンジェリカは口を閉ざした。

「詳細は知らないけど、革命軍がこの国の民衆に蜂起を呼びかけた、国民の一部は反乱軍となり
この国は一気に緊張状態に陥った。元々信心深いこの国の民は、革命軍は悪魔に取り付かれた
集団だと捉えた。
まあ、どこの国の戦争も、今やその革命軍が発端なのさ。
何度もミサが行われ、国民は神とこの国への忠誠を求められ、国の判断により忠誠心の無いものは
投獄され、それでも改心しないものには悪魔払いをというわけだ。」

「あんな大聖堂もあるのに、なんでおまえがわざわざアラバスタから呼ばれるんだよ。」
「悪魔に近寄りたくないのさ、みんな。ボクは・・・中立の立場だから、かな。」
「で?悪魔を払ったことはあるのかよ、司祭さん。」

何重にも錠を掛けられた、何枚もの扉をくぐりながら、アンジェリカは白い眼を
ロッコに向けた。

「あるといえば、ある。無いと言えばない・・・今回はボクも胸が痛むよ。」
「なんだよそれ。」
「今回は、悪魔に取り付かれて、父親を殺した者の悪魔払いを頼まれた。」
「父親を?」

ロッコは鉄格子の前で立ち止まると、アンジェリカに向かい振り返った。

「父親を殺した、8歳の子供だ・・・。」

アンジェリカの眼の前、鉄格子の中には膝を抱えうつむく少年の姿が見えた。





「では、結界を・・・。」
ロッコは兵士に合図をすると、兵士たちは監獄の一番奥の
その部屋を黒い布で覆い尽くした。

「・・・少年よ、名を述べよ。」

少年はうつむいたまま、何も言葉を発しなかった。
薄暗い監獄の中でも分かる程、少年は体にいくつものアザや傷があり、ろくに治療もされていない様子だった。

「わたくしは、司祭のサリー・ロッコだ。話せるか?少年・・・。」
「・・・レイブン・・・。」
「レイブン・・・ボクは君の話を聞きにきた。お父さんを亡くしたそうだね。
さぞかし辛かっただろう・・・。」

アンジェリカは監獄の壁に寄りかかると、腕を組んで二人の様子を眺めた。

「・・・革命軍の英雄に会った。」
「英雄に、お父さんを殺せと言われたのか?」
「言われてない。」
「そうか、ではレイブン・・・君の意思で?」
「・・・そうだ。」

レイブンは顔を上げると、鉄格子の先に見えるロッコの顔を見つめた。

「悔い改め、再び神に忠誠を誓うか、レイブンよ。」
「いいえ。」

レイブンはどの言葉よりもはっきりと、拒否するその言葉を発した。

「ボクは取り憑かれていない!この国はおかしいんだ!司祭様!
ボクは神様への忠誠を忘れたことはない!
でもあの国王は嘘つきだ!国への忠誠が神への忠誠だなんて嘘だ!
国への忠誠がないと疑われた大勢の人を救うため・・・革命軍の人は国民が苦しめるのやめさせる為に
この国の未来の為にきたのに!」
「レイブン・・・君の意見はわかった。どうして、お父さんを殺した。」
「国軍に入れと言われた・・・。
ボクは革命軍に入りたかった、それを話したら・・・剣で・・・胸を刺された。
ボク・・・怖くなって。」
「レイブン・・・父より愛を感じたことはあるかい?」
「・・・うっ・・・うっ・・・ある。」
「悔いているか。」
「うっ・・・だけど・・・。」


「そうだ、おまえが親父を殺さなければ、おまえは殺されていたな。」
アンジェリカは顎をついと上げ、鉄格子の向こう側に話しかけた。

「ロッコ、その子を出してやれよ。」
「邪魔するなアンジー。」

ロッコは鉄格子を両手で掴むと、顔を近づけレイブンに声をひそめて話しかけ続けた。

「悔い改め・・・神への忠誠を誓うか?」
「いやです・・・そんなことしたら、ぼくは国軍に・・・入れられる!」
「そうしなければ命はないんだぞ!君がこんなところで死んで、君の意思はどうなる!」
「ボクは、革命軍なんだ!この国を救えるのは、革命軍だけなんだ!」
「レイブン・・・もっとこっちへ来なさい。」

レイブンは四つん這いになり、体を引きずるように鉄格子に近寄った。

「神への忠誠、すなわち国の忠誠ではない。君は国軍に入れられるだろう・・・だが、君の強い意志が
あれば逃げ延びられる!命をムダにしないでくれ・・・我々は皆神の子だ・・・君が命を落とせば、神はどれだけ悲しむだろうか・・・
いずれ来るべき時に自分の意思に背かず行動する君を、神は必ず許して下さる。」

「うーっ・・・うーっ!」

レイブンは泣きながら、その小さい手でロッコの手にしがみついた。

「父を殺したことは悔いているのであろう、ならば同じ過ちは二度と侵さないはずだ。
自分の意思のもと生き延びろ、若き戦士よ・・・。」

「・・・はい。」

「君に悪魔など、取り憑いてはいない。では訊こう・・・
神への忠誠を・・・誓うか?」
「・・・はい、司祭様。」

ロッコは鉄格子から腕を伸ばすと、鉄格子ごとレイブンを抱きしめ、汚れた手と顔を拭った。

そして立ち上がると、大きな声を張り上げた。

「悪魔は去った!結界を開けよ!」

兵士たちが勢いよく黒い布を取り去ると、昼の光が鉄格子の奥まで
伸びて来た。

「この少年は父親を殺した事実を認め、悔い改めこの国と神に忠誠を誓った。
神と天使ミカエルの御名のもと、悪魔は去りこの者に新たな道が開かれたことを宣誓する。」

ロッコは十字を切ると、アンジェリカの腕を引き
大股でその場を後にした。

「ちょ・・・なに急いでんだよ!」
「・・・耐えられん・・・。」
「はあ?」

監獄のいくつものドアをまたくぐり抜け、外へと出た。

その瞬間、アンジェリカの背後から何発もの銃声が響き渡った。



「・・・なんでだよ・・・。」
「アンジー、騒がないでくれ。」
「だって、おまえ今・・・。あの子に。」

ロッコはアンジェリカの腕を強く握ると、また歩き出した。

「ロッコ!おまえ・・・それでいいのかよ!」

アンジェリカは馬車の直前でロッコの手を振り払った。

「アンジー・・・現実はおまえが思っているほど甘くないんだ。」
「戦争を止められないのか?まだ始まってないじゃないか!今なら、戦争を止められるだろ?」
「アンジー、騒がないでくれ・・・早くこの島を離れよう。」

ロッコはアンジェリカを馬車へと押し込み、衛兵に声をかけた。

「どうしてあの子が殺されなくちゃならないんだ!」
「この国の決断だ・・・あまり大声を出すな。
こんなところを見せて、すまないと思っている。だがな、
これがこの世界の現実なんだ、多勢に立ち向かえば個々の生命など
儚いものなのだ・・・命も、心もどちらも助けようなど・・・」

「・・・わたしはこの国に残って戦争を止める!
こんなバカげたこと全部やめさせてやる!」
「やめろ!ここはおまえの留まるべき場所じゃない!」
「おまえやバカ親父みたいに、誰も救えないような・・・バカにわたしはなりたくないんだ!」
「ボクだって辛いんだ!どうしようもないんだ!」

ロッコは大きな涙の粒を流し、アンジェリカの胸ぐらを掴んだ。

睨みつけたロッコの顔に、昔の面影はなかった。
幼い頃、笑い合ったかつての親友の痛々しい涙に
アンジェリカはそれ以上発する言葉もなかった。

ロッコは、アンジェリカを席に座らせると、胸元から何かを取り出した。

「っ!それ・・・。」

「話がある、一緒にアラバスタまで来てくれ。」

「どうしておまえが!」

アンジェリカはロッコの右手をわしづかみにしたが、ロッコはすぐにそれを
胸元におさめた。

「おまえのパパから、ビアンカばあさんへ、そしてボクに渡されたものだ・・・。
詳細はアラバスタに着いてから話す。だから今は・・・おとなしくしていろ。」


アンジェリカは目を見開き、ロッコを乱暴に突き飛ばすと
馬車の外を見つめた。

小さく折り畳まれたその手紙の存在を忘れかけていた自分に
腹が立った。



なのに、ロッコは・・・




父を離れ、初めて見る世界は
狂気と憎悪に満ちあふれていた


それを知らされたアンジェリカは
ただずっと、十字のペンダントを握りしめた。




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