Chapter 14 : 優しい嘘


親子のスパーリングは日に日にエスカレートして行った。

ミホークはあの日以来、傷や打撲を負わなくなったものの
アンジェリカは生傷の耐えない毎日だった。


アンジェリカは苛立っていた。


ゾロの修行には立ち会わなくなり、島のはずれの湖で
クインと修行をするか、ペローナと城の中でクマシーを作るか
そうでもしないと、苛立ちを押さえられなかった。



夕食の席につけば、珍しくゾロは新聞を開いていた。
以前に比べ、汚らしい格好で現れることもなくなり、
それはそれでゾロの成長を感じさせる姿であった。

「海軍本部は新世界に移ったのか・・・。」
「・・・新元帥のことだ、戦力を大幅に新世界に移すのは当然だろう。」

ミホークはゴーストから夕食のメインディッシュを受け取りながら
ゾロの独り言に答えていた。

「よくわからねえが、海軍もえらい変わりようだな・・・。」

「半壊のマリンフォードを世に曝してしまって、連中も必死だ。」

変わらず、ミホークの対面に座るアンジェリカは、水を傾け
空を睨みつけるように、二人の会話を聞いていた。

やがて、食事が出そろいペローナが席につくと
ゾロは手を合わせた。

「いただきます。」

思えば、食事の前にご丁寧に一言言うのは、ゾロだけであった。

「あと1年だな、おまえらが集合するまで。」

ペローナはどこかしんみりと、ゾロに話しかける。

「ああ、シャボンディ諸島・・・。そして魚人島を通り、新世界へ入る。」

「どうしてだ?マリージョアは通らないのか?」

「おれたちは海賊だ、聖地の通行許可なんて降りる訳ねーだろ。それぐらい
おれだって分かってる。
たぶん、レイリーのおっさんが船で海底に行けるように加工してくれてる。
おれたちは、あの船で新世界に入るんだ。」

「冥王・・・シルバーズ・レイリーか。」

「マリンフォードでルフィと一緒だったところを見ると、おそらくもうシャボンディには
帰ってるだろう。まあ、船が無事ならいいんだがな・・・。」

アンジェリカの手に、少し力が入った。

ペローナはアンジェリカが少し震えているように感じた。


「ゴールDロジャーの右腕・・・まだ健在とは、驚いたもんだな。」

ミホークは少し口を拭い、ワインをグラスに注ぎ足した。

「おれは、るふぃのあにきが海賊王のむすこってほうがおろろきだよ。」

ゾロは口に詰め込んだものを飲み込む前にはむはむと喋る。




「パパ・・・、あの場にいたよね。」




アンジェリカの一言に、食卓は重い沈黙に包まれ
ペローナは背筋が凍り付く感覚を覚えた。



もう何ヶ月ぶりであっただろうか、
アンジェリカがミホークに話しかけるのは。


親子の会話の口火を切ったのは、アンジェリカだった。


「パパ・・・なんで、エースのこと助けなかったの?」

「アンジー、やめとけ。」

ペローナの弱々しい制止は、アンジェリカの耳には入らなかった。

「パパなら、エースのこと助けられたんじゃないの?違う?」

ミホークは何も答えず、食事を続けた。


「パパ、答えてよ。・・・答えろよ、じゃなきゃ・・・。」

アンジェリカは目に見て分かる程に、怒りに震えていた。

「じゃなきゃ・・・わたしが、エースを殺したことになる・・・。」

ミホークはぴたりと手を止めた。
ゆっくりと銀の食器を皿に置き、ワインに手を伸ばし
グラスを揺らした。

「おい、なんでおまえのせいになるんだよ!
火拳のエースは・・・。」


「わたしが、エースの命を削ったから。」


ミホークは目を見開くと、音を立ててグラスをテーブルに置いた。

「命を・・・削っただと?」

「・・・やっと口を開いたか。」


ミホークの震える口元を睨みつけたアンジェリカは、拳を握りしめた。



「火拳は・・・死ぬしか無かった。」

「・・・死ぬしかない人間なんて・・・どうして!?」

「おれがあの場にいようがいまいが、おまえがいようがいまいが、
どうしようもなかった。」

「なんでだよ!ゴールDロジャーの息子だからか?そんなのエースのせいじゃない!」

「だれの目にも明白だ、あの場所にいた人間ならなおさら、、、な。」

「嘘だ!パパは助けられた人間を助けなかったんだろ!わたしは聞こえてたんだ!」

「おまえに分かるはずもない!この話は二度とするな!」

「うるさい!だったら、人を殺したわたしはどうして堕天しないんだ!
消滅しないんだ!」

「やめろアンジー!火拳が死んだのはおまえのせいではない!
火拳は、自ら選んだ道の結果死んだのだ!」

「嘘だ!自殺だったら熾天使ミカエルがわざわざ迎えにくる訳がないだろ!
知ってるんだろ全部、答えろよ!」


思わず立ち上がっていたミホークは、ため息をつくとどさっと腰をおろした。


「火拳は死ぬしか無かった・・・それが答えだ。」

「納得できるわけが・・・ないだろ。」

アンジェリカは拳をテーブルに叩き付け、肩を震わせていた。

「いつもそうだ・・・わたしに嘘ばかり・・・。
そうやって、世界からわたしを隔離して・・・バカにしたみたいに・・・。」

ミホークは脚を組み、背をもたれた。

「聞いてるのか!このバカ親父!
おまえがずっとそうするなら、わたしは自分で探しに行く!」

「・・・それが、おまえの言いたかったことか。」


アンジェリカは目を血走らせ、まだ水の入ったグラスをミホークに投げつけた。
ミホークは避けるでも無く、そのグラスの水を顔面に食らった。


「ペローナ、来い!」


アンジェリカはそう言うと、ミホークを睨みつけ、部屋へと戻って行った。






「髪、切ってくれ。」
「えええ、こんなに長いのにい。」
「いいからさっさとやれ!」

アンジェリカの怒号は部屋に響き渡った。
デスクの椅子を部屋の真ん中に持ってくると、そこにあぐらをかいて座り
髪をバサバサと振りペローナがハサミを入れるのを待った。

「今なら遅くねえ、鷹の眼に謝ったほうがいい!」
「うるさい、わたしは出て行くんだ・・・もうあんなバカ親父
・・・会いたくない!」
「出て行くな!あたしだけになっちまうだろ!」
「ロロロアがいるだろう・・・。」
「あいつだって、1年後にはいなくなるんだ・・・。」

ペローナはアンジェリカの髪にハサミを当てながら、ホロホロと
寂しそうな声を出した。


「ほら、おわったら服とリュック出して、袋に詰めろ。」
「アンジー、行くなよお。」
「行くって決めたんだ、わたしは行く!」

アンジェリカは切りそろえられた髪をバサバサとふると、
クローゼットから服と出し、袋に詰め始めた。

「白・・・白・・・白・・・黒は全部置いて行く。」

「アンジー・・・」
「るせーな手伝えよ。」
「へぇえええええん!」

ペローナは泣きながらアンジェリカに飛びつくも、あっさりと振り払われた。


「よし・・・後は・・・。」
「アンジーが行くなら・・・あたしも一緒に行くぅ。」
「ダメだ、おまえはここでロロロアの世話でもしてろ。」

アンジェリカはデスクの引き出しを開けると、紙を取り出した。

「そして、おまえは・・・この手紙をバカ親父に渡せ。」
「手紙?」
「ああ、頼むぞ。」

アンジェリカはそう言うと、帽子を深くかぶり
刀と麻袋を抱え、窓から外に飛び降りた。

「アンジー!こら待て!」

ペローナも壁を抜け、アンジェリカを追いかけた。

小さな湾に着いたアンジェリカは、少し小さな声でジャックを呼んだ。

ジャックはひょこっと顔を出し、アンジェリカに嬉しそうに笑いかけた。


「ジャック、ここからはおまえとわたしだけだ。頼んだぞ、相棒!」
「アンジー!待てこら!」
「なんだよ、連れて行かねーよ。」

ペローナはアンジェリカに追いすがり、渡されていた手紙を開きながら
慌てた様子で大声を上げた。

「わかった、行くのはわかったけど・・・この手紙は書き直せ!」
「なんで?」
「こんなの手紙じゃねえだろ!」
「いいんだよ、それで。じゃあな、ペローナ。
ロロロアのこと・・・頼んだぞ。」


アンジェリカはジャックの腰のベルトに船を繋ぎ、船内に飛び込んだ。

「アンジー・・・。」

ペローナの悲しそうな顔は気になったが、アンジェリカは構わず船を出した。

ジャックと船はみるみるうちに、月に輝く海面を進んで行く。

「まずは、お祈りしに行こう・・・。ミカエルの大聖堂だ・・・
分かるよな?ジャック。」

ジャックは首を縦にふり、さらに気合いを入れて船を引いた。







「おう、どこ行ってたんだよ。」
「散歩だ。」
「いいのかよ、行っちまうぜ。」
「ああ、このくらい高い場所でなければ、見えんからな。」

古城の庭に、二人の剣士の影が伸びた。

「いいのか、こんな別れ方して。」
「どうせ止めても聞かん子だ・・・まったく。」
「複雑な事情があるみたいだな・・・アンジーにとって、ルフィの兄貴の死はよ。」
「・・・。」

ミホークは黙り込むと、屋根に座り込んだ。

「・・・真冬だというのに、あの子は風呂から上がろうものなら
裸で外まで飛び出しそうになった。
毎日毎日、追いかけさせられた。叱りつけても聞きもしない。
夜が更けても、寝ようとしないから本をよく読んでやった。
ことばの一つ一つに興味を持ちだして
逆におれが眠くなったもんだ。
読み書きも教えてやれば、楽しそうに勉強していた。
字が汚いのは今もなおらん。
おれが食うもの飲むものにはなんでも興味をもって、
口をつけては何度も泡を吹いていた。
子供と喧嘩をしたと言っては、甘えておれの影にかくれ、
よく謝りに行かされたもんだ。
おれがあの子のリュックに穴をあけてやったら、
あの子はおれの帽子に穴をあけた。
叱ればあの子は、その帽子に自分の羽を縫い付けた。

長いようで、あっという間だ。

感情のないあの子が、こんなに笑ったり、泣いたり、怒ったり・・・。

それが今では・・・父親失格だな。」

「ふふっ、ははははは!」

「うむ・・・感傷的になりすぎた。」

「いや、いいんだ。あんたも、人・・・なんだなと思えて。少し安心したぜ。」

「あの子の変化には気づいていたが、何もしてやれなかった。」

「ルフィの兄貴のことか?」

「ああ、命を削るとは・・・。
今更ながら、死んでいった火拳を恨みたくもなる・・・。」


ミホークは帽子を取ると、夜風に揺れるアンジェリカの羽を見つめた。


背後の満月の明かりはミホークの姿を影で隠し、
子の船出を見届ける父の後悔も涙をも隠した。

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