Chapter 13 : 始め


「アンジー・・・おまえはもっと、ゆっくり買い物を
楽しみたいって気にはならないのか?」

「ならねえ。ルイージ嫌いだもん。」

ペローナのための大量のココアに服に家具、
同居人の食料に酒に本をぎゅうぎゅうに詰め込んだ
船艇に乗り込んだペローナは新しいテディベアを抱きながらため息をついた。

「じゃあ、エオリオで済ませりゃいいじゃねーか。」
「エオリオも・・・行きたくない。」
「わがままー!!」
「おまえに言われたくねーよ!!」

クライガナに帰り、バチバチと火花を散らすミホークとヒヒ、ゾロを横目に
二人はキッチンへと駆け込んだ。

さっそくアンジェリカはココアを缶からぶちまけて
ペローナにネガティブホロウをくらった。

「甘くて、あったかくて、ああ・・・ここにくるまで
どれほどの月日をついやしたことか・・・。」

キッチンのスツールに二人で腰掛けると、ペローナは甘い香りのココアをすすった。

「そういやおまえ、なんで水しか飲まねえんだ?」

「パパが、ダメっていうし。気分悪くなるし。」

「なんでもそうやって、パパ、パパって。」

「しかたねえだろ、わたし・・・人間じゃないから。」

「あたしから見りゃ、おまえは人間だ。育て方は悪かったようだけどな。」

「・・・今思えば、ひどい扱いだったと思う。」

「そりゃそうだ、あの鷹の眼が『よーしよしよしよし、かわいいでちゅねー!』
とか言いながら子供を育てるわけがねえだろ。」

「馬洗うついでに洗われて、血が出るまで歯を磨かれ、
爪は毎日無くなっちゃうんじゃないかってほど切られ・・・。」

「ひええええええ!。」

「ケガしたって、つば付けとけって言われるだけ。
髪切ってって言えば、刈り上げられるし」

「ひええええ!大事な乙女の髪をおお!」

「乙女じゃ・・・ねェけど。」
「ナニ寂しいこと言ってんだ・・・ウソでもお前が乙女じゃなきゃ、
アタシはこんな場所で過ごしたくねえよ・・・。」

ペローナは立ち上がると、冷蔵庫から食料を取り出し鍋に火を掛け始めた。

アンジェリカはぼんやりとペローナの後ろ姿を眺めた。


「・・・女、か。」
「何か言ったか?」
「なあペローナ、お願いがあるんだけど・・・。」


やがて日がとっくり沈み、ヒヒたちは傷をさすりながら住処へと帰って行った。

ミホークはまっすぐにダイニングへ戻ると、いつもの席に腰を下ろした。
いつものとおり、お世辞にも見栄えの良くない料理が並べられて行く。
いつものとおり、全身泥だらけの汚いゾロがいる。
いつものとおり、ミホークの対面の席に・・・
いつものアンジェリカがいなかった。



「なんのつもりだ。」
「ペローナがしてくれたんだ。」


ミホークの対面に座るアンジェリカは、ペローナのように
髪を左右の高い位置に結わえられ、
小さなシルクハットを頭にちょこんと乗せ
レースがふんだんに使われたキャミソールに
パニエで膨らんだ何層もあるスカート、そして
ペローナと同じストライプのレギンスにブーツという召し物であった。


「ホロホロホロ、かわいいだろう。喜べ、鷹の眼。」

「ぎっ・・・あ、アンジーは・・・」
「アンジーは女の子だ。だれが何と言おうと女の子だ。」


ミホークは顔をゆがめると、眼を閉じてまずそうに食事を口にした。

ゾロはそんな親子の複雑なやりとりに興味も示さず、
がつがつと口に食べ物を放り込んでいく。

「このスカートかわいいな、このレギンスはなんか、
ぴたぴたして気持ち悪いけど。」

アンジェリカは文句を言いながらドカッとテーブルに足を組みあげる。

「足上げんな!かわいくねえ!」
「だってぴたぴたして気持ちわりいんだもん。」

アンジェリカは渋々、テーブルから脚を降ろすと
刀を二本持ち、舞踏場へと向かった。

ミホークもグラスのワインを飲み干すと、刀を背に通し
静かに舞踏場へと向かう。


言わずもがなこれより2時間、舞踏場は立ち入り禁止である。

「おい、最近、アンジーの様子おかしくないか?」
「ああ、力み過ぎだありゃあ・・・。」

相変わらず、ドアに耳を押し当てる二人は舞踏場から聞こえる
轟音とアンジェリカの叫び声に息をのんだ。


夜も更けたシッケアール王国の古城は、スパーリングとは度を超えた
何か不穏で血生臭い音と空気が取り巻いていた。
ゾロはドアに背を向け、座り直し目を閉じた。

あまりの揺れや衝撃に、ペローナも思わずドアから少し距離をとった。
城全体が揺れ、天井からは埃が落ちる。
シャンデリアは大きく揺れ動き、何本かのろうそくは
その明かりを消し煙を上げていた。

「おいペローナ・・・どのくらい経った。」
「もう・・・2時間以上。」

待てど待てど、ミホークもアンジェリカも姿を現すことは無かった。
不気味な沈黙の中、ドアの向こうから小さな声が響いた。

「ロロノア・・・そこにいるか・・・。」

がっと目を見開いたゾロは、舞踏場の扉を勢いよく開けた。
そこには、仰向けに倒れて血を流すミホークに
だらりと力なく、血の海にうつ伏せるアンジェリカの姿があった。

「ロロノア・・・水の樽だ、樽ごと持ってこい。」
ミホークは仰向けのままそう言うと、呼吸を整えるように大きく息を吸った。

「あ・・・ああ。」

ゾロはキッチンへと駆け出した。

「おい、おまえら・・・いくら修行だからって・・・
ここまですることねーじゃねえか!」

ペローナは倒れるアンジェリカに歩みよると、
力なく垂れ下がるアンジェリカの翼に触れた。

もうこの状況下で、同居人に翼を隠すなど不可能だった。

ミホークはむくりと起き上がると、アンジェリカを引きずりテラスへと運んだ。
ゾロから水を受け取ると、樽から豪快にアンジェリカに水をかけた

身体を持ち上げると、そのままテラスの物干に

「干すのかよー!!!!」

ゾロもペローナも目の前で行われている異常な出来事に舌を巻いた。

「ゴースト娘、乾いたら翼を梳かしてやってくれ。
おれはもう休む・・・。」

「まてよ、鷹の眼。」

「なんだ、ロロノア。」

「説明してくれてもいいんじゃねェか、このでっけー翼のこと・・・。」

「その必要は無い。アンジェリカは人間ではない、それだけだ。」


ミホークは少し脚をひきずりながら、テラスを後にした。


「けっ、ますます訳のわからん親子だ・・・まったく。」




少し生乾きのアンジェリカを引きずり、
ペローナはアンジェリカの部屋に戻った。

「おい、起きてんだろ?自分であるけよ!」
「まだちからはいんねえ・・・。」

ペローナはアンジェリカをベッドに寝かせると、
ミホークに渡された馬用のブラシを構えた。

「ほんとに、馬扱いなんだな・・・かわいそう。」

アンジェリカの長い髪を横に流すと、首の後ろにはタトゥーが現れる。
ペローナはそっとそのタトゥーに見入った。
アンジェリカはそれを隠すように、首を横に向けた。

「はやくしろー。」

ペローナはホロホロと笑いかけ、翼にブラシをあてた。
ブラシがくすぐるたびに、アンジェリカはふふふと鼻を鳴らすようにわらった。

「馬だな。」

ペローナもあきれたように、ホロホロホロと笑った。

ペローナがベッドから立ち上がると、元気になったアンジェリカは起き上がって
抜け落ちた羽を集めはじめた。

「何してんだ?おまえ。」
「選んでるんだ。」
「へ?」
「きれいなの、パパにあげるんだ。」
「あげるって・・・なんで。」
「パパの帽子の飾り。」

アンジェリカは羽を数本選び出すと、小さなビロードの袋に詰めた。

「あとはペローナにやるよ。これでぬいぐるみ作ればいい。」
「わぁ・・・。きもちいい!もふもふのクマシーが作れる・・・!」

ペローナはベッドに散らばる羽にほおずりした。

ペローナの視線の先には、じっと外を見つめるアンジェリカの姿があった。

女のような顔立ちだが、身体は女性とも男性ともつかない。
贅肉のない、か細くも筋肉質でふくらみのない胸は男性の様だし、
いかるような肩でなく、滑らかなその肌は女性の様でもあった。

「女じゃ・・・ねえだろ、わたし。」

アンジェリカはペローナの視線に気づいたのか、ぽろりと言葉を漏らした。

「何いってんだ、おまえは・・・」

「入るぜ。」

ペローナの言葉を遮るように、ゾロがづかづかと部屋に入ってくる。

「アンジー・・・今日、中で何があった。」
「パパは機嫌が悪かっただけさ、わたしが女みたいな
格好するのが嫌いなんだろ。」

ゾロは大きなため息をつくと、腕を組みベッドの横にどかっと座り込んだ。


「・・・なあ、ゾロ。おまえ、麦わらの一味なんだろ。」

「ああ、そうだ。」

「アラバスタで・・・エースはおまえらに会ったと言っていた。」

「あん?おまえ、ルフィの兄貴を知ってんのか?」

「ああ・・・知ってる。」

「そうだったのか・・・。」

「エースは、わたしに自由に生きていいって・・・だったらわたしは
人間の女になりたかった。」

「アンジー・・・おまえ。」

「戦士なんかやめて、エースが来るのを待っていたかった・・・。
だけどパパは・・・。」

「ルフィの兄貴は、おまえが女だと思ったから・・・そう言ったと思うのか?」

アンジェリカは窓の外を見つめたまま、ゆっくりとペローナに寄りかかった。

「アンジー、男だから、女だから・・・そうやって悩むヤツを
おれは下らねえとは思っちゃ居ねえ。」

アンジェリカは横を向き、ゾロの横顔を眺めた。

「強くなりてえ・・・その気持ちに男も女もねえじゃねえか。
そんなことを言い出したらよ、おまえの努力も、時間も全部ムダになる。
これ以上・・・先にはいけなくなるぜ。」

ゾロは立ち上がると、ベッドの羽を舞い上げるように歩き出した。

「アンジー、こんなところで立ち止まるなよ・・・。」

ゾロの後ろ姿を眺めながら、アンジェリカはペローナの肩に頭をのせた。

「ふん、あまえんぼ!」

ペローナはホロホロと笑いながら、羽をひとつひとつ拾い上げた。


クライガナの深い闇夜は、明かりの灯る3階の部屋を見つめるように包み込んだ。
ときおりホロホロホロ、と笑い声が響く。


「ペローナ、ロロロアのこと好きなの?」
「嫌いだ!」
「それ、好きってことだと思うぞ。」
「うるさーーーーい!。」
「はは・・・悪いことじゃないだろ。
わたしだって、エースが好きってこと・・・悪いことじゃないって
気がしてきたし・・・。」
「なんだよ、しみったれたこと言ってんじゃねーよ。」
「ペローナは、悔いの無いように生きるんだぞ。」
「ホロホロホロ、何言ってんだか・・・。」

包帯だらけの天使は、そのゴーストプリンセスの声を聴きながら
ゆっくりと眼を閉じた。



日はまた上る。

渡り鳥がクライガナの森から飛び立つ季節になった。
島の墓地に現れたミホークとアンジェリカは、十字架の前に並んで腰を降ろす。

ヒヒたちに囲まれたゾロとクインは向かい合って立っていた。


「構え。」

ゾロはそっと眼を閉じ、刀を噛み締めた。

「はじめ!」

15分一本勝負。

ゾロは見事にクインを打ち崩した。

「・・・クインの反応の遅さを利用した部分は褒めよう。だが、その分おまえの
パワーも加減し過ぎだ。本来ならば、最初の一撃はかわさずに受け止め、反動を
持って斬り返すことが正解だ。」
「・・・ああ。」
「おまえのふざけた技など、おずおずと待ってくれる敵はいない。
勝敗の分かれ目は常に一瞬だ。その隙間が見えなければ、
勝つことはできない。いいな。」

ミホークは腕を組んだまま、ゾロに向かって教えを説いた。

アンジェリカはそんなミホークを横目で見やると、フッと鼻をならした。

立ち上がると、何も言わずにその場を後にした。

「おい、どこ行く!次はおまえだ。」

ゾロは肩で息をしながら、横を通り過ぎるアンジェリカに言い放った。

「つまらん。帰る。」

「・・・何拗ねてんだよ、おい!」

アンジェリカは振り返ることも無く、森の中に消えて行った。

「しかたあるまい・・・。」

ミホークは立ち上がると、黒刀を抜いた。

「なんでだ?」
「・・・おまえが羨ましいんだろう。」
「は?」

「おれが相手だ、ロロノア。」

ゾロは手ぬぐいを頭に巻き直すと、刀をまたギリリと噛んだ。






「なんだ、もう帰ってきたのか?」

テラスでココアをすする、ペローナの横のチェアに寝転んだアンジェリカは
不満げな顔のまま、重たい本を開いた。

「負けたのか?」

「るせー、気が散る。」

「低い声を出すな!かわいくねー!」

その重たい本をお腹に乗せてひらくと、にわかに潮の香りがする気がした。

「神の意思は、受け継がれた・・・。」



本の一節をなぞると、むかし、耳元で聞こえていた父の声が聞こえる気がした。



アンジェリカはページをめくりながら、
その日が帰ってくることを願っていた。



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