どろどろに溶かしてしまいたい

自慢じゃないが、私の恋人はとてもかっこいい。身長もすごく高いし、身体は仕事柄とっても引き締まっていて脱ぐとすごい。そして誰に対しても…あ、一人を除いて、とても物腰柔らかで優しいし気遣いができる。そしてとてもグルメで美味しいお店を熟知してるからデートに連れて行ってもらうときはいつも美味しいご飯を食べている。料理も上手でデートに行かなくても美味しいご飯を食べさせてくれるし、綺麗好きだから家は常にピカピカだ。本当に非の打ち所がない恋人とはまさに私の彼のことを言うのだと思う。



「で、それがなんでそんなに落ち込むことになるんだ」


ビールがなみなみ入ったジョッキをぐい、と煽って半分くらいまで一気飲みする学生時代からの先輩に泣きついた。完璧な恋人がいるのにそれに釣り合わないあまりの自分の不甲斐なさが嫌になる。


「うう、硝子せんぱ〜い…」
「七海はいい男だ。呪術師に珍しいまともな男だ」
「そうなんです!ほら、ゴのつく全身真っ黒の軽薄の塊みたいな先輩を筆頭にまともな人ってほとんどいないじゃないですかあ!」
「そうだな、あいつはまともじゃない。だがゴキブリみたいにいうのはやめてやれ」
「やだなあ、そんなこと思ってないです」


思わず五条先輩がカサカサと地面を這ってるところを想像して口に含んでいたビールを吹き出しそうになった。違う違う、今日はあんな先輩の話をしにきたんじゃない。話を戻そう。


「私、何もできないんです…」
「……は?」
「私、お掃除するの苦手だし、料理なんてもう学生時代の調理実習からやったことないし、ゴミ捨ての日も覚えられないし、買ってきたペットボトルの飲み物もすぐに冷蔵庫に入れずにリビングに放置しちゃって腐らせちゃう女なんです…!」
「ほう」
「寮に入ってからは虫とか出たら迷惑かけちゃうと思って気をつけてたんですけど、ご飯と掃除は寮母さんがやってくれてたし、建人くんとお付き合いするときに高専の職員寮から出てすぐ同棲が始まったせいで、私家事がわかんなくて、建人くん全部家事一人でやってるんです…私あの家で息してるだけなんですうう」



思わずダンッとジョッキを机に叩きつけて項垂れる。建人くんは私がやろうとする前に掃除も料理も後片付けも洗濯も全てやってくれる。彼だって一級術師として前線に立ってめちゃくちゃ忙しいはずなのに。
ついこの間、そんな建人くんに代わって食器洗いをしようとして、食べ終わったお皿をシンクに持っていく時に沢山食器を積み上げすぎちゃって全部床に落として全部割れた。それを見てた建人くんが危ないからと言って私を割れた食器から遠ざけて全部一人で片付けてしまったのだ。余計な仕事を増やした上に恥を露呈しただけの私に「怪我はありませんか?なまえは苦手なことをする必要はないです。私が全てやりますので」なんて言って頭を撫でてくれて思わず泣いた。こんな何もできないダメな彼女いつか捨てられる。そう思って硝子先輩に相談した次第だ。
そして彼はいつ寝てるのだろう?少なくとも私はもうお付き合いが始まって数年経つけど彼の寝顔を見たことがない。
明日こそ建人くんより早起きするぞ!と意気込んでも淡白そうにみえて結構激しい夜の生活のおかげで爆睡決め込んでしまって結局彼より先に起きれた試しがない。


「七海がそれでいいならいいんじゃないのか、ホラ世話好きなんだろ」
「私も、建人くんには家でぐらい安らいで欲しいんですよお、疲れて帰ってきたあとに私の世話ばっかりしてなあにが楽しいんですかあ」


思ったより酔いが回っていたらしく、視界がぐるぐるしてきた。相変わらず硝子先輩の顔色は変わらないし酔っているのは私だけ。さすがに硝子先輩に迷惑をかけるわけにはいかないとお水を注文しておく。
だけど、迫る眠気に抗えなくてどんどん瞼が下がって視界が狭まっていく。あーやばい、寝ちゃいそう…
硝子先輩、ごめんなさい、十分したら起こしてください、と聞こえているわからなかったけど今にも落ちてしまいそうな意識の中でお願いして眠りについた。



ゆらゆら、と揺れる感覚にぼう、っとする意識が揺り起こされた。いつもお風呂に入った後に建人くんがつけている上品なオーデコロンの香りが鼻腔をくすぐって安心する。あれ?そう言えば私、硝子先輩と飲んでたんじゃなかったっけ?それで、寝ちゃって、あれ…??
ゆっくり意識が覚醒してビク!と体が跳ねた。宙に浮いている。いつものスーツではなく、お部屋で着ているような少しラフな格好をした建人くんが私を背負っている。髪もよく見ればいつものように整髪料で撫でつけられた様子はなく自然に下りている。というか、いつも見慣れた大きな背中に全体重を預けていたという事実にサァ、と全身の血液がどこかに引いていくのではという感覚にカタカタと手先が震える。
なんで、私建人くんにおぶられてるの…!?今日任務じゃなかったっけ…?!


「起きましたか」
「けっ、けけ、建人くんなんで…!」
「家入さんから連絡を受けました。あなたが今日家入さんと飲みに行くことは聞いていたので」
「お、お風呂入った後じゃなかったの?!」
「?ええ、ですが酔って帰れなくなった恋人を迎えに行くのは当然では?」


やってしまった…。私は家事負担を任せるだけでなく仕事帰りのリラックスタイムまで邪魔してしまったらしい。あまりの不甲斐なさにぐるぐると思考が回りまだ酔っていたのかすぐに涙が溢れてくる。
ちょうど一緒に住んでいるマンションに入ったところでエレベーターに乗り込む建人くんの首元にぎゅっとしがみついた。


「?なまえ?」
「うう、何もできない彼女でごめんなさいい」
「……はい?」
「建人くん、嫌いにならないで」


建人くんがわずかに私の方に顔を傾けた気配がするけど私は首元に埋めた情けない顔を見られたくなくてさらにぎゅう、としがみつく。絶妙なタイミングでエレベーターは目的階に辿り着いたのか扉が開く音が聞こえた。


ゆっくりと動き始めた建人くんにしがみついたまま、特にどちらも何を言うでもなく見慣れた部屋までの廊下を建人くんが歩いていく。振動がこちらに伝わらないような歩き方をする建人くんの優しさが伝わって好きという気持ちが胸に溢れてきた。



「なまえ、おろしますよ」


玄関に着くなり玄関マットにゆっくり下ろされ、履いていたパンプスを丁寧に脱がせてくれるその様がまるで王子様のようにしか見えなくて心臓がバクバクと大きな音を鳴らす。やだ、やめて、これ以上好きにさせないでよ。パンプスを脱ぎ終わったのだから、もう自分で立てるのに今度は膝と腰に腕を回して横抱きにされ、連れて行かれたのは寝室だった。ゆっくりスプリングの効いたベッドに降ろされて頬に手を添えられる。建人くんは困ったように眉を下げていた。


「私があなたを嫌いになるとでも?」
「だって、わたし家事できないし、忙しい建人くんのサポート全然できてないしむしろ迷惑かけてるから…」
「ハァ……」
「ごめんなさい…頑張るから、できるようになるから嫌わないで」
「いえ、今のため息はそういう意味ではありません」
「…どういう意味?」
「私があなたをどれだけ愛しているかが伝わっていなかったことへのため息です」
「あ、あい…?!」
「私はあなたが家事をできなくて嫌だと思ったことはありません。むしろ私の作る料理で美味しそうにしているあなたを見るのが好きですし、私が掃除をした部屋で暮らす貴方を見ていると安心します。私の洗濯する服を着て出ていくことに優越感さえ覚えます。」
「え?え、え?」
「私はあなたが思っているよりあなたのことを深く愛しています」


真っ直ぐ私を見つめる双眸はいつもの仕事中の鋭い目つきではなくて優しく目尻を下げさせていて思わず視線を逸らした。本当に愛おしいと思ってくれているようなその目線をずっと見続けられなかった。あまりにも照れ臭くて。


「なまえ、目を逸らさないでください」


顔ごと逸らした視線を顎を掬われて元に戻される。先ほどより近くなった建人くんの綺麗な顔が眼前に迫っていてどこをみればいいのかわからなくてぐるぐる視界が回った。



「ふふ、本当に可愛い人ですね」
「あ、だめ、見ないで、はずかし…」
「駄目です。私の愛をわからない人にはこれからきちんとわからせないといけませんから」
「え!ちょっとまって!私まだお風呂入ってないから!」
「大丈夫ですよ、この後もう一度入らないといけませんから。今日はお風呂のお世話もきっちりしてあげます」



そう言って口づけられながらベッドに沈んだ私は建人くんの言う通りお風呂に一人で入れないほどクタクタになってしまって宣言通りお風呂まできっちりお世話された。悩みは結局解決できなかったし相変わらず面倒しかかけていないけど、一緒にベッドに潜り込んだ建人くんがとても満足そうに笑っているので建人くんがいいならそれでいっか、とわたしも開き直ることにした。








こみー様、企画へのご参加ありがとうございました。せっかくリクエストをくださったにも関わらず、前サイトにてサーバーダウンが発生したため移転するなどご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。無事新サイトにたどり着いてくださっているといいのですが…。
七海100%の夢を書くのが初めてで不安だったのですがご満足いただけると幸いです…!お任せということで私の理想の七海を詰め込ませて頂きました(笑)
私の予想では七海は恋人にはデロデロに甘いと思います。今回はリクエストくださりありがとうございました!今後とも驟雨をよろしくお願いいたします。


prev next