輝くアイスブルー

ずーずー、季節限定の果物がふんだんに入った某コーヒーショップの目玉商品をストローで啜りながらなまえは珍しく普段のチャイナ服ではなく、腕からデコルテまでがチュール素材をふんわりと纏い、ボディラインはベロア素材で仕立ててあるワンピースを着ながら脚の長いバーチェアに乗せた足を行儀悪くぶらぶらと揺らしていた。
カウンターテーブルに無造作に置かれた大きな紙袋にはいつものチャイナ服が丁寧に畳まれて大人しくしている。


「なまえのそれ、うまい?」


なまえの隣に腰掛ける五条は、同じくいつもの真っ黒の制服とは違いTシャツの上からゆるいカーディガンを羽織った私服姿で、トップスのフロント側だけボトムにインしているせいでただでさえ長い脚がさらに強調されているー、季節限定のなまえの持つそれとは違うフレイバーを啜る五条はバーチェアの上で組む恐ろしく長い脚を地につけながら横に座るなまえに向かい合い尋ねる。


「ん?ん。おいしいよ」
「一口ちょーだい」
「やだ」
「俺のも一口やるから」


一瞬考える素振りをしてストローから口を離したなまえはそのままストローを五条の口元に運ぶ。それを満足そうに受け入れた五条は自分のそれもなまえの口元に運んだ。ちゅー、と吸ったそれは自分が選んだそれよりも少しばかり酸味が強く、しかし混ざったクリームが甘味を最後に口の中に残していく良い塩梅の仕上がりになっていた。


「うまいな」
「んー、」
「ちょ、おまどんだけ飲むんだよ。一口つったろ?!」


ずぞぞぞぞぞ、ストローを高速で上がっていく潰れた果実たちは窄めたなまえの口の中へ押し込まれていく。全てを吸われてしまう前にとプラスチックのカップを引き抜こうとするも吸引力をさらに上げたなまえの方がコンマ数秒早かった。ちゅぽ、となまえの唇から離れたストローは中途半端にクリームが残るカップの中でコロコロと転がる。


「あー!全部飲みやがった…!」
「こっちの方が好きだった」
「じゃあお前のよこせ」
「やぁだ」


ずぞぞぞぞ。再び下品な音を立ててなまえはカップに残る甘いドリンクを今度はクリームを中途半端に残すことなく吸い上げた。不満そうに口を尖らせた五条の顔を見てにひひ、と笑ってテーブル上に置かれたつばの広がる帽子を手に取り、ショートブーツの踵を鳴らしながら立ち上がる。


「むー、この服動きにくい。やっぱ制服でいいじゃん」
「せっかく買ったんだし着ろよ。こういう時に着ないとお前ずっとチャイナしか着てないじゃん。」
「いいじゃん。可動域広いし動きやすいんだよ?」
「あーあー。今日は呪霊がいても呪詛師がいても俺が全部なんとかするからお前は動かなくていーの」
「せめてパンツが良かったなあこのスカート脹脛までピタッとしてて歩きにくい」
「お前がちょこちょこ歩いてんのが可愛いんでしょ?オフ被るなんて滅多にないんだし俺が可愛いと思う服着ててよ」
「ふむ…そういうもん?」
「そういうもん」


五条は着ていたカーディガンを脱ぐとチュール素材で透けるなまえの肩にかけ、両手に掴まれていた帽子を取り上げて目深に被らせる。「もう夕暮れだけど一応な」という五条になまえは小さく頷いた。テーブルに置かれた紙袋を無造作に掴むとなまえの手を引いて空になったカップを器用にゴミ箱に放り込んだ。


「さ、デートの続きしよ」
「デート。美味しいもの食べる」


なまえの言葉に苦笑する。そういやデート=美味いものを食うって言ったっけ、とついこの間の京都でのデートを思い出していた。


「美味いものもいいけど、買い物しよう」
「?これ買ったよ?」
「他にも。俺なまえのいろんな服見たい」
「じゃあ次はパンツがいい」
「俺ねー女の子のスキニーパンツ好き。今みたいなタイトスカートはもっと好き」
「……尻フェチ?」
「こーウェストラインからケツのラインのウェーブがいいよな」
「……私はともかく五条はなんでも似合いそうだよね」


みて、ピンクのシャツとかヤバくない?とハンガーにかかるオーバーサイズのシャツは確かにパステル調の淡いピンク色が特徴的で、なかなか普通の感覚では選ばないだろうなというものだった。


「それ、いいな」


ちょうど着ていたカーディガンがなまえの肩に移動したところだった。Tシャツの上からそれを羽織って店内のあちこちに設置された全身鏡のうちの一つをチェックしてにんまり笑って目深に被るなまえの帽子をひょいと奪い取った。


「なまえの髪とお揃い」


目を丸くして驚いた様子のなまえの視線が五条に羽織られるピンクのシャツに移動する。乱暴に奪われた帽子のせいで一房だらりと眼前に垂れる自分の髪の色が視界に入ってぶわわと血液が沸騰するのを感じる。


「そういうつもりじゃ…!」
「珍し。なまえでも照れるんだな」


きょろきょろと歩き回りながらアクセサリーを物色する五条はショーケースに仕舞われた一点に眼が止まり近くの店員を呼び寄せた。


「これ見せてもらっていい?」
「かしこまりました」


プラチナに嵌められたピラミッドカットされたブルートパーズが上品に輝くイヤリングをなまえの耳にかけて乱れた髪を撫で付け満足そうに微笑む。お似合いですよ、と女性店員は愛想良くなまえと五条に視線を送った。


「え。何」
「じゃシャツとこれそのま着けてくんで」


あれよあれよと言う間にさらさらと進んでいくやりとりになまえはついに閉口した。どうやら本格的に今日は五条のやりたいようにことが進むらしい。口を出すだけ無駄だなと嵌められたばかりのイヤリングを指でなぞり、鏡に映る自分を見て驚愕した。まるで誰かの瞳のような色ではないか。なまえの胸のあたりにむずむずした何かが広がっていく。自分の耳にひっついているそれよりも輝くアイスブルーを見上げていれば、会計が済むなりピンクから伸びる大きな手に自分の手が攫われていく。こちらを見つめる五条の顔がやけに優しくてショップの照明が当たる五条がキラキラと光って見える気がした。ドクン、と心臓が変な音を立てる。


「(あれ…?五条って、こんな顔だったっけ…?)」


ドアマンが開ける扉から出てみれば先程までわずかに残っていた茜色が迫り来る夜と混ざり合い薄闇が空に広がっていた。輝く太陽が沈んだはずなのになまえにはまだ白い男がチカチカと光って見えた。


「お、もう夜か。何食いたい?」
「……んー焼肉!」
「マジかお前その格好で焼肉行くの?」
「うん」
「……頬が溶ける肉食わしてやるよ」


頬が溶ける?どんな肉?ー繋いでいただけのはずの手はいつの間にか指が絡み合っていたが、あっという間に肉のことしか頭になくなってしまったなまえは、気にした様子なくされるがままにしていた。





△▼

夜も更けてから異性の先輩が一人で高専から出ようとしているところを見かけて、共にいた同期が声をかけた。どうやらコンビニに行くらしく、正義感を働かせた灰原がお供します!と言うのでまあ確かに術師とはいえ非戦闘員の彼女を暗い夜道一人で歩かせるわけにはいかない。お礼に、といただいたアイスを頬張りながら高専までの道を歩いていると、きゃあきゃあとはしゃぐ見知った声がどこからか聞こえた。隣の灰原が「あ、五条さんとなまえさん!」と言うのと家入さんが「帰ってきたんだ」と言うのがほぼ同時だった。
灰原と家入さんの視線の先を辿れば普段とは異なる装いの二人が興奮した様子で手を繋いで歩いていたので珍しくオフでもかぶったのだろうか、とそれくらいの感想が頭を占めた。こちらに気づいたらしいなまえさんが大きく手を振っている。


「みんなただいまー」
「わ、なまえさんも五条さんも素敵ですね」
「ほんとだなまえのワンピース可愛いじゃん。五条ピンクウケんだけど」
「なまえが選んでくれたー」
「え?!あれ選んだうちに入る?!」
「私の髪とおそろいだねって言ってたじゃん」
「言ってなくない?!?!」


なるほど確かに五条さんが着ている着る人を選ぶだろう淡いピンク色はなまえさんの髪の色のようだった。わーわーと喚く彼女の髪色に視線が行ったところで彼女の耳元で淡く光る石が目に入って五条さんは意外と嫉妬深いのだな、とまあ明日には忘れてしまいそうな感想を抱く。


「はあ、さっさとくっつけよマジで」


呆れた様子でぼそり、家入さんの口からこぼれたそれに思わず目を見開く。自分が一年の頃からこの二人の仲睦まじげな光景は数知れず目撃してきたからこそその言葉が信じられない。絡められた指、なまえさんを揶揄うように笑う五条さんの優しげな視線。さらには互いのパーソナルカラーを取り入れたようなファッション。誰がどう見たって恋人同士にしか見えない。

 
「高専七不思議のうちの一つだな」


残りの六つは何なんだろう、と思わないではなかったが、こくりと一つ頷いておくことにした。




みりぃ様、今回は企画へのご参加ありがとうございました!
長編番外編をリクエストくださりありがとうございます!お買い物デートシチュエーションを書く機会がなかったので楽しく書かせていただきました。素敵なリクエストをありがとうございます。これからも闇い夜に煌めくはをよろしくお願いします!


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