僕の推しと1/8の推し

素朴な疑問をここに提示させていただいてもいいだろうか。
なまえちゃん、なんでこんなに可愛いの?
あ、急にそんなこと聞かれても困る?なまえちゃんが可愛いのは世界の常識だから理由なんて説明できない??うん、うん、よくわかってるね君。僕もそう思うよ。ー朝から僕に寄り添うように寝ているなまえちゃんのせいでまた意識が他所に行ってしまって脳内で誰かと会話しちゃったよ。


広いベッドにはそれぞれ体を広げるスペースがあるっていうのに、なまえちゃんは朝起きる頃にはいつもしがみつくように寄り添ってくるのが可愛すぎて死ねる。いつも左側に寝る僕の方に寄ってきているから右側はがらんとスペースが不自然に空いていて彼女の寝返りの跡なのか少しシーツが寄っていることにさえ愛おしさを感じてしまう。末期だ。
一緒に同じベッドに寝るようになって毎朝感じるこの幸せにもうなかったころには戻れないなと横向きに寝ている彼女の顔にかかる髪を起こさないように気をつけながら耳にかける。起きてる時とは違い少し幼く感じる寝顔を見ていると胸がホワホワしてくる。


そんな幸せ時間をぶち壊してくれたのはスマホのリマインダー。寝ている彼女を起こさないよう通知音が聞こえた瞬間にスマホを手に取ってサイレントモードに切り替えると、二件の通知が来ていた。一つは任務を知らせる時間でそろそろマンション下につく伊地知から連絡がきそうな時間だった。もうちょっとなまえちゃんの寝顔堪能する時間あっても良くない?僕のささやかなお願い聞いてくれたってよくない?あー、任務行きたくない。ずっとなまえちゃん見てたい。なんで任務いかなきゃいけないの?どんだけ人手少ないの?週休一日は欲しいよね最低。そんなことを考えながらもう一件のリマインダーを確認すれば『荷物』の文字。ーはて?ネットか何かで注文でもしていただろうか。両頬を人差し指と親指で摘みながら考えたーところで伊地知から電話が入る。ーチッ。仕方なしに音を立てないように寝室を出ようとすればしがみついていた腕がなくなったせいか彼女が目を覚ましたらしい。ぼうっとしながらこちらを見ていて、瞼が緩慢に瞬きを繰り返す。


「ん、おしごと?」


少し舌足らずで掠れた声を出したなまえちゃんはまだ眠気眼でいつもの半分も目が開いていない。頭を撫でると気持ちよさそうに目を閉じた。はぁー可愛い。癒されるう〜〜。


「ごめんね、起こした?」


ディスプレイに表示された画面を薄く開いた目で確認したなまえちゃんも起きることにしたらしく僕がベッドから立ち上がるのと一緒に毛布からもそもそと出てきた。髪が乱れたままぼうっとした様子でこちらを見ているなまえちゃんの可愛さたるや。うっ…きゅんで胸が痛い…っ。
僕を殺しにかかってるとしか思えないなまえちゃんを観察していればいつの間にか伊地知からの電話は一度着信が切れて少しの沈黙ののちに再びディスプレイが光り始めてため息を漏らす。
そんな僕の様子を見てすっかり目が覚めてしまったのか苦笑したなまえちゃんが「早く電話でなよ」と言うので仕方なしに電話に出る。不機嫌を全面に、え?任務?知らないよ?なんて言いながら出てやればしどろもどろになる伊地知。僕となまえちゃんの甘ぁあい朝を邪魔する伊地知が悪いよ絶対今日はあと五時間はなまえちゃんと戯れてからじゃないと任務いかないから。今決めたから。


「悟、お仕事いかなきゃ」
「ヤダヤダ絶対行かない」
『……五条さん……』
「ほら、お見送りしてあげるから」


なまえちゃんがあざとく唇を突き出しながら華奢な人差し指でそれを強調する。寝起きのそのセクシーさにズガーンと雷でも頭上に落ちたような衝撃で思わず手に持つスマホを落としてしまう。床から伊地知の困惑した様子の声が聞こえる。


「ディスプレイ割れなかった?」
「う、うん…大丈夫…」
「ほら、早く準備しよう?」


「お見送り」につられた僕は泣く泣く任務の準備をすることにした。電話向こうの伊地知はあからさまにホッとした様子でムカつく。


「なまえちゃん、できるだけ早く帰ってくるね」
「ふふ、うん。行ってらっしゃい」


背伸びしたなまえちゃんが肩に手を置いたのを合図に少し屈んで顔を寄せ合う。ほっぺにちゅ、と触れるだけのキスを送ってくれたことに満足して家を出ようとして玄関に手をかけたところでさっきから頭の中に引っかかっていた重要なことを思い出した。


「そうだ!今日なまえちゃんの荷物くるんだ!」
「え?」
「なまえちゃんに似合うと思って新しいルームウェア買ったんだよね!受け取ったら開封して着たとこ僕に写真送って


きゅるんとぶりっ子ポーズでお願いすれば思いっきり顔を顰めさすなまえちゃん。そんな顔まで可愛いなんて罪深い……それよりルームウェアを着たなまえちゃんを想像するだけで気分が高まる。「おかえりなさい、悟」なんて出迎えてくれるところまで妄想してみる。ーヤバ。僕今晩帰ってきたら死ぬかも。


「ええーもういいのに…」
「写真送るっていうまで僕仕事行かないけどどうする?」
「はあ、わかりました!ほら行ってらっしゃい!」


背中をポンと押されて外に放り出される。あー、推しが家にいる生活、最高だな。




△▼

遠方とまでは言わないまでも、決して近くはない場所での任務を終え、学生の様子を見に高専に戻るべく伊地知の運転する車に乗り込んだ時にスマホに一件の通知が入ってなまえちゃんかな?とあたりをつければなまえちゃんの使っていないメールアプリの通知だった。『商品お届けのご連絡』という文字を見てああ!なまえちゃんのルームウェアか!と思い出してメールを開けて驚愕した。それはつい最近までの僕にとっては日課となっていた新商品がないかチェックしていた例のアニメの公式グッズサイトからのメールで、とうの昔に予約していた受注生産型のなまえちゃん1/8スケールのフィギュアが今日家に届くという通知だった。潜入パーティ仕様でキャラクターそれぞれがドレスアップしたシリーズだったそれはなまえちゃんの御御足とおっぱいが堪能できる代物となっていて、何も考えずに手が勝手にポチったことを思い出す。わー、やっぱりこれすんごいディティールこだわってるなー早く実物見たいーって違うだろ!!なんなら実物いつも目の前にいるよ!!スマホに映るなまえちゃんのフィギュアを見て全身の血の気が引いていく。
さすがに僕が推してたことはもう知っている彼女だけど、自分のフィギュア持たれてるってどうなんだ?しかも僕今朝彼女に荷物開けて確認しといてとかなんとか言ってなかった?!やばい。このままでは彼女にフィギュアを見られてしまう。このパーティドレス着たなまえちゃんを買ったことを知られてしまうッー!



「あばっばばばばば」
「?ご、五条さん?どうされました」
「伊地知ィ!今すぐ!僕の!家!行って!!!!!」
「えっ高専は…」
「後回し!!!!!」


配達番号を宅配会社のサイトに入力して、まだ自宅に到着していないことにホッとしつつ頼むから間に合ってくれと久しぶりに手に汗をかいた。







マンションに到着するなりコンシェルジュが何やら言いたげだったが今は構っていられないと素通りしようとすればすぐに察して弁えて下がっていく。焦る気持ちが祟ったのかいつもより派手な音を立てて玄関を開けてしまった。リビングから驚いた様子のなまえちゃんが出てきて「もう帰ってきたの?早いね」とニコニコしている様子を見て冷や汗が流れる。


「に、荷物ってもうきた?」
「ああ、朝言ってたの?まだよ?まさか悟ルームウェア着たところ見たくて早く帰ってきたの?」


クスクスと笑っているなまえちゃんの様子に心底安堵した。間に合ったーーーー。
「や、まだ仕事あるんだよね」
ふー、と一息ついていればきょとんとしたなまえちゃんがお茶でも飲む?と冷蔵庫を開けるので荷物が来るまでは待機していたいし肯首した。

しばらくするとコンシェルジュが荷物を届けにやってきて、そうだ、コンシェルジュに連絡して上に持って行かないようにすればよかったんじゃないかと自分の慌てぶりに笑ってしまった。
二つの小箱を見てなまえちゃんは首を傾げていたが、これは僕のと言ってなまえちゃんのフィギュアは回収し、ルームウェアの入った小包を手渡す。


「着替えてきて。それ見たらもう一回仕事行くよ」
「夜でいいんじゃない?」
「午後の仕事のモチベのためにもお願い」
「もう、仕方ないなあ」


呆れた様子で小包を少々大雑把に剥がし始めたなまえちゃんにしめしめと僕は僕で厳重に保管されたなまえちゃん保管ケースに今日やってきた新しい推しを仲間入りさせるべく行動するのだった。



△▼


「なんだこれ……最高傑作じゃん……」

ウキウキしながら箱を開けて中身を確認して言葉を失う。
ポージング、体型、髪の広がり方、ドレスの皺の質感、どれをとってもどこから見ても尊みしかなかった。これ作った奴天才だな。一生見てられる。
堪能したい気持ちは山々だが、彼女にこれを見られるわけには行かないので泣く泣く鍵付きの引き出しにしまい込もうとしたー、


「きゃあ!」
パリーン
「!?なまえちゃん?!」


なまえちゃんの小さな悲鳴と共にリビングの方から何かが割れる音が聞こえてフィギュアもそのままに、ドアも開けっ放しにして慌ててリビングに駆けつける。

どうやらグラスを落としたらしい、割れたガラスを素手で拾おうとしているなまえちゃんの手を慌てて掴む。


「危ないよ、僕がやるから」
「ご、ごめんなさい、紙で包むよね?あ、さっきの包みに入れておく?」
「ん、そうだね。なまえちゃんの服入ってた包みでちょうどよさそう。ガムテープでぐるぐる巻きにするよ。」
「箱開けたらまだ包装されてて固くて思いっきり開けようとしたらグラスまで落としちゃった…ガムテープって悟の部屋だったよね?私とってくるね」
「ん、お願いー」


おっちょこちょいだなーなんて思いながらバリンバリンに割れたグラスを集める。どうやら部屋着の包みを開ける時に腕が当たってグラスが落ちたらしい。無残な開けられ方をした包みにバラバラになったグラスをかき集めて閉じ込めておく。そうこうしているとリビングのドアが開く音が聞こえて振り返った。


「ガムテープ、あっ…た……」
「…悟」


絶対零度。ブリザードを背負ったようななまえちゃんが笑顔で僕のなまえちゃんを両手に鷲掴みにしながら仁王立ちしていた。ここまで言えばわかるよね?そう僕さっきなまえちゃんの悲鳴に慌てて飛び出してきたから何から何まで部屋に露出したままだった。片手にフィギュア二、三体を雑にというか握り潰さん勢いで持っているなまえちゃんの様子に今度こそ完全に血の気が引いた。何か、何か言わなければ。いつもなら人をおちょくる言葉がポンポン浮かぶ頭が完全に思考を停止している。上手い言い訳が見つからない。


「え、えっと、それは、ちがくて…」
「違う?埃がつかないようにか知らないけど透明のケースに大切そうに保管されてたわよ?」
「ああああ!やめて、そんなに強く掴まないで!僕のなまえちゃんが歪む!!!!」
「僕のなまえちゃん〜?!これが?!?!」
「どっからどう見ても君でしょうが!ちゃんと見た?!」
「見たわよ!こんな生気の宿ってない私をあんな大切そうに保管して見て何が楽しいの?!」
「何言ってんの?!一人寂しく帰ってくる家でいろんなシチュエーションの君が待ってるんだよ?!あ゛ぁ゛ぁ゛!今日お迎えしたドレスなまえちゃんだけはやめて!!僕まだディティールみてない!!」
「今日………?信っじらんない!もしかしてこれ見るために仕事抜け出してきたの…?!」


今にも握りつぶされそうになっている完全受注生産のなまえちゃんが今にも悲鳴をあげそうだった。僕も悲鳴をあげそうだった。なんとかなまえちゃんを宥めようとまるで今にも殺しにかかってくる殺人犯を説得するような言葉を投げかける。


「おち、落ち着いて、なまえちゃん…はなせば、話せばわかるよ…!」
「私は落ち着いてるわ。そんなにこれが大切なの?」
「たい、せつ…じゃないとはいえない……」


ちらと1/8なまえちゃんを見れば可愛い瞳と目があった。まるで助けを求められているようにも見える。あぁ、待って、なまえちゃんがなまえちゃんを持ってる…これはこれで…最高な図だな……なんて碌でもないことを考えていたのがわかったのかぷるぷると震え出したなまえちゃんが涙目になっていた。え?!な、泣いてる?!なんで?!?!


「なまえちゃ、…」
「ホンモノは、私なのに…」
「……ハ…?」
「ホンモノは!私で!!ここにいるのに!こんなのいらないじゃない!」


キッと鋭い眦を向けてくるなまえちゃんは確かに彼女に握られているそれとは違って同じ表情で微笑んでいるのでなく、怒ったり、欠伸をしたり、照れたり、それこそ大きく口を開けて笑ったりする。唇をきゅっと噛んだようなその表情は握られたそれに嫉妬しているようにしか見えなくてー、愛しさで頭がショートを起こしかけていた。え?何?なまえちゃんもしかしてフィギュアに嫉妬してる?フィギュア買ってる僕気持ち悪いとかじゃなくてまさかのヤキモチ?嘘でしょ?これ以上僕をキュンとさせてどうするの?駄目だ心臓発作が…っうっ息するのがしんどい。何?僕殺されかけてる?なまえちゃんやっぱり詐欺師から暗殺者にジョブチェンジした?
なんてことを考えていれば言葉がうまく出てこなくてうるうると潤みだした大きな瞳からぼろりと何かが落ちそうになる前にハッと正気に返り、慌てて彼女を強く抱きしめる。



「何よ…」
「ごめん、確かにこれは君じゃない」
「………当たり前じゃない、私こんなに胸大きくないし」
「いいや、本物に忠実に作ってあるよ。僕が言うんだから間違いない」
「…………悟?」
「あっ、いやあえっと、」
「これ、捨てていい?」
「……ぐ、ぅ…」
「………ひどい。私が悟のフィギュア持っててもいいの」
「…フィギュア同士で恋人ごっこできるね
「ふざけてるの?」


ドレスなまえちゃんの履いてる鋭いヒールでぐりぐりと頬をドリルされる。うっ、これはこれでご褒美な気も…、そんな邪な考えがバレているのかジト目を送られる。



「……持ってるのはいいけどもう買わないでね。…私がいるんだから私に着せたらいいじゃない」
「なまえちゃん〜〜〜〜!!!!!好き!!!!!」


旋毛にキスを送れば上目遣いのなまえちゃんが物欲しそうな顔をしているのでやわらかい唇にも送ってやった。唇から伝わるなまえちゃんの温度にああ、ほんとに生きてるんだなあなんて何度考えたかわからないことをまた実感する。
たしかにフィギュアじゃあキスなんてできないね。
まだ不機嫌そうななまえちゃんのご機嫌をどうやってとろうかなんて考えていればスマホがけたたましい音で鳴ってそういや高専に行く途中抜けてきたことを思い出して二人して笑った。
憔悴しきった顔の伊地知が運転する車に乗り込んで、スマホに入った通知を見て、非常にひっじょ〜〜〜〜〜に、迷った末になんとかなるか、とポチってまた修羅場が訪れるのは少し先のお話。




『待望のバニーガールなまえ1/8スケール受注生産決定!予約受付開始!』
運転席から見えるバックミラーに写った五条が、ニヤニヤ笑う顔が反射するスマホでそんなページを見ていたとか、いないとか。






葵様、今回はリク企画にご参加いただきありがとうございました!メッセージも一緒に送ってくださりありがとうございます。僕の推しの話は今不穏なので好き好き大好き〜な話が書けて私も楽しかったです。あと少しで完結なのですがなかなか筆が進まず……ゆっくり更新にはなるかと思いますが二人の結末を楽しみにしていただければ幸いです!今回は素敵なリクエストありがとうございました!

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